13.カードの行方

 僕の文字喰い捜査は、説得の末に許諾を得た。

「ただし、おかしなマネをしたら問答無用で地下室に閉じ込めるからね」と、ユアさんによる条件付きの許可だ。


 サーヤも捜査の手伝いを願い出るが、こちらはあっさりと却下。サーヤに対する疑惑は、まだ完全に消えたわけではなさそうだ。

 とりあえず、まずは二人の遺体を地下室に運び込む作業からはじめる。これだけは僕一人では難しいので、マッキが手伝ってくれた。


 マッキは暗がりが苦手なので、結局は僕が背負って地下室に下りることになるのだが、手伝おうという気持ちだけでもうれしい。ただ二回とも邪魔なスピーカーに頭をぶつけて、でっかいタンコブができた。


 一仕事終えて、次に向かうのはチイの部屋だ。「ちょっと気が引けるけど……しょうがないよな」そう自分に言い聞かせて、部屋を物色する。


 カバンをあさり、部屋をあさり、洗濯物まであさった結果――これといったものは出てこなかった。手書きの文字が書かれた物品はなく、カズマの部屋と同じく日記も見当たらない。

 僕は途方に暮れて、どうしたものかと頭を抱える。


 そこに、「フミくん、何やってんの!」

 いきなり怒鳴り声が飛び込んできた。目を向けると、怒気に満ちたサーヤが部屋の入口に立っている。すぐ後ろに控えたユアさんも、露骨に顔をしかめていた。

 ハッとして周囲を見回すと、チイの女性物の衣類や下着までも散乱している。言い訳の利かない状態だ。


「いや、これは、ちがッ――」

「やってることは、ただの変態じゃない。様子を見にきてよかった」

「文字喰いのヒントになりそうなものがないか探していただけなんだ。やましいことはやってない!」


 ジト目でにらむサーヤ越しに、ユアさんが大きなため息をついている。

 瞬く間に部屋を気まずい空気が満たしていき、許容量を越えておぼれしまいそうな気分になった。


「それで、何か手がかりは出てきたの?」

「……全然、何も」


 成果があったなら多少はかっこもつくのだが、人生都合よくいくことばかりではない。僕はうろたえて、たどたどしく視線を泳がせた。


「だったら、わたしが片づけとくからフミくんは次に行って。これ以上荒らされたらチイさんが浮かばれない」


 ズボラなサーヤが後始末を買って出るほど、危うい状態に見えたということか。僕は素直にしたがって、ゼンさんの部屋に移る。


 こちらでは日記は見つかったが、文字を喰われた様子はなく、文字喰いが侵入した形跡もなかった。手がかりになりそうなものが、残されている可能性はないということだ。

 わかったことと言えば、カバンの底に落ちていた名刺からゼンさんの本名が『財前浩二』と判明したくらい。他にめぼしいものは何もなかった。


 文字喰いの正体の取っかかりとなる手がかりを期待していたが、二部屋とも不発に終わる。

 やはり書き置きの謎を解くことでしか、文字喰いを見つけることはできないのだろうか。僕は腰を下ろして、改めて書き置きを見直してみる。

 ゼンさんが解いてくれた文字の穴を埋めて、新しく構築された文章を読む。


※※※


 この書き置きをキミたちが目にしているということは、おそらくわたしは生きていないだろう。

『文字喰い』と呼ばれる恐ろしいバケモノに、名前を喰われて殺されている。

 文字喰いは、その名前のとおり、紙魚の如く文字をけしさってしまう。ヤツに名前(#16)の文字(#17)をうばわれると、死(#18)ぬことになる。

 キミたちは名前(#19)の文字(#20)をうばわれないように気(#21)をつけなさい。


 まずやらなければならないのは、一も二もなくテガキの書面をすてることだ。

 文字喰いは印刷(#26)された文字(#27)はけせない。

 マイニチつけていた日記を、まっさきに処分すべきだろう。プライベートな[#30]が[#31]された[#32]は、[#33]をうばわれるだけでなく[#34]もうばわれることを[#35]する。

