3.3.2:冥府脱出


「なんだよこれ! 想像以上だ!」


 冥府へと突入したフィスフールの中で、カノンが思わず声を上げる。

 冥獣の特性から、冥府は非エーテル的な環境であろうとの推測は立てられていた。そのため、各エンジンもそれを想定した特殊装備を施されているが、それでも魔法を制限された機体の反応は鈍く重く、中々言う事を素直には聞いてくれない。


「ったく! どこに居るんだあいつら!」


 必死で各センサーからの情報を追うが、一向に痕跡は掴めない。

 焦りばかりが募っていく。次の瞬間、視界の隅に何かが動くのを見つけ、カノンは期待を抱きながら、その映像を拡大した。


 冥獣の群れだ。


「お前たちに構ってる余裕はないんだよ!」


 カノンは叫びながらフィスフールの爪を展開し、一挙に敵群を薙ぎ払った。





「あれはフィスフール? ……クオラムも居る。私たちを助けに来てくれたの?」


 仲間がベル・スールのノルヴィナを打ち払いながら、カルンターへと接近してくる。

 その様子を認めたアーデルが呟く。


「おい、レアン。俺たちのエンジンは?」


 すぐさまレーンはレアンにそう尋ね、レアンは身をひるがえし、駆け出した。


「あなた方の乗っていた機械のことでしたら、こちらです。どうぞ」


 アーデルとレーンが即座にその後を追い、アリルもそれに続こうとする。

 しかし、その腕をサリオが掴み、強引に引き留めた。


「行かせはしない!」


「放して! 戦いを止めないと!」


「ふざけるな!」


 尚もアリルを強引に組み敷こうとするサリオを、エルはつまみ上げ、自身の胸の中へと放り込んだ。


「何をする、エル! みすみす敵を逃がすわけにはいかない!」


「仲間たちが戦っているんです。そっちの応援に行く方が先決でしょう!」


 そのままエルは戦いの中へと飛び去って行った。

 その行方を少しの間見つめてから、アリルもアーデルたちの後を追い、エンヴレンへと走った。





 エンヴレンと他の二体のエンジンは、カルンターのはずれの広場に無造作に放りだされていた。

 おそらく、ガルナンドが力ずくで担いできたのだろう。

 コクピットに入ってみると、機関は運転したままだった。省電力の待機モードに移行してはいたものの、バッテリーの残量は僅かしかない。


「ここに来る前にも一戦交えているんだから、まだ動くだけ大したもんか」


 すぐさま待機を解除し、仲間へと通信を試みるが、上手くいかない。


「直接接触するしかないか。頼むよ、持ってくれよ、エンヴレン」


 アリルはゆっくりと慎重に機体を起き上がらせた。そこかしこから軋む音が響くが、機体はどうにか二本の脚でしっかりと立ち上がってくれた。

 推進剤も少しは残っている。それを慎重に開放し、アリルはエンヴレンを飛び立たせた。

 その後ろから、アーデルとレーンも続く。





 突然参戦してきたグレンデルに狼狽えつつも、カノンはこの空間で唯一色味のある場所のすぐ傍までたどり着いていた。

 グレンデルの動きも警戒しつつ、カノンは必死に視線を走らせる。

 その視界の中、薄ら青い膜越しに、動く姿が見えた。


 人間。


 一瞬アリルたちの誰かかと思ったが、まるで別人だった。

 自分たちの出現に慌てふためき、逃げ惑っている様子だ。


「……人だ。人が居る! こんなとこに人が居るのか?」


「カノン、今は余計なことに気を取られるな。とにかくアリルを!」


 カルムの指示が飛び、カノンは気を取り直し、アリルたちを懸命に探す。


「居た!」


 モニターにアリルたちのエンジン三機の姿が見え、すぐに各種のデータがリンクされ、コクピット内の映像も送られてくる。


 三人とも無事のようだ。

 カノンはようやく安心し、一息をつくが、まだ敵陣のド真ん中に居ることをすぐに思い出し、気を引き締めた。


 次の瞬間、ゴブリンが一体、エンヴレンへと飛びかかった。

 エンヴレンは損耗が酷く、まともに応戦できていない。

 カノンはすぐにその救援へと向かおうとしたが、それよりも早く動く影があった。

 その巨大な黒い影はエンヴレンを護るようにゴブリンへと拳で殴り掛かり、叩き落とした。


「イフリート!」


