君色の向日葵

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翌朝の24日。私は着替えてランドセルを背負い、玄関へ向かった。

ついでにお母さんに会って、いってきます、って伝えようと思ったんだけど…


お母さんはリビングの椅子で、書類を見て考え込んでいた。


「……なにそれ?」

「ぎゃあっ!?」


後ろから私が覗き込んでいると、不自然に驚いてそれを隠した。

…私の驚き方って、何だかお母さん譲りな気がしてきた。



「何見てたの?」

「い、いやいや!これは仕事の書類!」


この焦りよう…アヤシイ。けれど、確かに仕事の書類だったような気がする。

そういえば。お母さんの仕事って、なんだったっけ…?


「じゃあ行ってくるね、お母さん」

「え…?う、うん。行ってらっしゃい」


そんな風に言っていたお母さんは、何か秘密を隠している感じがした。




チャイムが鳴って休み時間になると、私は退屈になってしまう。

…気晴らしに、学校内の敷地でも散歩しておこうかな。


そう思い立って、てくてくと校舎の近くを歩いていた。

すると、花壇の横からじっとしゃがんでそれを眺めている、女の子が目についた。


「えっと…こんな所で何してるの?」


私も彼女の横に並んでしゃがみ、そう聞いてみると、睨むような顔で見られてしまう。

濃い茶髪のストレートロングヘアで、顔は可愛らしくクールな印象。

裾がフリルの黒い長袖に、青いジーンズという衣服も、その雰囲気が増した。



「…見たらわかるでしょ」


明らかに一人の時間を邪魔されて、不機嫌そうな声で言う女の子。

私は何となく申し訳なくなって、その場を立ち上がって謝った。


「ごっごめんね。何となく話しかけたくなって…あはは…」

「邪魔」

「はい…。」


うう、何も言えなくなってしまった。



その子は花壇に目線を戻し、土から出ていた何かの花の芽を見る。

私から見ればそれは……緑色のタケノコ、って感じだった。


「…その花は?」


思い切って聞くと、彼女は、がなり声のように溜め息をついた。…私は肩がぴくっとなってしまう。



「これは…チューリップの芽だから」

「そ、そうなんだ。なんだか、タケノコみたいな形だね!」

「は?全然違う」


また睨まれてしまう。こ、これ以上怒らせてしまう前に…早急に立ち去った方がいいかも…

恐る恐る一歩ずつ後ずさっていくと、眉間にシワを寄せた彼女がこう言う。


「…チューリップの和名、知らないでしょ」

「え?」

鬱金香うこんこう。みんな汚い名前ってバカにするけど、元々ウコンのように埃臭いから名付けられたの」



…ウコンって、あのウコン?

そんなの全く知らなかった。もしかしてこの子、お花が好きなのかな?


「まあ、詳しいことは分かんないけど」

「え、す…すごいね!そんなのも知ってるなんて、お花博士になれるよ!?」

「……大げさだから」


そんな風に冷たく言うけれど、横顔は…まんざらでも無さそうだった。

この子、なんだか中島くんに似てて、愛おしいっ…!!



