7遺書

 あの6月の暴動の後、暫くしてやってきた黒い影から渡されたセバスチャンからの手紙。


 私は、ようやく遺書を開けることができた。

 逮捕された後に書かれたものなのだろう。紙質もペン先もインクも、とても法律事務所の第一助手が用意するような物とは思えない程祖末ではあるが、しかし、その字は明らかにセバスチャンのものであった。

 そこにはこう書いてあった。

「親愛なるカトリーヌ様へ


 本当は、色々とお世話になったお礼や挨拶等をしたいのですが、与えられた紙幅が僅かですので、手短にさせて頂きます。


 今回の蜂起は失敗に終わり、僕の人生も間もなく幕を閉じるでしょう。最後の戦闘でカフェーに損害が出ないよう配慮したつもりですが、もし他のグループが何か障りを為していましたら、僕から代わりに謝罪させて頂きます。すみませんでした。


 僕の人生の最後の数年は、とても輝かしいものでした。

 それまでは親に言われたように勉強し、親に言われたように法律家になりました。しかし、それはただ過去の再生産をする歯車になるだけで、この変化の激しい時代には人々の為には何の役にも立たない、どころか人々を苦しめる役回りである事を、父の背中を通じて見ていた僕にとって、それは死んだような日々であり、またこれからも生きながらに死ぬ、その為に疲弊する事を意味した、なんとも遣る瀬ない人生でした。

 しかし、ミシェル達と出逢い、現在から未来を切り開く歓喜を見出し、そしてカフェーでその事を貴方と話す時間は、どんな宝石にも代え難い僕の宝物になりました。


 実を言いますと、カトリーヌさん、僕は最初貴方の目の奥に、かつての僕と同じ『死んだ日々を生きる者』の影を見ていました。

 そして様々お話頂き、また僕も色々と話すうち、段々とその氷が溶けてきたように感じたとき、初めて自分自身の存在その物が役立ったように感じられ、僕自身も救われていました。

 そして、こんな救いを実際社会の上にも実現できるのだ、とそれこそ煉獄を越えてベアトリーチェに再開するような心持ちを得られました。


 実際には、僕達の活動は民衆には根付かず、僕は先ず煉獄の試練を済ませる必要があるようですが、それでも、僕達のこの思想と運動が、僕自身の一生が、次世代に種を撒いたと、そう確信しています。

 少なくとも、民衆の命を踏みつけにして成立つ死んだ日々を過ごすより、今ここに殉ずる方が、余程天国に近づけると思っています。

 できれば、貴方の未来がそう言う光に溢れているよう、毎日祈りを捧げております。

 どうぞ、お幸せになって下さい。

 ——いえ、本当は僕が貴方を幸せにしたかったのですが——


 最後の最後に、こんな身勝手をお赦し下さい。


 では、もし僕が煉獄を越えられましたら、どうぞそこで再開できますことを願って。


                      セバスチャンより、愛を込めて 」

 通常の手紙より一回り小さな紙にびっしりと、裏面まで使った手紙は、そう結ばれていた。


 後半は、よく分らなかった。

 社会変革なんてしなくても、ただ、傍にいてくれればその望みの大半は叶えられたのに……

 これでまた読み返さないといけない手紙が増えてしまった。

 語りかけて欲しいのに。


 他に、黒い影が添えてくれた紙片には、彼が銃殺される際、実に堂々とした態度であった事が記されていた。

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