1.3.3:無力
グレンデルの猛烈な攻撃が、ベルフレスを襲う。
ゴブリンのものと同じような器官だが、歪なほどにより大きく、そこから射出される甲殻片もまた大きく、重く、速い。
ファインは即座に防壁を最大で展開するが、それでも敵の攻撃はその凶暴的な運動エネルギーのみで防壁を食い破り、突進を続ける。
次々と甲殻片がベルフレスの重装甲に激突し、疵を穿っていく。
「ファインを、放せ!」
カノンがフィスフールの爪を構え、グレンデルへと飛びかかる。
敵はそれを軽くかわすが、とにかくベルフレスから引きはがすことはできた。
「大丈夫、ファイン?」
「俺はいい。あいつから目を離すな」
カノンは即座にグレンデルへと向き直り、ファインとともに再びグレンデルへと向かった。
グレンデルはそのまま二機から距離を取るが、その背後にひとつの影が浮かぶ。
隠密性に優れたザーシュラスの常套戦法。
「もらった!」
レーンが叫び、一気にその鎌を振り下ろす。
しかし、グレンデルは避けようとも、防ごうともせず、真っ向からそれを受け止める。
鎌がその甲殻に直撃するが、それはその表面を滑り、傷ひとつ付けられはしない。
「なんだと!?」
グレンデルの武器がザーシュラスへと狙いを定める。
レーンは即座に魔法で機体を光学的に包み隠しつつ、距離を取る。
「まだ門は閉じないのか!」
あの人たちでも、歯が立たない。
アリルの視界に、あの日の惨劇が被る。
「あんなのはもう沢山だ! 僕は、ただ黙って見ているためだけに、ここにいるわけじゃない!」
アリルはエンヴレンにありったけの魔力をぶつけ、グレンデルへ向け、弾き飛ばした。
「馬鹿、来るな!」
レーンの叱責が飛ぶが、聞きはしない。
「……いや。情けないが前言撤回だ。俺たちだけじゃ厳しい。アリルの力も貸してくれ! でも無茶はするなよ。こっちも助けてやれる余裕はない。とにかく冷静にな」
ファインの言葉に、アリルは全力で答える。
「はい!」
カノンが敵の動きを牽制してくれ、そこにアリルは剣の一撃を振り下ろす。
しかし、それはまたも甲殻上を滑り、ダメージにはならない。
それでもアリルは我武者羅に剣を振るい、攻撃を続けるが、それを馬鹿にするように、グレンデルは肥大化したその右腕をエンヴレンへと打ち当てた。
「ぐっ!」
アリルは衝撃にうめき、一瞬動きを止めてしまう。
その隙に、グレンデルが二撃目を仕掛ける。
「アリル!」
ファインが間に割って入り、その攻撃を肩代わりして受け、大きく吹き飛ばされていった。
そのままベルフレスは海面に猛烈な勢いで叩きつけられ、激しい水しぶきとともに、海中へと没していく。
その時、コンソールに表示が瞬いた。冥府の門が閉じ始めた。
「あと少しだ!」
ファインのことも気にかかるが、コンソール表示上のベルフレスのステータスは正常だ。
すぐに浮上してくるだろう。今はとにかくグレンデルに集中する。
アリルは再び剣の攻撃を仕掛けるが、相手も焦りだしたようで、それを軽々と弾き、代わりにエンヴレンへと斉射を浴びせる。
メインモニターがノイズにまみれ、コクピット内が猛烈な衝撃に揺れる。
アリルは必死に歯を食いしばり、生き残っているセンサーの情報から状況を読み取ろうとする。カノンとレーンが二人掛かりで攻撃を仕掛けているようだが、余りにも分は悪い。
二機とも限界間近だ。
「もう時間切れだろ! お前、はやく居なくなれよ!」
アリルがグレンデルに向けてそう叫ぶと同時に、エンヴレンは衝撃とともに海面へと墜落。
広く、薄く、展開したエーテル・フィールドの斥力により、沈没は防げているものの、もう機体はそれ以上の操作を受け付けない。
「クソっ! 動け、動け!」
アリルは必死で機体を動かそうとするが、微動だにしない。
マニュアルに切り替え、操縦桿を動かすが、それもなんの反応も無い。
「なんで動かないんだよ!」
ノイズだらけのモニター越しに、グレンデルの姿が見える。
それは、冥晶球の方を一瞥したあと、改めてこちらを向き、右腕を構えた。
門が閉じきるまでに、とどめを刺すぐらいの時間はまだある、ということなのだろう。
「アリル! もう無理だ! エンヴレンを捨てて逃げろ!」
ユウラからの悲痛な通信が響くが、冷静さを失ったアリルの耳には、その言葉は届かない。
