第五章その2

 更に中間服から夏服に変わり始めた数日後の放課後、透はいつものように不安を秘めた表情の水季、唯、灰沢と廊下に出て陽奈子と合流すると案の条他のクラスからの注目が集まり、否応なくひそひそ話も耳に入る。


「ねぇねぇ聞いた? 一組の奥平さん、勧誘を追い返したって?」「聞いたよ、一時間目の休み時間に漫研、二時間目の休み時間には美術部、三時間目の休み時間には生徒会が勧誘に来たって」「その話なら私も聞いたわ、小野寺さんに近づいた人達みんな追い返されたって」「小野寺さんのpixiv見たけどラノベのイラストも描いてるらしいよ、ということはお金も貰ってるってことよね?」


 否応なく耳に入ってくる話に透は憤りを感じてるが、それ以上に唯は怒りを露にしていていた。

「あ・い・つ・ら……言いたい放題言いやがって」

 二本の角が生えて鬼のような形相で青白い炎を燃やす唯に灰沢が宥める。

「奥平、気持ちはわかるがそう熱くなるな……言いたい奴には言わせておけ」

「そうよ、ああ言う人達は言うだけ言って何もできない人達だから」

 陽奈子は毅然とした眼差しで言う、確かにネット上で嫉妬や不満ばかり口にしてる人達に似ている――いや、そのものかもしれない。水季は申し訳なさそうに弱々しく言う。

「みんな……ごめんね……私が絵を描いてるのを隠してたばかりに……」

「小野寺さんは何も悪くないよ、小さい頃から描いて、描き続けてあの画力を手に入れたんだ……誰にも悪く言う資格ないよ」

 透は水季のpixivに投稿したイラストを思い出しながら言う。最古の投稿は四年くらい前、つまり小学生の頃から投稿して辿って行くとどんどん腕を上げていて、それだけ努力していたのが窺える。

 ファンでもある陽奈子は三時間目にやってきた生徒会が許せないようだった。

「そうよ! 特に生徒会の人達本当に失礼極まりなかったわ! 水季ちゃんもう自分でイラストの仕事をしてるのに、生徒会報でイラスト描いて欲しいって頼むなんて!」

「全くだ、あの江口先輩? あの人後から来て何回も頭下げて謝っていたな」

 灰沢もさすがに溜め息吐き、生徒会長の江口先輩に同情しているようで、水季も同意見のようだ。

「うん、でもあの会長さんちゃんと理解してたみたい……仕事を依頼するなら、正当な対価を払うことを約束しろってね」

「それうちの親に言ってやりたいわよ! 小さい頃からしらす丼屋の娘だからってタダで働かせて! 明らかな児童労働よ! 知ってる? 世界には一億五〇〇〇万人くらいの子供達が児童労働させられて搾取されてるのよ――(以下省略)」

 唯は自分の親への恨み辛みを口にして、そこから将来は児童労働を無くすための国連機関に就職して親のことYouTubeで全世界に暴露してやると捲し立てていた。

 高校前駅に近づくと丁度踏み切りの遮断機が降りて、藤沢行きの電車が通過する。次の電車は一二分後くらいで透は自転車に跨がった。

「それじゃあ、僕はここで」



 自転車に跨がった透を見送ると小野寺水季は高校前駅に入り、次の電車を待つ間にいつものように他愛ないお喋りして過ごすが、周囲の視線やすれ違う生徒の話し声さえ聞き耳を立ててしまう。

 しばらくすると、鎌倉方面行きの電車がやってきて灰沢と陽奈子が乗る。

「それじゃあ、またな」

「またね唯ちゃん、水季ちゃん!」

 二人が電車に乗ると水季は手を振って見送る。

「うん、気を付けてね」

「そんじゃあねぇ!」

 唯も笑顔で手を振ると、お洒落なデザインの電車のドアが閉まって出発して見送る。

 ここ数日雨だったから晴れの日は久し振りで、ベンチに座って足を伸ばして本来なら二人だけの他愛ないお喋りをしながら過ごす、言葉が出てこない水季は聞き役に徹して唯も察してくれたのか、面白い話題や明るい話を聞かせてくれるうちに江ノ島駅で別れる。

「気を付けて帰るんだよ水季!」

「うん」

 踏み切りが鳴っての遮断機が降り、水季は自分が絵師だと知られた後も以前と変わらず接してくれたし、自分の絵を純粋に称賛して応援してくれた。

 友達ってこういう物なのかな? 水季は唯に縋り付いていいのかな? と思いながら歩いてると背後から悪意に満ちた声をかけられた。

「あんたが噂の肥後わだつみこと小野寺水季だって? 話し聞いてるよ」

 振り向くと待ち伏せしてたのかY字路にある建物の陰で女子生徒が三人。

 腕を組んで壁に寄りかかってたリーダーらしき茶髪にウェーブの高飛車な感じの女子生徒が悪巧みを考えてるような笑みで声をかけた。

 違うクラスの生徒で名前も知らない話したこともないが、直美や香織の悪い同類だと直感して震えが抑えきれなくなる。

「あ、あの……何ですか?」

 水季は一歩引きながら訊き、肩にかけてる鞄の防犯ブザーに手を伸ばす。恐れていたことが起きてしまった、イラストレーターをしてることが内外にバレると悪意を持って近づいてくる人が必ずいる。

