第一章その3

 その翌日の朝、学校に投稿してpixivにアクセスすると久し振りに肥後わだつみが新作を投稿していたが透は思わず目を見開いた。そのイラストの背景が夕暮れの江ノ島、昨日水季と話した場所そのものだった。

 透はまさかと戦慄しながらも『新作待っていました、これからも頑張ってください』とコメントしていいねを押してスマホをポケットに押し込むと、奥平唯が教室に入ってきた。

「おはよう尾崎君」

「おはよう奥平さん」

 透は唯と挨拶を交わすと彼女はにやけて屈み、透と視線を合わせて小声で話す。

「昨日水季に声かけてたでしょ? あの子可愛いからね」

「……詳しくは話せないよ、こっちには守秘義務が課せられてるからね」

「大丈夫大丈夫、少なくとも水季はあんたのこと悪くは思ってないよ」

「LINEとかで昨日のことを話したの?」

「うん、あの子一目見た瞬間凄く綺麗で可愛いと思ったけど、大人しいと思ったら芯は強くて……だけど繊細、なんというか興味本位で近づいて、安易に触れたら音を立てて壊れてしまいそうな……一種の危うさを感じたの」

 唯は微笑みながら言うがその眼差しは真剣そのものだ。一見派手好きなギャルだが、根はとても真っ直ぐな純情で優しい女の子、透は少し寂しげに言う。

「優しいね、奥平さんは」

「そんなこと言っても気が変わらないわよ」

 唯はにやけながら言うと、透は苦い思い出を蘇らせながら笑って誤魔化す。

「引きずってないよ、それに……あまり思い出すのもなんだし」

「ああ、ごめんね……でも尾崎君だけだったよ、真剣に面と向かってきたの」

 唯の言葉に透はそうなのかと思ってると、水季が入ってきて唯は彼女の所へと歩み寄って気さくに挨拶する、水季も唯に心を許したのか表情が柔らかい。

 もし彼女が本当に肥後わだつみで僕に微笑んでくれたら、それはどんなに素晴らしいものだろうか。


 その日の放課後、帰りのホームルームを終えて帰ろうとした時、田崎に声をかけられた。

「尾崎、今度の土曜日親睦会に行くぞ」

「……メンバーは?」

 下手に断ろうとすると中学の時の黒歴史を暴露されそうだったから、メンバーを訊いた。

「男子は俺と尾崎と灰沢はいざわ君と羽鳥はとり君で、女子は鶴田さんと奥平さんと佐渡さん、坂崎さんの四人さ」

 女子組は上位グループで小野寺さんはメンバーに入ってない、内心ガッカリしながらも透は田崎がいつも喋ってるリア充グループのメンバーが一人しかいなかった。

「っていうか羽鳥君だけ? いつも昼休みで一緒にいる他のみんなは?」

「ああ、部活やデートとかで忙しいんだってさ……部活はともかく、デートなんてね……しかも中学の頃から付き合ってるんだとよ、リア充はまとめて破局すればいいのに」

 今聞き捨てならないこと言ったな田崎! 透は聞き逃さなかったがスルーすることにした。

 羽鳥啓太はとりけいたは大柄で肩幅が広い体格で、気さくで豪快な性格、良くも悪くも男らしい体育会系出身の熱血漢な奴で陰険な田崎とはいい意味で対照的だ。

「……それで? 何時にどこ集合すればいい?」

「今度の土曜日朝九時半のJR藤沢駅のみどりの窓口前で」

 田崎は何か企んでるような気がしたが、まぁ奥平さんもいるし話したことのない人もいるから、行ってみるかと透は誘いに乗ることにした。


 土曜日の朝、私服に着替えた透は動きやすい服装で家を出て、小田急おだきゅう江ノ島線鵠沼くげぬま海岸駅から電車に乗り、集合場所であるJR藤沢駅にあるみどりの窓口へと向かう。

