2手紙

「彼等は他に身寄りもなかったそうで、こちらを貴方に受け取って欲しい、と」

 私の店、カフェー・ド・ラ・マリーの夜営業準備中、黒尽くめの男はそう告げた。


 普通、手紙は郵便配達夫から渡される物である。


 なのにその手紙は、直接ここに来た。

 もちろん、手紙が自分で歩いて来た訳ではない。それなら大変便利なのだが、届けた者はいる。ただ郵便局を介さず、差出した機関から直接私の処へ来たのだ。

 その者は司法関係の役人であった。

 彼が役人であることは直ぐにわかった。役人用のお仕着せは着ておらず市民のふりをしているものの、海向こうの海賊国家ならいざ知らず、この国で黒尽くめの燕尾服を着ているのは役人か死刑執行人位だろう。

 あの暴動の関係で来たのかも知れない。

 これまた黒い帽子ウト・ド・フォルムを目深に被っているせいで表情は殆ど読取れず、やけに白い肌の上にある黒い口ひげ位しか表情を読取れるものがない。


では、失礼頂戴します。御婦人ドネ・モア・パルドゥン・オ・ヴ、マダム

 口ひげから言葉が漏れる。

 黒衣の男は帽子の鍔に軽く手を添えると、立ち尽くして訝しげに男を見ている私から踵を返し、立ち去ろうとした。


「あの……」

 つい、こちらの口からも言葉が漏れる。


「?……何か?」

 殆ど黄昏時の同化した黒い男は顔を向けず、声だけ差出す。


「何故、直接カフェーの方に?」

 殆ど、でまかせだった。

 黒い影は立ち止まったが、振り返りはしない。

「彼等は他に場所を知らなかったようです」

 影の声が返ってきた。

「はぁ」

 もはや、ただ息が漏れただけである。

「それ以上は何も」

 黒い言葉は、それ以上は何も無い、と言わんばかりにその言葉だけ残し、夕闇に溶け込んでいった。


ちょいと失礼するよ。お嬢さんパルドゥン、マドモアゼル

 後ろから来た街灯夫が一つ一つ灯りを加えてく。

 その時にはもう男の姿は無く、ただ、手元の手紙の文字だけが漸く読めた。

 ゴアゴアした祖末な紙に封蝋も無く、ゴツゴツとしたペン先で書かれたそれらは、遺書であった。

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