第四章その1

 第四章、打ち上げの江ノ島


 体育祭を終えたその日の夜、透は風呂から上がってベッドに寝転がり、スマホを見ると今日の体育祭のことがSNSで話題になっていた。

 湘南にある高校の体育祭で熱中症で倒れた女の子を、男の子がお姫様抱っこして保健室に連れて行き、そのあとフォークダンスでその男の子が保健室へ迎えに行き、手を繋いで戻ってきてそのまま一緒に踊ったという。

 透は目を見開いて間違いない、僕と小野寺さんのことだ! しかも動画や画像が多数出回ってるから間違いない、SNSでの反応も様々だった。


「甘酸っぱぁああああい!! 超羨ましい、私もイケメンの王子様にお姫様抱っこされたい!」「おいコラァッ!! 誰に断ってアオハルしてんだよぉっ!!」「お姫様抱っこして保健室までって、結構体力と力いるよ! その子、女の子のことが好きかも? きっと愛の力ね!」「はぁっ? 何であんな見るからに陰キャが目立つの? 有り得んだろ」


 そして手を繋いで戻ってきてそのまま一緒に踊る写真まで撮られ、不鮮明ながらも表情がわかる程度の動画も出回っていた。


「懐かしいなマイム・マイム、中三の時に好きな子と一緒に踊って今は私の妻です」「←妄想乙、お前も俺みたいに露骨に嫌がられただろ?」「二人とも表情輝いて眩しい!」「おい……勘違い陰キャの癖に何楽しそうに体育祭で踊ってるんだ?」「ヤバイ! エモい! 尊い! そしてあの頃に戻れないから死にたい!」「アレ? ワイノセイシュンニ、コンナシーンナカッタケド? バグ? フグアイ? コショウ? ナンデ? ナンデ? ナンデ? ナンデナンデナンデナンデナンデ?」


 透はこんな形で目論みが成功するとは思わず、一種の恐ろしさを感じながら唯のアカウントを見る、いつの間に先生の目を盗んで撮ったのか、沢山の写真がアップされてその中には教室で撮った五人の写真もあった。

 透はSNSアプリを閉じてアルバムを開くと、LINEで保存した写真が一枚一枚じっくりと眺める。次は小野寺さんの隣に立ちたいな、そう考えてると唯からLINEが届く。

『尾崎君! 水季! SNSで話題になってるよ!』

『うん知ってる』

 透は返事を送ると、水季は恥じらいのLINEスタンプを送ってくる。陽奈子もトークに参加してメッセージを送ってくる。

『尾崎君大活躍だったね! みんな羨ましがってるよ』

『少なからずの嫉妬と私怨の書き込みもあったけどね』

 透は返信すると灰沢も尤もなメッセージを送ってくる。

『そんなもの気にするな、嫉妬や私怨を書いてる奴は口だけで何もできない奴さ』

『灰沢君の言うことそのままSNSで発信したいよ』

 唯は苦笑のスタンプと一緒に返信すると、打ち上げの提案をしてくる。

『明日さ、予定空いてるならみんなで遊びに行こう!』

『いいね行こ行こ! どこ行こうか?』

 陽奈子が話しに乗ると、水季がリクエストする。

『私は江ノ島とか見て回りたいな。今年引っ越してきたばかりだから、この辺りことよく知らないの、だからみんなで見て回りたいの』

『そうか! そうだよね! 一人で回るのとみんなで回るのとでは全く違うもんね!』

 陽奈子が賛成すると灰沢も同調する。

『地元を観光……悪くない提案だ』

 透も悪くない気がすると、唯は冷や汗流したスタンプを送る。

『江ノ島ってあたしの家があるんだけど……いいよ! OK! 明日は江ノ島ね!』

『それで集合時間と場所は? どこにする?』

 透はLINEで訊くと、集合場所は明日の一〇時に江ノ電江ノ島駅に決まった。


 翌日、出掛ける前に天気予報を見ると晴れるのは今日までで、明日辺りから梅雨入りするらしい。だいぶ暑くなり始めた六月最初の日曜日、透は良さそうな服を選んで自宅を出ると自転車に乗って江ノ島駅近くの駐輪場に止める。

