第一章その2

 そして放課後、水季は怯えた表情で鞄を取って足取りの重そうな表情で教室を出て行くと、唯は嫌な予感がして追うことを決意して席を立ち、鞄を取った。

「唯、放課後――って、どこ行くの?」

「ごめん、たった今急用出来た! また明日!」

 由香里の誘いを断って急いで教室を出ると、こっそり水季の後をつける。ヤバい予感がすると彼女に気付かれないようについて行く、行き先は校門だが何かに怯えてるようだ。

「……大丈夫かしらあの子」

 唯は独り言を呟く、昇降口辺りで靴を履き替えてからも落ち着かない様子で、校門辺りに来ると待ち伏せしていたのか、男子生徒が後ろから水季に馴れ馴れしく声をかけてきた。

「よぉ小野寺、どこ行くんだい? これから帰るの? なら一緒に帰る前にどこか寄って行こうよ!」

 水季は後退りして怯えてる。男子生徒で別のクラスか上級生かもしれない。唯はスマホを弄るふりしてカメラを起動、動画撮影モードに切り替える間、水季はやんわりと断る。

「あ、あの……私、もう帰らないといけないので」

「そんな寂しいこと言わないでさぁ、一緒に遊びに行こうよ! 俺YouTuberやってるんだ一緒にいろんなものを見て撮ろうよ!」

「そんな……困ります」

 馴れ馴れしくぐいぐい近づいてくる男子生徒に水季はただ怯えるだけだ、見てられないと唯は溜息吐いてズカズカと歩み寄り言い寄る男子生徒の肩を掴んだ。

「ちょっとあんた! その子嫌がってるじゃない!」

「あぁん? って誰かと思えば奥平じゃねぇか!」

 振り向いて肩越しに睨んできた男子生徒は中学の時、自分に告白してきて断った菅原だった。中学の時から若干チャラついてたが、高校デビューのつもりなのか随分イメチェンしてすっかりチャラ男になっていた。

「菅原やめなよ! 小野寺さん怖がってるじゃない!」 

「おいおい俺を振った癖に新しい恋路を邪魔すんな! 失せろよ!」

 菅原は唯を睨みつけるがその程度で屈する程ドスは利いてない、唯は冷ややかな目で見つめ、大袈裟にドン引きした表情で言い放つ。

「うっわ……好きだった相手にそんなこと言う普通? あたしが何かした? あたしのこと好きだって言った癖に失せろなんて……ないわ」

「と、とにかく! お前には関係ないから! い、行こうぜ小野寺」

 菅原は唯を振り切って水季を連れて学校を出ようと、手を伸ばすが水季はハッキリと振り払う、まんまと罠に引っ掛かったわね菅原。

「い、嫌です、行きません!」

 水季は一連のやり取りを見てドン引きしたらしく、怯えながらも蔑むような眼差しで睨む。菅原は一気に青醒めて唯はニヤリと微笑む、人によって露骨に態度の変えるような奴は嫌われるからね。

「お……小野寺、あれは違うんだ」

 菅原はワナワナと震えながら両手を伸ばすと、水季はキッと睨んで凛とした声を響かせる。

「人によって態度変える人なんて、嫌いです!」

 菅原は顔面蒼白になり、唯に告白を断られた時以上に血色の悪い顔をして「はい……」と力無く頷いて校門を出て行き、唯はホッと一息吐くと思わず称賛の微笑みを浮かべる。

「なんだ、あたしが出るまでもなかったじゃない」

「あ……あの、奥平さん……助けてくれて、ありがとう……ございました」 

 水季は恥ずかしそうにもじもじしながらも、面と向かってちゃんと感謝の言葉を伝えて頭を下げた。その瞬間、小野寺水季は大人しいだけじゃない、芯の強い女の子だと確信した。

