第五章その4

 そういえば最近田崎が絡んでくることも少なくなってきたな、ふと気付いたお昼休みになると雨が降りだして教室で仕方なく食べると、彼は教室を出てどこかに行った。

「お待たせみんな!」

 入れ替わるように陽奈子が入ってきて、いつものようにお弁当を食べてお喋りに耽る。

 透は弁当を食べると気になって適当なところで切り上げ、以前は田崎と一緒に食べていたグループ――市来達に訊いてみた。

「市来君達話しているところ悪いけど、ちょっといいかな?」

「うん、いいよ。もしかして君も声優が好きなの?」

 市来は持参してきたアニメ雑誌のページを見せる。

 誌面には最近徐々に頭角を現しつつある現役女子大生声優の小野田愛奈と、数年前に突然芸能界から姿を消した子役アイドルで、大学生になって声優として復帰し、最近テレビアニメにデビューした平田葵のインタビュー記事だった。

 透は首を横に振る。

「いや田崎君だよ、前は一緒に食べていたみたいだけど……」

「ああ田崎君、中学時代の友達と食べてくるって言ってたよ」

 入学時に比べて若干痩せた感じのデブゴンこと庭井が教えると、一色は愚痴を溢す。

「まあ尤も、毎日飽きもせずネットの人達のようにリア充への妬みや嫉み、不平不満を口にしていて正直気持ちのいいものじゃなかったけどね」

「うん、それは僕も同じ気持ちだったよ。ゴールデンウィークの後だったかな? 一緒に食べてみんなと遊びに行った夜にLINEで文句言われてね、先に童貞を卒業したら許さないとか言ってたよ」

 透は以前、田崎が座ってた椅子に座りながら言うと、一色は目を光らせて怒りが篭った口調になる。

「そんなことを言っていたとは……聞き捨てならん! 尾崎君! 必ず奴より先に童貞卒業して地団駄を踏ませましょう!」

 透は若干引いたが、市来が苦笑しながら補足する。

「一色君、高校入ったら童貞卒業するのが目標みたいなんだ」

「その前に彼女を作って田崎やネットで不平不満や嫉妬してる人達を慟哭させないとね」

 透は高過ぎる目標に「慟哭」という言葉を強調して指摘すると、シンパシーを感じたのか一色君は顔を近づけて興奮気味に問い詰めてきた。

「それなら尾崎君! 田崎君から聞いたよ! 昔は地味なチー牛顔だったが奥平さんに告白するために自分自身を鍛え、己を磨き、成績を上げてリア充になろうとしたって!」

「う、うん……振られちゃったけどね、おかげで授業にはついていけるし江ノ島駅から江ノ島の裏までノンストップで歩いてもへっちゃらになれたからね」

 その辺は奥平さんに感謝しているし、身だしなみも清潔にするように心掛けるようになった。すると市来が納得した様子で言う。

「だから体育祭の時に小野寺さんをお姫様抱っこできたんだね」

「うっ……あ、あれは夢中になったからつい……」

 透は恥ずかしくなって目を逸らすと、一色は右手を差し出した。

「尾崎君、僕も変わりたい! そして嫉妬して不平不満ばかりを口にして変わろうとせず君のことを笑い、悪く言う奴らに地団駄を踏ませて……一緒に童貞を卒業しよう!」

 かっこ良く言ったが最後の一言が教室に響いてみんなの視線が集まる、前髪の間から覗くその眼差しには燃えるような熱く強い意志が宿っていた。

「う……うん」

 透は周囲の視線がどうでもよくなる程の一色の器の大きさを感じて握手を交わす、結局田崎がどこで誰と食べてるかはわからなかったが、思わぬ所に同じ志を抱く仲間がいるとは驚きだった。


 そして昼休みの残り時間、透は唯に告白するためにどんなことをしたか時間の許す限り詳細に話した翌日、一色は早速ボサボサの天然パーマを短く切って整えたうえにコンタクトに変えた結果、登校してクラスメイト達から「誰だお前!?」と尋ねられる程だった。

「い……一色君……本当にやりやがった」

 透は空いた口が塞がらず、田崎はそれ以上にドン引きしてる様子だった。

「一色……あいつ隠れイケメンだったのかよ……」

「いいや違う、イケメンになったんだ」

 透は田崎に言うと、田崎は悔しそうに一色を見つめる、灰沢も一色に視線を向けたまま田崎に言う。

「田崎、聞いてくれ。昔お袋が見た車のCMで『人は美人に生まれるのではない、美人になるのだ』って言葉を教えてくれた……尾崎も一色もそれを証明して見せたんだ」

「へ……へぇ……そうなんだ」

 田崎はどう受け止めたかはわからない。

 クラスメイトの女子生徒達が瞳を輝かせながら一色を囲んで、彼は困惑して顔を赤くしながらも、謙虚に振る舞っている。

 そして羽鳥や中林も興味津々で訊いていて、休み時間には他のクラスの女子生徒も見に来ていて昨日のフェイク画像と別の意味で話題になっていた。

 図らずも水季がイラストレーターだという話題を、ある程度だが逸らすことになってよかったかもしれないと透は安堵する。


 だが、その考えは甘かった。


 水季がイラストレーターと発覚してから初めて描いたイラストが投降され、透はすぐにいいねとコメントを投稿した翌日、早速絵の感想を伝えようとワクワク気分で家を出て江ノ島駅を目指す。