 集合時間の一〇分前に待ち合わせ場所の江ノ島駅の三角屋根の下にある改札近くに到着すると、既に私服姿の灰沢と陽奈子が待っていた。

「おはよう灰沢君、紺野さん」

陽奈子はこの前とは打って変わって白いワンピースにデニムの七分袖を羽織り、ポシェットを肩にかけてカンカン帽を被っていた。

 灰沢の方はというと、ジーンズのズボンにトップスはシャツの上にベストを着てキャップを被り、まるで釣り人みたいな格好だった。

「おはよう尾崎、もうすぐ小野寺と奥平も来るみたいだ」

 灰沢の言う通り、五分程で水季がやってきた。

「おはようみんな」

 今日の水季は水色のショートパンツにスニーカーを履いて健康的な美脚を披露し、白のノースリーブブラウスにベージュのパナマ帽を被り、タブレットを入れてるのかトートバッグを肩にかけて活発な印象を与える。

 顔には化粧をしてるのかいつもより大人っぽくて、真っ先に陽奈子が見抜いた。

「おはよう水季ちゃん! 今日は暑いね! もしかしてお化粧したの?」

「うん、お祖母ちゃんに教えてもらったの……もうすぐ蝉が鳴く季節だね?」

 水季は遠くみるような眼差しで夏が近づいた空を見上げる、透はその横顔がとても眩しくて、池袋に行った時に唯が横顔を撮った理由が何となくわかった気がした。



 その数十分前、両親が忙しく開店の準備をしてる間に奥平唯はこっそりメイクして着替え、愛用のショルダーバッグに必要な物を詰め込んでパンプスを履き、家の玄関から出ようとしていた。

「ちょっと唯! 勉強しないなら店手伝いなさいよ!」

「悪いけど今日は友達と大事な約束があるのよ」

「あんた聞いたわよ、高校では部活は入ってないんだって?」

 唯は思わずギクッとしながら母親の小言を振り切る。

「どうしてそんなこと知ってるのよ! そんなのあたしの勝手じゃない、いってきます!」

「あっコラッ! 唯待って! 行くならついでにこれを坂井さん家に届けてちょうだい」

 母親は唯に二一世紀になって四半世紀が経つと言うのに、荷物を包んだ緑色の渦巻き柄の風呂敷を押し付けてきた。

「げっ!? わかったわ、いってきます!」

 押し付けられた荷物を持って玄関の扉を閉め、そこから表の弁財天仲見世べんざいてんなかみせ通りに出ると、既に観光客で溢れかえっていた。

 江ノ島は高低差があり、アップダウンの激しい石段を上ったり下ったりしないといけない。唯は文句を呟きながらも、江ノ島神社正面右側の近道を利用する。幼い頃から鍛えた健脚で足早に江ノ島の奥にある坂井さん家に届けると、すぐに来た道を急いで戻る。

「ヤバいヤバいヤバい間に合うかな?」

 そう呟きながらも以前に比べて、みんなに会うのが楽しみな自分に気が付く。

 中学の時は友達の表情や周りの空気を読みながら、先生や親の言うことをそれなりに聞いて、由香里とやりたくもない部活動や夏期講習、受験合宿に参加して周りに合わせていけば集団から浮いたりすることはなかった。

 でもそれじゃ、いつまで経っても誰かの物語の脇役だと気付いて高校では自由に生きようと決心したんだ。

 そう考えながら江ノ電江ノ島駅に向かい、合流時刻の数分前に到着した。

「おはようみんな!」

 唯はみんなを見つけて声を上げた瞬間だった。

「おはよう唯ちゃん!」

 陽奈子は穢れなど一切知らない幼い女の子のように満面の笑みで手を振る。

 その瞬間、気配を見せ始めた夏の空に浮かぶ雲のように白いワンピースにカンカン帽、可愛らしいポシェット、シンプルだけどそれだけダイレクトに伝わる可愛らしさに、唯は一瞬で心を奪われた。

 唯の前に爽やかな向かい風が吹いて栗色の髪がなびき、瞳に映る世界が一瞬でカラフルに美しく、夏の太陽のように眩しく輝き始めた!