「ねえ、名前は何?」

「はあ?もしかして私の…?斉藤乙音さいとうおとね。6年生」

「そうなんだ!私、七瀬実花。じゃ、じゃあ…乙音ちゃんって呼んでもいい?」

「馴れ馴れしい…。で、でも…よろしく」


「乙音ちゃん」と呼んでから、私にそっぽを向いてしまう。

けれど私は、小学校で初めての友達が出来た気がして、すっごく嬉しかった。



一方で、本当に関わって大丈夫かな…?という不安もあった。

本来、出会うはずもない人と仲良くなってしまったら、何かが変わるんじゃないかって。



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休み時間は小学校の教室で、僕はずっと考えていた。

本来なら、春香さんが交通事故に遭うまで……あと1日。もう明日だ。


それともう一つ、今日はあの子とツーショット写真を撮る日でもある。

実は…長谷田くんは写真好き。あの日、持っていた使い捨てカメラで僕らを撮ってくれたのだ。



それにしても、辺りを見渡しても春香さんはいない。

今日は学校に来ているはずだ。いつもは教室にいるはず、だけど…。


「おいおーい!暇かー?」


すると耳元から、寺岡くんの声が聞こえる。

いつもの声量にビクッとして驚きながら、彼の方を見た。


「て、寺岡、くん…、丁度良かった…春香さんがどこにいるか知らない?」

「ん?おまえ春香のコト、さん付けで呼んでたっけ?」


…首を傾げられてしまう。



「ん、んん…いやまあ、そこはどうでもいいから…」

「あっそーいえば。アイツ、屋上前の階段にいんじゃね?今日ちょっと様子おかしかったからさー」


屋上前の…階段?

あっ!思い出した。春香さんは他の子と喧嘩した時とかは、心を整理しようとそこで黄昏れるんだっけ。

屋上にはもちろん鍵が掛かっていて、そこが唯一の彼女の居場所だ。


ん、もしかして春香さん、まだ落ち込んでいるのか…?

いやいや…、僕は確かに昨日、彼女が立ち直る姿を見た。もう一つ何か不安なことでもあるのだろうか。




屋上の扉前の階段。寺岡くんと二人でそこに行くと、段差に座る春香さんがいた。

その視線は下を向いていて、上半身を前後に揺らし…どこか退屈で憂鬱そうだった。


「こんな所で何してんだよー!」


僕らが彼女の目の前に立つ。すると寺岡くんがいつもの声量で話しかけた。

春香さんは彼の声に気づくと、我に帰るようにこちらを見る。


「ん、んん。あはは…ごめんね。私、元気でなくて」

「何だよソレっ!俺たちで良かったら相談乗るけど。聞くだけだし、楽だから」



春香さんの満面の笑顔に少しだけホッとしながらも、僕らは彼女の両脇のスペースに座った。


「昨日と一昨日のこと、ごめんね。僕、無神経だった」

「は!?何かあったのかよ!?」


それを初めて聞いた寺岡くん。即座に反応した。

春香さんは一瞬虚しそうな顔になった後、こう言う。



「えへへ、全然気にしてないよ。むしろ本当のことを言ってくれてありがとうね!」


彼女は突然、満面の笑みを浮かべてそう話す。

正直…想定外の反応だった。僕はずっと彼女に正直に言ってから後悔していたのに。



「だ…だから何なんだよ!?昨日かおととい、なんかあったのか!?気になるわ!!」

「んーん。何でもない」


食い気味に気にする寺岡くん。そんな彼に対し、春香さんが首を振る。


「…それより私、考えてたんだ。もし明日死ぬとしたら、何しようかなって」

「え?」


寺岡くんも僕とほぼ同時に「は?」と言う。

そんな…縁起でもないことを。僕は昨日、彼女を救うと約束したはずだ。



「…僕では心細い?」

「ううん。そういう訳じゃない。私ね、それで一つ思いついたの。

誰とでもいいから……最後は一緒に、ひまわりのお花畑が見たいなって」


一瞬その言葉の意味がわからず、僕は眉をひそめた。

ふと寺岡くんの方を見ると、彼も僕と同じような顔をしていた。


向日葵ひまわり畑?どうしてそれが見たいんだ?



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学校が終わって下校時間になると、正門で乙音ちゃんを見かける。

どうやら私とは違うクラスみたいで、教室では会えなかったのが心残り。


「乙音も、一緒に帰る。一人じゃ心細いでしょ」


彼女も私を見かけると、すかさず寄ってきた。ところで一人称、自分の名前なんだ。



「う、うん。いいけど…。でも途中で寄り道するかも」

「こんな夕方に?」

「そうなんだ。神崎くんの家に寄ろうかなって…あ!友達の、ね?」


友達、というワードにピクッと反応する乙音ちゃん。眉間にシワを寄せた。


「…分かった。ついていく」

「え、本当?いいよ!一緒にいこっ!」


どうやら乙音ちゃんも、私に着いて来てくれるみたい。

まさか今日1日で、こんなに仲良くなれる友達が出来るとは思わなかった。




やがて神崎くんの家に着くと、すぐに玄関前のチャイムを鳴らす。

二人でじっとしていると、玄関の扉から神崎くんが……


「…あれ、君って前に会った…?」


……いや、違う。彼じゃない。そこから出てきたのは、眼鏡をかけた少年だった。

たしか歩道橋で会った、神崎くんのお友達だったっけ…?



