1.3.2:グレンデル
敵出現。オーガ二、ゴブリン八、ハーピー三十五。
コンソールに情報が表示され、ファインは全力で機体を敵群へと飛ばしながら思案した。
予測よりは数が少ない。楽ができそうではあるが、大型のオーガが二体というのは少し気を付ける必要がある。アリルの方に漏らさないように注意してやらないといけない。とはいえ、まあ、諸々込みでも、間違っても苦戦という展開にはならないだろう。さっさと片付けて、さっさと引き上げよう。
そんなことを考えている内に、敵群は目の前へと迫っている。
ファインは機体を制動。ベルフレスの盾にエーテルを注ぎ込み、特殊な共鳴波動を発散。敵を惹きつける。
とはいえ、それにかかるのは知能の低いらしいハーピーの群れだけだ。ゴブリンとオーガは警戒し、逆に距離を取る。
「まずは雑魚の数を減らせれば良し。カノン、頼む!」
「よしきたー!」
ファインの指示に、カノンのフィスフールの籠手が鉤爪状に展開。膨大なエーテルが収束していく。
一方、刃のように鋭い流線形の胴体に、申し訳程度の飾りのような手足と頭がついたハーピーたちが、赤のベルフレスに群がり、次々に体当たりをしかける。
ベルフレスは盾から共鳴波動を放ちつつ、防壁を最大出力で展開。ハーピーの斬撃のような体当たりをしのぎつつ、カノンからの攻撃に備える。
「いっくぞー!」
そこに向け、フィスフールが全力で魔力を撃ちこむ。対象となったベルフレスの周囲の大気が甲高い悲鳴をあげ、無数の雷撃が発生。ハーピーたちを直撃していく。
攻撃を受けたハーピーは躯体強度の限界を迎え、爆発。周囲の個体も次々と誘爆していく。
雷撃の雨が止み、残ったハーピーの数は両手で数えられるほどだった。
状況を改めて確認しつつ、ファインは次の指示を飛ばす。
「オーガの一体は俺が引き受ける。もう一体はカノン。残りの雑魚はレーンの方で頼む」
「了解」
二人の返答が同時に聞こえたのを確認し、ファインはオーガの一体へと、ベルフレスを飛ばした。
「すごい……」
エンヴレンのコクピットで、アリルが感嘆の声を漏らす。
「あの時、この人たちがいてくれたら……」
そんなことを今更言っても仕方がないのは、分かってる。
そもそも順番が逆だ。ラカラムの悲劇があったから、グラディエントは作られた。
当時より以前は、冥獣の出現は今ほど頻繁ではなかった上、その出現個体も少なく、畑や家畜を襲うことはあっても、直接人を襲うようなことは稀だった。
人々もそれを迷惑とは思っても、大した脅威とは思っていなかった。
しかし十年前、突然無数の冥獣が辺境ののどかな小村を襲い、その住民を虐殺した。
それは人々に大きな衝撃を与えた上、それ以降、同様の襲撃が何度か続き、軍は閑職だった冥府警戒軍団に虎の子の魔導士部隊を大量投入し、対抗したものの、その損耗は激化の一途を辿った。
やがて、そうした事態に根本的に対処するべく、選りすぐりの精鋭による対冥獣の専任防衛隊が組織されることになった。
そして、その防衛隊、グラディエントが試験運用を終え、正式運用に切り替わったのは、たかだか二年前のことだ。十年前には、どうしようもなかった。
「でも、もうこれ以上、同じような悲劇を起こさないようにはできるはず」
そんなことを考えていると、敵の接近を警告する音が響いた。
ゴブリンが一体、レーンのザーシュラスの脇を通り抜け、こちらへ来る。
続いてもう一体、同様の行動を取ろうとしたが、即座にザーシュラスの鎌の一撃により、両断され、爆発した。
レーンは最初の一体は意図的に流したのだろう。
「僕を試すつもりなんだ。……やってやる。僕だって、いつまでも新人じゃないってとこ、見せてやる」
エンヴレンが突進し、手に持った大剣の一撃を振るう。
