2.3.2:迷いの中


 冥晶球に異変。過去のパターンと照合し、今回は冥府の門が長時間開いたままになると予測される。当然、出現する敵群の数もそれに比例した数となる可能性が高い。その上、グレンデルまで出現するとなれば……。

 そうした事態を踏まえ、今回はミショニスト総員での出撃となる。

 初の七色揃っての戦い。総力戦。


 アリルは気を引き締めながら、格納庫で整備員たちが大急ぎでエンジンの出撃準備を整えるのを、邪魔にならないようラエダの傍から見守っていた。

 そんなアリルに、カルムが声をかける。


「これだけの力が結集し、組み合わされば、敵などないはずだ。あのグレンデルでさえも。頑張ろう、アリル。君のお姉さんのためにも」


 突然声を掛けられ、アリルは驚きつつもとりあえずの返事を返す。


「え、ええ。そうですね。ありがとう、カルム。頑張りましょう」


 その返事を聞き、カルムは笑顔を見せ、自分のエンジンを積んだラエダの方へと去っていった。


「僕に、気を遣ってくれている?」


 何か違う気がする。


「……あの人は、僕にそんなに復讐をさせたいんだろうか」


 そう感じ、アリルは改めて自分の心の内を探る。

 けれど、よく分からない。

 そうしたいと思うのが普通なんだろうか。そう思うべき、なんだろうか。


 アリルはゆっくりと目を閉じ、周りの気配に集中する。

 目を閉じていても、周りで誰が何処で何をしているかが、はっきりと感じられる。その感情までも。

 得体の知れない感覚。それを不気味に思う気持ちもあるものの、今はそれを振り払う。


「これは、力だ」


 ゆっくりと、目を開ける。


「僕は、戦うために、ここに居るんだ」


 目の前でエンヴレンの積み込みが完了し、コンテナの蓋が閉じられ、巨体がその奥へと消えていく。


「行くよ、エンヴレン。頼りにしてるからね」


 そう小さく呟き、アリルもコンテナへと潜る。すぐに車体が動き出し、戦場へと向かって移動を開始した。





 海上を埋め尽くす、おびただしい数の黒い影。

 グラディエントも現地到着とともに、すぐさまそれを迎撃すべく飛び立つ。


 アリルはエンヴレンのスカートの推力で先陣を切りながら、あの日の光景を思い出し、震える心を必死に抑え込む。そうして無鉄砲に突っ込んでくるハーピーの群れを魔法で一気に焼き払いながら、自分自身も突出し、前に出過ぎていることに気付いた。怯えを打ち消そうとするあまり、逆に蛮勇に走ってしまっている。


 一旦勢いを落とし、息をつき、目を閉じる。

 冷静に周りの気配を感じていく。仲間たちが連携して戦っている。

 再び目を開け、アリルもその仲間たちの紡ぐテンポへと、呼吸を合わせていく。


 すべてが調和している。その高揚感の中、アリルは次々に敵を薙ぎ払っていく。

 次々に敵の群れを、斬り、潰し、焼き、蹂躙していく。

 そうしてしばらくその高揚感に酔っていると、アリルは突然に一つの違和感に襲われた。急いでその違和感の原因を探る。


 怯えだ。

 敵が、怯えている。


「……やっぱり、あいつらも生き物、なんだ。感情を持った、生き物」


 アリルはそのことに冷や水を浴びせられた感覚に陥り、つい攻撃の手を止め、敵から距離を取る。

 そうして、いつの間にか荒くなっている呼吸を整える。


 そこにゴブリンが一匹、向かって来た。怯えを蛮勇で塗り込め、攻撃を仕掛けてくる。その感情を真っ向からアリルは感じながら、その敵を一撃のもとに両断する。二つに分かれた敵の体は、そのまま慣性に従い、エンヴレンの後方へと流れ、しばらくして爆発した。


 ふいにアリルは猛烈な吐き気に襲われるが、それを必死に抑え込む。


「何を動揺してるんだ、僕は。今更、何を。落ち着け。敵は敵なんだ。ここでやっつけないと、またあの時みたいな悲劇が……!」


 そうしてアリルは敵群へと攻撃を再開しながら、それでも思考はそのことに囚われ続けてしまう。


 何故、僕は戦っているんだろう。姉ちゃんの仇を討つため? 皆を護るため?