「えっ…ええ、と…」

「あ、僕は長谷田です。長谷田貴。ごめんね、驚かしちゃって。今、神崎くんはリビングに……」


すると丁度良いタイミングで、横から神崎くんが現れる。

それと同時に、長谷田と名乗る男の子は、向こう側の部屋に去っていった。


「七瀬さん…!今、友達が家にいて…今日はちょっと騒がしいんだけど、いい?」

「あ、うん!もちろん」

「そっか。えっと……隣の子は?」


すると神崎くんが乙音ちゃんを見て、首を傾げる。



「…ん……んあ……」

「こ、この子は斉藤乙音ちゃん!今日友達になったばかりなんだ」


俯いて、もごもごと話す人見知りな乙音ちゃんに代わり、私が紹介する。

それに対し神崎くんは、「そうなんだ」と頷いて納得してくれた。




私は足取りの重そうな乙音ちゃんの手を、嫌われないようそっと繋ぎ、一緒に中へと入っていく。

神崎くんが、今日はちょっと友達が多くて騒がしいって言ってたから…乙音ちゃん、顔色が悪そう。


「だいじょうぶ、乙音ちゃん?私のために無理しなくても…」

「別に…、気にしないでよ。…全然平気」


乙音ちゃんが会話しながら深呼吸する度、だいぶ様子が良くなった。

もしかして、よほどの人見知り?連れてきたのはちょっと無茶だったかなぁ…。



リビングに来ると、神崎くんと彼の友達4人が、ソファとダイニングチェアに座っていた。

神崎くんが私たちに「座っていいよ」と言うと、この場にいる全員がこちらの方を向いた。


「神崎くんの、お友だち…?」


彼の幼馴染である三島さんの言葉に対し、私はこくこくと頷いて返事をする。

その後、私たちがテーブルの椅子に座ると、辺りはしーんと静まり返った。



「…え、ええ、と…。どうしてこんなに人が?」


思い切って気になっていた事を聞くと、三島さんは咳払いをする。

そして席を立ち上がって突然、この部屋の真ん中に立つ。


緊張感に駆られる中、彼女は皆に打ち明けるようにこう言った。




「私……明日、死んじゃうかもしれない」

「「「えっ!?!?」」」


……神崎くんを除いて、ほとんど全員がその発言に驚く。

え、嘘?もしかして…いつの間にか神崎くん、本人にカミングアウトしちゃった?