 中学の時もそれで熊本にいられなくなった、高飛車な女子生徒は歩み寄ってくる。

「あんたさ、プロの仕事してるんだって? 弟から聞いたよ、ラノベのイラストしてるって結構金稼いでるんでしょ?」

 寒気がして全身の産毛が逆立つ、放課後にアルバイトして稼いでる子達より貰ってるのは確かだ。すると取り巻きでショートカットの女子生徒がニヤケ面で後に続いてくる。

「沈黙は肯定ってことね? だからさ、ちょっと金貸してくんない?」

 水季は震えながらもキッと睨みつけて拒否を示す、三人目の小柄でツインテールの黒髪の女子生徒がニッコリと悪意に満ちた笑みと、猫撫で声で脅しをかける。

「そんな態度取っていいのかなぁ? あたし達四組なの、あなた毎日四組の子と一緒にお弁当食べたり一緒に帰ったり、休みの日には時々遊んでるんだよね?」

 心臓を冷たい手で鷲掴みされたように全身の血液が凍り付く、まさか陽奈子ちゃんのこと? 動揺する水季を高飛車な女子は見逃さず冷たい笑みを見せる。

「仲良くしてるの知ってるわ、聞いてみると楽しそうに話してたわよ……そんな可愛い友達が悪い奴に苦しめられるの、見たくないはずよ」

 水季はカタカタと震えそうになる、夏が近づいてるはずなのに凍るように寒いと思った瞬間。

「はいはいとんでもない猫を被ったとんでもない下衆どもね」

 江ノ島駅の方から聞き馴染んだ声がして視線を向けると、奥平唯がこっちに向かって歩いて来て水季と目が合うと頼もしげに微笑む。

「……唯? どうして?」

「紺野さんが教えてくれたんだよ、最近四組で悪巧みを考えてる奴がいるって……それって木坂きさかさん達のことだよね?」

 聞き馴染んだ男の子――尾崎君の声がすると高飛車な女子は振り向く、つまりの水季の変える方向から自転車を押し歩み寄って来る尾崎透に、木坂という女子生徒は憎たらしげに睨む。

「尾崎……あんたいつの間にいたの?」

「木坂さん達こそ、紺野さんを人質にして小野寺さんを脅そうとするなんてね」

 透は凛とした眼差しで木坂を睨み返し、唯も腹黒い笑みを見せる。

「陽奈子からも聞いたわよ、山崎やまざきさんに小原こはらさん、最近急に気さくに声をかけてくれるようになったんだってね?」

 木坂の取り巻きである山崎と小原は図星らしく、必死で反論する。

「だ、だから何よ! クラスでいつも一人でいるから声をかけてあげただけよ!」

「そうよ! ザキの言う通りよ!」

 どうやらショートカットが山崎でニックネームはザキ、ツインテールが小原らしい、唯は微笑むが目は笑ってない。

「あ~らそれはありがたいけど――頃合い見計らっていじめっ子に豹変する気よね?」

 唯は敵意と殺意を秘めた眼光になると、山崎と小原が「ひぃっ!?」と怯える。

「あらあら見抜いてたのね、紺野さんみたいな子ってすぐ信用しちゃうんだから……それに尾崎君と奥平さん、因縁の組み合わせね……喋っちゃおうかな? ひ・み・つ」

 木坂は透と唯に一瞥しながら意地の悪い笑みを見せると、唯は敵意と殺意を更に増した眼光で奥歯をギリギリと噛み締めてるのがわかった。

「あんたね……そういうところよ、中学の時から一緒になるのはお断りだと思ってたの」

 木坂は悪びれる様子もないが、透はそっと目を閉じると一呼吸置いてゆっくり目を見開き、覚悟を背負った笑みに変わって凛々しさすら感じる口調になる。

「言いふらせるなら言いふらしていいよ。その代わり、他の男子がどうして僕が奥平さんに告白して振られたこと、大袈裟に捲し立てて笑い者にしてた意味を考えてね」

 尾崎君、唯に告白したことがあるの!? それじゃもしかして今も唯のことを? 水季は思わず唯と透を一瞥すると木坂は気にくわないという表情を見せる。

「何が言いたいのよ?」

「自分の頭で考えなさい、あたしに告白してきた男子はそれなりにいたわ……だけどどうして尾崎君だけ笑い者にされ、晒し者にされたかよ? きっと笑っちゃうくらい面白い話しよ……それともし、陽奈子に何かしたら……手段は選ばないからね」

 唯が睨み殺す程の冷たい眼差しと無表情で言うと、さすがの木坂も本気だと感じたのかフンとふてくされる。

「もういいわ行くよ、嫌な奴らと仲良くなりやがって……」

 取り巻きを連れて湘南モノレールの下を通る道の方へと歩き去って行った。

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