3.5.1:戦いのあと


 サリオの心が穏やかに落ち着いていくのが感じられる。

 戦いは、終わった。

 けれど、それで何もかもが解決したわけではない。

 アリルはエンヴレンの胸を開き、改めて自分の目でサリオとエルを見つめた。


「全部許したわけじゃない。全部許してもらえるとも思っていない」


 エルとサリオは黙ったまま、こちらを見つめ返す。


「どうしたらいいかは分からない。でも、それはこれから考えていけばいいんだと思う。それを、手伝ってほしい」


 サリオは、ゆっくりと頷いた。

 無機質な顔の奥で、エルが安堵するのも感じられた。

 アリルはようやく安心し、全身の力を抜き、シートへと深く身を預けた。





 無理やりに長時間こじ開けた影響か、天窓はずっと開いたままだった。

 生き残ったノルヴィナたちはその向こうへと戻り、グラディエントの皆も回収され、基地へと帰り着いた。


「でも、こいつら直す必要あるんですかね。もう出番なんて無いんじゃ?」


 ボロボロに傷ついたミッション・エンジン各機は、急ピッチで修理が行われていた。

 それを眺めながら、ユウラがガラスに聞く。

 変容したエンヴレンはほぼ無傷に見えたが、すぐさま徹底した解析が行われ、その結果が出るまでは不用意に触ることは禁じられたために、ユウラは暇を持て余していた。


「ジェリスの指示だよ。一応、念のため、だと」


「まあ、ベル・スールってのも組織としては戦いを止めても、それを良しとしないあぶれ者は出てこないともかぎらない、か」


「で? 嬢ちゃんとは会えたのか?」


「いや、まだです。エンヴレンと同じで検査やら聴取やら。まだしばらくかかるらしいです」


「なんだ、それは寂しい限りだな」


「別に、そう言うんじゃないですけど」


「何を。ずーーっと、不安だ、心配だ、って泣き喚いていたってのに」


 ガラスが意地の悪い笑いを浮かべ、言う。それにユウラはうんざりした調子で答えた。


「止めてくださいって。そういう茶化され方って、面白くないです」


「そうか? 俺の方はとっても愉快だがな」


「はいはい」





 ようやく一通りの検査や聴取が済み、ミショニスト達は一息ついていた。


「で? これから私たちって、どうなるの? なんかよく分かんないけど、これで戦いは終わったんでしょ?」


 カノンが軽い調子で誰に聞くでもなくそう言うと、レーンが答えて言った。


「ベル・スールに参加したノルヴィナの全てが納得するとも限らない。これまでと規模は落ちるだろうが、戦いそのものは続くんじゃないか?」


 その会話に、カルムが口を挟んだ。


「だとしても、それはエンジンが必要なほどの規模の戦いとはならないだろう。あちら側の自浄作用も期待できるだろうし。とりあえずグラディエントはお役御免、といったところだろう。皆は、これからはやりたいことをやって、好きに生きてほしい。もちろん、労をねぎらう意味でも、その手助けはゼオリムとして全力でさせてもらう」


 それを聞きながら、ファインが欠伸をしながら呟く。


「やりたいこと、ったってなぁ。別に何もないな。他に何ができるでもないし、俺は軍に居残り希望かな。レーン、お前は?」


「右に同じ」


 二人がどうでもよさそうに言うと、それにアーデルが続いた。


「私はとりあえず軍は離れて、まずは勉強ね。ガリアレストの名前には頼らず、自分の力だけで事業を興すつもりだから。次、カノンは?」


「うーん、分からん。後でゆっくり考える。はい、モミジ、あんたの番」


「はいはいはーい! 私、絵本作家になるのが夢なんですよ! えっとですね、ずっとずっと、練りに練ってるアイデアがあってですねー」


「あっそ。はい最後、アリル」


「ちょっとちょっと、もう少し興味持って聞いてくださいよ。どういうの書くのー、とか」


「やだよ。長くなるんだろ、どうせ。はい、アリル」


「ぶー」


 アリルはこれまでそんなこと、考えたことも無かった。

 今も自分の番が来るまで色々と頭の中で思い描いてみたが、しっくりくる案は何一つ浮かんではこなかった。

 しかし、ふいにそれはどこからともなくぱっと浮かんできて、アリルはそれを咄嗟に言葉にしていた。


「僕、先生になりたい」


 それから少し考えても、自分のどこからそんな考えが浮かんできたのか、分からない。

 それでもその考えはとても自然なものに思え、素直に自分の夢として受け入れらるものだと思えた。


「先生?」


「うん、学校の、先生」


 それを聞き、アーデルが優しく励ますような声で言った。


「じゃ、まずはあんたも学校に入り直して勉強ね。頑張んなさいよ」


「うん、ありがと」


 そして、場をまとめるようにカルムが再び話し始めた。


「改めて、皆のおかげで世界は平和への一歩を進めることができた。その働きには今一度、感謝させてくれ。特にアリル。一連の戦いにおいて、君の果たした役割は本当に大きかった。ありがとう」


 カルムの労いに応えようとしたところで、アリルは一つ聞いておくべき事を思い出した。


「カルム、聞いていいですか? 僕たちは冥府で、彼らの歴史を知りました。彼らの不幸は、すべての戦いの原因は、アルファラント・ゼオリムという古の王の過ちから始まったと。その王と、あなたの血族との間に何か関係は、あるんですか?」


 一瞬で場の空気が変わり、皆が緊張するのが感じられた。

 そのさ中にあって、カルムは面白そうにアリルを見つめた。やはり、その心の中は感じることはできない。


「……いや、分からないな。アルファラントという名には憶えがない。もしかしたら、血脈を辿れば何らかの関わりはあるのかもしれないが、諸君も知っての通り、千年前にレイナーク王がカルシェンを統一するまでは長い戦乱の歴史が続き、それ以前のあらゆる歴史は焼き払われてしまっている。ゼオリム家の歴史に関しても焼け焦げた部分は少なくない。なんとも言えないな」


「そう、ですか」


 そうきっぱりと言われてしまえば、アリルとしてはそれ以上の追及の仕方も分からず、とりあえずはヘタに深追いすることは控えることにした。

 それでも、薄気味の悪い疑念は募る一方だった。

 やがてそれは、根拠は薄いながらも、確信へと変わっていく。


 戦いは、まだ終わっていない。

 やはりゼオリムの野望は続いている。


 その瞬間、何かがアリルの頭の中で囁いた。


「止めたければ止めればいい。できるものなら。何を、どう、止めればいいのかも分かっていないくせに」


 嘲るような声。アリルは、目の前の少年を見つめた。

 少年はその視線を気にせず、すぐにまた明るい表情を取り戻し、皆に言った。


「さて、時間も時間だ。近いうちに改めて宴の席は用意させてもらう。今日のところはこれでお開きとしよう」


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