7.欠けているモノ
「何か書くものある?」
「へっ。書くもの? うん、あるけど――」
サーヤはグチャグチャに詰め込まれたカバンから、苦労してペンケースを取り出した。紙はサイドテーブルに置かれていた、日記用に渡されたノートを流用する。
予想していたことだが、「何も書いてない……」
「そりゃそうだよ。形だけの参加者だもん。めんどくさいし」サーヤが文字を喰われる心配はなさそうだ。「で、何をする気?」
「まあ、見ててよ」
僕は文字の欠けた書き置きを、そっくりそのまま書き写していく。さらに欠けた箇所に、わかりやすく番号を振っていった。
「これ、どういうこと?」
「どうにか欠けた文字を読み解けないかと考えてた。文字喰いの存在を理解している教授が、わざわざ喰われることを知りながら残したってことは、ここにヒントが隠されているんじゃないかと思うんだ。たぶん事前に話を聞いていたカズマさんならわかったんだろうけど、残念ながらそれはかなわなかった。僕たちでやってみるしかない」
サーヤは食い入るように、ノートに書き写された欠けた文章を見つめる。
※※※
この[#1]き[#2]きをキミたちが[#3]にしているということは、おそらくわたしは[#4]きていないだろう。
『[#5]い』と[#6]ばれる[#7]ろしいバケモノに、[#8]を[#9]われて[#10]されている。
[#11]いは、その[#12]のとおり、紙[#13]の[#14]く[#15]をけしさってしまう。ヤツに[#16]の[#17]をうばわれると、[#18]ぬことになる。
キミたちは[#19]の[#20]をうばわれないように[#21]をつけなさい。
まずやらなければならないのは、[#22]も[#23]もなくテガキの[#24]をすてることだ。
[#25]いは[#26]された[#27]はけせない。
マイニチつけていた[#28]を、まっさきに[#29]すべきだろう。プライベートな[#30]が[#31]された[#32]は、[#33]をうばわれるだけでなく[#34]もうばわれることを[#35]する。
[#36]だけではなく、テガキの[#37]があったなら[#38]をすすめる。
もやしてしまって、[#39]んぼや[#40]っぱにすてるといい。
[#41]なので、けっして[#42]しをしてはいけない。
かえりの[#43]絡[#44]がくるまで、[#45]にこもっておとなしくトキがすぎるのをまったほうが[#46]いだろう。
[#47]いに[#48]をうばわれるスキを[#49]えないことだ。ヤツ[#50]は[#51]を[#52]くことができない。[#53]でいる[#54]は、[#55]をうばわれる[#56]はないとみていい。
いいかい、[#57]にムチャをするんじゃないぞ。[#58]いはヒトと[#59]た[#60]をしているが、ヒトではないのだ。
たとえ[#61]な[#62]や[#63]の[#64]の[#65]をしていても、たとえ[#66]するヒトや知[#67]と[#68]じ[#69]をしていたとしても、[#70]ているだけでちがう[#71]――バケモノだ。
[#72]に、これだけは[#73]わせてほしい。
[#74]いに[#75]されるのは[#76]であるが、ヤツの[#77]を[#78]できることに[#79]はしている。
わたしの[#80]の[#81]が、[#82]いというバケモノによるものと[#83]できたなら、[#84]もすこしは[#85]われるだろう。
それだけで[#86]きな[#87]がある。
キミの[#88]が[#89]からんことを[#90]っている。
【柄本大輔】
※※※
「うーん、全然わかんないや……」
ぐったりとテーブルに身を預けて、サーヤは早々にギブアップした。性格的に謎解きは向いていないようだ。
僕は苦笑しながら改めて書き写した文章に目を落とす。まだまだ不明瞭な点も多いが、うっすらと見えてきたものもあった。
「わたしがわかったのは、文字喰いも好き嫌いがあるのか、いくつか食べ残しがあるってことぐらいかな」
「見たところ喰われているのは漢字だけのように思える。それと、最後に記入された教授の署名は残っている。印刷された文字は喰えないんじゃないかな」
僕の言葉に反応して、サーヤは「あっ!」と声を上げた。見開いた目は、僕と文章を行き来している。
「いま思い出した。文字喰いは元々中国で発生した怪異だって、おじさんが言ってたよ」
僕も思い出す。教授の部屋で謎の文献を見つけたが、あれは文字喰いについて書かれているものかもしれない。残念ながら僕は中国語を読めないので、内容を知ることはできないが。
