1.5.2:アリルの戦い


 アリルはハーピーの突進をかわそうとするものの、何やらエンヴレンの動きが鈍く感じられ、回避が間に合わない。咄嗟に防壁の出力を上げ、真っ向から弾き飛ばす。


 そのままアリルはゴブリンへと接近。剣の一撃を振り下ろす。

 しかし、その太刀筋は思った通りの軌跡を描かず、ゴブリンはそれをいとも容易く回避。逆にエンヴレンはその射撃を受けてしまう。アリルは歯を食いしばり衝撃に備えるが、防壁のおかげでダメージは無い。


 一旦アリルはそのまま距離を取り、態勢を立て直す。

 何か、おかしい。


「エンヴレンが言う事聞かない。上手く動かないよ!」


 後方のラエダのユウラへと、問いかける。


「何言ってんだ。エンヴレンのステータスは正常だ。そんなわけ……いや、待て」


「何?」


「少しだけ待ってくれ」


「待てって言われても」


 敵はすぐにまた、こちらへと向かってくる。

 アリルはすぐさまエンヴレンに応戦を命じるが、その反応が鈍い。

 やはり、何かおかしい。





 ラエダの運転席で、ユウラがアリルとエンヴレンのステータスを並べて表示し、見つめる。


 エンヴレンの状態は正常。何も異常はなし。

 問題は、アリルの方だ。この短期間で各種の能力値が大きく成長している。

 そのギャップが、問題の原因だろう。アリルの成長にエンヴレンが早くも追いつけなくなっている。正確には、その暫定標準仕様が。


 ユウラはすぐに考えをまとめ、他のセコンドへ協力を要請する。


「アリル、よく聞け。オレンジとイエローに時間を稼いでもらう。その間に一時後退しろ。エンヴレンの再調整を行う」


 そう言いながら、ユウラは改めてアリルのステータスに注目する。

 特に空間認識能力と動体視力、瞬間的判断力等の値が図抜けて高い。

 そこから推察するに、アリルは超高速での機動こそが本分なのだろう。エンヴレンもそれに合わせて、加速性能と、高速時の安定性に重点を置いて再調整する。

 あくまでその場しのぎの簡易調整だが、幾らかはマシになるはずだ。


「りょ、了解」


 アリルがそう言い、エンヴレンが戻るのをユウラは待った。





「戦闘中に再調整だなんて、暢気なものね」


 ラディエリスの中で、アーデルハイトが誰に言うでもなく皮肉を呟く。


「まあいいわ」


 そう言いながら杖を一振りし、襲いかかるハーピーの群れから一瞬で熱を奪い、凍らせる。

 そして、そこにすかさず左手で衝撃波を撃ちこむ。粉々になったハーピーのかけらが宙を舞い、キラキラとした光を放つ。


「早く戻らないと、時間稼ぎと言わずに殲滅してしまうわよ」





「……良いぞ。終わった。でも、多少は良くなるはずだけど、あくまで間に合わせの簡易調整だからな、劇的な効果は期待するなよ」


 ユウラが、それまでせわしなくコンソールのキーを叩いていた手を止め、言った。


「分かってる。ありがとう。行ってくる」


 アリルはそう言い、エンヴレンを再び戦場へと飛ばす。

 猛烈な加速。種々の緩衝機構が働いているにも関わらず、全身の質量が置き去りにされそうになり、背中のシートへと物凄い力で圧しつけられる。苦しさの中、どうにか息を吐き出し、吸い込む。


 視界がゴブリンの一体を捉える。即座に制動。敵の射撃を掻い潜り、一気に懐へ飛び込む。そのまま剣を横に構え、斬ると言うよりも、そのまま猛スピードで通り過ぎる。

 それで、十分だった。ゴブリンは真っ二つになり、その直後、後から来た衝撃波により粉々になって、海の中へと墜ちていった。


 アリルはそのまま前線へと復帰。スピードを殺さず、強引に機体を反転。

 その中でアリルは慣性に体を強く引っ張られるが、操縦桿とペダルに手足を突っ張り、必死に耐える。それはエンヴレンも同じだった。慣性と空気抵抗に各部が悲痛な金属的な叫びを上げ、コンソールに警告が躍る。