アリルは必死で操縦桿を動かし続ける。しかし、エンヴレンは沈黙し、応えてはくれない。
次の瞬間、グレンデルが何かに気付いたように、動きを止めた。
警戒するように辺りを見渡し、振り返ったグレンデルを、鋭い光線が襲う。
グレンデルはそれを素早くよけたものの、かすった左肩の隅が、小さく削れた。
一方で直進し続けた光線は海面へと衝突し、相当量の海水を一瞬で蒸発させ、大きな爆発を引き起こした。それだけのエネルギーを持った、魔法の一撃。
「何?」
アリルはその光線の来た方向へと目を向ける。エンヴレンの頭が動かないので、視界は制限されているものの、どうにかモニターの隅にその姿が映し出されている。
緑と、黄の、ミッション・エンジン。増援だ。
光線を放ったのは、黄のエンジンらしい。
大きな杖を持った、アーデルハイト・ガリアレストのエンジン、ラディエリス。
強力な一撃を発動した反動だろう、ラディエリスが一旦後ろへ下がるのと入れ替わりに、今度は緑のエンジンがグレンデルへと向かっていく。
両手に大きな扇のような武器を携えた緑色の機体。
モミジ・ブレナントの、オルベナン。
流石にグレンデルもいい加減に退き時だと理解したのだろう。緑のオルベナンの接近を相手にはせず、冥晶球へと向かう。
「逃がしませんよー!」
モミジのものであろう声が響き、オルベナンは扇をナックルの基部と無数の短剣のような魔導器に分離。ナックルと特殊なエーテル伝導性ワイヤーで接続された魔導器を鞭のように振るい、敵の動きを食い止めようとする。
グレンデルは腕の武器で魔導器を狙うが、小さく、素早い的には命中せず、どんどんとその動きを束縛されていく。
「うおおおおおお!」
そこに怒号とともに海中から赤のベルフレスが飛び出し、グレンデルへと、渾身の勢いで槌を振り下ろす。
グレンデルはそれを真っ向から受け止め、その衝突の衝撃が猛烈な波動となって、周囲に吹き荒れる。
「潰れろ!!」
ファインが叫び、駄目押しの魔力を一気に敵へと圧しつける。
次の瞬間、グレンデルの周囲で、エーテルが励起され、黒いスパークが迸った。
一瞬、攻撃に耐えきれず、爆発するのかとも思われたが、そうではなかった。
その輝きの中、力を増したグレンデルは一気にベルフレスを押し返し、猛烈な勢いでその場を離れ、一気に冥晶球の向こうへと消えていった。
その直後、冥府の門も閉じ、すべての敵の反応は消失した。
「あいつ、魔法を使った……?」
誰のものとも言えない声が響く。それは、今この場にいる全員が疑問に思ったことだった。
この世界の万物はエーテルから形作られており、魔法とはその根源素材たるエーテルへの直接的な働きかけが可能な特殊能力のことを指す。
一方で、冥獣の躰はその理からは外れ、非エーテル的な素材からできており、その冥獣が魔法を使うなど、聞いたことが無い。
少しの沈黙の後、ため息とともに、ファインの言葉が響いた。
「……とにかく、敵影なし。ミッション終了。はい、お疲れ様、ってことで。撤収」
各機撤収準備が始まる中、身動きの取れないエンヴレンの中で、アリルはまだ呆然としていた。
「……また、何もできなかった」
遠い昔に感じたのと同じ、無力感。
そうしたいなんて、これっぽっちも思っていないのに、何故か涙が浮かび始める。
「また、エンヴレン、壊して。皆の足、引っ張って。僕、何やってんだろ……」
涙がこぼれる。
そこに、ユウラの優し気な声が響く。
「何言ってんだよ、バカ。お前が何度壊したって、俺が何度だって直してやる。とにかく、お前が無事で良かった。すぐに誰か迎えに行ってもらうからな。待ってろよ」
アリルは、何も返事ができなかった。
そこに、黄色いエンジンが近づく。
その姿がエンヴレンの真上で静止し、胸のハッチが開いた。
プラチナブロンドと言うのだろうか。殆ど銀と言っていい、薄く、明るい金髪を潮風に揺らしながら、小柄の少女がこちらを見下ろしている。
いや、見下して、いる。
「無様ね。まったく、どうしてあなたのような人が、ミショニストになんて選ばれてしまったのかしら。不思議だわ」
アリルは、またも返事をしなかった。
まったくの、同感だったから。
「そんなの、こっちが聞きたいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます