第三章その5

 体育館そばの自販機でこっそり水分補給して応援席に戻ると、みんなから好奇の眼差しで迎えられ、羽鳥がニヤニヤしながら称える。

「尾崎、お前さすがだな! あんなこと俺達でもできないぞ!」

「かっこよかったぜ尾崎、お前のこと見直したぞ!」

 中林は屈託のない笑みで言うと、木村も称賛する。

「今日の夕方か明日の今頃にはSNSでバズりまくってるかもな!」

「ありが……とう……みんな……リレー、頑張ってね」

 透は照れ臭いと気持ちになりながらも、残り少ない競技を応援するため応援席のテントに入って席に座ると案の条、顔を真っ白にした田崎が隣に座る。

「尾崎、お前本当にやってくれたな」

「何ができるか考えてやっただけだ、ああでもしなかったら小野寺さん病院送りになってたかもしれないし、熱中症って後遺症で寝たきりになることもあるんだ」

 透は正論を述べると田崎は気に入らないのか、それ以上は言わなかった。表情には出さなかったが、きっと腹の底では悔しそうに嫉妬で渦巻いてるかもしれない。

 ざまあみろ!


 それから一時間経つと体育祭の花形であるリレーで一組は三位で終わり、締めのフォークダンスの時間が近づくが、水季が戻って来た様子もないし戻ってくる気配もない。

「ねぇ誰か水季見てない? まだ戻ってないよね?」

 唯が直美達のグループに言うとみんな見てないらしく、直美は首を横に振る。

「ううん、見てないよ」

「まだ保健室で休んでるんじゃない?」

 香織は保健室がある校舎の方を見つめると、由香里も校舎の方を見つめる。

「呼びに行ったら? フォークダンス始まるまでまだ少しかかりそうだし」

「そうね……あっ、尾崎君!? どこ行くの!?」

 背後から唯の声が響く、躊躇ってる場合じゃなかった。羽鳥君みたいに思い立ったら行動に移せるところを羨ましく思ってたが、それは違う。やってから後悔しても遅くないし、やらずに後悔するよりはずっといい。

 校舎にある保健室に到着し、息切れしながら保健室のドアを開けると養護教諭が目を丸くして見つめる。

「あら? さっきの尾崎君?」

「あの、小野寺さんの具合は?」

「ああ、もう大丈夫よ。小野寺さん、迎えが来たわよ」

 透は訊くと養護教諭は微笑んでカーテン越しにベッドで休んでる水季に呼び掛けると、きょとんとした顔で水季が出てくる。

「尾崎君?」

「小野寺さん、フォークダンスが始まる。だから……」

 そこで透の言葉がふいに途切れる、言葉にすることを躊躇ってそこで初めて気付いた。


 ああ、そうか……僕は……この女の子に恋してるんだ。


 心臓が破裂しそうな程、心拍数が上がって全身もじんわりと暑く感じ、ほんのゼロコンマ数秒の長い躊躇いを振り払いながら手を差し伸べた。

「一緒に踊ろう!」

 水季は一瞬、困惑の表情を見せた。だけどの次の瞬間には柔らかくて妙に艶っぽい笑みになって頷いた。

「……うん!」

 水季は透の手をそっと握り、急いでグラウンドへと戻る。遠回りになる入退場門を通らずに、手を繋いだままカメラを構えてる保護者席の隙間を縫ってグラウンドに入ると、たちまち他の生徒、保護者、先生達から注目が集まる。

 もう間もなくフォークダンスの『マイム・マイム』が始まるらしく、いくつもの輪ができている。

「水季! 尾崎君! こっちこっち!」

 唯が大声で手を振っている、透は「あそこだ!」と水季の手を引っ張りながら唯と羽鳥の間に入れてもらった瞬間『マイム・マイム』がスタート!