 [#36]だけではなく、テガキの[#37]があったなら[#38]をすすめる。

 もやしてしまって、田んぼや原っぱにすてるといい。


 危険(#41)なので、けっして犯人捜(#42)しをしてはいけない。

 かえりの連絡船がくるまで、部屋にこもっておとなしくトキがすぎるのをまったほうが良いだろう。

 文字喰いに文字をうばわれるスキを与えないことだ。ヤツ[#50]は[#51]を[#52]くことができない。[#53]でいる[#54]は、[#55]をうばわれる[#56]はないとみていい。

 いいかい、絶対(#57)にムチャをするんじゃないぞ。文字喰いはヒトと似(#59)た姿(#60)をしているが、ヒトではないのだ。

 たとえ無害(#61)な子供(#62)や女(#63)の子(#64)の姿(#65)をしていても、たとえ愛(#66)するヒトや知人(#67)と同(#68)じ姿(#69)をしていたとしても、似(#70)ているだけでちがう存在(#71)――バケモノだ。


 [#72]に、これだけは[#73]わせてほしい。

 文字喰いに[#75]されるのは[#76]であるが、ヤツの[#77]を[#78]できることに[#79]はしている。

 わたしの[#80]の[#81]が、文字喰いというバケモノによるものと[#83]できたなら、[#84]もすこしは[#85]われるだろう。

 それだけで[#86]きな[#87]がある。

 キミの[#88]が[#89]からんことを[#90]っている。


 【柄本大輔】


※※※


 ゼンさんが見つけてくれたのは、

『いいかい、絶対(#57)にムチャをするんじゃないぞ。文字喰いはヒトと似(#59)た姿(#60)をしているが、ヒトではないのだ。

 たとえ無害(#61)な子供(#62)や女(#63)の子(#64)の姿(#65)をしていても、たとえ愛(#66)するヒトや知人(#67)と同(#68)じ姿(#69)をしていたとしても、似(#70)ているだけでちがう存在(#71)――バケモノだ。』


 この箇所だ。さすが読書家だけあって、うまくすり合わせできている。納得がいく文章だった。


 前後の文脈と合わせて、文字喰いの危険性を訴えていることがわかる。そうなると、『ヤツ[#50]は[#51]を[#52]くことができない。[#53]でいる[#54]は、[#55]をうばわれる[#56]はないとみていい。』も、関連性のある内容ではないかと推察した。


『[#55]をうばわれる』とくれば、思い浮かぶのは『文字』だ。つづく『[#56]はないとみていい。』が引っかかる。文字が奪われないと伝える意図なら、当然その理由が関わっているはずだ。

 僕はこれまで知りえた文字喰いの性質を思い返し、当てはまるものがないか考えた。


「文字喰いが文字を奪えない条件は――」


 目に飛び込んだのは、書き置きの最後に記された『柄本大輔』という署名だ。印刷された文字を、文字喰いは喰えないと僕は推測していた。これは、おそらく間違ってはいない。『文字喰いは印刷(#26)された文字(#27)はけせない。』と、書き置きにもそれらしいものがあった。

 しかし、『』と『』では微妙にニュアンスが違う。そこで、もう一つの推測が頭をよぎる。


『ヤツ[#50]は[#51]を[#52]くことができない。』は、ヤツ――つまり文字喰いを指しており、文字喰いの行動をあらわしている。『ヤツ自身(#50)は』で一旦区切ると、『[#51]を[#52]くことができない。』の答えは予想しやすい。


 文字喰いができないこと、『文字(#51)を書(#52)くことができない。』

 文字を書くことができないので、文字を奪われない――理由がわかれば、『[#53]でいる[#54]は』も見えてくる。文字喰いの能力は、他人に依存した能力だ。『単体(#53)Iでいる間(#54)は』といったところか。


 つなげて読むと、こんな感じ。『ヤツ自身(#50)は文字(#51)を書(#52)くことができない。単体(#53)でいる間(#54)は、文字(#55)をうばわれる危険(#56)はないとみていい。』


