第2話 半月


 「ねぇ……私のために物語りを作って下さい」


 この子は誰なんだろう?加川は見ず知らずの女の子に突然 お願いをされた。

 文芸部に入ってから、代筆は幾つもお願いされたし、代筆の依頼自体は珍しいことでは無い。

 けれど、お願いの内容が、私個人のために物語を作って。と言うのは珍しかった。


「えーと、キミは?」


「あ、ごめん。 私は瀬央カオル。 私も文芸部なんだよ? 知らない?」


 加川は文芸部にが、物語りを書いて。読んでもらい。自分の想いを伝える。ただ、それだけの場所があれば良いだけだったので、他にどんな部員がいるかまでは、興味がなかった。

 それに、籍を置いているだけの部員もたくさんいた。瀬央の事も初めて見るような気がする。


「加川くんの物語りを読んで、ピンとくるものがあったの、それで、私のために物語りを書いて欲しくてさ」


「えっと、ありがとう? でも、ちょっといきなり過ぎて…」


「うん、ごめん……。 すいません。 変なことを言ってるのは、私も分かってます。 私も緊張してるんです、でも……その…」


 (何だろう?)


 加川は最初、なれなれしい 変な子に絡まれちゃったな。そう思っていたが、途中から瀬央の必死さが伝わり、挙動が不審なのは、その必死さが原因なんだなと分かると、警戒していた気持ちが少し解けた。

 なので、目の前の、瀬央カオルと名乗った女の子が何を言うのか 最後まで聞き届けても良いような気がして机に向けていた体を瀬尾に向ける。


「———に、なっちゃったみたいなんです。それで、いても立ってもいられなくなって」


 瀬央の最初の方の声は、小さ過ぎて聞き取れなかたったが、話し始めると どんどん声高に、そして 口早になってゆく。

 瀬央はまだ、話しの途中のようで、何かを言おうとしていたが、それにはまず気を落ち着けねばならない様子だ。

 少しポカンとした加川だったが、落ちつきを取り戻すのは、瀬尾よりも早かった。


「ごめん、最初の部分が聞こえなくって」


 そう言うと、それを聞いた瀬央は絶望的な顔をして、へたり込んだ。

 うなだれたとかでは無く、本当にペタンと 床に座り込んでしまったのだ。


「大丈夫?」


 加川は自分の椅子を譲り、自販機に飲み物を買いに行った。


 

 少しは落ち着いた瀬央から、もう一度 話しを聞く。

 落ち着いたとは言え、それは「少し」なので、瀬央の話しは加川が質問してやらないと、要領の得ないものだったが、

 要するに…


 カオルは文芸部には友達の付き合いで入り、ほとんど顔を出していなかったが、最近その友達に用があって、文芸部に立ち寄った。

 立ち寄ったとき、友達は他の文芸部員と話し込んでおり、手持ち無沙汰になった瀬央は、近くの棚から、文芸部員の書いた自作集を読むとも無しにめくって 友達を待つことにした。

 そもそも読書の習慣のない瀬央は、2〜3行 読んだだけで、読み飛ばしていたが、そこに加川の『思い出は月のように』と言う作品を見つける。


 瀬央はそこまで話して、加川の渡したお茶を再び口に含んだ。

 そこまで聞いた加川はだいたいの事を察し、カオルの話しは途中だったが、物語りを書くことを引き受けようと決めた。

 

 自分の作品が誰かに影響を与えるのは、悪い気がしない。

 

 むしろこの時であったと思う。加川が物語を作るにあたって、大切にしなければならない事に気がつかされたのは……もしかしたら、自分の作品は誰かに影響を与えてしまうかも知れないのだ。

 

 読まれるはずなんて無い。そんな、投げやりな謙虚さで作品を人目にさらしていたが、公に読まれる場所に、自分の生んだ物語りを置くと言うことは、知らず知らずのうちに、誰かの心に触れる行為でもあるのだ。

 

 それならば微かでもいい、読んでくれた人の力になれるような物語りを書こう。


 加川はカオルの為だけの物語りを書く決意をした。

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