 透は右手に水季、左手に唯と手を繋いで踊り、時折掛け掛け声を上げる。体育祭の締めくくりだけあってみんな無邪気に笑い、掛け声を合わせ、時折叫びながら輪を縮めて走り、そしてまた輪を広げる。

 透は時折、水季の横顔を横目で見ると眩しい笑顔で爽やかな汗を光らせていた。連れて来てよかったと、安堵しながら踊ってると楽しい時間はあっと言う間だった。

 好きになった女の子と手を繋いで爽やかな汗を流し、光らせている。青春というのはそういうものかもしれない、懐かしいな中学のフォークダンスはオクラホマ・ミキサーであと一人のところで終わって苦い思い出になってしまったが。

 夢のようなフォークダンスは一瞬のように儚い一時で終わってしまうと、保護者席からの拍手で締め括られる。そのまま閉会式が始まるから整列しようとした時だった。

「尾崎君」

 水季の透き通る声で、透は顔を向けると彼女は晴れやかなで少し艶やかな笑みを見せていた。

「連れ出してくれて、ありがとう」

「いや、その……」

 透は頬を仄かに赤くして視線を逸らそうと思ったが、そこで逸らしては駄目だ! 踏み留まって逸らさずに水季の宝石のような瞳を視線で貫くつもりで見つめる。

「小野寺さんも! 一緒に踊ってくれてありがとう! 凄く楽しかった!」

 水季ははにかんだ笑みで頷くと、唯がニヤニヤしながら絡んでくる。

「尾崎君、まるで告白みたいよ」

「なあっ!?」

 透は顔を真っ赤にすると、水季も恥ずかしそうに俯く。唯は屈託のない笑みを見せる。

「ふふふふふふ……でも今日の活躍、本当に見直したし……本当にかっこよかったよ」

 唯はウィンクして親指を立てた。


 閉会式が終わり、あっという間の一日だったけど楽しかったな……尾崎透は祭りの後のような寂しさを感じながら片付け作業に入る。

 テントは野球部とサッカー部を中心にした運動部だ。椅子は教室で使ってた物なので、透は椅子を持って教室に戻るとクラスメイト達の中には早速スマホを取り出して記念撮影してる。

 帰りのホームルームまで時間あるのか、他のクラスの生徒もちらほらいて陽奈子もそれに紛れ込んでやってきた。

「唯ちゃん、水季ちゃん! 撮ろう!」

「OK! 水季、行こう!」

 唯はスマホを取り出し、水季を手招きすると彼女は「うん」と頷いて三人で記念撮影する。

 微笑ましく見ていると、羽鳥が誘ってきた。

「尾崎、一敏! 庭井と四人で撮ろうぜ!」

 透も、灰沢、羽鳥、庭井の四人で「綱引きカルテット」と称して田崎にとってもらうと、唯が大声で呼んだ。

「尾崎君! 灰沢君! 一緒に撮ろう!」

「おっ尾崎、灰沢、行ってこい!」

 羽鳥は快く送り出す言葉を口にすると灰沢は自然に微笑んで「ああ」と頷くと、透も「ありがとう」と言って三人の所へと行くと唯は「そうだ!」と言って田崎を呼び出す。

「田崎君、あたし達も撮ってくれる?」

「あっ、はーい喜んで」

 唯には頭が上がらない田崎は表面上では快く応じるが、腹の底は嫉妬で渦巻いてるかもしれない。唯は田崎にスマホを渡すと前列二人、後列三人になる、田崎から見て後列三人は女子で真ん中に水季、左隣が唯で右隣が陽奈子、前列に左右に透と灰沢が片膝立ちにして並ぶ。

「それじゃあみんな笑って……いいよ」

 唯の合図で田崎はビジネススマイルでスマホを構えるが、微かに青筋を立てていた。

 透は最高に誇らしげな笑みを田崎に向けた。

「ハイ・チーズ!」

 シャッターが切られると、唯は「サンキュー」と言ってスマホを返してもらい、すぐにスマホを操作すると透のスマホにLINEの通知が鳴る。送られてきた写真には灰沢は柔らかく微笑み、陽奈子はニッコリダブルピースサインを突き出し、唯はウィンクして目元に横ピース、水季は穏やかな笑みを見せていた。

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