第16話 そうして、夜は更けていく
*
「
「ここに」
「ちゃんと全部見てた?」
「はい。グロウ様のお戯れも」
「なーにがお戯れだよ、耳元で美声を聞かせてあげたくらいだろー。知らない国の人間の味見も、少しくらい悪くないかとは思ったけどさ」
「おやめになったのでしたね」
「そう。うだつの上がらなさの極みみたいな彼とじゃ、
「否定しませんが。それで本題の方は」
「魔召紋そのものの付与は問題ない。監視の術式だって、今なら彼の寝姿を好きなだけ
「グロウ様自ら、うだつの上がらなさの極みと仰る彼が、果たして想定する効果を発揮するのでしょうか」
「そういうのだから期待してるんだよ」
「どういうことでしょうか?」
「あれが力を発揮するには、本人の精神的な成長が必要なんだ。それがきっかけとなって、いま眠っている力が目覚める、といったところかな」
「それはつまり……」
「ダメなやつほど一人前になったときには、元からデキるやつより光って見えるものさ。大事なのは元来の能力ではなく、現時点からいくら変われるか、だね。キクミヤ君ってさ、五体満足だし特別頭が悪いわけでもないでしょ。打てば響くのに打つと殴るの区別もできない人間に長年従ってたんじゃないかな、そんな背中してると思わない?」
「そういった情緒を察するのは、私の領分ではありません。頼りない背中だとは思いましたが」
「キミの背中だって女性ということを差し引いても細くて脆そうだと思うけど、まあそうだね。……力に怯え、未知のものを
「……私には、あのような軟弱な青年が真価を発揮できるものとはとても思えないのですが……そういうものですか」
「そういうものさ。キクミヤ君言ってただろ、無用な混乱を避けるために自分の故郷については伏せていたって。ボクはあんな
「力をつけて結果が出せれば、ですが」
「大丈夫さ、残念ながら今の冒険者ギルドの仕事は危険でいっぱいだ。挑むべき試練なんて、きっと彼にとっては山ほどあるよ。その試練がいっぱいある現状っていうのが、ボクが憂慮していることでもあるんだけどね」
「ケニッチによる冒険者ギルドの腐敗、ですか。いつまで放っておくのかと思っておりましたが、こういうことだったのですね」
「あの男を放置してたのは、また別の理由だけどね。今後のことを考えると、キクミヤ君には彼一人がもたらす理不尽くらい、はねのけてもらわないと困る。ケニッチなんて最悪ボクが粛清したっていいけど、騎士団と教会の方はそろそろ目にも手にも余る有様だ。全部ボクが対応できたとしても、そういう実績を持ったボクを利用しようとしたり、恨んだり、無限にすがりついたりする人が出そうだろ。この国のためにならない」
「実際そうなったとして、面倒だからという理由で引き受けないのがグロウ様なのですけれどね……」
「言うねえ、でもわかってるじゃないか。だからキクミヤ君には、いずれはそういった今後の厄介事もどうにかできるくらい力をつけてもらいたくてね。ついつい期待しちゃうのさ」
「グロウ様がそこまで仰るなら、もう彼を選んだことについて異論はありませんが……。身元についてはどうお考えですか? もし彼の言うことが本当だとしても、不可解な点が多すぎます」
「ああ。それについては謎が残ったね。どこからどうやって来た何者なのか、彼の人物像以外まるではっきりしない。さっきの調子で質問を続けても、おそらく引き出せる情報なんて大してないだろう。あんなキクミヤ君でも暮らしていける国っていうのには興味が湧かないでもないけど、今はこの目で見る手段はなさそうだね。でもおそらく大事なのはそこじゃない。翻訳の加護の付与も転移が行われた事も、別な誰かの手によって、というのが一等気味が悪いんだよ」
「恣意的なものでない、何らかの事故の可能性はありませんか? 例えばの話、彼の国にはグリモアがあって、その力が何かのはずみで彼を転送したというのは」
「魔法大結晶グリモアねえ。あれは強力な魔力リソースだけど、さすがにないんじゃないかな。城の中にあるのもそうだけど、あれの効力はグリモアから離れれば離れるほど力が弱まる。彼の故郷に転移魔法を使えるグリモアが存在するとしても、範囲内には人が寄り付かないと思うよ。イタズラで家ごと転移させられたらたまったもんじゃないからね」
「ああ、失念しておりました。そういえば彼は自宅で寝て起きたら転移していたと話していましたね。そもそもアグゥに来るまで魔法を見たことがないようですし、グリモアが身近にあると考える方が不自然でしたか」
「そういうこと。そう簡単にいくつも出てくるものじゃないしね。さて、そういうわけで、いかにして転移してきたかよりも大事なのは、彼が何のためにあの丘へ転移させられたのか、そこに第三者の意図はどれだけ反映されているのか、ということさ」
「グロウ様は、彼があの場所にいたのには何者かの意思が絡んでいることに確信がおありなのですか」
「うっすらだけど、あるよ。彼の話によれば、キクミヤ君の翻訳の加護が転移と同時に身についたことが理由かな」
「それが……第三者の介入とどう関係が?」
「本人の意思と無関係の何かによって転移したのに、まるでキクミヤ君が未知の言語に相対することが最初からわかってるみたいに翻訳の加護がついてきた。事故や偶然にしては出来過ぎたタイミングだと思わないかい?」
「確かに……」
「明らかに何者かの意思が彼とボクらの間に挟まってる……というのは、このくらい自信を持って言えるんだけど。肝心の目的については、やっぱりさっぱりわからないね。はーやっぱりさっぱり。やっぱりさっぱりやっぱり、んふふ」
「気に入ったんですか、それ」
「ふふ、ちょっとね。それで話を戻すけど、翻訳能力があるとはいえ、彼は弁の立つ方じゃないし、特別な能力を持ってるわけでもない。ボクがああやって関わったりしなければ、毒にも薬にもなりやしないじゃないか。そんなのを送り込んで、その第三者様はどうしようってんだろうね」
「彼のポテンシャルからすれば、敵意があるとはあまり思えないですね。こちらに益があるようにも思えませんが」
「そうだよね、ボクもそう思う。だから、今はまだ様子見にならざるを得ないかな。肝心なところなのは間違いないんだけど、情報を探る手立てがなさ過ぎる。監視の効果が、彼の身を通して何か見つけてくれたらいいんだけど」
「本人の危険度で言ったら然程でもありませんからね。当面は、あれの発現のために役立ってもらうことになる、と」
「そう。だから、キクミヤ君には悪いけど、しばらくは生かさず殺さずで見守らせてもらうよ。そんなわけで、そろそろと思っていた冒険者ギルドの内部改革も保留だ。ああも腐ってちゃ、この国の危機に立ち向かえる騎士団以外の人間を育てるっていうボクの計画はまるっと遅れるけどね」
「それはいずれ彼が力を発言した後に成すこと、というわけですね」
「賭けだけどね。キクミヤ君が生きてさえいられれば、問題なくやれるとは思うけど。あれはもしかすると、魔召紋とは根本的に次元の違う力に変わるかもしれないし」
「ええ……この件、王への報告はいかがします?」
「ああいいよ、まだやらなくて。ヘンな正義感に駆られて手助けされると、今回の場合は裏目に出そうで逆に困る」
「わかりました」
「お話付き合ってくれてありがとね、
「これでも王国の諜報員ですので、話し相手のためだけに呼ばないでいただきたいのですが……まあ、お役に立てたなら何よりです」
「立ってる立ってる、それじゃあボクはそろそろ寝るね。ふぁーあ、まだ暗いけどもうすぐ夜明けかあ、いっぱい寝たいから昼頃に起こしにきてね」
「はああぁ……わかりました。おやすみなさいませ」
「むにゃむにゃ……」
「えっ寝付き早い」
「……」
「(グロウ様……寝るとき、丸くなるのですね……)」
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