1.6.1:光の力


 アリルの伸ばした手は、届いた。


 眩い光を発するエンヴレンが、藍色の翼を静かに風にはためかせながら、ラディエリスをその輝きで優しく包み込み、ゆっくりとその速度を緩めつつ下降していく。


 エンヴレンはあの爆心から一瞬で、離れた位置のラディエリスへと跳躍した。

 ユウラはエンヴレンの無事を喜びつつも、その異様な状況に、尚不安を募らせる。


 エンヴレンのステータスは測定不能。

 あらゆる数値が激しく変動し、意味をなさない。


「アリル! お前、無事なんだよな!?」


「……大丈夫。僕は、大丈夫だよ」


 その声を聞き、ようやく心の底からの安堵のため息をつく。


「お前、何をやったんだよ? 何がどうなってるんだ?」


 モニターの向こうで、エンヴレンがラディエリスを静かに水面に寝かせる。


 ラディエリスは完全に機能停止状態で、身動きをしない。

 中のアーデルハイトも息はあるものの、意識は不明瞭のようで、魔法は使える状態ではない。

 にもかかわらず、ラディエリスの機体は水面に浮いたまま、沈むことは無い。


「分からない。でも、感じるんだ。光を。この光は、力、なんだって」


「どういうことだ? 分かるように説明しろ」


「だから、分からないんだって。後にして。今は、カノンさんを、助けにいかなきゃ!」


 そう言うと、エンヴレンは再度空間を跳躍。

 一瞬でフィスフールとグレンデルの間へと、跳んだ。





 グレンデルはその機動に驚いたように距離を取り、右腕の射撃をエンヴレンへと放った。


 しかし、その攻撃は、エンヴレンへと届きはしない。

 次々とグレンデルの放った甲殻片がエンヴレンの光に飲み込まれ、消滅していく。

 それと引き換えに、エンヴレンからは少しずつ、光が失われていく。


 グレンデルは逡巡する様子を見せた後、エンヴレンへと突進。

 近接格闘を仕掛ける。

 エンヴレンはそれを軽くかわし、カウンターを浴びせる。


 グレンデルがエンヴレンの拳をモロに食らい、痛みに呻くような素振りを見せた。

 アリルはその手ごたえに高揚し、さらに追撃を重ねる。

 その一発一発は確実にグレンデルの甲殻を潰し、ダメージを与えていく。

 一方で、その一発ごとに、エンヴレンからは更に光が薄れていく。





 エンヴレンの状態は、異常だ。


 普通ではない。危険だ。


「アリル、一旦退け! その状態は異常だ。何が起きるか分からない。危険だ」


 ユウラはアリルにそう呼び掛けるが、アリルは応じる様子を見せない。


 ユウラの心に焦りが募る。

 落ち着いて、改めて状態を確認する。

 エンヴレンから光が薄れることで、段々と数値が安定していく。


 そして気付く。

 異常の原因は、エンヴレンではない。

 謎の光を放ち、その光を力に変えているのは、アリルだ。


 機体の状態を示す数値はすべて危険域。

 バッテリーや推進剤は底をつきかけ、各関節は物理的に損壊。

 動力や冷却系にも異常があるらしく、背中からは濁った藍色の排気煙が垂れ流しになっていて、まるで翼のようなシルエットをとっている。


 エンヴレンはもう、とっくに動ける状態ではないはずだ。

 それなのに、動いている。

 それも、スペック以上の動作をしている。

 それが機械的な動作であるはずは無い。


 それならば、それを実現しているのは、アリルの魔法。

 しかし、そんなことがありえるのか。


 ユウラはその状況を恐れていた。

 何が起きているのか分からないというのは、怖い。


 そうこうしている間にも、エンヴレンからはどんどんと光が薄れていく。


「アリル、言うことを聞け! それ以上はもう駄目だ!」





「……ここまで来て、誰が退けるか!」


 ユウラの心配も分かるが、アリルは退くつもりは全く無かった。


 あのグレンデルと、互角以上に渡り合えている。


 確かにこの力が何なのかは分からない。

 後になって急に何らかの代償を支払う羽目になるのかもしれない。


 それでも、たとえ刺し違えになってでも、この好機を逃すわけにはいかない。

 更に続けてグレンデルへと、拳を、蹴りを、叩きこむ。


 しかし、敵もやられているばかりではない。

 また以前のようにグレンデルの周囲にスパークがほとばしり、その動きが急激に変化した。


 グレンデルはエンヴレンの攻撃を避け、魔法で強化した渾身の一撃を放つ。

 エンヴレンはそれをモロに食らうが、力を使い、どうにか踏ん張る。


 もう、エンヴレンに残された光は少ない。


「まだだ! まだやれる!」


 そこにグレンデルが、更に強力にエーテルを励起させた攻撃をぶつけようとする。

 あまりの魔力に、スパークは更に強く弾け、光もねじ曲がり、全体が妖しく揺らめいて見える。


 アリルは咄嗟に残りの輝きをすべて防御に回し、備える。


 そして、グレンデルが攻撃を放とうとした瞬間、その視野外から火球が飛びこみ、グレンデルの頭を直撃した。

 大した威力ではないが、グレンデルは一瞬、それに気を取られた。


 カノンの援護だ。

 フィスフールもそれで力を使い果たしたようで、ゆっくりと海面へと向け、降りていく。


 アリルはすぐさま力を防御から攻撃へと転換。


 無防備を晒すグレンデルへと一気に跳んだ。

 グレンデルもすぐにそれに気付くが、アリルには、その一瞬で十分だった。


「遅い!!」


 エンヴレンの拳がグレンデルの胸の中心に打ち込まれる。

 甲殻を抉り、更に奥へとねじりこむ。


 しかし、軸がずれてしまったようだ。

 拳は真っすぐには進まず、そのまま左肩の方へと抜けてしまう。


「浅い……っ!!」


 アリルの叫び声に、悔しさが滲む。


 もう光の力は残っていない。

 もうアリルも、エンヴレンも、戦えない。


 しかし、それはグレンデルも同じようだ。

 胸に手を当て、痛みに悶え苦しんでいるように見える。


 そのままグレンデルはこちらに背中を向け、フラフラと冥晶球へと飛び去っていく。


「逃げるな!」


 アリルはそう叫ぶものの、もう追う力も残っていない。


 すぐにグレンデルの姿が冥府の門の向こうへと消え、直後に門も閉じられた。


 その直後、アリルの心と体は限界を迎えたように、猛烈な疲労感に襲われた。

 どうにか意識を保とうとするものの、その程度の力すら残されてはおらず、アリルの意識は深い闇の中へと没していった。

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