第五章その3

 数分後、尾崎透は安堵して水季と唯の三人で江ノ電江ノ島駅に戻り、隣接するコーヒーショップに入ってアイスコーヒーを注文、水季はチャイミルクティー、唯はブラッドオレンジジュースを注文した。

「ごめんね水季、最近四組の奴らが水季のことをこそこそ探って怪しいって、陽奈子が教えてくれたの」

「ううん、むしろ助けてくれてありがとう、明日陽奈子ちゃんにも会ってお礼を言わなきゃ」

 水季は疲れ切った表情で首を横に振る、さて自分から暴露してしまったがどう思ってるんだろうな……僕が中学の頃、奥平さんに告白して振られた話を。

「小野寺さん、もしまた言い寄ってくる輩が出たら遠慮せずに言ってね」

「うん、ありがとう……あの……さっき言ってた尾崎君が唯に告白した話しって?」

 水季は気になるという眼差しで言う、やはり訊いてきた――いや、訊いてくれたとも言うべきかな? 透はアイスコーヒーを一口飲んで話す。

「ああ、丁度去年の今頃だったかな? 奥平さんに告白して玉砕してね、それをどこで知ったのか言いふらされたんだ……晒し者にされて笑い者にされて、いじめられてたんだよ」

「あたしがそれを知ったのは夏休みが終わった後なの、いじめてた奴らには片っ端から締めてやったわ……人の失恋を笑う奴は生理的に関わるのも嫌ってね」

 唯は忌々しげに言うとブラッドオレンジジュースを一口飲み、水季に訊いた。

「水季はさ、もし好きな男の子がいたとして告白されるならどんなのがいい?」

「そうね……やっぱり直接言葉や気持ちを伝えて欲しいかな?」

 水季はそっと俯いて言うと、唯は温かく微笑んで頷く。

「うん、振っちゃったけど、尾崎君だけだったの……真っ直ぐな気持ちを伝えてくれたの」

 唯はスマホを取り出して操作し、画面を水季に見せる。

「これ……イメチェンする前の尾崎君よ」

「ええっ? これ本当に尾崎君?」

 水季は驚きの顔を見せる、透は思わずドキッとすると察してくれた唯が見せてくれた。

 写真は中学二年の体育祭に撮ったもので、この頃の透は髪型も無造作で俯いた暗い表情、ヒョロヒョロの典型的な陰キャだった。

「うん……確かに僕だよ」

 透は好きな女の子に黒歴史を知られていい気分ではなかったが、水季は何度も見比べて微かに瞳から光が戻ろうとしてる。

「凄い……人ってここまで変わることができるんだ」

「でしょでしょ? 尾崎君この体育祭の後から変わり始めたの、学校の成績も上がり始めたし、表情もなんて言うのかな? 少しずつ逞しくなってきたの」

 唯の言う通りだ。この頃から奥平さんへの恋心を自覚して自分を変えようと筋トレを始め、毎朝の習慣でベッドメイクを始めたり、真面目に勉強して成績を上げて中三の春には髪型も整え、女子生徒の何人かにかっこ良くなったねと言われたこともあった。

「一年かけて準備して、去年の今頃に奥平さんに告白した……振られたけどね」

 透は自嘲気味に微笑むと唯も少し申し訳なさそうに言う。

「まあ、あんまり話したことなかってこともあったけど……寧ろ振った後から話すことが多くなったんだよね……でも、その頃から尾崎君のこと笑い者にしていじめる輩が出たのよ……」

 唯は沈んだ表情で話す、人目につかない場所で告白したのに誰が覗き見てたのだろう、すぐに広まって特に田崎や菅原は大袈裟に捲し立てて言いふらしていた。

 水季は首を傾げながら訊いてきた。

「……唯って告白してくる男子はそれなりにいたって話してたよね? どうして尾崎君だけだったんだの?」

「尾崎君だけだった……あたしにちゃんと面と向かって、真っ直ぐな恋心をダイレクトにぶつけてきたの」

 唯の微笑みは艶やかで、透はもし水季に出会わなかったら微かに振ったことを後悔してるのかなと仄かな期待を抱いてしまうほどだった。だけど今の透は水季を好きになったのだから。


 翌日、またいつ昨日のことが起きてもいいように今日からしばらくの間江ノ電通学に切り替えることにした。家を出ると歩いて江ノ電江ノ島駅を目指し、普段は観光客が行き交うすばな通りで唯と合流する。

「おはよう尾崎君!」

「おはよう奥平さん、今日からよろしく頼む」

「よろしく尾崎君、今までは自転車通学だったんだよね?」

「ああ、晴れた日に海沿いの道を走ると気持ちいいよ」

 透は唯と雑談しながら江ノ電江ノ島駅に到着すると、水季が踏み切りの向こうで手を振っていた。

「唯、尾崎君、おはよう」

 透は唯と踏み切りを渡り、改札を通って鎌倉方面行きの電車に乗るが、朝の江ノ電は都内の満員列車並みの乗車率だと聞いていたが聞いてた以上だった。乗車時間は五分程度だがそれ以上の時間を感じながら高校前駅で降りる。

 いつものように校門を通り抜けると、昨日木坂達が言った通り言いふらしたのか、透を見てヒソヒソ話してる、不愉快だと思いながら教室に入ると羽鳥がニヤケた顔で歩み寄って来る。

「おはよう尾崎、聞いたぜ! お前、中学の時に奥平に告白して振られたって?」

「やめろ啓太、これ以上訊かないでやれ!」

 既に来ていた灰沢が強く刺すように言うが、透はソースを訊いてみる。

「その情報どこから? SNSや噂だったらきっと変な尾ひれが付いてるかもしれないよ」

「ああ、なんでもLINEで告白したってさ、ほらこの画像が出回ってね」

 羽鳥はスマホの画面を見せる、透は思わず顔を歪めた。LINEのトークで告白してるスクリーンショットでアイコンも中三の頃に透が使っていたものだが、自分のではないと断言する。

「いや、これは僕のじゃない……よくできたフェイクだ」

「マジで!? 本当か尾崎? もしかしてここ数年流行りのディープフェイクか?」

 羽鳥は目を丸くして驚いた表情になると、透は頷いて唯もフォローする。

「そうよ、これ尾崎君じゃないわ! 本当だとしてもこんな寒い恋文なんか書かないわ!」

「うん、奥平さんに告白したのは本当だけど、直接顔合わせて伝えたよ。振られたのは事実だけどね」

 透は淡々と事実を告げると、羽鳥は青褪めた表情でスマホをポケットに押し込むと勢いよく「パン!」と手を合わせて謝る。

「すまん! 俺達完全に騙されてた! みんなを代表して謝る本当にごめん、悪かった!」

 潔くみんなの視線が集まるほど自分の非を認めて謝罪する、羽鳥君は良識のある陽キャでよかったと透は安堵すると、唯は教室のみんなに言い聞かせる。

「というわけで聞いたみんな!? 尾崎君はLINEで告ってくるような器の小さい男じゃないから! これを送った奴は――」

 唯は一瞬だけクラスの上位グループにチラ見して言い放つ。

「――尾崎君意外の誰かだからね! 尾崎君あたしに告白するためにイメチェンして、体鍛えて、勉強の成績も上げて努力したんだから、あたしに振られたからって誰も尾崎君のこと笑う資格なんかないわ!」

 今の間は恐らくフェイクを作った奴への遠回しな警告も兼ねてるのだろう、灰沢はうんうんと頷いた。チラ見した相手はまさか、田崎か? 透はジロッと見つめると田崎は慌てて視線を外した。

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