「わ…訳わかんね!?俺たちを呼び出して、何だよそれ!?どういうことだよ!?」

「寺岡くん、落ち着いてよ。…イチから説明するから!」


ソファに座っていた…活発そうな少年。

寺岡くんという名前の彼を見て、三島さんは真面目な表情で言った。


「神崎くんが言ってくれたんだ。私は明日、交通事故に遭うって」

「あ、あの…、病気とか、じゃなく…?」

「うん。…いやー、さすがに驚くよね、那月ちゃんも」



え?交通事故で死んじゃうんだ、三島さん。そこは初耳だった。

今発言した、寺岡くんの隣に座っていた少女。横のランドセルに掛けられた「かやの なつき」という名札が目に入った。


そういえば。三島さん、長谷田くん、寺岡くんに那月ちゃん…。

これが、神崎くんの友達全員の名前みたい。私いま初めて知ったかも。



……って、そんなこと、今はどうだっていいよね。

三島さんが説明をする中、隣にいた私の友達の乙音ちゃんが食いついた。


「なんでそんなこと分かんの」

「え…?」

「明日起こる交通事故なんて、誰も予測できる訳ないよね?だったら別だけど。存在しないじゃん…」


彼女の発言で、誰もが口をつぐむ。ただ寺岡くんに限っては、「超能力は存在する!」と言い張ってる。

過去からやってきた、だなんて多分…乙音ちゃんは信用しない人な気がしてきた。

そういえば、さっきの三島さんの発言にも、彼女は驚いていなかったし。



「い、いゃ…、か…神崎くんは、嘘をつかないもんっ!!」

「はぁ?」


三島さんが両手を握りしめ、怯えながらも鋭い目つきで反論した。



「あのね。僕が意味をわからない事を言っているっていうことは…何より僕自身がよく分かってます。

でもみんな…心の底では信用できなくても、どうか信じて欲しい。じゃないと明日、きっと後悔するかもしれない」


その言葉に、誰もが耳を貸して驚くように口を開いた。

乙音ちゃんも何も言えなそうに、目を逸らして黙り込んでしまう。


「…カッコ良かったけど、ちょっと長すぎてよく分かんなかった」

「うん、そうだよね」



どうやら乙音ちゃんと私以外は、彼の言葉が長すぎてよく分かんなかったみたい。

呆気に取られる私たちをよそに、他のみんなは全員、この変な空気に笑ってしまった。




「だからさっき、おかしな事を言ってたのか!?」

「う、うん。まあそうだね」


寺岡くんが、三島さんにそう聞く。

すると彼女は本題に入るかのように、私たち全員をキョロキョロと見る。


「迷惑になるかもしれないけど…今からみんなで、ひまわり畑に行きたいんだっ…!」

「「え?」」



つい驚きの声が出たのは、私と那月ちゃん。

乙音ちゃんと長谷田くんは反応が薄かったものの、普通に驚いていた。


ひまわり畑……?どうしてそんな所に、今から行きたいんだろう?

もしかして、みんなで思い出の場所を巡りたいとか…?



「けれど私、最近見たことないの。昔は行ったんだけど、どこにある場所なのかも忘れちゃって_____」

「どうして、そこに行きたいの?」


彼女の言葉を遮って、そう聞いたのは乙音ちゃんだった。


「それは…私がいちばん好きな場所だから」

「……そう」


三島さんの様子をじっと見ていた乙音ちゃんは、瞳を閉じて納得する。

その直後に彼女は、何故か突然その場から席を立ち、三島さんの目の前に立つ。



「________じゃあ、案内してあげる」


彼女の小さな口から発せられたその言葉。

私たちは最初、それがどういう意味か分からなかった。


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神崎くんの家を出て、乙音ちゃんに案内される方へと着いていった。

私たちが息切れをする中、彼女はなりふり構わずどんどん先へと進んでいく。


途中は電車に乗って降り、そのまま数分程しばらく歩いていた。

ここがどこなのか分からないものの、足を進めると、とある広い草地に着いた。



「え、うそ…!?」


その光景に、思わずみんなが息を呑む。



辺り一面には、無数のひまわりが咲いていた。

晴れ渡る空から覗く眩しい夕日を、テカテカと輝きながら受け止める、太陽の形をした花。…まるで幻想的。


「すぐ近くにあるひまわり畑は、ここだったから」

「すごい…すごいよ!これ…あっ。そういえば、おなまえ何だっけ?」

「斉藤乙音。苗字で呼ばれるのやだし、名前で呼んで」


驚いていた三島さんが、乙音ちゃんの方を見て名前を聞く。

…さっきまでは自己紹介できなかったのに。このメンバーに慣れてきたのかな?



