第一章その5
別行動に入ると透は田崎がいなくなったことで一先ず安堵し、唯は灰沢と案内板を見ながら何か話していて、少し離れた所で立ってる水季はどこか落ち着かない様子だ。
「小野寺さん、どこか行きたい所とかあるの?」
「えっ? う、うん」
「言っていいよ、僕も一緒に行くから」
透はやんわりと背中を押す、水季は口にするのを躊躇いながらも歩み寄って声を絞り出す。
「は、灰沢君、ゆ……唯」
「ん? どうしたの水季? もしかしてどこか行きたいの?」
唯は振り向いて訊き、灰沢も無言で振り向いて耳を傾けるように言葉を待ってる。
「あの……す、水族館……行く?」
水季は真剣な眼差しで言葉にする。見ている透も何故か緊張して一秒が長く引き延ばされた気がすると唯は満面の笑みで頷く。
「うん、行こうか」
水季は嬉しさいっぱいに微笑むと、灰沢も同調する。
「俺も行くよ、最近水族館行ってなかったからな」
透は思わず安堵すると、四人は早速ワールドインポートマートビル屋上にあるサンシャイン水族館へと向かう、水季の後ろ姿がなんとなく嬉しそうで上機嫌な気がした。
チケットを購入して中に入ると、ゴールデンウイークの土曜日だけあって特に家族連れやカップルで賑わって混雑していた。
大水槽の前で透はそっと横目で隣にいる水季の横顔を見る。
彼女は瞳を宝石のように輝かせながらゆらゆらと泳ぐ小さな魚を視線で追いかけ、小さな命を慈しむ母性的な女神のように穏やかな笑みを見せる。
透は慎重にさっきのように脅かさないように声をかける。
「小野寺さんって、水族館が好きなんだ」
「うん、旅行に行った時に近くにあると必ず行くくらいね」
「少しわかる気がするよ、やっぱり……クラゲとか好き?」
透は少し躊躇って訊くと、水季は微かに微笑んだように見える表情で頷く。
「ずっと見ていられるくらいね」
水季が振り向くと、すぐ後ろはクラゲが飼育されてるエリアの入口がある。透は心拍数を速めがら誘った。
「行って……みようか?」
「うん」
水季と中に入ると、大型の水槽にいっぱいのミズクラゲが泳いでいて、水季は瞳の奥底から輝かせ、透はこっそりと水季の横顔を盗み見ると、儚げな笑みを見せてる。
すると反対側から唯がニヤニヤしながらスマホを構えて写真を撮る。
「!? 唯?」
「水季、あんた今凄く綺麗な顔してたよ」
「そ、そんなことないよ」
水季は頬を赤らめながら謙遜するが、とても綺麗な横顔でそれこそ目を合わせたら奥に輝く瞳に魂が吸い込まれてしまいそうだった。
「謙遜しなくていいわ。水季は気付いてないかもしれないけど、あたしが持ってないものを沢山持ってるの……あたしはそこに惹かれて友達になりたいって思ったのよ」
クサイ台詞だが唯の言う通りだ。水季は放課後絵を描いてるのを唯に話してるのかどうかはわからないが、すると水季、灰沢、透のスマホの通知が同時に鳴る。
一斉に取り出して見ると、唯が「横顔美人」とタイトル付けてLINEで送ってきた。
灰沢はスマホを取って率直に訊く。
「奥平、なんだいそれは?」
「えっ? タイトル通りよ」
唯がそう言うと水季は涙目になって怯えてるのか、フルフル震えてる。
「わぁああああごめんごめんごめん! 尾崎君、灰沢君、やっぱ保存しないで消して!」
流石の唯も大慌てで謝り、灰沢は淡々とスマホを操作して削除した。
それから四人で水族館を回り、魚や生き物写真を撮るのに四苦八苦したり眺めたりすると、透は友達と一緒に遊ぶのがこんなに楽しいものなのかと、一種の心地よさを感じながら外の屋外エリアに出た。
水槽にはアシカやオタリアが、奥に行くとコツメカワウソが飼育されていて、唯は瞳を輝かせてうっとりした顔になる。
「可愛い~! 抱っこして頬ずりしてモフモフしたい!」
「噛まれたら痛いじゃ済まないぞ、甲殻類をかみ砕くほどの顎の力は強い」
灰沢は豆知識を言うと、唯は構わず眼差しを注ぐ。
「へぇ~強いけど可愛いんだね」
水季の方はというと、オーバーハングした水槽の天井を泳ぐケープペンギンをボーッと眺めている。透は歩み寄りながら見上げながら呟く。
「絵の題材になりそうだね」
「うん……来てよかった」
水季はスマホを構えて写真を撮る、やっぱり彼女なのか思いながらとその横顔を見つめてると、水季は視線に気付いたのか仄かに頬を赤くしながら見つめる。
「あの……尾崎君」
「うん」
水季は恥ずかしさを押し殺して何か言いたいらしく、透は頷いて聞く姿勢を見せると水季は頬を赤くして真剣な眼差しで見つめながら、決して大きくないがハッキリと告げた。
「さっきは背中を押してくれて……ありがとうございました」
「あっ……いえ、どういたしまして」
透も思わず改まった口調になると、水季の強張った口元がゆっくりと緩んでそれが微笑みに変わると、透は「あっ……」と思わず見惚れて頬を赤くし、心臓の鼓動が速まって微笑みを返す。
綺麗な子で、笑うと凄く可愛い水季と微笑みを交わした。何気ないことだけど、とても掛け替えのない一瞬。
すると、唯が灰沢を連れてきてスマホを取り出す。
「ねぇねぇみんな! 一緒に撮ろうよ!」