 その黒い影の正体を認識し、カノンは焦りのあまり、武器を構えた。

 そこにアリルの制止する声が響く。


「待って、カノンさん! この人は、ガルナンドは、敵じゃない!」


「ガル……なんだって? イフリートだろ、こいつは!」


「いいから、とにかく!」


 そんな二人のやり取りに、カルムが割って入って言った。


「二人とも、後にしろ。とにかく目的は達成した。今は速やかにここを脱出するのが最優先だ」


 それに二人は同意し、カルムとカノンはアリルたちを護りつつ、天窓への撤退を始めた。





 外から来た機械が、ノルヴィナを次々と屠り、その破片がカルンターの街へと降り注ぐ。

 結界は突き破られたところで、すぐに穴は塞がる。しかし、そこへとすぐさま次の破片が突き抜けていく。

 そして、その下では人々が恐怖し、逃げ惑っている。

 幾つかの建物からは火の手が上がり、道端には怪我人の姿も見える。

 レアンはその救出に向かって走りつつ、心の中で、ただひたすらに神に祈りを捧げた。





 アリルたちはそのまま天窓を突破し、青い空の下へと帰還した。

 しかし、その後を追って無数のベル・スールのノルヴィナ兵たちも出現し、攻撃を続ける。


 乱戦は続き、両軍は激しく消耗していった。

 そこかしこでノルヴィナが限界を迎え、爆発していく。それでもベル・スールは臆することなく、決死の覚悟でグラディエントへと食い下がる。


 そのまま敵も味方も一緒くたになった一団は、陸地へと辿り着き、戦火はレギアレンの街を襲い始めた。

 ついにはラディエリスが活動限界を迎え、建物の壁面を削りながら不時着。

 すぐにモミジがアーデルを護るために飛ぶが、もちろん敵の方もその無防備な姿へと群がっていく。


 少し離れた位置では、同じようにエンヴレンとザーシュラスも街中へと墜ち、その周囲で敵味方が激しく応酬し、人々の悲鳴が響き渡る。


 街が燃え、人が傷つく。

 アリルは、吠えていた。


「動けよ! 動けったら!」


 しかし、力を使い果たしたエンヴレンは微動だにしない。

 アリルは集中し、あの光の力を頼ろうとした。けれど、その力の存在は確かに傍に感じられるものの、掴むことはできない。


「なんでだよ! 力が必要なんだ、よこせよ!」


 そう叫ぶアリルを、突然衝撃が襲った。グレンデルの、エルとサリオの、攻撃だ。

 咄嗟にファインが助けに入ろうとしてくれるが、ベルフレスも大分消耗しているようで、軽くあしらわれてしまう。


 そのままゆっくりとこちらへ近づくエルの黒い姿へと、横から別の黒い姿が現れ、エルの体を突き飛ばした。


「ガルナンド!」


 そのままガルナンドはエルへと左腕の武器で攻撃を繰り出した。

 エルもまた、右腕の武器で応戦する。


 アリルはガルナンドの感情を感じ取っていた。

 堅い決意。ガルナンドは、姪の命を奪ってでも、その行いを止めるつもりだ。


「そんなの駄目だ!」


 こんなこと、何もかもが間違っている。止めなければいけない。

 止めるための力が、必要だ。


「だから、よこせったら! 全部!」


 エルが絶叫し、サリオの魔法で補強された攻撃でガルナンドの右腕を吹き飛ばす。

 ガルナンドも絶叫し、そのまま突進。至近距離から決死の攻撃でエルの脇腹を抉る。


 その壮絶な光景にアリルは慟哭し、それに呼応するかのように、エンヴレンから光が溢れ始めた。


「まだだ! もっと、もっと!」





 エンヴレンがゆっくりと立ち上がる。その周囲で瓦礫が宙を漂い、エーテルの輝きへと還元され、それもエンヴレンの輝きへと合流していく。

 ついには戦場となった街全体を光が覆いつくし、敵も、味方も、逃げ惑う人々も、それぞれが目を覆い、動きを止めた。


 静寂の中、少しずつ光が引いていき、皆はゆっくりと目を開けていった。

 そして、誰もがその中心にあるものに見入った。


 エーテルの輝きを完全に己が力とする存在。

 神の名を冠せられた、ただの機械でしかなかったもの。今は、その先の存在へと昇華したもの。


 エンヴレン。


  

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