「こんな場所があったなんて…」

「すげー…!俺、走ってもいいか!?もうガマンできねぇっ!」


目を輝かせる長谷田くんと寺岡くん。

彼は返事を待つ暇もなく、ひまわりの横をかき分けるように全力で走り抜けていった。


「は!?ちょっと…!?花を踏まないでよ!?」


乙音ちゃんはいつもの表情を崩し、焦りながら彼を追いかけていく。

そんな二人の後を追うように、私と長谷田くん、三島さんに神崎くん、茅野さんの順番で走った。



走り回って、たくさん笑う。一面のひまわりに紛れながら。

いきなり現れた私のような女の子にも、みんな仲良く接してくれた。まるで子供の頃の無邪気な青春みたい。


どこかで聞いた、「このまま時間が止まってしまえばいいのに」って言葉。私はそれが、本気で思ってしまった。



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「はぁ、はぁ、あー…!疲れたね…」


僕と春香さんで近くのベンチに腰掛け、一息つく。

ふと横を見ると、春香さんが額に汗を流して、幸せそうに夕日の空を眺めている。

髪を結んでいたヘアゴムは外してあり、二つとも右手首につけていた。


春香さんの髪の色が少しだけ、『黄色の向日葵』と自然にマッチしている。

この感じ…。なぜか僕の中でノスタルジックに感じられた。



そんな思いにふけていると、彼女は少し真面目そうな顔で、僕を見つめていたのに気づく。


「私…今だけ、言いたいことがあるんだ」

「え?」

「その、神崎くんといると…、苦しくなる」


ん、もしかして僕が嫌い?…いや、そういう雰囲気では無さそうだ。


「じゃあどうして?」と聞こうとした直前、春香さんは立ち上がった。

僕の目の前に立つと、彼女は両手を引っ張り、座っていた僕を立ち上がらせるよう仕向けた。



そんな時。突然、春香さんは僕とおでこ同士をくっつける。

いきなりの事態に僕は思わず目が泳いでしまうが、その一方で彼女は目を閉じている。


「…うん、やっぱりコレがいい」


何か納得したような言い様だ。僕にはその言葉の意味が分からない。



「やっぱり私、神崎くんと近い距離にいた方が…落ち着けるような気がする」

「えっ…?ちょ、ちょっと待って」

「神崎くんが好き」


彼女から一度離れてベンチに座る…しかし、そうしていた時にはもう遅かった。

え?それって…いやいや。無理だ…無理なんだよ。僕には、七瀬さんしかいない…。


春香さんは驚いている。僕に拒絶されたと思って、ショックを受けているのだろうか。

僕の焦りはピークに込み上げてきた。どうすれば、何を言えばいいのか……



「…あ、ねえ!二人の写真撮っていい?」


その時だった。後ろから、長谷田くんに話しかけられたのは。

今さっき話していたことは、聞かれていない様子だった。



「え?あ…」

「うん、私はいいよ!神崎くんは?」


瞬く間にいつもの雰囲気に戻り、なぜか頭が真っ白になる。

そんな時、寺岡くんがダッシュでやってきて、長谷田くんに話しかける。


「おーい!なーにこそこそ話してんだよ!」

「え?いや別に…今から二人の写真撮りたいなーって」

「はー!?俺たちは仲間外れかよ!?せっかくだし、全員で写ろうぜ!」


寺岡くんは、ひまわりに紛れて遊んでいた皆を呼び寄せる。

その間に春香さんは手首に着けていたヘアゴムを外し、再び髪に結んでいた。



長谷田くんは遠慮気味だったが、結局、みんなで写真を撮ることになった。

黄色に輝く花を背景に、集合して写り込む僕たち。


……あれ?前は春香さんと僕でツーショットのはずだったのに、運命が変わってる…。

こんなに運命が変わるのなら、やはり彼女を救える可能性は…あるのかもしれない。



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翌日の朝。9月25日、自宅。

昨日は、ひまわりに囲まれながらいっぱい遊び、記念写真も撮った。本当に楽しかった…はずなのに。


あと写真を撮る時、私だけ笑えなかった。暗い顔をしていたと思うし、それを確認したいとは思わない。

もしかしたら昨日走り回りすぎて、ヒザをちょっと擦り剥いたからかな。



……いや違う。私は、神崎くんと三島さんが二人で話しかけている所を見たから?


