3.2.2:敵の理由


「あー、肩凝った。床に座らされるもんだから、脚も痺れちゃった」


 アーデルが体のあちこちを揉みながら言う。


「で? これからどうするの? 知識を持ち帰れ、って言われたって、そもそも帰れるの? 私たち」


 その言葉に、アリルが空を見上げなら答えた。


「うーん、天窓、ってのが開けば、どうにかなるんじゃない?」


「どうにかなるんじゃない? じゃないわよ、まったくもう。いっつもいい加減なんだから」


 二人のやり取りに、レーンがため息まじりに口を挟む。


「ま、その辺は今はどうしようもない。とりあえずは今聞かされた話だ。……世界を創ったという、伝承上の超常存在、神。それを造ろうとした古の王、アルファラント・ゼオリム。神の名を冠せられた俺たちのミッション・エンジン。そして、ゼオリム財団の影響下で冥府、ベル・スールと戦うグラディエント。……なんだろうな。聞かされた話が全部真実だとして、繋がったような、繋がってないような」


「単純に考えれば、要するにゼオリム財団は古の王の企てを引き継いでいて、私たちの戦いもそのためのなんらかの茶番、ってことじゃない? だとしたら、腹立つわね」


 レーンが少し考え、それからアリルの方を向いた。アリルもそれに頷いて答える。


「うん。あの変な光の力。あれが鍵なんだと思う。今思えば、カルムは、ゼオリムは、僕にその力を掴ませようと躍起になってたようにも思う」


 レーンは頷き、また溜め息をついた。


「……神、ねえ。そんなん造って何がしたいやら」


「創造主の力。世界を意のままにしたい、とか?」


 アリルが適当に思いついた事を口にすると、それに呆れたようにアーデルが皮肉を言った。


「世界を意のままに、なんてとっくに達成してるじゃない。ゼオリム財団が表に、裏に、どれだけの権力を持ってると思ってんのよ」


「うーーん……」


「まあ、色々知れたとはいえ、まだまだ分からないことも多いし、結局は何も変わっちゃいない。ベル・スールってのはどうやら聞き分けの良い連中ではなさそうだ。まだまだ戦いは続く」


「とはいえ、事情を知ってしまったのだから、こっちとしてはどうにもやり辛くなるわよ。もうこれまでみたいな気軽な害獣駆除気分では戦えないでしょう? ゼオリムとの関係だって、どう考えたものやら」


 三人の間を重い沈黙が漂う。

 その空気を払うかのように、巨人が近づいてきた。イフリート、いや、ガルナンド。

 その巨大な影が、アリルを見下ろして言った。


「来い。さっきの約束だ。あんたと話がしたい」





 アリルはガルナンドに連れられ、カルンターの外れの静かな草場へ来ていた。

 薄い青の結界の端がすぐ近くに見えるが、振り返ればそれほどは遠くない場所に先ほどまでいた図書館も見える。やはりここは狭い。まだそれほど長く居るわけでもないのに、閉所恐怖症的な息苦しさまで感じてくる。この世界の人々は、ゼオリム王のせいでこんな場所で気の遠くなるような時間を過ごさなければいけなかった。


 その事に同情を感じつつ、アリルはゆっくりと仇敵の姿を見上げる。

 ガルナンドは黙り、何も言わない。


「僕は、あなたを知っています」


 アリルがそう言うのも、聞こえているのかいないのか、ガルナンドはそれからもしばらくは無言を通し、アリルもまた黙り込んだ。


 そうしてしばらくの時間が過ぎてから、ガルナンドが低い声を響かせ、話し始めた。


「……儂もかつては、あんたのように、エーテルからなる血と肉を持ったヴィナだった。弟もいた。弟には、娘もいた」


 ガルナンドはそこで少し言葉を切ったが、アリルは口を挟まず無言を続けた。


「その娘、エルフィオラは、生まれつき体が弱かった。儂と弟はエルを助けたかった。栄養のあるものを、たんと食わせてやりたかった。だから、儂らはノルヴィナとなり、天窓が開くと本土へと出向き、作物や家畜を拝借して回った。しかしそれでも、今から十年前、エルの体は限界を迎えてしまった。まだ五歳だった。ノルヴィナとなることでどうにか命は、魂は、繋ぎとめることができたが、あまりにも不憫だった。儂と弟は激しい悲しみと、苦しみと、絶望と、そして、怒りに苛まれた。どうして儂たちはこんな目に合わなければいけないのか。神に祈っても、その答えは返ってはこなかった。だから、儂らは自分たちで何とかしようとした。そして、近年は勢いの衰えていたベル・スールを、まとめ上げ、補強し、再興した」


