2.2.1:変化


「インディゴ・エンゲージ」


 ミッション開始。

 冥獣の数はそれほどではない。


「しばらくぶりの出撃で、この程度の数。グレンデルの姿もとりあえずは無し。とはいえ、油断はするなよ」


 通信越しに、今回のリーダー役のレーンの声が響く。


「よし。アリル、前に出て囮になれ。モミジは掃討。俺はフォローに回る」


 それにモミジとアリルが即座に了解の返答を送る。


「行くよ、エンヴレン」


 アリルはそう小さく呟くと、機体を一気に加速させ、敵群の正面へと躍り出る。

 素早く先頭のゴブリン一匹を両断しつつ、状況を確認。

 確かに敵の数は少ない。あの変な光に包まれて戦ったとき以降、目に見えて襲撃の頻度も落ちている。


 冥獣も、グラディエントを警戒しているのだろうか。あるいは、恐れ始めている?

 そういう知能のある生き物なのだろうか。


 そもそも、改めて考えてみれば、実際には生き物なのかすら分かってはいない。

 冥獣は冥府の外では長時間その体躯を維持できない。限界を越えれば爆発し、跡形も残らない。その正体を詳しく調べる機会は、これまで得られたことは無かった。


 ふいにアリルはその事実にうすら寒い感覚を覚える。


「……僕たちは、一体何と戦っているんだろう」


 その隙を衝き、別のゴブリンが一体、仕掛けてくる。

 アリルはそれにも即座に反応し、バスターアンカーを武器として発射。ゴブリンの胴体を一撃で撃ち抜く。

 そのままアンカーをその位置に固定し、敵の爆発の勢いを利用し、スイング。

 一旦敵群から距離を取るが、それをハーピーの群れが追撃する。


「今はそんなこと、考えてる場合じゃないか。正体が何だろうと、敵は敵なんだ。だったら倒すだけ」


 アリルはそのままエンヴレンを真っ直ぐに飛ばし、それを直線的に追うハーピーの群れを、モミジがムチの攻撃で次々に叩き落としていく。


「取りこぼしは、あれと、これと、それと……」


 アリルはその位置をはっきりと識別することができた。すぐに三次元マップにマーキングし、他のスイートにもデータをリンク。その情報を受け、レーンが素早く一体、また一体と確実に始末していく。

 アリルはスカートの推力を使い、機体をやや強引に制動。モニターの中で天と地が目まぐるしく入れ替わる。

 それでも、アリルには自分がどの位置で、どういった姿勢でいるのか、正確に判断ができた。自分の周りの敵や味方にしても、そうだ。


 どこで、誰が、何をしているのか。

 自分を取り巻く戦場のすべてが、感じられる。





 そんなアリルの様子を、ラエダの中のユウラが訝しむ。

 相変わらずアリルの成長は目覚ましいが、特にエーテル感応力の数値の上昇が著しい。あの謎の発光現象以降はそれが更に爆発的に伸びていっている。

 最早、精鋭ぞろいのミショニストの中にあってもその数値は特異だ。文字通りの意味で、桁違いの領域にまで達しようとしている。

 ユウラの心を不安がよぎる。


「アリル、お前、大丈夫か?」


「何が?」


「……いや。問題無いなら、問題無い。気にしないでくれ」


「なんのこっちゃ。一応戦闘中なんだから、気が散るような事言うのは止めてよ?」


「悪かった」


 エンヴレンの機体稼働状態も含め、現状、他には問題は見られない。

 エーテル感応力の増大も、その伸び方が異常だと言うだけで、伸びることそれ自体はポジティブに捉えるべき要因のはずだ。


「……俺は何を不安に感じているんだ? 何も問題は無いはずだ」


 軽く深呼吸をし、改めてミッションに集中しようとしたが、既に状況は完了していた。

 敵影なし。完全に殲滅。グレンデルの登場も無いまま、冥府の門は閉じていく。

 無事、ミッション完了。





「ガラコンサート? 何それ」


 アリルは思わずユウラに聞き返した。

 前回のミッションから数日。格納庫で整備班が忙しなく働いているのを眺めながら、ユウラは何やら端末を弄って作業をしている。


「何かの記念公演だとかどうとか。何処からかチケットが降ってきてさ、皆興味無いから、ってそれがタライ回しにされたらしくて、ついには俺のとこまで流れ着いたってわけ。で、俺もそんなん興味ないけど、折角だし人生勉強の一環ってことで行ってみようかな、って」


「ふーん」


「で、お前も一緒にどう?」


「僕?」


「そ。ペアチケットなんだけどさ、男友達誘って行くようなもんでもないしな。まあ、嫌なら嫌で別に良いけど」


「うーん、どうしよう。折角だし、僕も行ってみようかな。それにどうせ、ユウラ君、他に誘える女の子なんて居ないんだろうし」


「お前なあ……」


「いるの?」


「いない」





「何それ、デートじゃん」


 昼下がりの食堂。女ミショニストたちが集まり、一緒に少し遅めのランチを取っている。

 そんな中、いつものように大盛りを掻きこむカノンが、アリルの言葉に反応して言った。


「違いますよ。そんなんじゃないですって」


 アリルはそれをいつもの軽い冗談と受け取り、呆れたように否定する。


「いやいや、デートじゃん」


「だから、違いますったら」


「デートですー!」


「違いますー!」


 その不毛なループを遮り、アーデルが口を挟んだ。


「ていうか、アリル。あんた服あるの?」


「服?」


「服。そういうのに着ていける、ちゃんとした服」


 アリルは少し考えた様子で上を見上げ、それから今着ているトレーニングウェアの胸元をつまみ上げ、アーデルに見せながら言った。


「これじゃ駄目?」


 アーデルが露骨に呆れた表情を見せ、絶句する。


「良いわけないじゃない。そんなボロ雑巾」


「ボロ雑巾は酷くない? そんな汚くないよ。臭いけど」


「論外」


 アリルは今度は困ったように頭を抱え、指折り数を数え始めた。


「えー、でも僕、他の服って、部屋着と戦闘服と、ここに着て来た服ぐらいしかないよ」


「あのヨレヨレの部屋着と戦闘服は論外として、ここに着て来たってのも、あの地味なブラウスと野暮ったいスラックスでしょ。どの道論外ね」


「えー、じゃあどうしよう」


「仕方ないわね。私のを貸してあげるわよ」


「いいの?」


「いいわよ、それぐらい」


 一安心し、喜ぶアリル。

 そこに、それまで黙っていたモミジが、ニコニコとした表情で言葉を挟んだ。


「でも、サイズ、合う?」


 アリルとアーデルの動きが止まる。

 モミジは変わらず満面の笑みを浮かべている。

 カノンは話そっちのけで、食事に集中している。


「べ、別に私とアリル、そんなに体型変わらないじゃない」


 アーデルの抗議を、カノンが茶化す。


「そうかー? そんな標高の高い靴履いて、ようやく同じぐらいの身長じゃん」


「標高って何よ! 山の高さじゃあるまいし、そんな高くないわよ!」


「じゃあ海抜」


「やかましい!」


 声を荒げるアーデルの傍らで、モミジが再び笑顔で言葉を発した。


「あのあのー。私、胸のサイズのつもりで言ったんですけどもー?」


 場の空気が一瞬にして凍る。

 少しして、やっとのことでアーデルは言葉を返した。


「そ、それこそ大して変わらないわよ! じゃなくて! あんた、そんな身体的特徴で人を揶揄して許されると思ってんの?」


「はい」


「はいじゃない!」


 更にアーデルは顔を紅潮させ、モミジとカノンに対しビシッと指をさし、声を荒げる。


「ていうかあんたら、わざと私のことおちょくって遊んでんでしょ!?」


「はい」


「はいじゃなーーい!!」


 そんななんとも中身の無いやり取りを眺め、アリルは笑っていた。

 心の底から、腹の底からの、大笑い。この空気が、たまらなく心地いい。たまらなく、楽しい。

 男爵のお屋敷に居た頃には、こんな風に笑ったことは、無かった。


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