「お、おはよう陽奈子! ってかなにその格好、超似合う!! っていうかメッチャ可愛い!!」

「あ……ありがとう唯ちゃん、唯ちゃんも今日はなんか大人っぽくって……可愛いね」

 唯はモジモジ照れながら上目遣いで言う、その仕草が天使のように愛らしく、心がキュンキュンしててもう平静を装うのがこんなに大変だとは思わなかった。

「うん! 今度メイクを教えるわ!」

 唯は表面上気さくな笑みで言うが、内心では自分でもドン引きするほどうっとりしていた。

 な……何? 何この子? 天使の生まれ変わり? 超可愛いいいぃぃぃぃっ! 声に出したい衝動を胸の内に留めながらみんなが揃ったことを確認すると、灰沢が唯に言う。

「それじゃ行こうか、でもよかったのか奥平? 自分の家の近くまでとんぼ返りすることになるのに」

「いいのよ、みんなで歩いて行くことに意義があるのよ。灰沢君もよく江ノ島に行くでしょ?」

「ああ、釣具を持たないで行くのは久し振りだ」

 通りで釣り人みたいな格好してる訳だ。この前の親睦会の時も釣り人みたいな格好をしてたなと思い出しながら歩き、水季が興味の眼差しで訊いた。

「灰沢君って釣りをやってるの?」

「ああ、色んな魚が釣れるんだ。相模湾の生物の多様性は明治の頃から世界中に注目されていてね、それにすぐそこに深海もあるから相模湾を研究してる学者も多い」

「深海……」

 灰沢の言葉に海が好きな水季は呟く、唯の前を歩く透と水季の間に灰沢は真ん中で饒舌に淡々と話し、右にいる水季は真摯に耳を傾けてるが、その傍らで左にいる透は複雑そうな眼差しで見つめて唯は思わずにやける。

 おやおや? 尾崎君、その目は? もしかしてヤキモチ妬いてる?

 そう思いながら地下通路を通り、地上に出ると縦横無尽に行き交う人々、鳴きながら飛び回るカモメやトンビ、心地よく吹き付ける潮風に、絶え間なく寄せては返す波の音、それはここにいる者でしか味わえないものだ。

「ねぇ、せっかく五人で来たからここで写真撮ろうか!」

 陽奈子が提案するとみんな賛成しくれて、本土と江ノ島を繋ぐ弁天橋の入り口にある石碑と東京オリンピックのモニュメントの前で自撮り棒を取り出し、その間に並ぶ。

 陽奈子が真ん中に立つと左右にそれぞれ水季と唯、左右の端に透と灰沢が立って唯は思わずそっと横目で視線をチラ見すると、透も横目で水季を見つめていた。

 わかり易いね尾崎君、にやけると陽奈子が合図する。

「撮るよ、ハイ・チーズ」

 ヤバッ! 唯は急いで視線をカメラに戻すとシャッターが切られる、案の条唯は写真で変なにやけ面になってしまったのはご愛敬。早速、LINEで送られてきた写真を保存してSNSにアップする。

「よし、これでまた思い出の一枚」

 変な顔になってしまったが、いつかは大切な思い出の一枚となるだろう。

 唯はそう思いながら友達と喋ってるうちに江ノ島に入り、多くの観光客で賑わう仲見世通りに戻ると、いつも見ている江ノ島の景色が違って見えた。

 その瞬間、唯は何をするべきかを感じ、決意を固めてみんなに言った。

「ねぇみんな、お昼はあたしの家でしらす丼食べよう! あたしが奢るから!」

 唯は財布の有り金を全部使うつもりで、スマホの時計を見ると既に開店してるところだった。

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