2.4.1:見せかけの奥に潜むもの


 エンヴレンの剣の攻撃が、グレンデルの胸元を鋭く抉る。

 エンヴレンは勢いのままに、痛みに呻くグレンデルへと追突し、アリルはそこからすぐに態勢を立て直そうとする。


 そうしてアリルは、間近に見てしまう。

 グレンデルの胸の傷の奥。黒く蠢く内臓。実際には暗く、詳細な光景は観察できないものの、それが逆にグロテスクな想像を掻き立て、アリルは思わず吐き気を催す。


 その光景から目を背けようとした瞬間、アリルの瞳が小さな何かを捉えた。

 ふいに、それが何なのかを確かめようと、視線を戻す。モニターの一部を拡大し、補正をかける。そうして炙り出された形。アリルはその形に見覚えがあることに気付いた。


「……人?」


 頭と、胴体、それと一揃いの手足。

 冥獣の中に、人間が居る? 


 いや、そんなまさか。アリルは、そう必死に否定しようとする。

 甲殻と同じ、光沢の無い黒い臓物。それを偶々人の形に錯覚しただけなのかもしれない。

 壁のシミが、人の顔に見えることがあるのと同じように。


 アリルはもう一度、その形をよく見てみようとするが、それが隙となってしまう。その隙をグレンデルは見逃さず、一気にエンヴレンを突き飛ばし、離脱。


「しまった!」


 アリルはすぐに態勢を立て直し、機体をオーバーライドさせ、スカートを噴かすが、間に合わない。


 すぐにグレンデルの姿は冥府の門の向こうへと消えていった。

 他の敵の姿も無し。全て倒したか、逃がしてしまったか。

 いずれにせよ、ミッションは完了。

 それぞれが撤収を始めるが、アリルはしばらくその場を動けなかった。


「冥獣の中に、人が居た……」


 もしそれが錯覚ではなかったとしたら、それは何を意味するのだろう。

 アリルは必死に頭を回転させ、その意味を探ろうとするが、思考はただ迷走するだけだった。





「これ、人か? 人……っちゃ、人な気もしないでもないけどさ」


 エンヴレンのカメラが捉えた映像。それをプリントした資料を食い入るように見つめながら、カノンが言った。

 それにアーデルが反応して、皮肉めいた口調で続く。


「人だとして、それが何だって言うのよ。敵は敵でしょ。奴らがこれまで何をしてきたか。それが獣の本能によるものではなく、人が意思を持ってしたことだとしたら、その方がずっと始末に負えないわ」


 それに続き、更にレーンが意見を述べる。


「人が意思を持ってしたこと、って言うが、じゃあその”人”って、何者なんだ? ”意思”って、どんな考えを持ってるって言うんだ? そもそも、冥獣って、何なんだ?」


 言葉がぼんやりと宙を漂う。

 その場の誰も何も答えはしない。ただ溜め息や咳払いの音だけが室内に響く。


「……僕は」


 しばらく続いた沈黙を破り、カルムが口を開いた。


「僕は、アーデルの言う事に賛成だ。彼らがどんな意思を持っていようと、あるいは単なる獣であろうと、結局は僕たちに害をなす存在には他ならない。そして、僕たちは王国を護る剣であり、盾だ。敵の正体が何であれ、これまでとやることは変わらないはずだ。そのことは改めて共通認識として、確認しておきたい」


 皆がその発言に完全に納得がいかない様子ながらも、一応の同意の声を上げていく。ただ一人、アリルを除いて。


「アリル、君は? 何か他の意見があるのかい?」


 カルムの声かけに、アリルはゆっくりと顔を上げ、その瞳を見つめる。


「話し合いって、できないんでしょうか?」


「話し合い?」


「そうです。相手も同じ人なら、話し合いで解決できないのかな、って」


 それにアーデルが呆れたように反論する。


「それができるなら、とっくにやってんじゃないの? 少なくとも向こうにその意思があるなら、人を襲ったりはしないはずでしょう」


 それでもアリルは納得のいかない様子で、黙り込む。

 再び沈黙が場を支配する中、ファインが淀んだ空気を払うかのように手を振り、言葉を吐いた。


「やめやめ。根本的なところが不確実なのに、これ以上いくら話を続けたって決着のしようがないだろ。とりあえずは現状維持以外の道は無い。とりあえず今はそれでお開きにしよう」


 その言葉にそれぞれが同意し、一人一人次々に部屋を離れていく。

 最後に残されたアリルも、それから小さくため息をつき、部屋を去った。





 中庭でベンチに腰掛け、物思いに耽っていたジェリスが、空を見上げる。

 気が付けばいつの間にか、辺りは暗くなっていた。

 夜の空気はひんやりとして気持ちが良く、頭上には満天の星々が煌めいている。


「あれ、司令官、また夕涼みですか?」


 そこにアリルが通り掛かり、声をかけて来た。


「ああ、あまりにも星が綺麗なもんだから、見とれてた」


 それを聞き、アリルも空を見上げた。


「ああ、本当だ。すごい綺麗。なんか、前にもこんな事、ありましたね。隣、良いですか?」


「ああ、どうぞ」


 アリルが静かにジェリスの隣に腰掛け、話を続ける。


「みんなそれぞれ、微妙に違う色をしてるんですよね。それで、その一つ一つがとっても綺麗なのに、それだけじゃなくて、みんなが一つにまとまって、空全体がまるで一つの壮大な織物みたい」


 改めてジェリスは空を見上げる。

 自分自身はこれまで、そんな風に空を見上げて思ったことは無かった。

 かつて星々を繋いで、そこに星座を見出した者たちも、同じような美しい空の見方をしたのだろう。ふとそんなことを思い、そうした感性のあり方にジェリスは素直に感嘆する。

 その横で、アリルは言葉を続ける。


「そう言えば、昔、村に大きな織機があったんです。その頃にはもう使われていなかったんですけど、ずっと昔にそれを使って作られた大きなタペストリが村の会館に飾られていて。それがとっても綺麗で。なんか、そんなの思い出しちゃいました」


 アリルが屈託のない笑顔を見せ、ジェリスもつられて微笑みを浮かべる。


「そういうの作れる人って、尊敬しちゃいますよね。この星空も誰かが織ったものだったとしたら、僕、その人のことも尊敬しちゃうな」


 ジェリスはそのあまりに無邪気な考えに思わず苦笑を浮かべそうになるが、すぐにそれがある考えへと繋がり、押し黙った。


 この星空を、世界を、作った存在?


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