第一章その4

 一行はJR東海道線の湘南新宿ラインの電車に乗る、親睦会は東京池袋に行ってみんなで遊ぶという。騒がしい所は苦手だと思いながらも、透は小野寺さんや奥平さんとなら悪くないかと思いながら一時間前後で到着した。

 JR池袋駅東側の改札を抜けると、新興感染症のことなど忘れたかのような高密度の人の流れについて行って地下道を通り、35番口から地上に出る。

「それじゃあ、サンシャインシティに行こう!」

 由香里が言うとみんなが同調する。特に田崎は「ウェーイ!」と無駄にテンションを上げて羽鳥も同調して「イェーイ!」とテンション上げてハイタッチした。

「パリピの気質あるわね、あの二人」

 唯は苦笑して言うと直美も呆れた表情で言う。

「あたし達もあんまり人のこと言えないわよ」

 だが唯の言う通り、確かに羽鳥はパリピの気質はあるが、田崎はと言うと「?」が付く、すると水季は微かに期待したような笑みで呟いた。

「……サンシャインシティ」

 透も行ったことないから悪くないかと思いながら一行について行く、池袋駅からサンシャインシティまで歩いて移動する間、灰沢一敏と話して好きな本について訊くと饒舌に話してくれた。

「――後味の悪い話しだったが、俺は気に入ってる。八〇年近く前から警告していたが今のSNSがまさにそれだ」

 灰沢が第二次世界大戦直後に書かれた近未来ディストピア小説――ジョージ・オーウェルの「1984年」のことを話してる間に、大勢の人が行き交うサンシャインシティ60通りを歩くと、大きなスクリーンを目印に地下に通じるエスカレーターで並んで降りた。

 また広い地下道を歩くと、水季はハンバーガーレストランの出入口を見つめた。

 水季が一瞥したハンバーガーレストランは町の至る所にあるマクミラン・バーガーのような、ファーストフードフード店に比べて店舗数が少なく、小田急片瀬江ノ島駅の近くにもあるお店だ。

 少々値段は高いが味は相応に美味い、食べたいのかな?

 そう思ってるうちに一行は中のお店を見回ったり、書店に立ち寄る。目的の本は灰沢が教えてくれたジョージ・オーウェルの「1984年」を買って店を出ると、歩きながら唯が訊く。

「何買ったの尾崎君?」

「ジョージ・オーウェルの『1984年』っていうイギリスのSF小説さ、さっき灰沢君がSNSのフォロワーさんから教えてもらったって話してくれたから買ってみたんだ」

 そう言って透は袋ごと文庫本をウェストバッグに押し込むと、田崎がからかう。

「尾崎、お前そんな古くて難しい小説読んでたっけ?」

「読んでみないとわからないぞ、これ後の時代の映画、音楽、漫画、果てはゲームにまで影響を与えたって……」

「ゲームまでね……読み終わったらどんな話しだったか聞かせてよ!」

 田崎は楽しみにしてると無邪気に微笑むが、人から聞いた話しを自分が得た知識にしようとしてるのかも? 唯も同じ考えなのかジト目で見つめて釘を刺す。

「自分で読んで自分の感想を持つっていう発想はないの?」

「あ……いや、丁度電子書籍で買ってダウンロードしようと思ってるんだよ」

 田崎は全身から冷や汗を流してると、灰沢は背後から貫くような威圧感満載の眼差しと声で言う。

「電子書籍より紙の本をお勧めするぞ」

「そ、そう言うなら買ってくるよ!」

 田崎は涙目になりながらスマホをポケットに押し込んで書店に入った。

 お昼になると、みんなでレストランに入るがゴールデンウイークの土曜日だから家族連れやカップル、透達のように学生や若者グループで溢れてるから透達の入るレストランもしばらく待つ上に八人分の席は確保できるか怪しい状況だった。