「大丈夫。これぐらい、僕は平気だ。お前だってそうだろう? エンヴレン!」


 機体はどうにか姿勢制御に成功。

 アリルはそのままもう一匹のゴブリンをすれ違いざまに斬り捨てた。


「もうお前なんて相手じゃないんだ。全部やっつけてやる!」


 そこに、無数のハーピーが襲いかかる。アリルは更に速度を上げ、ハーピーをからかうように、逃げ回ってみせる。





「すげえ……」


 橙のフィスフールの中で、カノンが思わず感嘆の声を漏らす。

 アリルが訓練を始めて、まだ半年足らずだ。それであんな動きができるなんて、信じられない。

 しかし、アリルは確かにそれをやってのけている。


 カノンの視界の中で、エンヴレンが無数のハーピーを引き連れ、飛び回る。

 カノンはそれをぼおっと眺めているだけの自分に気付き、気合を入れ直す。


「よし、アリル、そのまま囮をやってくれ。攻撃役はアーデル。私じゃあんな速い的は狙えない。頼む。私はフォローに回る」


 その指示に二人の了解する返事が響き、三人はそれぞれの役目を実践していく。





 アリルが戦場を縦横無尽に飛び回り、そのすぐ後ろをついて飛ぶ敵群へとアーデルハイトは狙いを定めようとする。


「まったくもう。少しは合わせやすいように動きなさいよ」


 その言葉に、以前ほどのトゲは無い。むしろ楽しそうな響きすら匂わせる。


「仕方ないから、ちゃんとは狙わないわよ。当てるつもりはないけれど、当たったらあなたのせい、だからね」


 ラディエリスに命じ、光線を照射。エンヴレンの後を飛ぶ敵群を、流れに沿って焼いていく。

 咄嗟に射線がエンヴレンに合いそうになり、冷や汗をかきそうになるも、エンヴレンはそれを悠々と回避。


「ふーん、なるほどね」


 悪くないテンポだ。悔しいけれど、認めるしかない。

 アーデルハイトは、そう思った。





 アリルは懸命にエンヴレンを飛ばした。


 アーデルハイトがほとんどの敵を薙ぎ払い、その取りこぼしの残った敵へと、アリルは襲い掛かる。


 黒い虫ケラを、一匹一匹、獰猛に飛びかかり、俊敏にかわし、斬って、潰して、壊して、殺して。


「お前らのせいだ。全部、お前らのせいで。お前らみんな、いなくなれ!」


 そうして、最後の一匹に飛びかかった瞬間、エンヴレン目掛けて何かが恐ろしい速度で突っ込んできた。アリルは咄嗟にそれを回避。そのままそれの来た方へと視線を飛ばす。


 グレンデル。


 アリルは、歯を食いしばる。


「マジかよ、またかよ! アリル、アーデル、防御重視の陣形だ。名付けて”遠巻きに鬼さんこちら”作戦! 今更出て来たところで、もう時間切れまでそうないはずだ。持久戦に持ち込む」


 アーデルハイトの了解の声が響くが、アリルはそれに答えない。


「お前の、せいだ!」


 アリルは小さく吠え、エンヴレンを仇敵めがけ、弾き飛ばした。





「おいこら馬鹿! 何やってんだよ、聞けよ人のはなしー!」


 カノンが怒号を轟かせながら、アリルのフォローに飛ぶ。


「何なのあの子、どうしたの急に?」


 アーデルハイトもラディエリスを飛ばしながら、アリルの態度を怪訝に思う。


「お前のせいで、みんな! 姉ちゃんを、返せ!」


「姉ちゃん?」


 通信の向こうから、アリルの叫びが聞こえてくる。アーデルハイトは、少しの間をおいて、ようやくその意味を理解する。


「ラカラムの悲劇……」


 アリルの経歴は、知ってはいた。

 回されてきた資料を、軽く一瞥した程度には。けれど、そんなものはただの文字の羅列としか、思わなかった。他人事でしかなかった。


 ラカラムの悲劇についても、知ってはいた。

 文字にせよ、映像にせよ、その悲劇に心を痛めた事はあったが、それも結局はフィクションの中の悲劇に対する心情と、大して変わらないものでしかなかった。


「……私が、単なる客観的な情報、他人事としてしか見てこなかったものを、あの子は自分のこととして、体験し、苦しんできた」


 今更にその意味を思い知る。


「オーバーライド!」


 操縦桿のセーフティ解除操作をしつつ、ボイスコマンド発令。ラディエリスのシステムに、枷を外すよう命じる。即座に魔力の反応上限が上書きされ、ラディエリスは一時的に仕様基準を超えた性能を発揮し始める。同時に、コンソールに数字のカウントダウンが瞬き始める。機体の崩壊を防ぐための、強制解除までの限界時間。


 続けて杖も接近戦を想定し、変形させる。先端の四基の魔導器を宙に子機として解放。残る軸の部分も真ん中で分け、二本の短いスティックとして、それぞれ両手に持たせる。


 アーデルハイトの心は乱れていた。気付いた事実と、アリルと、どう向き合えば良いのかの答えが、すぐには見つからなかった。


 それでも、今この瞬間、自分が何をするべきかは、分かっていた。


「行くわよ、アリル! 今ここで、こいつを、ぶっ倒す!」


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