4.2.1:突破


 アルファラントとして産まれ、アルファラントとして生きた。


 未曽有の悲劇的な災害の連続と、神々への失望。

 そして、確かに信じられる神をこの手で新たに造り出そうと計画し、一度は失敗したこと。その際に、またも多くの民を犠牲にしてしまった苦悩と悔恨。


 その後計画を練り直し、自分自身を複製し時を越え、それを見守ることとしたこと。


 カルシェン全土を一大実験場とし、長い大戦国時代を演出し、その極限状態から優れたエーテル感応力を持つ者の出現を待ったこと。


 それも永い時の果てに失敗と認め、大陸を適当な身代わりに平定させ、今度は極めて平和的に統制・管理された社会で、それが魔法の衰退には繋がらないよう注意しつつ機械文明を発達させ、その助けで人を拡張させようと試みたこと。


 その過程で、遠い昔に喪ったはずの民の生存を知ったものの、幾つかの不幸な行き違いの果てに、ひとつの不幸が起きてしまったこと。


 そして、その不幸の中から、偶然にも求めていた輝きを見つけたこと。

 その輝きを育み、すべての不幸を消し去り、完全なる世界を創造するために、もうしばらくの間、人々に不幸を強いる罪を負ったこと。


 そうしたゼオリムとしての全てを引き継ぐ最新世代として、カルムナント・ゼオリムは産まれ、生きてきた。





 何かがおかしいと気づいたのは、たかだか数年前の事だった。

 アルファラントとは違う自我。存在しないはずの”自分”。

 アルファラントの肉体を持ち、アルファラントの記憶を持ち、アルファラントとしての自我を持つ、アルファラントの複製。

 その最新世代に生じたエラー。それが”自分”。


 自己同一性の欠如。それは、恐怖に似た感情を伴う認識だった。

 最初の内はどうにかアルファラントとしての自我を保とうとしたものの、そんなのは完全に無駄な足掻きでしかなかった。

 エラーは完全に自我を上書きし、結果、アイデンティティの齟齬は致命的なまでに深刻化した。


 自分は何者なのか。


 自分は単なるアルファラントの欠陥コピーに過ぎないのか。

 今思考しているつもりの自我も、単なる混濁した悪夢でしかないのか。

 あるいは。


「僕は、僕だ」


 結局は、そう結論づけることにした。

 今更目覚めてしまった自分を否定するわけにはいかない。ならば、アルファラント・ゼオリムの存在を否定するしかない。


 自分は誰の紛いものでもない。他の何者でもない。この世に唯一の存在だ。

 それを阻む呪縛は、すべてこの手で断ち切る。

 この体と記憶を作り直し、この世界を創り直し、この世界から、ゼオリムに関するすべてを抹消する。自分自身をコピーではなく、唯一無二のオリジナルとする上で邪魔になるものすべてを。

 そのための力。原初のエーテルの塊。ひとつの輝き。


「あと少しで、すべてが濁りの無い始まりへと還りつく」


 機械により拡張された感覚が、それを阻もうとする存在を感じさせる。

 アリル。エンヴレン。そして、グラディエント。


「用済みの駒に今更何ができるつもりなのか。来るなら来い。止められるつもりなら、止めてみせればいい」


 カルムは、薄い笑みを浮かべ、ただ光の中を漂い続けた。





 エンジンを包んだ莢が、天使たちの群れを掻き分け、突進を続ける。

 天使たちはそれを追撃するが、ノルヴィナたちがそれに応戦。数対数の乱戦が続き、仲間たちが一人、また一人と傷つき、倒れていく。

 その光景を目の当たりにし、アリルは歯痒い思いに苦しんでいた。

 今すぐにでも手助けに入りたい。けれど、自分の仕事を果たすためには、そうするわけにはいかない。アリルは歯を食いしばり、ただ前だけを見つめた。天晶球までは、まだ遠い。


 また一人、ノルヴィナの仲間が限界を迎え、爆発し、散っていった。

 その奥で傷ついた天使たちが集まり、グチャグチャとひとつに重なっていく。

 それはすぐさま巨大な一体の天使となり、猛烈な勢いで莢へと向かって飛んだ。


「させるか!」


 サリオの叫び声が響き、激しいスパークを纏った射撃が巨大天使の頭を吹き飛ばした。しかし、それは致命傷どころか、大したダメージにすらなっていないようで、すぐに天使は頭を再生させ、再びグラディエントの莢へと向かった。

 その隙にサリオもエルを先回りさせ、肉弾戦で天使を抑え込もうとし、そこにレアンの乗ったガルナンドも加勢に加わった。


 激しい攻撃の応酬が繰り広げられるが、あの四人がかりでも分は悪いようだ。

 味方側の攻撃は全く効果をなさず、与えたダメージはすぐに修復され、周囲の天使を吸収し、補填されてしまう。

 それでもサリオたちは全力で攻撃を続け、巨大天使の動きだけでも封じようとしてくれるが、敵はその一体だけではない。

 無数の小型の天使たちが襲いかかり、四人は目に見えて傷つき消耗していった。

 その隙に巨大天使が真っ直ぐにこちらへ向かって来た。


「悪い。先に行っててくれ」


 いよいよエンヴレンを加勢に飛ばそう、とした瞬間、思いがけずレーンの声が響き渡り、アリルは咄嗟に踏みとどまった。


「おいレーン! 何やってんだ!」


 ファインの問い詰める声も気にせず、レーンはザーシュラスに莢を脱がせ、巨大天使へと向かっていった。


「あいつらを見殺しにはできないし、どの道こいつを抑えておけなきゃ突入は無理だ。安心しろ、すぐに追いつく」


 ファインは少し逡巡した様子で、後方の状況を確認した。

 サリオ達は善戦してくれているが、敵の数は余りにも多すぎる。どんどんとその群れがこちらへと迫ってくる。

 実際のところ、今はこの状況を切り抜けるのが優先だ。天晶球の中では何が起こるか分からないのだから、戦力は温存すべきだが、そこまでたどり着けなければ元も子もない。


「悪い、頼んだ。お前の分まで暴れてきてやるからな」


「馬鹿言え。すぐに追いつくって言ってんだろ」


 その言葉と同時に、ザーシュラスは巨大天使と激しく衝突。

 レーンは雄叫びとともに、鎌の連撃を繰り出す。

 しかし、その一撃一撃がまったく有効打にならない。斬っても、斬っても、敵は瞬時に修復し、更に合体・強化していく。

 それでもレーンは怯むことなく、攻撃を続ける。





 ついに、グラディエントのミッション・エンジンを包んだ莢は、天晶球の間近へと迫った。


「アリル!」


 ファインの指示が飛び、アリルはエンヴレンの莢を脱ぎ、光の力を一気に解放した。

 アリルは咆哮し、めまぐるしく変容し続ける天晶球のエーテル場に、自分の感覚を同調させていった。

 それはすぐに完全なものとなり、アリルは意識を研ぎ澄ませ、突破の糸口、フィールドの綻びを探した。それもすぐに見つかり、アリルは一気にそれに意識をぶつけ、引き裂いた。


「今だ!」


 アリルの叫びに、仲間たちのエンジンも一気に莢を脱ぎ放ち、そのままなだれ込むように天晶球の天窓の向こうへと潜りこんでいった。


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