 男子の纏め役である羽鳥がみんなに言う。

「店員さんに聞いたけど、八人分の席を確保するの難しいので二手に分けるけどいい?」

 それにみんな同意する、問題はグループ分けで女子の纏め役である直美がみんなに訊く。

「それで四人、男女二人ずつで分けようと思うの?」

「異議なーし」

 由香里が賛成し、唯も「賛成」と頷き、田崎は「ウェーイ!」と無駄にテンション上げて残りのメンバーも頷くと決まりで唯は早速水季を誘う。

「水季、一緒に食べよう!」

「うん!」

 水季は嬉しそうに頷くと、羽鳥は灰沢に視線を見つめる。

「一敏、お前は奥平と尾崎達のグループに行きな!」

「えっ?」

 感情を表に出さない感じの灰沢が動揺を露にする。

「昔からお前は一人になり過ぎだし俺にも頼り過ぎだ、そろそろ誰かと楽しい時間を過ごすことを覚えろ」

「……わかった」

 いつも一人で過ごすことが多い灰沢は渋々受け入れた様子だ、透は水季と唯なら安心できるし、さりげなく田崎から離れしてくれた羽鳥には後で感謝しよう。


 幸いにも羽鳥、田崎、直美、由香里のグループとは手の届かない距離で透は灰沢の隣、向かって水季、斜め前に唯とようやく落ち着けると安堵する。

「尾崎君もあいつの相手するの大変ね、水季も気をつけてよ。人畜無害を装って本性はドス黒い欲望の塊だからね」

「う、うん……気をつける」

 水季は気まずそうに微笑みながら頷く、お喋りしながらランチを食べてる間、灰沢は直美や羽鳥とは小学校からの幼馴染みだと話してくれた。


 ランチを食べ終えると、行き先がサンシャイン60の展望台に決定して田崎は青褪めた表情で訊く。

「て、展望台ってビルの展望台に?」

「当たり前じゃない、田崎君もしかして高所恐怖症?」

 由香里はニヤつきながら訊くと、膝をガクガクと笑わせながら否定する。

「ち、ちっとも怖くねぇよ! 展望台ウェーイだ!」

 何故そこまで精一杯の見栄を張るんだと透は理解に苦しむ。

 早速一行はチケットを買ってエレベーターに乗り、展望台に上がる。

「ここから江ノ島が見えるかな?」

 唯はエレベーターを降りてみんなに言いながら、ガラス張りの方へと歩く。

「ここからだと、せいぜい横浜辺りまでしか見えないと思うよ」

 直美は苦笑しながら言うと、由香里は鞄から自撮り棒を取り出してスマホにセットし、女子四人で記念撮影すると、唯もスマホを取り出す。

「灰沢君! 尾崎君! 一緒に撮ろう!」

「あっ、ああ」

 灰沢は少し戸惑った表情だ。透も頷いて並ぶと唯はスマホを自撮りモードにする、画面向かって右から唯、水季、一敏、透で撮影すると唯は満足げにみんなにLINEで送る。

 写真を見ると水季は仄かに緊張した表情でいる、そして田崎は露骨に面白くないって顔をしてる、いい気味だ。すると羽鳥はニヤついて灰沢に言う。

「一敏、お前凄くいい顔してたぜ」

「放っとけ」

 灰沢は頬を赤らめて目を背ける。確かに灰沢君無表情に見えるが、微かに表情が穏やかに見える。透はふと水季の方を見るとガラス張りの下の方を見つめている、何を見てるんだろう? 気になって、水季の隣に立ち視線をトレースして視線を下ろす。

「小野寺さん?」

 水季に慎重に声をかけたが、彼女は自分の世界に篭ってたらしく飛び上がらんばかりに驚きを露にする。

「えっ!? お、尾崎君!?」

「あっごめんね……何を見てたの?」

「下の……水族館」

 水季が視線で示す先にはサンシャイン水族館の大きな水槽があり、微かに泳いでるアシカの姿が見える。

「ああ、あそこね……もしかして――」

「おーい! 尾崎達も早く来いよ!」

 割り込むように田崎の声が響く、透はウザいと思いながらも「行こうか」と言って水季も頷いてみんなの所に急ぐと、田崎は唯に締め上げられていた。

「あんた……わ・ざ・と空気読まなかったでしょ!?」

 唯は低い声で田崎の首を締め上げ、彼は顔を真っ青にして泡を噴いていた。

「ぐごごごごご……」

 透はいい気味だ、いっそのことそのまま首をへし折ってやれと鼻で笑ってやった。

 展望台のVRコンテンツもそうだが下の方でも多くても四人しか入れない、次第に二手に別れることが多くなる。下に戻ってサンシャインシティのマザリアというVRアクティビティで遊んでる間に、直美は透達のメンバーに言う。

「ねぇねぇ固まって遊ぶとフットワーク重いし、この辺で別行動しよう。そんで集合場所は地下一階の一七時に噴水広場で!」

「わかった、一七時ね!」

 唯が頷くと、灰沢は無表情のまま困惑して縋るような表情で羽鳥を見つめると、羽鳥はニッコリ笑いながら陽気に突き放す。

「一敏、お前は奥平達と遊んで来い!」

「……わかった」

 灰沢は青褪めた表情で頷くと、田崎も違う意味で困惑した表情で羽鳥に訊く。

「えっと、ということはレストランで食べたグループでってこと?」

「まあ、俺は田崎みたいにノリのいいダチがいてくれるとありがたいぜ!」

 羽鳥は暑苦しい笑みで言うと、田崎は自分を必要としてくれることに少し困惑して受け止めきれない表情を見せたが、すぐに晴れやかな顔になる。

「ああ、わかったよ……ところで女子の方――」

「水季! 一緒に行こう!」

 訊くまでもなく唯は水季を誘うと彼女は「うん」と迷わず即答して、由香里も直美の傍に立つ。

「じゃああたしは直美と行くわ、羽鳥君達と行くんだよね?」

「勿論よ、お目付け役がいないとこの馬鹿何するかわからないからね」

 直美はジト目で羽鳥を見つめると否定できないのか彼は笑って誤魔化していた。

 田崎は悔しそうに見つめてる。水季のことが気になるようだが、苦手な唯が傍にいるのが気に食わないようだった。

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