「教授が何を言っていたか、もっと思い出せることはない?」
「そんなこと、急に言われてもなぁ。フミくんに言われるまで、すっかり忘れてたから……」
「見分け方とか倒し方とか、少しでもヒントになるようなものがあればいいんだけど」
サーヤは顔をしかめて考え込む。半開きの口から小さなうなり声をこぼし、何度も左右に頭をかしげて必死に絞り出そうとしている。
時間にして五分ほどだろうか――唐突にプツリと集中が切れて、サーヤはテーブルに突っ伏した。ここらが限界のようだ。
「ダメだー、まったく思い出せない」
「まあ、しょうがないよ。いまある材料だけで考察してみよう」
僕がまず気にかかったのは、サーヤが言うところの食べ残し、『紙』と『絡』と『知』の三文字の謎だ。
なぜ、この三文字だけ喰われなかったのか、何か理由はあるはずなのだが、その理由がわからない。文字喰いにも文字喰いなりのルールがあるのだろうか。いくら考えても答えは出そうにないので、ひとまず後回しだ。
穴埋め問題はわかる場所から解いていくのが鉄則――すぐに頭を切り替える。
次に注目したのは、『――い』だ。ここに当てはまる言葉で思い浮かぶのは、現状で一つしかない。
その言葉を脳内で当てはめてみて、わかる範囲で前後の文脈と
「この語尾が『――い』で終わる文字は、『文字喰い』じゃないかな。サーヤはどう思う?」
ハッとして顔を上げたサーヤは、指をさして『――い』を探し出し、一つずつ確かめていった。
「あー、なるほどね。『文字喰い』か、そうかも。だったら#5と#11、#25、#47、#74と#82……」
「#58もだね」
「うん、ここの欠けた文字は『文字喰い』で決まりだ!」
欠けた箇所が埋まることで、いくつかの文脈を読み解けるようになった。
『文字喰い(#47)いに[#48]をうばわれるスキを[#49]えないことだ。』は、おそらく#48は『文字』で、#49は『与』ではないだろうか。注意喚起をうながしている。
つづく、『ヤツ[#50]は[#51]を[#52]くことができない。[#53]でいる[#54]は、[#55]をうばわれる[#56]はないとみていい。』は、前文から推察して文字喰い対策を書いているように思うのだが、まだ足りないものが多すぎて判断できなかった。
「ねえ、フミくん。この最初の『き』二連チャンは、『書き置き』じゃないかな」
「そうだね、僕もそう思う。次の文も合わせて、出だしは予想しやすく書いてるのかも」
文字喰いに狙われることを知りながら残した書き置きだ。教授も無策でいたわけではないだろう。
『この書(#1)き置(#2)きをキミたちが[#3]にしているということは、おそらくわたしは[#4]きていないだろう。
『文字喰(#5)い』と[#6]ばれる[#7]ろしいバケモノに、[#8]を[#9]われて[#10]されている。』
状況から見て、#4は『生』ではないかと思う。そうなると、#3は書き置きが読まれていることを前提とした『目』がぴったりとはまる。
その前文の流れを考えると、文字喰いの説明で――『呼(#6)ばれる恐(#7)ろしいバケモノ』となるのではないだろうか。
悩ましいのが、次だ。『[#9]われて』でピンときたのは、言われて・買われて・奪われての三つ。書き置きの内容的に『奪われて』がしっくりとくるのだが、問題があった。
ひらがなで書かれた『うばわれる』という文字が他で見られる。わざわざ漢字とひらがなを分けるだろうか?
「手書き(テガキ)をわざわざカタカナで書いてるのは、文字喰いに喰われるのを警戒してなんだろうね」
「そ、それだ!」
思わず大声がもれる。どうして、それに思いいたらなかったのか不思議なくらいだ。
サーヤは驚きのあまり顔を強張らせて、目をむいていた。
「えっ、ええっ、どうしたの?!」
「喰われるだよ、喰われる。ここの『[#9]われて』は、『喰われて』だ。そうなると、前後の欠けた文字も見えてくる。『名前(#8)を喰(#9)われて殺(#10)されている。』となるんじゃないか」
僕は興奮してまくし立てるが、対照的にサーヤは冷えていた――いや、冷えていたというよりは、落ち込んでいるといったほうが正しいか。
曇った顔に悲しげな笑みが形作られる。
「やっぱり、おじさんは殺されるのを想定してたんだね。そこまですることないのに……」
教授は身をていして『文字喰い』の存在を証明した――と、サーヤは考えているのかもしれないが、はたしてそうなのだろうか?