走り回って転んだ時、花の隙間からチラッと見えた、二人の横顔。

それはまるで、おでことおでこが触れ合っているかのようで……



私はずっと認めたくなかった。けれど…やっぱりこれは「嫉妬」なのかも。

元気で優しい、よく笑う可愛い女の子。私と性格が正反対だし、もしかすれば私なんかより…


そう考えてしまったらキリがない。私なんかよりって、比較してしまえばどうにもならないのに。

神崎くんがどういう選択を選ぶかが重要なはずなんだよ、きっと…




「「………。」」


登校時間になり家を出ると、ばったり乙音ちゃんと遭遇する。

しかし私から話しかけることも、彼女から話しかけることもなく、無言の時が続く。


「…昨日は、楽しかったね」

「………。」


話題を振るも、明らかにこちらを向く様子を見せない。

乙音ちゃん、何だか昨日とは様子がちょっと変だ。私みたいに、表情が暗くなっている。



「あの、乙音ちゃん?どうかしたの?」

「…たく」

「え?」

「乙音が飼ってた犬の名前。ダックスフントの、たく君」


え?乙音ちゃん、犬飼ってたんだ…!?

ちょっと意外だった。もしかして、人と話すのが苦手そうだけど、本当は寂しがり屋なのかな…?


「3年前に病気で死んだけどね。…あの頃は忙しかったし、もっと遊んであげたかった」

「…ぁ、そ、そうなんだ…」

「いや、声のトーン変えなくていいから」


そう言いながら、今日初めて私の事を見てくれた乙音ちゃん。



「本当に突然だったの。病気のことなんて直前まで誰も気づけなかったし、たく君も、あの時はピンピンしてた」

「そうなんだ…。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」

「何で謝るの?もし三島さんという人が今日死ぬのなら……私は実花ちゃんに後悔してほしくない」


私に、後悔してほしくない?

思わず立ち止まって彼女と目が合う。



「実花ちゃんは、神崎くんが好き。でも、神崎くんと三島さんにヤキモチを妬いている。そうでしょ?」

「ぇ……!?!?」

「はぁ。一か八かで言ってみたけど…図星なのね」


「どうして分かったの!?」と聞いてみたけれど、「見たら分かるでしょ」とだけ。

花博士だけでなく探偵の才能もあるなんて…、何だか空いた口が塞がらない。




「実花ちゃんに選ぶ権利がある。彼に三島さんを救わせるか、彼を止めるか」

「え…?ど、どうして彼を止めるの?」

「たとえばの話。もし彼が三島さんを交通事故から助けようとして、に遭ったら元も子もないじゃん」



巻き添い…?それって、神崎くん一人か、二人同時に死んでしまうってこと?


そんな風に会話していると、あっという間に学校に着いてしまう。

靴箱の部屋で乙音ちゃんと別れ、これからの事をふと考えた。



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一時限目の授業が始まる前、春香さんが自分の席のイスを持って、僕の席の前に持ってくる。

