2.5.2:突入


 どうやら今もアリルは迷いを捨てきれていないようだ。

 それは何故だろう、とカルムはアリルの様子を観察し、ようやく気付く。


「そうか。彼女はすでに成功体験を得ていたということか」


 安易に他者を拒絶するのではなく、理解し合い、手を取り合おうというのか。

 もっと簡単な気持ちの決着の付け方もあったろうに。


「アルファラント好みの気高さではあろうが。まあ、僕としてはひとつの輝きへの接触の仕方さえ示してくれれば、その経路なぞはどうでもいいが」


 激しい攻防を繰り広げながら、アリルは今もグレンデルへの説得を試みている。

 いつまでもうだうだと遊んでいられてもかなわない。


「……仕方ない。あと一息、”手助け”をしてあげるとするか」


 カルムはクオラムへと力を注ぎ、剣を構え、グレンデルへと突進した。





 視界の隅から何かが飛び込んできた為、アリルは咄嗟に機体を後退させ、状況を確認する。

 カルムのクオラム。それがグレンデルへと猛烈な勢いで迫る。


「無茶だ!」


 先ほどまでの冷静さは何処かへ消え、今のカルムは余りにも無謀な戦い方をしている。

 それを訝しむアリルの耳に、カルムの声が響く。


「無茶は承知だ! 僕もグラディエントのミショニストなんだ。皆のための剣であり、盾。人々から命を、家族を、友人を、大切なものを奪ってきたこいつらを倒せるなら、この身など惜しくは無い! そしてそれが君の敵討ちの手助けともなるのなら、たとえ刺し違えても!」


 カルムの攻撃は一見激しく見えるが、明らかにグレンデルの動きは追えていない。

 逆にグレンデルの攻撃をかわし切ることはできず、どうにか防壁で防いではいるが、それもどうにも心許ない。

 明らかにグレンデルを相手にするには実力不足だ。


「駄目! 一旦離れて! 敵討ちなんて、そんなの……!」


 アリルはそう叫びながら、エンヴレンを二人の間へと飛ばす。

 しかし、手遅れだった。


 カルムの無謀な剣の大振りの一撃は、グレンデルにたやすくへし折られ、逆にその右腕の射撃をもろに食らってしまう。

 クオラムの全身に次々と穴が穿たれていく。


「カルム!」


 アリルの絶叫が戦場に響き渡ったその瞬間、エンヴレンから唐突に光が溢れ出した。

 脳裏にあの日の光景が思い出される。

 もうあんな悲劇を繰り返さないための力が欲しい。アリルの願いに、光が呼応する。


 以前よりも莫大な力を秘めた光が、エンヴレンの周囲で爆ぜるように輝きを放つ。

 光が暴れ、グレンデルへと攻撃となって向かいそうになるのを、アリルは必死に抑え込もうとする。


「そんなことのために、力が欲しいんじゃない!」


 アリルは突然溢れ出た力に困惑しながらも、必死で荒れ狂う光の手綱を握ろうとする。


 その時、冥府の門が閉じ始め、グレンデルは狼狽した様子を見せながら、撤退を始めた。アリルはそれを追いはしない。

 視界の隅で、力なく落下していたクオラムが着水するのが見える。戦闘継続は不可能のようだが、機能停止にまでは陥ってはいないようだ。一安心し、今は力の制御に集中する。


 グレンデルが門の向こうへと消え、門が閉じていく。

 アリルは慎重に光を解放し、少しずつ力を加え、閉じかけた門を無理やりにこじ開けていく。


 あの向こうに、彼らの世界がある。


「僕は、あの向こうへ、行く!」


 その言葉にユウラが叫ぶ。


「何言ってんだ! 何が起きてるんだ。お前、何をしでかしてるんだ。今すぐそれを止めろ!」


「大丈夫。心配しないで。ちょっと行って、すぐ帰ってくるだけだから」


「止めろ! お前、何軽く言ってんだ。冥府だぞ。全くの未知の領域なんだぞ。危険すぎる。冷静になれ」


「無理。もう止められない。無理やり止めようとしたら、多分、力が行き場を無くして、大爆発を起こす」


 おそらく、ここからでも大陸の沿岸部をえぐり取るほどの大爆発が。

 そんなことを考えながら、アリルは大陸の方へと視線を向けた。三日月湾。冥晶球を中心とした球状の空隙。

 アリルはその意味を推し量ろうとしたが、そんな暇は無かった。


 門と、力の釣り合いが取れている。今しかない。

 一気にエンヴレンをその向こうへと飛ばす。


 ずっと聞こえていたユウラの叫び声が、ふいにプツリと消えた。





 エンヴレンが、アリルが、小さな冥晶球の向こうへと、飲み込まれた。

 その光景を他の皆は呆気に取られながら見つめていた。


 それからすぐに、冥府の門は再び閉じ始めた。


「……まったく、世話のかかる子ね!」


 アーデルは一瞬だけ躊躇した後、すぐにラディエリスを冥晶球へと真っ直ぐに飛ばした。


「おいバカ! お前まで何考えてんだ!」


 レーンが叫ぶが、アーデルは止まろうとしない。


「……チッ! 冗談じゃないぜ」


 レーンも悪態をつきながら、二人を追う。

 ラディエリスとザーシュラスの姿も冥晶球の向こうへ消え、その直後、冥府の門は閉じきった。


 何事もなかったかのように、冥晶球が妖しい光沢を放ち、海の上に佇む。

 後には、奇妙な静けさの中、場違いなカルムの高笑いだけが響いていた。





「……ん」


 小さく体を悶えさせ、アリルが意識を取り戻す。

 コクピットの中が暗い。突入の衝撃で機関が落ちてしまったようだ。急いで両機関を再始動させる。


 すぐに機体が震え、コンソールに灯が点く。即座にステータスを確認。機体に異常は無し。すぐに通信も回復し、アーデルとレーンの無事も確認。

 一呼吸遅れて光学センサーが起動し、メインモニターに外部の映像が映し出される。

 仲間の機体も同様の状態だったらしく、レーンも今この光景を見たらしい声が聞こえてくる。


「なんだ、こりゃ……」


 黒い荒野。黒い空。ただそれだけ。動物や植物の姿はまったくない。


「正しく冥府。死の世界、そのものね」


 アーデルの小さく呟く声が空しく響く。

 アリルはエンヴレンの頭を動かし、空を仰ぎ見た。

 小さく青い部分が見えたが、それはすぐに萎み、薄れ、滲むように消えていった。

 そのまま視界を動かし、周囲をぐるりと一周する。


 一面の、黒。

 アリルはエンヴレンの胸のハッチを開き、改めて自分の目でその世界の光景を見つめた。


「……ここが、冥府」


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