そもそも教授が、どうやって参加者に文字喰いがいることを確信したのか不明だ。考えられるのは、文字を喰われた文章を発見したといったところだが、それが、いつ・どこで見つけて、書き置きに頼らざるえない状況となったのかはわからない。
文字だけではない、文字喰いを見つけるために必要な情報のピースが欠けていることを実感する。
「頭使いすぎたのかな。なんか、疲れちゃった……」
「お腹も減ったし、今日はお開きにしようか。僕たちは文字を追っても食べられるわけじゃない、ごはんを食べよう」
じっと僕を見つめて、サーヤはにんまりと笑った。
「ねえねえ、それって作ってくれるってこと?」
「野菜切るくらいしかできないから、野菜入りインスタントラーメンでいい?」
「しょうがない。それで手を打とう」
どういう立ち位置のつもりなのか、なぜか少し偉そうな態度のサーヤとキッチンに行って、ザク切り野菜たっぷりのインスタントラーメンを作る。サーヤは一切手伝ってくれなかった。
「ねえ、いまさらだけど――」ラーメンを食べながら、サーヤが疑問を口にする。「文字喰いが人に化けてるなら、文字を奪われるのを気にするより襲われないように気をつけたほうがいいんじゃない」
「それは、たぶん大丈夫。文字喰いは人を直接傷つけることはしない」
「どうして、そう言いきれるの?」
別に確証があるわけではないが、状況的に判断したことだ。
「文字喰いが人を殺すことを目的としているなら、こんな回りくどい方法を取ったりはしないと思うんだ。直接手を下したほうが、よっぽど手っ取り早いからね」
「ふーん、なるほどねぇ……」
本当に理解したのか曖昧な返事をもらし、サーヤは勢いよく麺をすする。疑問よりも空腹が勝ったようで、もう意識はラーメンに向いていた。
腹が膨れたところで本日は解散――僕は部屋に戻る。
そこから一人でいくつかの穴埋めを解き、唐突に頭を覆った眠気にうながされて、ベッドに入ったのは日をまたいだ頃だ。
夜半の静けさの奥に、かすかな雨音が聞こえた。まるで子守唄のように心地いい自然の調べに耳をかたむけながら、何気なく寝返りを打つ。
「ヒッ!」と、心臓が止まりそうなほど仰天して喉が鳴った。
電気を消した暗闇の底から、こちらを覗いている双眸に気づいたのだ。そこにあったのは、弟の顔――そっくりな自分自身が映し出されていた。
目をこらすと何のことはない。部屋にあった姿見鏡に、自分が映っている。安堵と同時に、猛烈な違和感をおぼえた。睡魔に塞がれ閉じかけていた思考の扉を開けて、強引に意識を働かせる。
「わかってるよ。そんな目で見るな、トモ……」
鏡に声をかけながら、のっそりと起き上がり電気をつけた。
明かりが灯り視界の晴れた部屋を見回し、状態を確認する。見たところ変わった様子はないが、明確におかしな点があった。これまでベッドにいて、一度として鏡越しの自分を目にしたことはなかったのだ。鏡にふれた記憶はない。そうなると、角度がベッド寄りに変わったのは――何者かが侵入して動かした可能性がある。
念のためにベッドマットの下に隠しておいた日記を確認してみたが、文字が消えているようなことはなかった。
僕の目は、ちょうど姿見鏡の脇に置いたカバンに向く。無人島に来る際、荷物を詰め込むのに使った大きめのスポーツバックだ。
おそるおそるジッパーを開けて中身を確かめてみると、荒らされている様子はなかったが、どこか不自然だ。よく見ると、衣服のたたみかたが僕と微妙に違う。
――予感は確信に変わった。この部屋に、誰かがきた。
ゾクリと背筋が粟立ち、指先まで震えた。思わず手にしていた衣服を落とし、拾いあげようとすると、折り重なってはさまっていた何かがこぼれ落ちる。
それは学生証だ。持ち込んだおぼえはないので、最初からカバンにまぎれていたのだろう。
【一年二組 日高文哉】
去年のものだが、顔写真もしっかりついている。状況的に名前を知られたと判断すべきだ。
僕は頭を抱えてため息をもらし、部屋のカギをかけているか確認にいく。いまはちゃんとかかっているが、サーヤのところに行っていたとき、カギをかけていたかはあやふやだ。
文字喰いも、こちらを探っている。注意しなくてはならないと気を引き締めながら、少なくともサーヤが文字喰いでない確証を得てホッと胸をなでおろした。
僕は再び電気を消してのろのろとベッドに潜り込み、多少無理やりにまぶたを落とす。気疲れによってか、こんな状況であっても眠気が戻ってくる。
明日ちゃんと目が覚めることを願いながら、僕はするりと眠りに落ちていった。
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