第二章その1

 第二章、慟哭させる決意


 数日後のゴールデンウイーク開けの朝、尾崎透は思った通りだと確信した。

 間違いない、小野寺水季は肥後わだつみだ。その証拠に、クラゲの水槽を背景に憂いげな美しい少女を描いた新作が昨夜遅くに投稿されていた。

 早速いいねと『新作楽しみにしていました、僕も水族館に行くのが好きです』とコメントし、朝食を食べて自転車に乗って高校へと向かうといつものように教室に入り、羽鳥がお礼も兼ねてに挨拶してくる。

「おはよう尾崎!」

「お、おはよう」

「この前は一敏のこと、本当に良くしてくれてありがとうな」

 いきなり挨拶されて少しビックリしたが、少しは打ち解けることができたと言っていいのかもしれない、透もお礼を言う。

「いや、こちらこそ……この前は楽しかった、ありがとう」

 すると唯が水季を連れて教室に入ってくる。

「おはよう尾崎君!」 

「おはよう奥平さん、小野寺さんも」

 透は唯と挨拶を交わし、水季にも視線を向けると彼女も「おはよう」と返してくれた。

 さてどうやって確かめる? 水季が絵師であるとみんなの前に明かされるのは嫌だと思う。昼休みになると透は一人になる瞬間といえば放課後だろうと考えてると、箸を動かす手が止まった。

「どうした尾崎、何か考え事か?」

 田崎に呼び掛けられて透はハッとする、こいつに考えを見抜かれたらたまったものじゃないとカバーストーリーを用意して話しを逸らす。

「いや、なんでもない中間テストのことを考えてただけだ」

「気が早いね、けど見方を変えれば真面目に考えてるとも言えるね」

 市来はそう言って弁当のブロッコリーを口に運ぶが、田崎は怪訝な眼差しで透を見つめている。

「尾崎……お前何かよからぬことを考えてるわけないよな?」

「よからぬことって?」

「よからぬことはよからぬことだよ」

 田崎はみんなの前なのか答えをはぐらかす。

 うちのクラスの下位の男子グループと五人で昼御飯を食べると昼休み、そして午後の授業を終えると放課後だ。

 さて、今日はどこで絵を描く? 或いは一人になってくれるのか? 生憎LINEの連絡先交換してないし、こういう時は直接顔を合わせて話した方がいい。

 透は高校前駅の踏切を渡って電柱の傍でスマホを弄るフリして水季を待ち構えるが、彼女はそのまま唯と高校前駅の方に行ってしまった。参ったな、どうする? そう考えてるうちに藤沢方面行きの電車が到着してしまった。


 更に翌日、ゴールデンウイークの親睦会以来打ち解けたせいか水季と唯は一緒に駅まで歩くのが当たり前になり始めていた。それならSNSで今度どこで描くかと訊こうと思ったが駄目だ、自分を騙ったなりすましが現れるリスクがある。

 考えた末、放課後直接会う約束を一人になった隙に交わすしかないと思ったが、中々一人になる時間がない。朝は唯と登校し、休み時間や昼休みは女子グループとお喋り、放課後は唯と駅まで歩いて帰ってる。

 江ノ電で降りる駅はどこだろう? そう考えながら週末が近づいた木曜日の昼休み、五時間目からの居眠り対策として缶コーヒーのブラックを買いに行こうとした時だった。

 いつものように体育館の横にある自動販売機で缶コーヒー買って取り出して空けると、水季が一人で自販機の所にやってきた。

「あっ……」

 千載一遇のチャンスに透は思わず声が出て、水季と目を合わせて訊いた。

「小野寺さんも何か買いに?」

「うん、ちょっと何か飲み物ないかなと思ってね」

「オススメはブラックコーヒーだね」

 透は言うが当たり障りのないことを言う自分に内心自己嫌悪すると、水季は困った顔で微笑む。

「苦いのはちょっと苦手かな……」

 水季はそう言いながらコインを投入して三〇〇mlの紅茶飲料を買って取り出すと、教室へと足を向ける。透は迷いを振り払って呼び止めた。

「あの、小野寺さん!」

「ん?」

「……ちょっと、いい?」

「うん、何?」

「……ここではちょっと話せないことがあるんだ、放課後時間ある?」

 恥ずかしくて目を逸らしたくなるが逸らしてはいけない、心拍数が加速してまるで告白してる気分だ。ほんの数秒程度の時間が引き延ばされて水季は少し困惑した表情になる。

「う、うん……それなら江ノ島駅のカフェでいい?」

「わかった、あそこだね」

 江ノ島駅に隣接してるシアトル系コーヒーチェーン店のことだ、約束を交わすついでにLINEの連絡先も交換した。田崎に見られてないといいが。



 放課後になるとすぐに自転車で江ノ島駅に向かい、近くの駐輪場で自転車を停める。

 LINEメッセージによると既に二階の席で待ってるという、透はアイスコーヒーを注文して二階に上がると、水季が緊張した面持ちで座っていた。

「お待たせ、ごめんねいきなり頼んで」

「う……ううん、それで話したいことって?」

 水季はきっと不安なのかもしれない、それなら単刀直入にさっさと話した方がいいかもと思いながら透は向かい側に座ると、スマホを取り出して見せる。

「小野寺さん、これ……君だよね? 肥後わだつみ」

「? ……!?」

 アカウントを見せると、水季の表情が固まって蒼白になってくると透は慌てて約束する。

「ああっ大丈夫大丈夫! ちゃんと秘密にしておくし、秘密は守るから!」

「……うん、でもどうしてわかったの?」

「最初はこの江ノ島を背景にした絵を見た時、偶然だと思ったけど……この池袋の水族館の絵でもしかしてと思ったんだ」

 透は答えると水季は徐々に顔を赤くし、何も言えない様子だ。

「君の絵、凄く綺麗だよ。あんな風に描けるようになるまで相当努力したんだと思う」

「あ……あれはその、沢山描いて色んな人の絵を参考して、また沢山描いて……殆ど独学で描いたから……私より上手い人は沢山いるし、セミプロだから」

 水季は恥ずかしそうに俯く、確かに彼女より技量も経験も豊富なプロフェッショナルの人達は沢山いる。だけど、あの絵は今の彼女に描けない。

「それでも小野寺さんは凄いよ」

「ありがとう……私、まだまだ未熟だけどね……今度、何を描こうかな?」

 水季は頬を真っ赤にしながら上目遣いで言う、アドバイスが欲しいのかな? 透は少し考えて、以前から見ていた透は率直な感想を口にする。

「それならさ、今度は……笑ってる絵を描いたら?」

「えっ? 笑ってる絵?」

「君の絵、憂いげだったり切ない感じの絵が多いから、今度は心から笑ってる絵を描いてみたらいいと思う」

 透の知る限り水季の描く絵は憂いげだったり、どこか物悲しげな絵ばかりだったからもし心の底から笑う女の子の絵を描いたら、きっと素晴らしい絵が描けるのかもしれない。

「うん、わかった……私、頑張ってみる」

 水季の表情は少し固いままだった、でもどんな絵を描いてくれるか楽しみだった。


 翌朝、教室を見回すと田崎は上位グループと楽しそうに話している、この分だとまだ田崎にはバレてないようだ。全く昨日のことは我ながら危険な綱渡りだと実感する、しばらくすると唯に連れられ、水季が怯えた表情で教室に入ってきた。

「おはよう尾崎君灰沢君! 朝から悪いけどちょっといい?」

 唯は深刻な表情で二人を呼び寄せる。

「うん、どうしたの?」

 透は今座った席から立ち上がり、田崎や上位グループと話していた灰沢も羽鳥に「行ってこい」と促されると満更でもない様子で歩み寄って訊く。

「何かあったのか?」

「ここじゃちょっと話せないから一緒に来てくれる?」

 唯は深刻な表情を見せているから本当のようだ、透は灰沢と目を合わせて頷き合うと教室から少し離れた所、階段の踊り場で水季が深刻な表情で話す。

「実は中学の時からSNSで相互フォローしている人がいるんだけど、その人もこの学校に入ったから、リアルで会ってみようって誘われて……それでどうしたらいいかわからないの、相手が誰だかわからないし……断るのも悪いし」

 水季はモジモジしてながらスマホを見せる。SNSでのハンドルネームは「キジ猫オビ」でアイコンを見ると、ペットなのかキジ猫だ。

投稿も至って普通でYouTubeの動画も上げてるらしく、写真も猫の画像や動画の宣伝もしてるくらいだった。

「アカウントや投稿を見る限り女子高生を装ったおっさんとは思えないし、プロフィールもあたし達と同い年だけど、相手がどんな奴かわからないから」

 唯は警戒してる様子で水季のフォロワーのアカウントを見せる。因みに水季はpixivの「肥後わだつみ」とは別に、プライベート用のアカウントでハンドルネーム「ケルマディック」を名乗ってる。

 灰沢は両腕を組んで壁に寄り掛かる。

「なるほど、それで俺達を万が一に備えての待機要員ってわけか」

 僕達を選んだのはきっとこの前、一緒に水族館に行ったからという安易な理由かもしれない、透は訊いた。

「それで、いつ会うって約束してるの?」

「今日の放課後、高校前駅近くの公園」

 水季は申し訳なさそうに言う。今日か、まあ人目に付く場所だが万が一のことも考えて男子二人を待機させておかないと水季も安心しないだろう。

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