 教授は文字喰いの性質を理解して、禁止事項を伝えてくれようとしたのだろう。たとえ文字を喰われたとしても、カズマという自分の代理を用意して――残念ながら、それは機能しなかったわけだが。


「ふぅ、やっとここまでいけた」


 吐息をついて、肩から力を抜いた。思考を巡らせたことに加えて睡眠が充分でないことも重なって、頭の奥に泥のような疲労感が湧き出している。糖分がほしい。

 お腹も減ってきた。エネルギー不足を痛感する。


「フミくん、大丈夫?」


 顔を上げると、心配そうなユアさんの姿があった。彼女も僕を心配できないくらい、顔つきに倦怠感を宿している。

 そのおかげか、昨日のような刺々しさは表層にあらわれていない。怒る気力もない――といった様子だ。


「僕は大丈夫、まだ平気です」無理に笑顔を作って、強がってみせる。「サーヤは?」


 ユアさんも笑顔を作った。ただし、こちらは呆れ混じりの笑顔だ。


「あの子、すごい不器用ね。邪魔になるから先に戻ってもらった。それで、チイの服を片づけているとき、こんなものが出てきたの」


 そう言ってユアさんが差し出したのは、特徴的な有名ブランドのロコが入った財布だ。ジッパーで閉じるタイプの分厚い長財布で、かなりの容量詰め込めることが見た目からでもわかる。だが、手にした感触は……うすい。

 開けてみると、札入れに千円札が三枚、小銭入れに硬貨が少し――所持金は計三千二百五十三円だ。他には何も入っていない。


「ユアさん、中を見た?」

「いいえ、見ていない」


 まさか抜き取っていたりはしないだろう。もし盗んでいたなら、怪しまれるとわかっていて、わざわざ僕のところに持ってくる理由がない。

 ユアさんは申し訳なさそうに財布を覗き込み、不可解そうに首をかしげた。


「変ね……これだけ?」そうつぶやいた後、ハッとして言い訳を口にする。「違うの、金額のことを言ってるわけじゃない。カードとか免許書とか、入っていてもおかしくないと思って!」


 僕が抱いた疑問の答えを、ユアさんがピタリと言い当てた。何か足りないと感じていたが、それが何かわからなかった。

 高校生の僕の財布に入っているのは、少ない現金とポイントカードぐらいのものだが、社会経験のあるチイの財布に、実用的なカード類が入っていないこと自体妙に感じる。それらを収納するための大きな財布だというのに。


 では、誰が、どんな目的でカードを抜き取ったのか?

 思い浮かぶのは文字喰いだが、その理由がわからない。チイの部屋は密室だった、いつ抜き取ったのかという問題もある。


 全員の身体検査をすれば判明する可能性はあったが、盗み出した物を所持しているとは思えない。どこかに隠しているか、もしくは処分したか――どちらにしても、騒ぎ立てては文字喰いを必要以上に警戒させる。

 僕は這い出ようとする関心を飲み込み、何食わぬ顔で財布をユアさんに手渡す。


「これ、チイさんのカバンにでも入れておいてください。彼女の遺品ですから」

「そうね、それがいい……」


 財布を胸元に抱いて、ユアさんはしんみりと言った。いろんなことが立てつづけに起きてよぎりもしなかったが、いずれ亡くなった人たちと対面する家族のことに思いいたり、チクンと胸が痛んだ。弟の死体を発見して、それを両親に告げたときの苦しみがよみがえってくる。


 文字喰いが奪っていったモノの大きさを、改めて実感した。ここで止めなければ、悲劇はさらに広がっていくことになる。


「フミくん、まだやるの?」


 ユアさんの声には、そこはかとない不安が含まれていた。謎ばかりが増えていく状況に、戸惑いを隠せないようだ。

「ええ、もうちょっとだけ。あと一か所、調べたいところがあるんです」


 チイの財布からカード類が消えていたことで、一つの考えが浮かんだ。ずっと引っかかっていた出来事が、解決の糸口になるかもしれない。

 ユアさんを見送り、しばらくしてから――僕はゼンさんの部屋を出て、まっすぐ玄関に向うのだった。

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