しかし、ゴブリンはそれをすばしっこい動きで容易く回避。一旦距離を取ったうえで、右腕の器官で攻撃を仕掛けてきた。
遠い昔に廃れて消えたという、弓やスリングなどの類が、その後も進化を続けていたらこんな風になっていたのかもしれない、とも思えるような凶悪な器官。甲殻のように硬質の小片を物凄い勢いで連続射出してくる。
しかし、それはエンヴレンの増幅装置により強化されたアリルの防壁魔法を突き破るほどの威力ではなく、パチパチと豪雨のような音を響かせながら、防壁の表面で弾かれていく。
「そんなもの、効くか!」
アリルは再びエンヴレンの剣を大きく振りかぶり、今度は一撃でゴブリンを両断した。
「勝った!」
落下しながら爆発するゴブリンの残骸を見つつ、アリルは喜びの声を上げた。
この間はあんなに苦戦したゴブリンを、今度はあっさりやっつけることができた。
「強くなってるんだ。僕も、エンヴレンも」
ベルフレスがオーガの攻撃を盾で防ぎ、逆に槌の一撃を見舞う。
オーガは甲殻を粉々に砕かれ、そのまま海へと墜落。海中で爆発した。
「よーし、これで全部片付いたか。さっさと帰るぞ」
そう言いかけた瞬間、コンソールが新たな敵の出現を知らせ、ファインは緩みかけた気を改めて引き締めた。
コンソールの表示に釘付けになるファイン。
「グレンデル……!」
エンジンと同等の体格のオーガよりも、一回り大きい黒い影。
その一体だけで、先ほど相手にした数十体全てよりも、強大なプレッシャー。
ファインは咄嗟に頭をフル回転させつつ、視界の隅でフィスフールとザーシュラスの位置と状態を確認。
既に冥府の門が開いてから、それなりの時間が経つ。予測では再び閉じるまで十分ほど。こちらが消耗したところを叩く魂胆なのか知らないが、いくら遅く出て来たところで、結局は締め出されないように、それまでに撤収する必要があるはずだ。
「十分。三人で……持ちこたえられるか?」
「あいつ……」
アリルは、その巨大な敵に見覚えがあった。
というより、忘れられるはずもない。
あの日、ラカラムを襲ったおびただしい数の黒い影。その中には、ひときわ大きい、リーダー格と思しき二体の存在があった。他の冥獣種よりもずっと人間に近い体型。全身の甲殻には、見るからに凶暴な突起が無数に生え、頭部にはそれぞれ一本と二本の、長い角が生えていた。
今目の前に、その二本角がいる。
「グレンデル!」
全身が激しい怒りと緊張で強張るのを、アリルは感じていた。
またも脳裏に血まみれの姉の姿が焼き付く。
その時、ファインから通信で指示が飛んできた。
「カノン! レーン! 無理はするな。ほんの少しの時間稼ぎでいい、やるぞ! アリルは離れられるだけ離れてろ」
「そんな! 僕も一緒に戦います!」
「いいから離れてろって期待の新星。もう少しぐらい、先輩に良いカッコさせろよ」
ファインの、いつもと同じヘラヘラした口調、のようだが、その奥底に有無を言わせない強固な意志を感じ、アリルは思わず竦む。
「りょ、了解……!」
アリルは歯を食いしばり、返答をしてから、エンヴレンを後退させた。
未だに空中に静止したまま身動きを取らないグレンデル。
ファインは、そのまま時間が過ぎるのを待つのも手かと思ったものの、予測のつかない動きを急に取られることを警戒。
意を決して、自分から仕掛けることにした。
その動きをレーンとカノンが両側に回り込み、援護。
ベルフレスの槌がグレンデルへと襲い掛かるが、グレンデルはそれを片手でいともたやすく受け止めた。そのまま槌を離さず握りしめ、逆にベルフレスの動きを封じる。
「くっ! こいつ!」
焦るファインの視界の中で、グレンデルがその右腕の器官を、ベルフレスへと向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます