4.4.1:ひとつの輝き


 戦いが始まった。

 ファインが雄叫びを上げ、先陣を切ってクオラムへと向かっていく。

 すぐにカノン、モミジも続き、アーデルが魔法で牽制を掛ける。

 その魔法をクオラムは微動だにしないまま掻き消し、そのまま細身の剣でベルフレスの大振りの槌を受け止めた。

 カノンとモミジが両脇へと回り込み、同時に攻撃を仕掛けるが、それも易々と防がれてしまう。

 いつの間にかクオラムもまた、エンヴレンと同じようなプリズムの輝きを発していることに気付き、ファインは怯んだ。


「怖気ている場合じゃない!」


 即座に自分を奮い立たせ、ベルフレスをオーバーライドさせ、更に槌を振った。

 それがあっさりと直撃し、ファインは思わず拍子抜けしてしまう。

 しかし、手応えが全くないことにすぐに気づく。いつの間にか槌は見当違いの場所に下ろされていた。


「え?」


 ファインは一瞬、事態が理解できなかった。確かに槌の攻撃は直撃したはずなのに、まるでそんな事実は存在しなかったようにクオラムは平然とし、槌はベルフレスの足元に下ろされている。


「正しくその通りだよ。そんな事実は存在しなかったんだよ、ファイン。僕がそう信じたから」


 頭の中にカルムの声が響き、ファインは思わず怯んだ。

 自分は一体何と戦っているのか。薄気味の悪い恐怖が背筋を凍らせる。

 その間にも仲間たちは絶え間なくクオラムへと攻撃を仕掛けるが、そのどれもが全く効果をなさない。


 そして段々と、クオラムから発せられるプリズムの輝きが増していく。

 それだけ外の世界の崩壊が進んでいるという事だろう。

 その焦りでどうにか恐怖を打ち負かし、ファインは雄叫びを上げ、猛然とクオラムへと向かった。





 レーンの咆哮が戦場に響く。

 最早エンジンは限界を超え、レーン自身も満身創痍だった。仲間たちの数も大分減り、残った者たちも消耗著しい。一方で光の侵食は進み、天使の数も爆発的に増加している。倒しても倒しても、それ以上の速度で敵は癒え、増えていく。


「それでも、世界も、俺も、あの天晶球も、まだ存在する。あいつらはまだ戦っている。俺だけ倒れるわけにはいかない!」


 レーンは残った力を振り絞り、鎌を構えた。そこに、無数の天使が群がっていく。

 そのままレーンの雄叫びは、光の洪水の中へと飲み込まれ消えた。




「いい加減に、無駄な足掻きは止めたらいい」


 カルムの嗤う声が静かに漂う。


「大人しくしていれば、すべてが幸福で満たされた完全な世界が産まれるというのに、一体何が不満なのか、僕には分からないな」


 その傲慢に、アリルは全力で立ち向かった。

 クオラムとカルムを形作るエーテル・フィールドに接触し、その心に触れ、自分の想いを伝えようと死力を尽くす。


「僕たちは僕たちの生きたいように生きる。あなたの独善から生まれる、お仕着せの人生ではなく。それはあなただって同じでしょう? あなただって、ゼオリムの独善から逃れて、自分の人生を得ようともがいている」


「一緒にするな!」


「あなたは本当は神様になんてなりたいわけじゃない。それは結局は、遠い昔に死んだ男の妄執に縛られたものでしかない。そんなものは棄ててしまえばいい。あなたはただ、”自分自身”になりたいだけ。そのためにあなたは世界を壊し、造り替えようとしているけど、あなたがすべきなのはそんなことじゃない」


