12.密室

 僕は下っ腹に力を込めて、大きな声を上げる。


「みんな、起きてくれ!」


 時刻は朝六時――まだ全員眠りの中にいるのか、反応がない。

 不安に駆られながら、もう一度呼びかけた。「起きてくれ、ゼンさんが死んだ!」


 ドタンバタンと騒がしい音が、サーヤの部屋から聞こえた。つづけざまにカギを開ける忙しない音が響き、パジャマ姿のサーヤが飛び出してくる。寝ぐせで髪は跳ね上がり、頬にはくっきりとした寝跡がついていた。


「ちょっと、いまの本当!?」


 肩をつかまれ、ガクガクと揺すられる。僕はドアを開けっぱなしにしておいたゼンさんの部屋に視線を送る。

 サーヤはおそるおそる覗き込み、口を押えて小さな悲鳴をもらす。


「な、なんで……」

「文字喰いに決まってる。こんなことができるのは、文字喰いだけだ」


 くわしく事情を説明すると、僕が疑われてもおかしくない状況なのだが、寝起きでそこまで頭が回らないのか、サーヤはただただ驚愕している。

 ふらつき、僕の肩にすがりついた体はひきつけを起こしたように震えていた。


 ほどなくしてユアさんが顔を出し、タミーとマッキもやって来た。事情を聞くと一様にショックを受け、愕然として色を失う。

 そこで、僕ははたと気づいた。まだ全員揃っていないことに。


「チイさんは?」

「え、まさか……」というユアさんのつぶやき声は、少し笑っているように聞こえた。精神状態がグチャグチャになって、神経回路がおかしくなっているのかもしれない。


 彼女の部屋は、サーヤの部屋のすぐ隣だ。声が届いていないということはないだろう。

 まだ眠りこけている可能性もあるが、焦燥感に追い立てられ、僕は乱暴にドアをノックする。


「チイさん、起きてるかい。起きてるなら返事してくれ!」


 血相を変えた僕の姿を見て、一早く状況を察したマッキがドアノブを回す。ガチャッと半端なところで回転は止まり、それ以上動くことはない。


「ダメだ、カギがかかってる!」


 手が痛むくらいにドアを叩きつづけても、起きてくる気配はない。そもそも人の気配を感じなかった。

 ついに焦りが限界に達し、肩から体当たりしてみたがドアはびくともしない。ドラマのようには、うまくいかないものだ。

 タミーにマッキも加わり、男三人でドアをこじ開けようと奮闘したが、まったく歯が立たなかった。別荘仕様の上等な造りが恨めしい。


「そ、そうだ。裏からなら回れる!」


 言うが早いか、サーヤは自分の部屋に駆けていく。後を追うと、サーヤは外側に向いたサッシを開けて、裸足のまま飛び出そうとしていた。

 以前入ったときよりも乱雑に散らかった部屋を横切り、僕もサッシをくぐる。


「こっち側は、こうなってたんだ……」


 これまで別荘の外観を見て回ってこなかったこともあって気づかなかったが、サーヤたちの部屋沿いにゆったりとしたテラスが設置されていた。隣のチイの部屋ともつながっており、こちらもサッシを使って行き来できる。


 僕はテラスに踏み込んだ瞬間、言い知れぬ違和感をおぼえた。だが、その理由を突き止める前に、サーヤの上ずった声が耳に突き刺さる。


「ダメ、こっちも閉まってる!」


 チイはサッシにもカギをかけていた。防犯対策として当然のことだが、こういう状況ではもどかしい。分厚いカーテンによって中の様子を覗くこともできない。


「くそッ、どうしよう」

「フミくん、どいて!」


 テラスに置かれていた木製の椅子を手にしたサーヤは、止める間もなくサッシに放り投げた。耳障りな破砕音が響き、大小に分かれた無数のガラス片が飛び散っていく。


「む、無茶苦茶するなぁ……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、チイさんの安否を確かめるのが先!」


 僕は内カギを外して、サッシを開けた。ガラス片をまぶされたカーテンをずらし、足下に注意しながらチイの部屋に入る。

 目についたベッドには、掛け布団の下にこんもりと盛り上がる膨らみがあった。顔にかかった髪に隠れて、その表情を確認することはできない。


「チイさん」と、呼びかけながら体を軽く揺する。

 その間に、サーヤが開けたドアからタミーたちがなだれ込んできた。


「フミくん……チイは?」


 ユアさんの問いに、僕は首を振ることしかできなかった。ゼンさんにつづき、夜にチイも死んだ――いや、殺された。生気のない真っ青な頬にふれると、まるで氷のように冷たい。


 死顔は存外穏やかで、眠っている間に苦しまずに死んだのだと思う。それがせめてもの救いと感じられるほど……僕は犠牲者が出ることに慣れはじめていた。


 震える声で、「密室だ」マッキがつぶやく。

 文字喰いに密室など意味はない――だけど、意味はないはずなのに引っかかるものがあった。


 文字も有限だ。全員が警戒して文字を奪う機会が少なくなったタイミングで、二人も殺せたことに疑問を感じる。文字のストックが充分にあったということも考えられるが、やはり不自然さをおぼえた。


「これで四人目だぞ、もう勘弁してくれよ」


 タミーは弱々しく泣き言をもらし、その場にしゃがみ込む。もう強がりを口にすることさえできない精神状態のようだ。


「とにかく、二人の遺体を地下室に運んでくるよ。僕がやるから、みんなは部屋に戻って閉じこもっていたほうがいい」

「ちょっと待って」これにユアさんが異を唱える。「バラバラでいるより、集まっていたほうが安全なんじゃない。互いに監視できる環境のほうが、手出しできないと思うの」

「確かに、いい案かもしれない。今日さえ乗り越えれば、明日には無人島からは解放される。でも――」


 僕にはどうしても拭えない懸念があった。はたして無人島から抜け出せば、本当に安全と言えるのだろうか?

 文字喰いの性質を読みきっていない現状では答えは出ないが――文字喰いの正体をつかめないまま無人島を出てしまうと、文字喰いは好き放題文字を喰える。そうなると、名前を知られている可能性が高い僕らは、防ぐ手立てもなく殺されてしまうのではないだろうか。


 閉じられた環境である無人島にいる間が、文字喰いと対峙できる最大のチャンスとも言えた。文字喰いのような怪異を野に放つわけにはいかない。この機会を逃すと、人と文字で溢れている現代社会で文字喰いを見つけ出すことは非常に困難だ。


「僕だけでも捜査をさせてくれないかな。このままだとおさまりがつかないんだ」


 まだ手がかりをつかめず、まったく成果をあげてない僕が言えた義理ではないが、殺された人たちのためにもあきらめるわけにはいかなかった。

 みんなは顔を見合わせて、困惑を共有する。代表してタミーが、戸惑いを声に込めた。


「お前、まだ犯人を追う気かよ?」

「そうじゃないよ。僕は、文字喰いを退治する」


 これまで漠然と文字喰いを探してきたが、ここにきて決意が固まった。

 僕は文字喰いを退治する――無人島で決着をつける。

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