 そもそも、こいつらは何故人を襲うんだろう?


 その思考の乱れが隙を生み、そこに一体の敵が油断なく、攻撃を仕掛けてきた。

 アリルは咄嗟に集中を取り戻し、その攻撃を回避しつつ、敵へと向き直る。


 グレンデル。

 思わず、操縦桿を握る手に力がこもる。


 アリルは体勢を立て直しつつ、仲間と連携し、強大な敵へと立ち向かう。

 敵の攻撃を掻い潜り、懐へ飛び込み一撃を加える。それは大したダメージとはならないが、欲張ることはせず、一旦距離を取る。そこにグレンデルが攻撃をしかけるが、ファインがそれを防ぎ、守ってくれた。

 すかさずレーンが背後から鎌の攻撃を仕掛ける。敵はそれをかわすものの、態勢を崩し、アリルはそこへと追い打ちをかける。

 その攻撃が、浅いとはいえ、敵の左の前腕を抉った。グレンデルが痛みに呻き、右腕の武器を乱射しながら距離を取る。


 ふいにアリルは、グレンデルの意思を感じ取りつつ、その異常さに思い至る。

 他の冥獣とは違い、グレンデルからは二つの意思を感じる。


 何かの間違いかと思い、改めて感覚を研ぎ澄ますが、やはりそうだ。あの一つの体の中に、二つの意思が共存している。

 一つは、他の冥獣同様、怯えを必死で抑え込みながら戦う心。

 もう一つは、こちらへの激しい怒りと憎悪を燃え滾らせている心。


 アリルは思わずその感情に圧倒されてしまう。

 この敵は、何にそんなに怒り狂っているのだろうか。その理由は。

 自分たちは、一体何故、何のために、何と、戦っているのだろう。またも疑問が脳裏に渦巻く。


 そんなアリルの迷いを晴らすように、カルムの静かな声が響く。


「どうかしたのかい、アリル? さっきから様子がおかしいが」


 その声はおよそこの戦場の空気にそぐわない、穏やかなものだったが、アリルはその声にどこか笑われた気がし、不快に思った。


「い、いえ。大丈夫です」


「そうか。なら、ここで一気に畳みかけよう。ここでこいつを打ち倒すんだ。迷うことはない。こいつは君の大切な姉上の仇であり、平和を脅かす敵だ。これ以上の悲劇を繰り返さないためにも、ここで息の根を止めるしかない」


 カルムが、抑揚の無い声でそう言う。

 アリルの感覚はその声に何故か反発を覚えたが、すぐにそれを冷静に考え直す。


「カルムの言う通りだ。こいつは許しちゃいけない敵なんだ」


 そう自分に言い聞かせ、エンヴレンを敵へと飛ばす。

 仲間と連携し、隙の無い攻防を仕掛け、グレンデルをジリジリと追いつめていく。

 その内に秘めた二つの意思、怯えと怒り、それぞれが肥大化していき、アリルにはそれが不協和音のように響く。


 その隙に、深く攻め込む。またも一撃。決定打とはならないが、グレンデルはその痛みに呻き、明らかに狼狽を見せる。怯えの心が更に大きくなり、怒りの心もそれを尊重するように、消極的な様子を見せ始める。


 かつては全く歯が立たなかったグレンデルを、今でははっきりと圧倒し、追いつめている。アリルはその事実に自らを奮い立たせ、更に攻撃を仕掛ける。


 その途端、冥府の門が閉じ始めた。

 生き残った敵群は、今度は戸惑う素振りも見せず、一目散に撤退を開始する。

 グレンデルも一瞬ためらった様子を見せたが、大人しく撤退していく。


「逃がさない!」


 アリルは鋭く叫び、スカートの全力で一気に先回りをし、グレンデルの行く手を阻む。


 そして、明らかに狼狽するグレンデルへ向け、剣を振りかぶる。

 アリルの咆哮が、戦場に轟く。


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