その席に彼女が座り、僕たちはお互いに向き合った。


「……昨日のことなんだけどさ」


その話題を振ったのは、意外にも春香さんの方だった。



「ごめんね、あんなこと言っちゃって」

「え…う、ううん。大丈夫」


春香さんは申し訳なさそうに、僕の目をじっと見て言った。

「あんなこと」…僕の事を、好きだと言ってくれたことだろうか。


「…こちらこそ、ごめんなさい。僕…どうしても、他に好きな人がいるんだ」

「………。」



それを聞いた春香さんの顔が、徐々に暗くなる。…もっと丁寧に言うべきだっただろうか。

心配して肩を撫でようと手を伸ばしたその時、彼女はこっちを見て「えへっ」と笑う。


「別に、心配しなくてもいいよっ!私たしかに神崎くんが好きって言ったけど、それは…友達としてだから!」

「えっ、春香さん…?」


様子からして、明らかに強がっているように見えた。

春香さんは本当に辛い時も、笑顔を絶やさない…僕はそのことを知っている。


「…その、もっと別の言い方があったはずなのに。不器用な僕で…ごめんなさい」

「いやいや、いいから!べつに、謝らなくても……」



そう言って彼女は下を見ながらイスを引き、自分の席に素早く戻っていく。

席に戻った春香さんは、バタッと机に突っ伏した状態になってしまう。


……そのまま、声を押し殺して泣いていたようにも見えた。

心配の声をかけるべきかと思ったけど、そんな事が僕に出来るわけが無く、無力なままチャイムが鳴ってしまった。




放課後。少し気が引けたが、僕は正門で春香さんを待った。

あんな事があっても、僕の中には、彼女を救うという心意気は変わっていない。


「……あ。神崎くん」


やがて春香さんと顔を合わせると、彼女は目を見開いてそう呟く。

気まずい空気ではあるけれど…「家まで見送りたい」と頼んだら、黙って頷いてくれた。



僕ら二人でスタスタと歩き始める。帰り道の足取りは、いつかのように重い。

道路のアスファルトを、夕焼けの鮮やかなオレンジが染める。


この雰囲気……高校の時、七瀬さんと一緒に歩いていた時の事を思い出した。



「他に好きな人…って、あの、七瀬ちゃん…のこと?」


そう聞かれ、僕は物思いにふけていた意識を取り戻す。


「…うん、そうだよ」

「えっそうなの…!?やっぱり!何だか二人とも、すごい仲良さげだったもんね。」


前の様子に戻り、いつもの笑顔で僕にそう言った。

さっきまで受け入れ難い…というような感じだったけれども、足取りも少し軽く、今はマシになったみたいだ。



……謝っても謝りきれないような気がする。

僕は七瀬さんが好きだ。春香さんも好きだけど…もちろんこの子だけは特別な感情じゃない。

そんなせいで、彼女を傷つけることになってしまった。



「さっきは私…強がっちゃった」

「…えっ?」

「本当は分かってるかもしれないけど……私は神崎くんに、片想いしてた。

でも、でもね…?神崎くんは、あんまり自分を責めないで。神崎くんと七瀬ちゃん、とってもお似合いだから!」


その言葉に、ただただ驚愕した。まるでこっちの心の中を覗かれたみたいだ。

おかげで不安の種が、僅かばかり消えたような気がする。



「あ…こんにちは」

「えっ、七瀬ちゃん!?びっくりした…ちょうど今話してたところなの!」


その時、乙音さんと七瀬さんら二人にばったり会う。


「あのね、神崎くん。今からでいいから、話…できないかな」

「え、僕に…?い、いいけど」



いきなり唐突な感じがする。そう話す七瀬さんは…少し気まずそうな表情だ。


「それって、ここで話せること?二人っきりにさせた方がいい?」


春香さんが空気を察してそう言ってくれたが、七瀬さんは「大丈夫」と返す。

彼女は姿勢を正し、僕に全身を向ける。今、人前で話せることって…、一体なんだろうか?



「神崎くんは、本当に三島さんを助けるつもり?」

「う、うん。そうだけど_____」

「……本当に、大丈夫なの?」


え…?想定外の質問に、つい驚いてしまった。

僕の隣にいた春香さんも、彼女の発言に疑問を持つ。


「七瀬ちゃん、どうしてそう思うの?」

「……明らかにリスクがある。分かるでしょ?」



同じく、七瀬さんの隣にいた乙音さんが返事した。

「リスク」…?僕たちはその言葉に、きょとんとしてしまう。


「三島さん。あなたは今日、交通事故で死ぬ。それって、車に轢かれてってことよね?」

「うん……そうだよ、ね?」

「もし神崎くんが、あなたを庇って死んでしまったら…なんて思わないわけ?」


それを聞いた春香さんは「えっ…」と衝撃を受けたように、小声で言う。



「ま、待ってください…そんなの、一度やってみなきゃ分からないじゃないですか」

「でも、完全にその可能性もあるでしょ?」

「じゃあ、この子のことを見殺しにするんですか…!?」


納得がいかなくて、思わず乙音さんに反論する。

僕から威圧感を感じたのか、彼女は焦ってわずかに後退してしまう。


七瀬さんも驚いてこっちを見て、僕の名前を呟く。



「やっぱりわたしじゃ、敵わないよね」

「……えっ?」


七瀬さんは下唇を噛みながらそう言い残して、この場から走り去っていく。

それを見た乙音さんも、黙って彼女を追いかけていった。




「「………。」」


この場には、僕と春香さんしかいない。

彼女はさっき乙音さんに言われた事に、ショックを受けているようだった。



「安心して。僕は死んだりなんかしない。絶対春香さんを_______」

「ごめんなさい」

「え?春香さん…?」

「……それ、死亡フラグだよ。私…神崎くんに死んでほしくないから…」


彼女が下を向いてそう言ったのと同時に、スタスタとこの場を走り去る。

その後ろ姿は、まるでこれまでの思い出が、これから全部無くなっていくようだ。


「ま、待ってっ……________!!」


必死に手を伸ばすも、届くわけがない。僕は手を戻し彼女を追いかけた。



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「………。」


私は、人気の少ない住宅街の道路の隅で立ち止まる。

するとこっちの元に、もう一人の足音が迫ってきた。


「……大丈夫?」


ハッと後ろを振り返ると、そこには乙音ちゃんがいた。

少し息切れしながらも、私のことを心配してくれている目だ。


「私…あんなこと言うなんて。ちょっと、あざとすぎたかな…」

「うん本当に。でもそれが嫉妬ってやつでしょ」



否定しない乙音ちゃんは、やっぱりすごい。

嫉妬という言葉をこの歳で知っている時点で、よっぽどすごいけどね。


「どうするか決めて。今から彼を止めれば、間に合うはずでしょ?」

「……そんなことしたら、嫌われるよ」

「もし彼が事故に巻き込まれたらどうすんの?」

「それは…。」


乙音ちゃんの強い視線を、じっと見て私は黙り込む。



「このままだと、後悔するの実花ちゃんの方だよ。それでもいいの?」

「………。」

「……なんとか言ったらどうなの」


少しずつ段々と、乙音ちゃんの圧が強くなっていく。



……私は……。


「……行かなきゃ」



ここでぐすぐずして、後悔なんてしたくない。

私に何ができるのか分からない。けれど今こんな所でじっとしてるよりは、何か行動する方が100倍マシな気がした。


乙音ちゃんを後にして、私はさっきの場所周辺に戻るために走り出した。

小さな歩幅を、必死に必死に、がむしゃらに伸ばしながら。




「はぁ…はぁ…神崎くん…!」


道中に、彼が一人の姿を見かけた。私との距離は16メートル程。

車の行き交っている道路や交差点があちこちにある。彼も、キョロキョロと三島さんを探している様子だった。


大声で呼び止めようとしたけれど、ここからじゃ、息切れしていた私の声が届くはずもない。

赤信号の道路で向こう側には行けず、16メートルが、もっと遥かに長く感じた。



「…っ、春香さん……っ!!!」


その時。彼が目を見開いて視線を向けた先は、背中を向けている三島さんだった。

彼女が神崎くんの方に振り向く。それと同時に信号が赤から青に、青から赤に変わった。



神崎くんが、あの子の元に足を進める。それは、赤信号の道路を渡ろうとしていたという事だった。

……だめ、絶対だめ……!このままじゃ、神崎くんが……!!


私は渡れるようになった道路を一気に超えて、彼の方へと近寄る。

そして、私は神崎くんの腕を掴み、歩道側に引き離す。それに驚いた彼は、こちらの方を見た。



……同時に。


ドンッ____________




思いの外、それは鈍い音だった。


「!!」



道路の上にいた三島さんが、軽トラックにねられる。

彼女は頭を血塗れにして、道路の上に倒れ込んだ。


……その時、確信した。私のした行動は、とんでもない事だったんじゃないかって……。

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