 だから唯は水季の感謝の言葉をしっかり受け止める。

「……どういたしまして、ちゃんとハッキリ嫌だって言えるなんてやるじゃない!」

「あれはその……奥平さんに影響されたから」

 水季は恥ずかしそうに目を逸らしながら言う、それでも嫌なものは嫌って言えるのって案外凄いことかもしれない。

「それでも凄いわ、それに唯でいいわよ水季……一緒に帰ろう!」

「うん、ありがとう……ゆ……唯」

 水季は仄かに頬を赤くしたままだが、嬉しそうに安堵したかのように微笑んで頷いた。

 江ノ電の高校前駅から電車を待ってる間にLINEの連絡先を交換し、乗って降りる間色々なことを話した。

 水季は生まれも育ちも九州の熊本だけど名物の馬刺しは生だから苦手なことと、江ノ電江ノ島駅の近くに住んでいて、海を眺めるのが好きだと話してくれた。

 江ノ電江ノ島駅に降りると、唯は江ノ島側なのに対して水季は内陸の方だと言う。

「それじゃあまた明日学校で!」

「うん、今日はありがとう唯!」

 踏切を隔てて挨拶を交わすと、江ノ島にある自宅に向かう。唯はありのままの自分で、誰かと直接話したのが久し振りに感じ、嬉しさと温かい気持ちと共に笑みが溢れた。  



 新しい生活が始まると間を置かずに教室内での階級スクールカーストを決める静かな権力争いを、尾崎透は一歩引いた場所から静観してるうちに透はクラスの「ぼっち」ポジションに置かれた。

 それに関しては一切構わないが、水季の方はというとクラスの上位グループ女子の奥平唯が世話を焼いて、グループの準メンバーと言った感じだった。

 入学して約三週間が経過して学校生活にも慣れ、ゴールデンウイークが近づいた頃の放課後、透はいつものように荷物を纏めて鞄を取り、家に帰ろうと教室を出ようとした時だった。

「おい尾崎待てよ! 途中まで一緒に帰ろうぜ!」

 田崎に引き止められて透は眉を顰める。振り向くと仲間を一人連れてついてきた。今度も作ったかと透は溜め息吐きそうになる。

 中学の時もそうだった。スクールカーストの上位グループの準メンバーに属しながら自分をリーダー――いや、ボスとする非リアやぼっち等の下位のグループを纏め、率いていた。

 ただこのメンバーは陰キャと呼ぶにはかなり首を傾げるタイプだった。

「尾崎君だね? 一緒にどこか寄り道して行かない?」

 クラスではトップレベルで背が高くて、身長は一八〇センチくらいはあり、線の細い甘いマスクの美形、爽やか系のイケメンでグループからは明らかに浮いていた。

 名前は市来達成いちきたつなりで自己紹介の時、横浜の中学出身で青春するためと言ってわざわざここの学校に来たんだと言う。

「悪いけど俺自転車通学だから、江ノ電には乗れないよ」

「そうか、なら途中まで一緒に帰ろう」

 市来は爽やかな笑みで言う。なんでこんなイケメンが田崎と一緒なのか? 透は理解に苦しみながら、耳を傾けると二人は声優が好きらしく人気声優の小野田愛奈おのだあいなの話で盛り上がり、自転車を押して三人で一緒に帰る。

 校門を出て雑談する間、透は速く高校前駅に着いて欲しいと思いながら自転車を押してると田崎はこんな話を持ちかける。

「――けどさぁ俺たちのクラス、可愛い子いる方だと思わない?」

「そうだよね奥平さんとか、小野寺さんとかね」

 市来はナチュラルに唯の名前を出すと、田崎は冷や汗を流しながら静かに狼狽える。

「お、奥平さんね……確かに小野寺さんと時々一緒につるむよね? キャラも立場もまるで正反対なのにね」

 確かに唯は可愛いが中身は強気なギャルだから田崎には苦手だろう。すると市来は微笑んで、首を横に振る。

「正反対だからこそだよ、お互い……持っていないものを持ってるから惹かれ合ってるのかもね」

 透は思わずいいことを言うと深く感心する。あっという間に高校前駅の踏切に到着して警報が鳴って遮断機が降りている、駅の方を見ると電車の姿はなかった。

「あっ! 丁度来るよ! またね尾崎君! 田崎君急いで!」

「うわぁ待ってくれぇっ!」

 市来は透に一言言って駅の方へと軽やかに走り出し、田崎は挨拶もせずに市来の背中を必死で追いかける。

 二人の人柄が滲み出て敏感な人にはムッとするだろうが、人のこと気にする必要ないと思いながら電車が踏切を通過する寸前、踏切の向こうに見覚えのある後ろ姿だった。

「小野寺さん?」

 長い黒髪の女子生徒、小野寺さんだと思った瞬間、遮るかのように目の前を藤沢方面行きの電車が通過して踏切の警報が鳴り止み、遮断機が上がると姿が見えなくなっていた。

 まだ遠くに言ってないはずだと、思いながら自転車を押して踏切を渡って砂浜に続く階段から見下ろすと、彼女は砂浜に座って鞄からタブレットのような物を取り出していた。

「何をしてるんだろう?」

 声をかけるチャンスだと透は感じた。邪魔するのも悪いと思う気がするよりも、不思議と二度と来ないようなチャンスが巡ってきたような気が勝った。

 振り向くと藤沢方面行きの電車は出発、今なら田崎に邪魔されないと自転車を置いて階段を降り、砂浜に足を踏み入れる、指定の靴が一歩一歩踏み締めるごとにどんどん重みを増していく。

 だけど、ここで止まったら確実に一生後悔する、あの時に比べればハードルは低いはずだ。

「小野寺さん?」

 透の声に気付いた水季は顔を上げると、驚いた表情で慌ててタブレットの画面を隠す。右手の人差し指と中指の間にはタッチペンが挟まっていた。

「えっと……確か隣の……尾崎君?」

「うん、ここで絵を描いてたの?」

 透は頷いて言うと、水季は怯えた表情になってタブレットを両腕でクロスさせ、見せないという意思表示をしていて、透は首を横に振って両手を見せる。

「ああっごめん! ちゃんと秘密にするから!」

「……うん」

 水季は頷いてタブレットのスイッチを押してスリープさせ、カバーを閉じる。

 やっぱり邪魔してしまった罪悪感が今更沸いて後悔する、事実水季は無表情で透から目を逸らして早く帰って欲しいと無言で言ってるようだ。

 警戒されるのは当然だろう、透は視線を海の方――江ノ島の方向に顔を向ける。

「ここ……絵の題材するにはいい所だよね、夕日の江ノ島は綺麗だし……あそこの踏切もよく映画やアニメの題材にもなる、尤も知られ過ぎて昼間はずっと観光客で埋め尽くされちゃってるけどね……」

 透は苦笑しながら水季に顔を向けるが、水季の表情は強張ったままで警戒を解く様子はなかった。

「そ、そうだよね……夏休みには由比ガ浜の方で花火大会もあるんだよね?」

「そう、鎌倉花火大会……毎年楽しみにしていたんだ」

 去年は何であんな捻くれた態度を取って見るのをやめたんだろう、と思いながら目を伏せると水季は上目遣いになって訊く。

「楽しみにしていた?」

「いや、なんでもない去年が受験だったから嫌な思い出も多くてね」

 透は首を横に振って言うと、水季も思い出してるのか複雑な表情だ。

「そうだよね……もう辛い思いなんてしたくない、ずっと殻に閉じこもっていたい」

「だからいつもどこかで絵を描いてる?」

「うん、絵を描く時はなるべくその場所で行って、そこに流れる空気感も味わって絵に落とし込んでるの」

 その横顔はフォローしてる絵師の肥後わだつみがよく描く憂いげな少女の横顔そのもので、そういえばあの日以来絵を投稿していないことが頭を過った。

「ということは美術部にも入らずに外で?」

「うん、その方が自由に描けるし誰かに見せなくてもpixivで見てくれる人達が沢山いるの……だから、ここで絵を描いてること……誰にも言わないでね」

 水季はタブレットを大事に胸に抱えながら言う。まだ誰かに見せる自信や勇気がないのだろう、誰かに絵を見せるということは、好きな子に告白するくらいの勇気が必要なのかもしれない。

「わかった……この秘密はちゃんと守るって約束するから」

 透は自分の秘密以上にこの子の秘密を守らないといけないような気がした。

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