3集会

「「革命万歳ヴィヴ・ラ・レヴォルシオン!」」


 20人程の若者達を中心に威勢良く杯を酌み交わす。

 上着アビを脱ぎ、胴衣ジレだけの者。クラヴァットすら緩め、あるいは外し、胸元を大きくはだけた者。ジレも若者らしくダブルのボタンが一つ一つ違う者、普段は見えない裏地が派手な者、M字襟の者、凝った絹糸の刺繍の者などなど、皆好き勝手に自身の主張を押し出している。

 外では普通に見えるアビに押し隠す形で。


「『旧体制アンシャンレジーム』もとうの昔にギロチンに掛けられたのに、未だに王党派だとかなんだとかいって人民の生活を顧みようともしない奸臣共やそれに取り入っているブルジョワ共を叩き潰そう!」

「しかしそうは言うが、ジャコバンが過激に遣り過ぎたのも実際問題だろう。市民革命はもっと根源的な、それこそ人々の心の根幹部分から変わらないといけないのではないか?」

「なら、現在の飢饉や疫病を見ない振りをする権威主義や資本主義の搾取によるプロレタリアの塗炭の苦しみを放置しろと言うのか?」


 大学ウニヴァルシテ高等政治専門学校グランゼコールの学生、或は既に卒業して医師見習いや弁護士見習いに就いている者等、出自も服装もバラバラな彼等だが、その目的は共通していた。

 革命による社会変革と共和制の確立である。


 近所の家庭教師による読み書き計算とちょっとしたラテン語の詩や聖書の一説位しか教育に縁の無かった私にはよく分らないが、彼等は貧困と不平等を無くし、再度「自由・平等・博愛」の為の革命を志しているのだそうである。

 それは、良い事だと思う。

 ただ、もう少しだけで良いから、グラスの出し入れをするカフェー側の苦労は知ってもらいたい。


 割られこそしていないものの、転がされたワイングラスやボトルを見て、私はそう思ってしまう。

 その意味では、結局彼等も生活の心配の無い、ブルジョワかプチブルのインテリ子弟なのかも知れない。

 だからこそ、夢想的な事も本気で実現の為に動けるのだろうけれど。


 そんな事を考えていると、誰かがアコーディオンで「ラ・マルセイユ」を奏で出す。

 すると、直前まで口論していた若者が皆、一斉に歌い出す。


 彼等にはリーダーと副リーダーがいた。

 リーダーのミシェルは波打つ金髪に鳶色の目をした偉丈夫で、普段も社会主義政治家の役員として働いている。声にも張りもあり、気が付けば合唱の指揮を執り始める、そんな存在である。

 副リーダーは、彼とは対照的に内省的な性格のセバスチャンで、櫛の入った黒髪に茶色の瞳の法律家見習いの青年である。


「今日もこんな大騒ぎになってしまってすみません。皆、ここの居心地がいいので、つい故郷にいる様な心持ちになってしまうようで」

 指揮を執るミシェルから離れて、セバスチャンが申し訳なさからなのかはにかんだ笑顔でカウンター越しに話し掛けてきた。

 ミシェルの方が皆の中心的存在なので、店側とのやり取りやお会計等の顔役はセバスチャンになり、そのため自然と私はセバスチャンの方と話す機会が多くなる。


「ああ、そう云えば、お昼のメニュー、あれも美味しかったですよ」

 彼は、ここの近くの法律事務所に勤めているからか、それとも夜ごと大騒ぎになるのを申し訳なく思ってか、昼営業の時にもここに顔を出してくれている。

 最初はぎこちなかったが、娘を死産し早くに夫に先立たれた私には、彼の語る希望に満ちた夢想と、理想的な社会の空想が心地よく、つい長話になっては彼のお昼休みを超過させてしまっていた。


「気に入ってくれたのなら、また出しましょうかね。この時期はニシンもまだまだ採れるでしょうし、ジャガイモしかなくてもそれなりになるでしょうしね」

 このカフェー・ド・ラ・マリー(店名は娘に付けるはずだった名前をそのまま付けた)と下宿用のアパルトマンなど、夫がいくばくかの財産を遺してくれたとは云え、若くして寡婦になり、未来の展望もなく、日常に埋没していた私には、彼等の語るお伽噺がちょうど良かったのかも知れない。


「あ、そうだ、今度、僕、第一助手になるんですよ」

 セバスチャンは、自分の事なのに何故か思い出したように言い出した。

「あら、すごいじゃない」

「いえ、先輩が独立して抜けるから、空いた所に入るだけなんですけどね」

 半分程残っていたカルヴァドスを飲み干すと、空けたリキュールグラスをカウンターの上に置く。

「これで、傍聴席から法廷内に入れます。少しは格好もついてくるでしょう」

「そうね。どんどん頑張って世の中をよくしてね、若い人」

「カトリーヌさんだって充分若いですよ」

「え?」

「あ、いえ……」

 セバスチャンは空のリキュールグラスを再度飲干そうとしてして、大きく上を向いた時に唇が一向に濡れない事に気付く。

「あ、それで、その……」

 再度置いた空のグラスを見詰めながら、何とか言葉を続ける。

「これで僕も色々力も付くでしょうから、何か困った事が有ったら、いつでも言って下さいね。僕はいつでも近くにいるんですから」

「そうね。頼りにさせて貰おうかしら」

 つい、いつもの調子で返してしまう。

 私の言葉が終わらない内にセバスチャンは背中を向いてしまった。

「あ、ほら、ミシェルのヤツ、またあんなに大きく腕を振って。ああなると次の日大変なんですよ。この前も肩が痛くて書類を書くのも鞄を持つのも辛くてしょうがないってぼやいてたんですよ」


 彼がそう言い終わるとちょうど曲も終わりに差し掛かり、セバスチャンはワインボトルを持ちながら周囲の輪を掻き分けてミシェルの方へと進んで行き、リーダーの肩を労りながら包容しあった。ミシェルは一通り周囲を見渡すと、ビンから直接ワインを飲み、喉を潤す。


 蝋燭と若者の熱気が渦巻く部屋に、春の終わりの風が心地よく入ってきた。

 4月の宵の事であった。

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