第六章その2

 私が幼稚園の頃から私はクレヨンを握って、小学三年生の頃だったかな? 家が裕福だったから両親に買ってもらったペンタブで絵を描き始めて、中学に入る頃にはpixivに投稿も始めたの。

 沢山の人からの応援やアドバイスを貰うのが楽しくて、学校から帰ったらすぐに絵を描いてた。友達も少なくて、美術部にも入らずに絵を描くのが楽しくて楽しくて仕方がなかったの……だけど中学三年になった頃かな?

 新聞社から取材が来て、私のことが学校で知れ渡ったの……勿論顔出しもせず本名を明かさなかったんだけど、掲載された写真の僅かな情報から特定されて暴露されたの。


 水季は両手を握り締め、忌々しげに唇を噛み締める。


 私のことが学校で知れ渡り、私を見る目が変わって今まで話したことのない人達から色々訊かれて怖いと感じたことは一度や二度ではなかった。

 そして中学三年の夏休み、お祖父ちゃんに会いに湘南へと行ったの、でもそれが受験勉強をしてるクラスメイト達には気に食わなかったみたい、みんな受験勉強で辛い思いをしているのに自分だけ湘南へ遊びに行ったって話が夏休みの間に広まったの。


「どうして湘南に遊びに行ったなんてみんな知ったんだろう?」

 唯が首を傾げながら訊くと、陽奈子は重苦しい口調で答える。

「……pixivに上げたイラストだよ、試しに去年の夏の時期を辿ってみて」

「この江ノ島を背景にしたイラストか? 小野寺は地元を背景にしたイラストが多かったからな」

 スマホを見せる灰沢の言う通りだ。鎌倉花火大会の時に水季を見つけたあの日に投稿されたイラストで、次に投稿したイラストも鎌倉花火大会をモチーフにしたのか花火を背景にしたイラストだった。

「みんな、小野寺さんの絵を見ていたんだな」

 透は呟きながらpixivに投稿したイラストを見つめる。


 うん、私がSNSに投稿したのもだけど、夏休みが終わって二学期が始まったその日からクラスメイト達が私に嫌味を言ってきたの、嫌味は次第にエスカレートして嫌がらせに変わって、嫌がらせがいじめに変わって先生に相談しても聞いてくなれかった。

 それどころか、私が受験勉強を頑張るクラスの和を乱したってみんなを煽って……文化祭の時期になる頃にはもう学校には行かなくなった。

 だから誰も私のことを知らない、ここの学校を受験して卒業式の日も欠席してお祖父ちゃんの家に湘南に引っ越したの。


 水季は次第に唇が震え、苦しそうに絞り出す声になっていた。

 唯が教えてくれた水季をいじめてる動画や画像はその時の物だったのだろう。ご丁寧にスタンプやモザイクが消されても特定されないように顔を写さず編集・加工されていた。

 自分の手を汚さず他人に泥を被せる、人間の風上にも置けないとはこういうことかと透はスマホを握り締めながら水季の話しに耳を傾ける。

「私をいじめてた人達……みんな高校に進学して推薦を貰ったり、特待生で入った人もいるのをSNSで知ったわ……あんなに酷いことをしたのに」

 水季は唇を噛み締めて今にも泣き出しそうだった。透も彼女の辛くて蝕まれる気持ちがわかって胸が張り裂けそうな気持ちだった。もし水季をいじめてた奴らのことがわかったら、今すぐにでも殴り込んで吊し上げにしてやりたい気持ちだった。

「……水季」

 唯が凛とした眼差しで一歩一歩砂浜を踏み締め、水季の傍まで歩み寄るとそっと包むように抱き締めると水季は戸惑う。

「……唯?」

「よく話してくれたね……辛くて苦しくて、ここに逃げてきたんだよね……いじめてた奴らのこと謝ってきても許さなくていいわ……もし、水季が嫌々で仕方なく許しても……あたしが許さないって言ってやるわ」

 唯の言葉に陽奈子も凛とした眼差しで頷く。

「その時は私も一緒に行く。人を傷付けて、苦しめて、踏みにじって、それを忘れてのうのうとしてる人達なんて、いつか払い切れないツケを払う時が来るわ!」

「紺野の言う通りだ。難しいかもしれないが……そいつらのことを今は忘れろ、そして今を楽しんで、いつかいじめた奴らに見返してやるんだ……逃げた先で幸せを勝ち取ったと!」

 灰沢は羽鳥の影響なのか時々熱い台詞を口にするような気がする、透もその通りだと共感しながら水季に告げる。

「小野寺さん、わかったんだ僕達……君がいないと駄目なんだ。それは奥平さんや紺野さん、灰沢君も一緒、誰一人欠けちゃ駄目なんだ……僕達は五人揃って僕達なんだって」

 透の言葉に唯は頷き、水季をギュッと抱き締めた。

「辛い思いを話してくれて、ありがとう」

 唯の温かく包むような言葉で水季は堰を切ったかのように涙を流し始め、母親の胸の中で泣く赤ん坊のように声を上げ、辛い過去や心にこびりついたものを大粒の涙で流すように水季は泣きじゃくった。


 泣き止んだ水季は腫れぼったい顔で体育座りして唯はハンカチを取り出し、慈しむような眼差しで涙を拭く。

「あ~あもうあんなにわんわん泣いて」

「ごめんね……唯」

 ようやく落ち着いた水季にずっと見つめていた陽奈子は心配そうに見つめる。

「水季ちゃん……大丈夫?」

「うん、ごめんね陽奈子ちゃん……灰沢君に尾崎君も」

 水季は謝るが、透はいつか彼女が言っていたことを思い出して首を振り、そのまま返す。

「謝らなくていいよ小野寺さん、それにごめんねよりも嬉しい言葉を言ってあげて」

 水季はほんの少しの間、宝石のような輝きを取り戻した瞳で透を見つめた後、口元が緩んで頷いた。

「うん、みんな……ありがとう」

 決して大きくないけど、ハッキリとみんなに届く声で水季は夕焼けの太陽のように眩しい笑顔を取り戻した。

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