1.5.3:光あふれて


「あー! もー! どいつもこいつも言う事聞かねーで! 時間稼ぎだけで良いんだっつーの! この状況でオーバーライドなんてして、こっちが先にスタミナ切れしたらどうすんだよ!」


 カノンが、自機を追い越し飛び去るラディエリスを見て叫ぶ。


「えーーい、もうどうなっても知らねーぞ! オーバーライド!」


 カノンもフィスフールの底力を引き出し、その籠手を展開。長い腕と獰猛な爪へと変え、グレンデルへと襲い掛かる。


 エンヴレンがその大剣を双剣に分割し、素早く乱撃を繰り出すが、グレンデルはそれを真っ向から受け止めつつ、平然と右腕の器官を鈍器として振り下ろす。アリルはそれを回避しながら、更に剣の攻撃を続ける。


 そこにラディエリスが参戦し、四基の魔導器を剣として、盾として、柔軟に駆使しながら、グレンデルへと肉薄する。

 フィスフールも追いつき、爪の渾身の一撃をグレンデルへと突き出す。それは直撃はしなかったが、かすり、薄く傷跡がついた。


「だったら、攻撃は通るはず! 一気に押しきれ!」


 カノンは雄叫びを上げ、仲間と連携し、敵に休む暇を与えないよう、攻撃を続ける。





 決定打は与えられていないが、さっきまで悠然としていたグレンデルの動きに、少し焦りのようなものが感じられるようになってきた。


「ここでお前を、倒す!」


 仲間の猛攻の中、グレンデルが一瞬の隙を見せる。その一瞬にアリルは剣を深く構え、一気にグレンデルへと接近。

 それに気付いた相手の、ワンテンポ遅れた右腕の攻撃を避け、更にその懐へと飛び込む。


 しかし、そこにすかさず左の拳が飛んでくる。


「おびき寄せられた!?」


 罠だと気付いたときには、遅かった。そのパンチの衝撃に怯んだ隙に、今度は右腕の強力な殴打が頭上から振り下ろされた。


 突然の衝撃に、アリルは歯を食いしばる。コクピットが激しく揺れ、機体が猛スピードで落下していくのを感じる。

 どうにか制動を試みるも、完全に制御不能。少し間をおいて、今度は下側から突き上げるような大きな衝撃と爆音とともに、海面と衝突し、そのまま海中へと墜落。


 エンヴレンは、深い海の底へと沈んでいく。





 あまりの強い衝撃にアリルは一瞬気を失ったものの、すぐに意識を取り戻す。

 頭を振り、どうにか気合を入れようとするが、視界も、意識も、焦点を結ばず、ぼんやりと滲む。

 それでも自分を奮い立たせるように大声を張り上げ、どうにか機体を立て直そうとする。

 しかし、反応が鈍い。今の攻撃と墜落の衝撃で、動力機関に甚大なダメージが生じたらしい。

 完全な動作不能、というほどではないが、もう戦闘行動は無理だろう。

 戻っても、また足手まといになるだけ。


「これだけ必死になってやっても、やっぱり、駄目なのかな……?」


 段々と、海面の光が遠ざかっていく。

 すべてが、暗闇に覆われていく。


「もういやだよ。消えろよ、全部、みんな。消えちゃえよ……」


 涙が零れだす。

 光は、もうずっと遠くに、消え去っている。

 暗闇の中をどこまでも、墜ちていく。


「……いいよ、もう。分かってるんだ。どうせこんなこといくら喚いたって、何も変わらないんだ。ずっと、何も変わらない。……ずっと、辛いままなんだ。ずっと、苦しいまま」


 涙が溢れる。もう、何もかもが、どうでもよくなる。


「……だったら、もういいよ。お前らが消えないんなら……」


 最後に残ったありったけのエーテルを、エンヴレンへと注ぎこむ。


「僕の方が、消えてやる」





 ノイズ混じりの通信の向こうから、アリルの絶叫が響く。


「おいアリル! お前何やってんだ、おい!」


 ユウラが叫ぶ。機体の限界が近いにもかかわらず、アリルは猛烈な勢いでエンヴレンを再び上昇させ、グレンデルへと突進させる。さっきの墜落の際、剣は失っている。その上、いくらリミッターをオーバーライドしているとはいえ、尋常じゃない量の魔力を発動させている。あれじゃ機体もアリルも持たない。