 時間は午前九時二○分と集合時刻の一○分前に到着すると羽鳥が快く出迎えてくれた。

「よぉ、おはよう尾崎!」

「おはよう羽鳥君、みんな」

 透はみんなに挨拶する。それぞれ思い思いな私服姿で新鮮な気持ちだ。特に女子メンバーの鶴田直美と佐渡由香里気合いを入れてお洒落して化粧もして、由香里がスマホの時計をチェックする。

「あとは唯だけね……」

 唯だけってあれ? 坂崎さんもまだ来てないのに? 透は田崎に訊いてみた。

「なぁ田崎君、坂崎さんは来ないの?」

「あれ? ごめん、昨日バンドの急用ができたって言ってなかったわ」

 田崎は悪びれる様子もない。寧ろ悪意を感じるような笑みを見せ、馴れ馴れしく肩を組んで小声で言う。

「わかってると思うが尾崎、空気を読んで俺を余らせないでくれよ」

 透は合流して僅か五分足らずでもう帰りたいと眉を顰める。こいつわざとだな、奇数グループで透を余り者にして自分がリア充グループ一員だという優越感にでも浸りたいのか?

「そういうお前が余り者にならないような」

 田崎の背後から灰沢一敏はいざわかずとしが皮肉を混じえた警告にも聞こえるようことを言うと、田崎はビクッと飛び上がりそうになる。

「お、脅さないでくれよ灰沢君!!」

 田崎は寿命が縮んだかのように全身から冷や汗を滲み出し、顔面蒼白になって裏返った声になる。

 灰沢一敏は線の細い狐のような繊細な顔立ちで透よりも痩身な体格のイケメンで、虎の威を借る狐の田崎とは別次元に見える。

 クラスでは一人で過ごすことが多く、入学式の自己紹介の時には趣味は読書と言って昼休み中は一人で文庫本を読んでる。

 するとやり取りを見てた羽鳥が灰沢に馴れ馴れしく言う。

「一敏、お前勝手に余り者になろうと思うなよ、そろそろ誰かと楽しく過ごすことを覚えろよ!」

「俺はお前とは考え方が違う」

 灰沢は表面上は煙たがってるが満更でもない様子だ。

「あっ、唯来たわよ」

 由香里の視線の先を見ると、私服姿の唯がもう一人連れていた。

「おはようみんな! ごめんねみんな待たせて!」

「お、おはよう……ございます」

 もう一人は小野寺水季で彼女は緊張気味にみんなに挨拶すると、一瞬だけ透と目を合わせて微かに会釈すると直美が気さくに微笑む。

「そんな固くならくていいのよ、今日は楽しんでいこう!」

「そうそう、それにこんなにお洒落してて……楽しみにしてたんでしょ?」

 由香里もにやける、彼女の言う通り水季は水色の長袖ワンピース姿で派手めなギャル達のグループに、奥ゆかしさのある深窓の令嬢が混ざったようなで少し浮いた感じだ。

 田崎は困惑しながら訊いた。

「あ……あれ? 小野寺さんって――」

「あたしが誘ったのよ、香織が来れないから駄目元で誘ったの!」

 唯は堂々と胸を張って言うと、最初から知っていたのか直美と由香里は同調するかのように頷いた。田崎は頬を赤らめながら見惚れている、明らかに惚れたようだ。

 すると直美はムスッとした表情で羽鳥の背中をバシッと叩く。

「なに鼻の下伸ばしてるのよ啓太の馬鹿!」

「痛ぇじゃねえか直美!」

 見惚れていたのは田崎だけじゃなかったらしい、そのやり取りを灰沢は複雑な表情で見つめていた。唯は何食わぬ顔で微笑みながら両腕を白い首の後ろに回す。

「さて、これで八人揃ったから……」

 田崎をチラッと見つめ、微笑む。

「今日は楽しい一日になりそうね」

 だが当の田崎は聞いてる様子はなかった。

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