「おはよう小野寺さ……ん?」

 水季はくっきりと目の下に隈ができて、今まで以上に憔悴して青醒めた表情で江ノ島駅の改札口に立っていた。

「あ……おはよう尾崎君……唯ももうすぐ来るって」

「大丈夫!? 凄く顔色悪いよ! 何かあったの?」

 透は動揺しながら聞き出すが、水季は「大丈夫」と心配させまいと作り笑いしてるのは明白だった。

「おはよう尾崎君、水季――ちょっと、どうしたの水季! 顔色悪いよ!」

「……おはよう唯……大丈夫夕べ遅くまで描いててよく眠れなかっただけ……」

 水季の声は以前にも増して弱々しく、今にもこと切れてしまいそうだった。

「嘘吐かなくてもわかるわ、SNSで叩かれてたでしょ? スマホを見ればわかるわ!」

 唯はスマホを見せると透もまさかと思いながら水季のアカウントを見ると、どういう訳か炎上していた。

 鎌倉方面行きの電車が来て乗り込み、その中でスマホを見ると透は思わずドン引きする。

「うわぁ……言い掛かりにも程があるぞ」

「ホント一体どんな人生を送ったらこんなことを書けるのよ? 相手は女子高生よ、エロいの描いてってリプ送る奴、セクハラじゃなくてもはやデジタル性犯罪の域よ」

 唯は汚らわしいものを見るような眼差しで画面を見ている、水季は怯えたままだった。

 高校前駅に到着すると、灰沢と陽奈子が踏切で待っていたのか三人を見るなり陽奈子が深刻な表情で駆け寄ってきた。

「おはようみんな! SNS見たと思うけど、水季ちゃんのアカウントが炎上してる!」

「書かれた日付を見るとつい最近――つまり小野寺が新作を投稿した後だ」

 灰沢の言う通り、荒らしが始まったのは昨日の夜――つまりイラストが投稿された直後辺りだ、一体誰がと言いたいが見たところ不特定多数だ。

 灰沢は水季に言う。

「小野寺、こういう誹謗中傷の書き込みは無視するのが一番だ。酷い場合は片っ端からブロックするといいし反応したりとすると――」

「な・に・よこいつ! 水季が地味でブスな陰キャだって!? 目ぇ腐ってんじゃないの!?」

 言ってる傍から唯は両目に炎を燃やしながら荒らし相手にエキサイトしてる、目にも止まらぬスピードでスマホを操作し、荒らしとレスバトルを繰り広げてる。

 これはマズイと思ったのか陽奈子が必死で止めに入る。

「唯ちゃん落ち着いて! これが一番の悪手だよ!」

「なぁ!? 誰がクソヤリマンビッチギャルだって!? あたしは処女よ! 可愛らしいアニメアイコンしてる癖に卑猥で陰湿な投稿してんじゃないわよ! いたいけな女子高生いじめて面白いかぁ!? 楽しいかぁ!? 爽快かぁ!? そんなんだから彼女いない歴年齢のおっさんなんだよ!」

 駄目だ全然聞いてねぇ、というかなんでわかるんだ? 透はなんとも言えない表情で見ていると、灰沢も引き気味に言う。

「――あんな風に引っ込みつかなくなるからな」

「っしゃあ! 垢消し逃亡しやがったぜ! ざまぁみろ!! ヴァーカ!!」

 どうやら論破したらしく、ドヤ顔でガッツポーズを決めるが多分また新しいアカウントを作って帰ってくるだろう。


 登校すると案の条、教室に入るなりクラスメイト達の視線が一瞬だけ静まり、水季に集中すると、唯は教室にいる興味本意の目で見るクラスメイトのみに睨み返した。

 教室はいつもの空気になるが一瞬の視線が水季の心を切り刻んだに違いない、水季の表情は青褪めていて、透は水季に嫌がらせをした奴は勿論、何もできない自分自信に強い怒りを覚えた。

 休み時間や昼休みの間、唯の友達グループは気を使って触れないでくれたことに感謝しながらも、透は水季があの日以来笑わなくなったことに心を痛めていた。

「今日も教室か……早く梅雨明けしないかな……」

 透は呟く。二時間目辺りから降り出した雨は強まり、昼休みは一組にやってきた陽奈子と五人でお弁当を食べるが水季はおにぎり二つだけで、唯が心配する。

「水季、ちゃんと食べなよ……女子は体重五〇キロ以下にしないと駄目なんて話し信じなくていいから」

「そうよ、人間ある程度体重は必要だから」

 陽奈子も心配して言う。最近弁当を減らしておにぎり二つだけになり、少し痩せてきたようにも見える。おにぎりを食べると水季は席を立った。

「私、ちょっと紅茶買ってくる」

「僕も行くよ、コーヒー買ってくる」

 透は一人で行くと心配な気がして立ち、唯と目を合わせると彼女は微かに頷いた。

 教室を出て廊下を歩く間も水季は俯いて、周りの視線や話し声を気にして誰とも目を合わせないようにと怯えてるようにも見える。

 体育館傍の自販機で水季は紅茶飲料を買う。透は温かいブラック缶コーヒーを買おうかな? と財布を取り出す、その間にも水季は行き交う生徒の視線や誰かが自分のヒソヒソ話に耳を立ててるんじゃないかと怯えている。

 すると田崎が菅原と体育館から出てきて、田崎が無神経に冷やかす。

「おお尾崎、今日も小野寺さんとコーヒーブレイクかい?」

「いじめられっ子同士、お似合いだね!」

 菅原の悪意に満ちた一言で透はキッと睨みつける。

「誰がいじめられっ子だ! 僕はともかく、小野寺さんが今現在誰かにいじめられてるのか!?」

 ふと横目で見ると水季の横顔は恐怖で満たされ、血色のいい白い肌も冷たく生気を失って青褪めて行き、寒気を感じてるのかガタガタと震えていた。

「小野寺さん! 大丈夫!?」

 透は一目で尋常じゃないと気付いて声を掛けると、水季は真っ青になって苦しそうに口元を押さえ、走り出した。

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