 そこでガルナンドはまた言葉を切り、大きくため息を吐いた。

 アリルは、その無機質な甲殻に覆われた顔をじっと見つめ、先を促す。


「そして、儂らは感情のはけ口を求め、本土で、醜い暴虐の限りを尽くした」


「僕も、そこに居ました」


 アリルの言葉に、ガルナンドは一瞬怯んだように言葉を止めたが、すぐにまた絞り出すように話し始めた。


「その後も天窓が開くたびに暴れまわった。しかし、それから五年。弟が本土の人間たちに反撃され、殺された。そして、ようやく儂は事の虚しさに気付き、ベル・スールを離れた」


「自分勝手ですね」


「その通りだ。返す言葉もない。儂はあまりにも多くの罪を重ねた。あんたには儂を断罪する権利もあるだろう。でも、許されるなら、もう少しだけ時間が欲しい。ここの仲間たちには儂の力が必要だ。ベル・スールへと下ってしまった、弟の忘れ形見の姪も、正しく導いてやらなければいけない」


 アリルは目を閉じ、ガルナンドの心に触れようとした。

 うつろな非エーテルの躰の奥、小さなエーテルの輝きが感じられる。

 そこから放たれる感情の彩。誠実さ。激しく、深い後悔と苦悩。そして、決意の堅さ。


 アリルは、ゆっくりと目を開けた。

 この人も、大切なものを失ってきた。この世界に囚われた、他の人たちも皆そうだ。

 こんな悲しみを抱いた人間同士で争いあうなんて、そんなのはいくらなんでも不幸すぎる。


 どちらかが居なくなれば、それで悲しみは癒えるのか、不幸は無くなるのか。

 自分が復讐を果たして、それで何かが解決できるのか。


 姉ちゃん、どうすればいい?


 ……答えは、いつものように返ってはこない。答えは、自分自身の中に見つけなければいけない。


 アリルは、ガルナンドの顔を真っ直ぐに見つめて、言った。


「何が正しいのかはまだ分からないけれど、何が間違っているのかは、分かってきた気がする」





「まず最初に、ベルフレスが今回の作戦用に調整、強化した盾の共鳴機能を利用し、門をこじ開ける」


 アリル達の救出作戦の要綱が固まり、各要員が集められ、ジェリス司令官の説明を受けていた。


「ベルフレスはそのまま外で待機。残る三機は内部へと突入。突入後はオルベナンが同様に内側から門を支えつつ待機。フィスフール、クオラムは速やかにレーン、アーデル、アリルを捜索。各エンジンまで回収できればいいが、それに固執する必要は無い。また、内部は完全に未知の領域だ。何が起こるか見当もつかない。臨機応変に対応してくれ、と言うしかない」


 ジェリスが苦虫を噛み潰したようにそう言うと、カルムはそれを励ますように言葉を掛けた。


「大丈夫だ司令官。アリルたちは僕たちが必ず無事に連れ戻す。安心して任せてくれ」


 いやに落ち着いた声。ミイラ取りがミイラになりかねない、こんな無謀な作戦だと言うのに、まったく不安を感じていないようだ。

 ジェリスはそれを頼もしく感じるべきか、訝しむべきか迷いつつも、今は素直に答えるしかなかった。


「頼む」


 ジェリスは深く頭を下げ、続けた。


「作戦開始は各エンジンの換装が整い次第。現状、十八時間後を予定しているが、多少前後するはずだ。各員、それまでは体を休め、備えていてほしい。以上」


 そう言い終えると、各員はそれぞれにバラバラと席を立ち、去っていった。

 後に残されたジェリスは、椅子へと深く腰を沈め、大きくため息をついた。


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