「うん」
透は微笑んで頷くと水季も微笑んで頷く。四人で横に並ぶと画面にはペンギンが泳ぐ水槽を背景に左から唯、水季、透、灰沢と四人で撮ると、透は冗談のつもりで訊いた。
「これSNSにでも投稿するの?」
「大丈夫よ。顔はちゃんとスタンプで隠しておくから、それにSNSのアカウントが消えてしまってもみんなで共有しておけば誰かが残してくれるかもしれないし、何気ない写真もいつかは掛け替えのない一枚になるかもしれないから」
唯はそう言いながら楽しげにスマホを操作する、今の透にその言葉が尊いものだと強く感じてると、すぐにLINEで送られて来る。
掛け替えのない一枚……その言葉が透の胸に焼き付き、温かい気持ちになって送られてきた写真を保存する、集合時間までまだ時間があるなと、スマホを見ると水季はさっきより躊躇う様子もなく、みんなを誘う。
「あの、もうすぐアシカのパフォーマンス始まるから見に行きましょう」
「いいね! 行こ行こ!」
唯が瞳を輝かせて頷くと、アシカのパフォーマンスが行われる広場には既に人が集まり始めていて、辛うじて席を確保することができた。透の左隣から唯、水季、灰沢の順に座って待ってると、トレーナーがアシカを連れてやって来て盛大な拍手で出迎える。
唯は無類の動物好きなのか、無邪気に瞳を輝かせる。
「見て見て水季、アシカ超可愛い!!」
「うん見ててね唯、アシカって凄く器用で賢いんだよ」
水季の言う通り、アシカの器用さと頭の良さには透も関心しながら見る。
アシカのパフォーマンスを見ている間、透は時折こっそり水季の横顔を盗み見る。
彼女は慈しむような眼差しで微笑んだり、楽しそうに無邪気に笑ったり、頑張れと声援を送ったりと、意外と表情豊かで一人で見ていたら得られないもの、共有できる思い出の中に自分はいると気付く。
唯を挟んで見えるのに果てしなく遠く見える、もし隣にいてくれたらどんなに素晴らしいものだろうと、少し切ない気持ちを感じながらアシカのパフォーマンスを楽しんだ。
アシカのパフォーマンスが終わると水族館を後にして、唯は満足げに背を伸ばしてお礼を言う。
「ああ~楽しかった! 水季、今日はありがとねっ!」
「わ、私は何もしてないよ」
水季は少し恥ずかしそうに首を横に振る。
「ううん、あの時の水季、凄く勇気を振り絞っていた。その勇気があったから、あたしも灰沢君も尾崎君も楽しい思い出が出来たのよ」
唯の言うことは正しい、灰沢も同じ気持ちなのか気を許したかのように微笑む。
「ああ、奥平の言う通りだ、楽しい水族館だった」
「だってよ水季、ほんの小さな勇気でも、今日という一日を変えられるんだから」
唯の言葉に透もそうだと思わず頷いて気付く、そんなところだったんだよなと、透は少し切ない気持ちになりながら合流場所である噴水広場へ向かう。
今日はとても楽しかった。透は内心みんなに感謝しながら一七時になって集合すると羽鳥はニヤニヤしながら歩み寄って灰沢に訊いた。
「お帰り一敏、お前楽しかったそうだな?」
「まあな、来てよかった」
灰沢は穏やかな笑みで言うと、羽鳥はホッと胸を撫で下ろした様子だ。直美と由香里も唯と水季の所に歩み寄り、直美が訊いた。
「LINEで送ってきた写真見たよ、水族館楽しかった?」
「うん、アシカのパフォーマンス見たけどごめん写真撮るの忘れちゃった」
唯は水季と一緒に夢中になって見て忘れたようだが、それでいいような気がする。由香里も気にする様子もなさそうだ。
「まっ、また今度来る時自分の目で見ればいいんんじゃない?」
「そうね、また行く理由もできたし」
直美は由香里と笑みを交わす、田崎は嫉妬に満ちた眼差しで透に訊く。
「尾崎、水族館はどうだったんだ?」
「楽しかったよ。いろんな魚も見れたし、みんなで行くと一人で行くのとは違った感想になる。そっちはどうだった?」
「へぇ……水族館なんてリア充の定番中の定番だな、俺は歩き過ぎて疲れた……ブティックやジュエリーショップを回り過ぎた……っていうかそれにツイて行ける羽鳥君体力あり過ぎ」
田崎は体力的にも精神的にも疲労困憊の表情を見せる。どうやらショッピングに徹していたらしく、その証拠に直美と由香里はブティックやジュエリーショップの買い物袋を手に下げていた。
その帰りの東海道線の電車の中、唯と水季は疲れたのか寄せ合いながら寝ていて、そんな二人を守るかのように直美と由香里は二人を挟んで小声でお喋りしながら過ごす、田崎は少し離れた所の空いた席で爆睡して灰沢と羽鳥は楽しそうに雑談してる。
透は試しにSNSで肥後わだつみのアカウントにアクセスすると、今日行ったサンシャイン水族館の写真と共に『今日、入ったばかりの高校の友達と池袋に遊びに行きました』と書かれていた。
「えっ!?」
透は思わず、まさか水季が肥後わだつみ? と思いながら更に読むとクラゲの水槽を撮った写真と共に『今度の絵の題材にします』と書いていた、まさかと思いながら透はスヤスヤ眠る水季を見つめた。
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