「黙れ!」


 カルムは少しずつ平静を乱し、激昂していく、その隙に仲間たちはなけなしの力で攻撃を続け、アリルを援護する。

 しかしそれもクオラムの輝きが無効化し、逆に鋭く的確なクオラムの剣の舞が、仲間たちを斬り、貫き、抉り、傷つけていく。

 それでもアリルは仲間たちを信じ、少しずつ、カルムの心の内へとその手を伸ばしていく。


「ゼオリムの呪縛なんて、ただのまやかしだ。それを力ずくで断ち切ろうとするから、こんがらがるんだ。そんなのまやかしだって、認めてしまえばいい。まやかしなんて、相手にしなければいい。自分が何者かなんて、自分自身で決めればいい」


「黙れと言っている!」


 カルムは絶叫し、周囲の光をかき集め、その力で強引にアリル達の存在を根本から抹消しようとした。しかし、それをアリルが同じ力を使い、相殺する。





 人知を超えた超常の応酬が続く。

 その只中で翻弄されつつも、ファインは自分を、そして味方を鼓舞し、戦い続けた。


「これが神々の戦いだとしても、そこに俺達が付け入る隙が無いはずは無い!」


 何かをしようとしているアリルへと、クオラムが剣の攻撃を仕掛ける。

 ファインはそこへすかさず割り込み、盾でその攻撃を受け止めた。細身の剣からは想像もつかない衝撃に歯を食いしばりつつ、そのまま反撃として素早く槌を振り下ろすが、クオラムはそれを微動だにせず受け止めた。

 続いてカノンが叫び、クオラムの動きを抑え込もうと飛び込む。


「アリル、お前を独りで戦わせたりなんてしないからな! これは私達みんなの戦いなんだ!」


 そこにアーデルとモミジも声を上げ、連携し、力を合わせる。


「いい加減にしろ!」


 それに苛立つように、カルムが更に光を集中させていく。

 この空間を満たす輝きが加速度的に強まっていく。外の世界の昇華は大分進んでしまっているのだろう。どんどんと仲間たちの姿も眩さの向こうに霞んでいく。


「まだだ! まだ終わらせやしない!」


 それを言い終えるころには、ファインの視界の全ては光で満ち溢れ、洗い流されていた。





「さあ、早く僕を止めてみせろ!」


 クオラムが激しく剣を突き出し、エンヴレンもそれに応戦し、激しい剣戟が繰り広げられる。

 二機のエンジンの周囲は燃え立つような猛烈な輝きで溢れ、それに飲み込まれた仲間たちの姿はもう、何処にも見えない。


「皆と一緒に生きていく? その皆を失った君に、何ができるか見せてみろ!」


 クオラムの剣先がエンヴレンの胸をなぞり、浅く傷が流れた。

 それに勢いづくように、カルムは高らかに吠え、更に攻勢を強める。





 最早世界の全ては原初のエーテルへと昇華され、ひとつの輝きへと還元されていた。

 そして、唯一その理の外にある冥晶球すらも、その光の奔流に飲まれ、その圧力で押し潰されようとしている。

 その内。エシュラムに残った者たちは図書館に集まり、今この瞬間に至っても、アリル達のミッション成功を信じ、祈り続けていた。


 次の瞬間、ついに遠くの上空で天窓がこじ開けられ、そこから光が洪水のように流れ込んできた。


「アリル、俺も一緒だからな」


 ユウラは、そう小さく呟いた。





 カルムは渾身の力を込め、エンヴレンの胸の傷へととどめの一撃をぶつけた。

 しかし、まるで手応えが感じられない。エンヴレンはその攻撃を真っ向から受け止めたにもかかわらず、何事もなかったように立っている。


 そして、その周囲に様々な色の光が舞い始め、カルムは怯んだように一歩後退った。


「あなたに僕は、否定できない」


 アリルの声が、静かに響く。


「寂しくなんてない。皆ここにいるから。それが感じられないあなたは、神になんてなれない」


 カルムは絶叫し、再び渾身の力で最後の攻撃を仕掛けた。

 アリルも咆哮し、それに全力で迎えうつ。

 二つの強い輝きが弾け、一つに混じり、最後に残った二機のミッション・エンジンの姿もまた、光の中へと消えていった。


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