第3話 母の同僚

小料理屋「雪乃」に敬之は家を出て10分で到着した。駐車場に車を停め、暖簾をくぐった。

「いらっしゃ~い」女将の声が響いた。敬之がこの店に来るのは3度目だった。

「山田さん、お久しぶり」女将は敬之を覚えていた。1か月前に職場の先輩と来ていたのだ。

「こんばんは、相田さんいます?」敬之はカウンターに近づいて尋ねた

「いるよ~」カウンターで独り飲んでいる女性が声を上げた

「あれ、相田さん?」思えば何度もあっているのに相田すみれの私服姿を見るのが初めての敬之は声の方に近づいた

「そうよ、いつも仕事着だからわからなかった?」女性はレモン色のサマーセーターにロングスカート姿で敬之を見上げた

「いつもと感じが違ってわからなかった」

「そう、隣に座りなよ」カウンターはすみれしか座っていなかった。奥の座敷に二組客がいるだけのようだった

「でも、俺夕飯食べて来たし」

「まあ、いいから、そんなんじゃいつまでたっても彼女できないぞ~」かなり酔っているのか、すみれの言葉は遠慮がなかった

「山田さん、どうぞ、ウーロン茶でもどうぞ」女将がグラスを出してくれた

「それじゃ」

「いい子だね~、美智子さんが羨ましいよ」隣に座った敬之の頭をすみれが撫でた

「相田さん、なんか綺麗ですね」

「えっ、今何て言ったの、声小さくて聞こえなかった」すみれの顔が近づいて来た。普段とは全く違う派手目な化粧だが、服装や髪型に合っていてそれなりに魅力的だと敬之は感じていた。それにサマーセーターのVネックから覗く胸の谷間も気になった

「いや、その、綺麗だなって」

「ねえ、姉さん聞いた、この子ほんとに正直だね~」すみれは大きな声で女将に言った

「あら、ほんと、山田さんは嘘がつけないのね」女将は楽しそうにカウンターにおでんを置いた

「ほら、敬之君食べて、ここのおでん美味しいから、なんならお姉さんが食べさせてあげようか」すみれは上機嫌だ

「いや、自分で食べますから」敬之がおでんを箸で割って食べ始めた

「ほんと、美味いっすね」

「でしょ~」すみれがビールのグラスを空けると敬之はビンを持ちついでやった

「ほんと気が利く、それに可愛いとこあるじゃん」すみれは身体を敬之にもたれかけてきた。

「あたしにも大根ちょうだい」すぐ近くにすみれの顔があった。敬之はとまどいながら、すみれの箸を探した

「そのお箸でいいよ、あ~ん」敬之は仕方なく箸で大根を一口大に切り、すみれの口元に運んだ。それをすみれがパクつき、満面の笑みを浮かべた

「あら、すみれちゃん、いいな~」女将が楽しそうに言った

「へへ~」すみれが照れ笑いを浮かべた。そんな彼女の仕草が敬之にも可愛く見えた。


「それじゃ、俺送って行きますよ」おでんを食べ終えると敬之は立ち上がった

「お姉さんお勘定お願い」

「はい、山田さん、すみれちゃんをお願いしますね」女将は二人の今後の行動に興味津々のようだ

「敬之君、行こう」すみれは敬之と腕を組み店を出た。


「大きい車乗ってんのね」敬之の車に乗り込むとすみれが口を開いた

「母さんの買い物に付き合ったりするのに便利なんで」

「それだけ~?彼女作ってドライブとか出来んじゃん」

「いつになるやら、それじゃ出発しますけど、家どの辺ですか?」

「こっちからだと、店の前を通って5分くらい」小料理屋からだと車で15分ほどだ

「それじゃ、出発します」小さな繁華街なので、それほど混雑はしていない。車は順調にすみれ達の勤めるスーパーを通り過ぎた

「ねえ、泊ってくでしょ!?」すみれがそれまでとは違う口調で言った

「えっ、でも娘さんとかいるんですよね」

「今日、友達のところに泊まってるの。だからちょっと寂しくて、飲みに行ってたの」

「でも、迷惑じゃないですか」

「いいじゃない、どうせ明日出直してくるんだから」

「はあ」

「あっ、そこ、左に曲がってすぐ」車は塀に囲まれた旧家の前で止まった

「親から受け継いだんだけど、だいぶ古くなっちゃって」広い庭の一角に敬之は車を停めた

「さあ、入って」すみれは敬之の手を握り玄関へと向かった。


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