「やめろ馬鹿! 戻れ! 無茶だ!」


 アリルは止まらない。持たせるつもりが、無いのだろう。


 考えられる可能性はひとつ。


「お前、死ぬつもりだろ! 駄目だ! 今すぐ止まれ!!」





 あまりの加速度に、体が圧し潰されていく感覚。


 それとは裏腹に、主観的な時間の感覚はゆっくりと、引き伸ばされていく。

 続いて、視界がブラックアウト。意識も薄く、ぼやけていく。


 暗闇。静寂。


 絶対の、孤独。


「……リ……ル!」


 誰かの声が、遠くに響く。


「……アリル! 駄目だ!」


 ぼやけた意識は、その意味を理解できない。

 誰の、声だろうか。


 少し先に、誰かの姿が見える。


 姉ちゃんが、呼んでいる。

 姉ちゃんのところに、行きたい。


 その方向へと、手を伸ばす。

 その直後、アリルは、誰かに強引に後ろへと引っ張られる感覚を覚えた。


「駄目だ! 行くな、アリル! アリル!!」





 ユウラの叫びが、アリルの目を覚ます。


 ユウラだけじゃない。カノンも、アーデルハイトも、皆の声が、アリルを引き留めた。


 目の前には、姉の姿は無い。そこに居るのは、黒い影。グレンデル。

 瞬間、アリルは恐怖の感情を突然に取り戻し、機体を急制動。


 しかし、その無茶苦茶な機動に機体は悲鳴を上げ、姿勢の制御を喪失。グレンデルへの直撃ルートは避けたものの、エンヴレンは関節のねじくれた人形のような歪な姿を晒し、あらぬ方向へと高速で宙を突進し続ける。


 その進む先へと、グレンデルが右腕を向ける。


「そうはさせない!」


 アーデルハイトの叫びが響き、ラディエリスがその身を挺して射線を塞いだ。

 消耗したラディエリスは十分な強度の防壁を維持できず、その攻撃をモロに食らい、装甲に次々に大穴が穿たれていく。


 その光景を、アリルは衝撃に激しく揺れるエンヴレンの中で、驚き、見つめる。


「ガリアレスト……さん? なんで……」


 アリルは暴れまわるエンヴレンの手綱を必死で握り、どうにかラディエリスのもとへと向かおうとするが、機体は言う事を聞かない。


「アーデル!」


 ラディエリスへと更に攻撃を重ねようとするグレンデルに、アリルの代わりにカノンのフィスフールが飛びかかる。


 フィスフールはどうにかグレンデルを牽制し、ラディエリスから引きはがすことには成功したものの、その救出をする余裕は無く、傷ついたラディエリスは身動きをしないまま、墜落を始める。





 ようやく減速したエンヴレンをどうにか制御しながら、アリルは必死に機体をラディエリスへと向ける。


 コクピットの中でも、モニターの向こうの黄色い機体へと、思わず手を伸ばす。


「もういやだよ、こんなの……!」


 瓦礫の中から必死で動かない姉へと手を伸ばした、あの時の光景が重なる。


「届け! 届いてよ!!」


 アリルは、必死で手を伸ばす。





 その時、エンヴレンから、ふいに光がこぼれ始めた。


 その光が、機体を中心に球形に拡がっていく。


 機体周囲のエーテル・フィールドの曲率が激しく変動を始める。


 機体の背中からは、藍色の翼が出現し、大きく、はためく。


 エーテル力学的特異点発現。局所的時空相転移。


 エンヴレンから発せられた光が、指数関数的に拡大速度を増し、戦場を光の洪水で洗い流す。




 その洪水が流れ去るのに、それほど長い時間はかからなかった。

 そして、そのあと、爆発の中心には、エンヴレンの姿は無くなっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る