5蜂起

 太鼓の音が響く。

 民衆の友であり、民衆と共に飢餓や経済難、コレラと戦い、民衆の一人として果てた将軍の葬送。

 民衆と共に在ろうとした為に英雄であるにも拘らず、政府から遠ざけられ、国葬の栄誉を奪われた将軍。

 民衆は、虐げられ搾取された若者は、自分達でこの葬送に華を添え、盛大なものにする。

 赤い旗が舞い、民衆の歌が陰気な葬送曲を覆す。

 新たな奴隷制を打破る為の凱旋歌として。

 新たな共和制の凱旋パレードの始まりとして。


 そこに乱暴なノイズが加えられる。


 銃声。

 赤い旗は若者の赤い血に穢された。


 そのケガレを洗礼に聖別すべく、民衆はその怒りを爆発させる。

 怒りの火の手はたちどころに市内を駆け巡り、暴動に発展し、警察署や役所をその爆風で破壊した。


 パリーの辻々に荷馬車や食器棚等のバリケードが築かれ、堅牢な石壁を備えた即席の陣地が次々とでき上がる。


 その中に、ミシェルやセバスチャン達の姿もあった。

 彼等は日頃連れ立っている20人ばかりの集団を指揮し、より大きな「人民革命隊」の一小隊として自分達の地区に築いた即席の塁の防衛に当たっていた。


 初戦は順調であった。

 そうでなくても、日頃軽く扱われていると不満を募らせるパリジアンにとって、官憲の隙を突いてその鬱憤をぶつける事は愉快でならず、皆、市内守備隊の妨害に非常に協力的であった。

 人民革命隊の顔触れの多くが、一部のインテリ層を除いて、製造業に従事する顔なじみだった事も市民に受けた一因かもしれない。


「いや、上手くいったな、ミシェル」

 バリケードの最前列から一歩引いたテラス席のオーニングの下でランタンの明かりを頼りにパリの地図と睨み合っているミシェルのもとに、一人の体格のいい男がワインボトルとワイングラスを持って近づいてきた。

「ん?ああ、ジャンか。そうだな」

 地図に集中していたミシェルは、ジャンにわずかばかり顔を合わせると、またその目線を地図に落とした。

「まあ、前祝いに一杯呑めよ」

 ジャンは2つ持ったグラスの内、一つをミシェルの前に置くと、赤ワインを注ぎ始める。

「ジャン、君は見張りの任務は?」

 ワインを注ぐジャンを見ながら、隊長が訊ねる。

「安心しなよ、俺はさっき交代したさ」

「そうか」

 長い金髪を掻きむしりながら、ミシェルは頷く。

「副隊長のセバスチャンももう直ぐ交代でこっちに戻ってくるさ、な、今日は色々有ったし、まあ呑めよ」

「いや、僕はいい、君は呑みなよ。でも、あんまり深酒していざ本隊がきた時に使い物にならないのじゃ困るぞ?」

 ジャンの勧めてくれた杯を遠くに置いたままミシェルは部下に注意を促す。

「そうかい、それなら安心してくれな。こう見えて地元では『バッコスの化身』として有名なんだ」

「ああ、それならよかったよ」

「腹が減っては戦もできないだろ、呑めないなら、せめてこれはどうだ?パンとチーズ位しかないが、夜食には丁度良いだろ」

 そう言うと、今度は食べ物を勧めて来る。

「ん?これはどうしたんだい?」

 ミシェルはふとこれらの出所が気になった。

「なに、そこのパン屋の残り物を……」

「それは困るな!僕等は民衆の為に働いているのに、それを略奪するだなんて!」

 ミシェルはジャンの言葉を最後まで聞かずに叱責の声を上げた。

 これにジャンは多いに面を喰らった。

「略奪だなんて、俺等はその民衆の為に戦っているのだから、ちょっと兵糧に協力してくれる位いいだろ?」

「どうしたんだい?」

 そこへ、最前線の見張りから戻ったセバスチャンがたずねて来る。

「ああ、セバスチャン。ご苦労。処で、法律家としての君はこう云う場合、どう思うかね?」

 そう言うとミシェルは大まかな説明を副隊長にした。


「ああ、それは略奪に相当してしまうね。もっとも、ここは国内で今が戦争状態かは微妙なところだから、精々『窃盗』と言ったところかな」

 説明を聞いたセバスチャンは率直な所感を述べた。

「な、俺が盗人だっていうのかい?」

 指揮官二人に責められ、ジャンはバツが悪そうに言う。

「いや、今回の場合は、まあ、厳密に言えば窃盗だけれど、これだけの混乱だ、多少なら問題にならないし、僕達を慮ったジャンの気持ちは尊重しよう」

 ショックを受けたようなジャンを見てセバスチャンは言葉を付けたし、ミシェルの方を見た。

「ま、我等が隊の『顧問法律官』先生もそう言っているのだ、今回の件は多目にみよう」

 ミシェルのこの言葉にジャンは安堵を漏らす。

「ただ、次からは気をつけてくれよ?僕等は、民衆の為に蜂起した革命隊なのだから」

諒解した、隊長ウィ・モン・カピタン

 ジャンは軽く笑いながら、砕けた敬礼をする。

「ま、今回はこのワインとパンを分かち合って、我等の血と肉にしよう」

 ミシェルの言葉にセバスチャンは笑い出し、ジャンは困惑する。

「そうだね。今回僕達がロバに乗って凱旋できたのも、ピレネーからロレーヌ迄、僕達の活動が民衆の為のものである、と言うプロパガンダが上手く行き渡っているからだからね」

「ああ、間もなくここパリだけでなく、ヴェルサイユやマルセイユでも同じ様な事が起きるはずだ。以前のバスティーユの時のようにね」

 ミシェルの言葉を受けセバスチャンも聖書から引用するが、ジャンはロバを探す為周囲を見渡し、更に混乱を深める。

「ロバなんて、どこにいるんだ?」

 ジャンの言葉に、指揮官二人は更に笑いあい、杯を交わした。


 他の所や地区でも、アコーディオンやヴァイオリンを伴奏にした革命歌や笑い声が戒厳令下の市内で星座のように灯されていた。


 6月の初旬の事である。

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