耳飾り

虎丸の右耳にはいつの日も黄金の鶴と真紅と深淵の黒が混ざった石が輝く。


片時も離さない、その耳飾りは副官就任の日に唐突に目の前に現れ、自らを『蛇』と名乗った華奢な男からの贈り物だった。

その男は『鬼神によろしく』と一言告げてから瞬きの間に消えた。


なんだったか、誰だったのかは虎丸には分からない。

どこの誰に貰ったかも分からないこの耳飾り。

それはスサノヲの隊服と同じ色で、見たことの無い形のチャームが着いていた。

彼女は贈り物は大事にするタチで

副官就任の日から片時も離すことはなく、身に付けている。


…付けていればまたあの人に会える気がして。


今でも忘れない開かれた目は燃えるような赤色

…でもどこか冷たくて、悲しそうだった。


副官任命前の虎丸は、静かでただひたむきに努力重ねる少女だった。

今の天真爛漫な笑顔を持ち、誰とでも話せるような明るい性格ではなかった。

それも虎丸の中の決心と共に成長した賜物である。


そんな過去の話をここに綴る。




執務室呼ばれ、隊長の姿はまだない。

タロスが来るまでのその間、何かやらかしてしまったか、任務完了の報告書に不備があったか、と考えながら待つ。


ガチャ


タ『待たせてすまないな。会議が長引いてしまってな』


そう言いながら扉を閉めると、赤と黒の羽織を靡かせながら席に着く。


虎『会議お疲れ様です。タロス隊長。』


タ『早速本題だが…百目鬼隊員。

貴公はこの隊が好きか?』


虎『…?はい、好きですが…』


タ『その言葉に虚偽はないか?』


虎『もちろんです。憧れのスサノヲに入隊し

一意専心を胸に日々精進させて頂いております』


タ『なら問題ないな…。

百目鬼隊員。貴公を特務機関スサノヲの副官に任命する事とする。』


虎『…へ?』


突然な任命に、素っ頓狂な声を出してしまう。


タ『聞こえなかったのか?』


あまりにも突然な事に、脳の整理が追い付かない。


確かに虎丸は入隊前から長らく空席になっていた副官の座にいつかは就きたいと思い、他の隊員よりも危険な任務を率先して受けたり隊の訓練が終わり、人が居なくなった訓練場での自主練を毎日欠かさず行っていた。


憧れの真紅の鬼神。

その隣に立てるチャンスが今ここで舞い込んできた。

このチャンスは絶対に逃しては行けないと頭では分かっていても、同時に女体という拭い切れないハンデを抱えている。

副官とはいえ隊を任されることのプレッシャーに押し潰されそうだ。

何年掛かっても必ずと思っていたことだがいくらなんでもこれは早すぎる。

虎丸が入隊してから、まだ8ヶ月しか経っていないのだ。


タ『貴公の努力は知っている。

その弛まぬ努力を私はしっかり見ていた。

私直々の任命だ。副官の座に付かないか?』


虎丸の対面に座り

タロスの目は真っ直ぐに虎丸を見据えている。


なんの為に僕は頑張ってきたんだ。

この為に頑張ってきたんだ、でもこんな若い隊員が副官になって内部統制はちゃんと取れるだろうか。

副官になる事を認めてくれなかった時はどうしようか。

生まれながらに性別や生まれのハンデを背負っている。もちろん体格も、身長も。

標準装備の『護國』でさえ、身長的に扱えずに2本に分断したくらいだ。


…そんな僕に、こんな大役は務まるのだろうか…


タ『自信を持て虎丸。

貴公は誰よりも努力をしている。

率先して戦場に立つその磨かれた闘志と勇気は賞賛に値する事だ。

性別や、体格の違いで他の隊員達より何倍も気持ちに引けを取ってる、そう思っているだろう?』


虎『…!』


大きく見開かれた空色の瞳には大粒の雨が溜まる。

水たまりが溢れる前に、下を向いて顔を隠す。


虎『訓練校時代から…あなたの隣に立つという事を目標にして頑張ってきました。

憧れの真紅の鬼神様直々に任命して頂き、光栄です。

あの日拾われた恩を忘れず、特務機関スサノヲの副官として日々精進致します。

百目鬼 虎丸。その任、謹んでお受け致します。』



先程まで、ネガティブな考えが頭をぐるぐると走り回っていたが、今やその考えは微塵もなく

タロスの言葉に救われ、虎丸は決心を固めた。


タ『貴公ならそう言ってくれると信じていた。

これから死ぬまで、よろしく頼むぞ百目鬼副官。』


虎『…ッはい!!!!!!』



任命式 当日



…緊張してしまう。

まだ式までは時間があるから、気晴らしに散歩でもしよう。


スサノヲ拠点に存在する和を思わせる庭園を歩きながら景色を眺める。


?『やぁ、お嬢さん』


虎『誰だッ』


突然の見知らぬ声に思わず鬼太鼓を構えて戦闘態勢に入ってしまった。


?『やぁ、俺は蛇。』


虎『蛇…侵入者か?

隊員出ないものがこのスサノヲに出入りするにはアポが必要…

今日は式典の日、来訪の予定は無いはずです。』


低く構え、攻撃がいつ来ても躱せる体制を整える。


蛇『隊長には言ってあるから、大丈夫大丈夫〜

旧知の仲なんだ、タロスとは!』


ヘラッと笑うその男には敵意は感じられず、虎丸も鬼太鼓を納刀する。


虎『そうなんですね。ところでなんの御用で?』


来た道を戻ろうと歩き始めると

その後ろを着いていくように蛇と名乗った男も歩く。


蛇『お嬢さん、今日は君が副官に就任するおめでたい日なんだろう?』


虎『なんで知ってるんですか…まぁそうです。

だから緊張をほぐすのに一人でいたかったんですけどね…思わぬ邪魔が入って興醒めしたので自室に帰ろうかと思いまして。』


ヘラヘラした掴みどころのない蛇に冷たく対応する。


蛇『後輩ちゃん、真面目で冷たいな〜

そんなんじゃ副官になっても誰もついて行かないよ〜?』


虎『…ッはぁ…なんなんですかホント。』


悩みの種の図星を突かれ、蛇の方へと振り向いた虎丸の顔には少しイラつきが見える。


蛇『そんなお嬢さんにお祝いのプレゼント〜』


そう言いながらスッと顔に近付く手。

冷たい、人らしい温もりのない温度が右頬に触れる。

ヒヤッとした手は今の緊張に苛まれ、火照った虎丸には少し心地よかった。


虎『…ん、きもちい』


その瞬間、右耳に何かを突き刺された鋭い痛みが走る。


虎『痛っ!?』


チャリ…


右耳に身の覚えのない重みを感じる。


蛇『うん、思ったより似合ってんね♪』


虎『じんじんする…痛い、なんか耳が重たい…』


虎丸の右耳には、隊服と同じカラーの石と

黄金に輝く鳥のようなものが着いている。


蛇『耳飾り。俺から後輩ちゃんへの就任祝いのプレゼント!鶴は縁起のいいもので、豊かな生命力と長寿の意味を持つんだよん♪』


虎『ありがとうございます…

って無断で人の耳に穴開ける人はどうかと思いますけど…地味に痛いし。』


ジンジンと痛む右耳を抑えながら、ジトーっとした目で蛇を睨む。


蛇『いやぁまさか穴開いてないとは思ってなかったから…開けちゃった♪』


悪びれも無く手をヒラヒラさせながら笑う蛇を見て、深くため息を着く。


虎『…はぁ、もうそろそろ時間なので失礼します。』


時間を確認すると針は式典の時間15分前を差していた。


虎『兎に角、ありがとうございます。

ありがたくいただきますね、大切にします。』


チャリ…と右耳のピアスに触れ、朗らかな笑顔を蛇に向け、再び歩き出す。


蛇『そのまま笑ってなよ!笑顔の方が似合うよ!』


虎『考えときます。じゃ、また。』


タッタッタッと駆け足で会場まで走っていく彼女の背中を見送り、ベンチに腰かける蛇。


蛇『…新しい副官か、いい子なんじゃないの〜♪』


シュッとタバコに火をつけ、空に向かって煙を吐き出す。


その煙は朝の澄んだ空に溶け、心地よい風が白い蛇の頬を撫でる。


蛇『がんばれ、後輩ちゃん』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねめしすこぉど 夜桜 @toraCode

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