約束と小さな命
……眩しい。
いや、辺りが眩しすぎる。…もう落ち着いても良い頃なはずだ。
残された僅かな気力で、目を必死にぱちくりさせる。
すると。……そこには、信じられない光景だ。
僕は呆気にとられて、ぽつんとその場に立ってしまった。
朝日に照らされた、きらきらと輝くアスファルト。
そんな通学路を、小学生たちが歩いている。…僕はその真ん中にいた。
いや。信じられない光景……と言ったが、厳密に言えば、信じられないのは自分自身だ。
太陽の光が眩しすぎて、思わずかざした手。……それは、小さかった。
その背中には、黒いランドセルを背負っていた。
薄々想像はしていたが、まさか小学六年生の体に逆戻りすることが、ここまでおかしな感覚だなんて。
僕の真横をどんどん通り過ぎていく、同じ学校の小学生。
あっ、もしかしたらこの中に、僕の幼馴染も………
「何ぼーっとしてんの?遅れるよっ!」
すると背後から、ドンッと左肩を力いっぱいに叩かれる。
……懐かしい、女の子の声だ。まさか_________
三島春香。僕の幼馴染だ。
短めのツインテールが揺れ動くたび、僕はどうしても存在を疑ってしまう。
けれど確かにそこに存在している。…本当に、彼女が生きている日に戻ってきたのか。
……ん?待てよ。今日の日付はいつだろう?
確か、三島さんが死亡する日は…9月25日だったはず。
「……あ、あの、今日っていつ_________」
「おはよー、神崎くん」
すると背後から、今度は眼鏡をかけた大人しめな男の子が現れる。
整った黒髪の少年で、青いチェック柄シャツを着ていた。僕と知り合いなのだろうか?
ちなみに僕の声は、陽気に前へと進む三島さんの耳には聞こえていなかったようだ。
「え、えっと…」
「ん、どうかしたの?何だか変だね」
「……君は、誰だっけ」
隣に現れた男の子は「え?」と声を出して、目を見開く。
「あ〜!おはよっ!」
「おっはよーう!!あっ、神崎!二人とも何つったってんの?」
更に後ろを振り返ると、ふんわりとした見た目の女の子と、元気そうな少年がいた。
ミントグリーン色のカーディガンと白いスカートがよく似合う、セミロングヘアの少女。
対照的に、橙色のTシャツとグレーのハーフパンツが目立つ男の子。
三人とも、確かにどっかで見た事がある気がする……。
…印象がほのかに村野や蒼さんらと似ているせいで、そう思っただけだろうか。
「いやあのね…神崎くん、僕らのこと覚えてないみたいで」
「え!?記憶喪失じゃん!?」
いやいや、そういう訳じゃ……
あっ。思い出した。
大人しめな眼鏡の少年の名前は、
で、女の子の名前が
全員、僕や三島さんと同じ6年1組のクラスメイトで、仲良くやっていた友達だった。
……だけど、三島さんの死がショックだったからか、僕は小学校の友達の存在すら忘れてしまっていた。
「ううん、今思い出したから。大丈夫」
「おいおい、しっかりしろってー!んじゃ、さっさと行くぞ」
「え?どこに」
茅野さんが僕を見て「小学校にだよー」と返す。ああ、当時僕らが通っていた小学校に行くのか。
……いや、よくよく考えれば確かにそうだよな。
三人が足を進めると、しばらくぼっとしていた僕も彼らについて行った。
「あ、あの、待って。今日は何月何日?」
「ん?えーっと確か…9月20日だったよ。明日から土日だし、みんなで遊ぶ?」
……9月20日。
三島さんが事故に遭うまで、あと「5日」ってわけか……。
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…何だかすごく、辺りがちかちかする……
光の眩しさに目が痛みながらも、少しずつ、少しずつ目を開く。
ここは……私の小学校の教室。
静かなこの教室内から差す明るい光が、どこか心地いい。
さっきまでぐったり昼寝中だったみたいで、机の硬い感覚を頭に感じた。
重い顔を上げる気力もなく、ただそこでぼーっとしている私。
なぜか周りから、ひそひそと内緒話をしている声がよく聞こえる。
あれ?と、そう思った矢先_________
パンッ!!
「七瀬さん、起きてください」
あまりの大きな音に、驚いてとっさに顔を上げる。同時にクスクスと、生徒たちの笑い声も聞こえてきた。
見上げると、担任教師らしき人が両手で丸めた教科書を持ち、私の横に立って睨んでいた。
あ…。どうやら私、授業中に居眠りしていたみたい。
「う…ごめんなしゃい」
謝罪の言葉すら呂律が回らず、さらに生徒の可笑しそうな声が増す。
自分の小さな口元もヨダレで汚れていて、うっかり手で拭いてしまった。
……ん?小さい?
あ…そうか…!寝ぼけていて気付かなかったけど、私、いま5年前にいるんだっけ。
ふと教室の真横にある窓を見て、自分の姿を確認する。
白いキャミソールのワンピースに、お母さんに教えてもらった、茶髪のセミロングウェーブ。
…体の大きさや服装以外は、ほとんど何も変わっていないかも。
現在の日付は、『9月20日(金)』。そう黒板には書かれてあるけど……
もしかして神崎くんも今頃、私と一緒に戻ってきてる……?
それなら今のうちに計画を練って、合流しておくべきかも。
終わりの挨拶をした後に休み時間になると、生徒たちがそれぞれ友達同士と話し始めた。
独り黙々と何かをしている小学生もいたけど…私もその一人だった。
何だか、村野くんやりんちゃんたちが恋しくなってきた。…最後に、お別れを言っておくべきだったかな。
あ、いやいや。そんなこと言っても、恐らく二人に不自然がられるだけだったよね。
えーととりあえず、一旦頭を整理しておく。
まず26日の朝、とある中学校で女子生徒が自殺する。今日から6日後だ。
ガスマスクの人に指定された場所は、教科書に落書きメモしておいた。
しかしもう一つ大事なのが…神崎くんの幼馴染、三島春香さんが25日に亡くなる事。
それ以上詳しい事情は聞いてないけど、彼の大切な人なら、私も出来るだけ協力しなきゃ。
けれどなぜだか彼の幼馴染の事を考えるたび、頭がモヤモヤする……。
もしかして、これって________
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夕方、学校の帰り道。
当たり前だけど、小学校と高校じゃ歩く道が違うので、どこか新鮮で懐かしい感じがした。
「ねーねー、グリコやろうよーっ」
あどけない声で、真横にあった石の階段を指差す三島さん。
グリコ…、なんだか懐かしい遊びだ。僕は遠慮したけど、他の三人が乗り気だった。
「いいよー。神崎くんも、やる?」
そう話すのは、長谷田くんだ。
「いや…僕はいいよ。三島さんら四人でやってて」
僕がそういうと、それを聞いた皆が突然きょとんとした顔になる。
その様子を見て、心の中であたふたする。え…もしかして僕、なにか余計な事を言った…?
「おまっ、いつから『三島さん』って呼び始めたんだよ?」
「そうだよ!?なーんか、神崎くんらしくない」
目を細めて、いろんな角度からジロジロ見てくる三島さん。
ああ、呼び方のせいだったか。そういえば、昔はこの子をなんて呼んでたっけ……?
「えーと…なんて呼んだら?」
「はぁー!?私のことは名前で呼んでたでしょ!?春香って!」
分かりやすく驚く三島さん……いや、春香…?
呼び捨ての名前で呼んでいたなんて、まったく記憶にない。
けれど…他の皆もそう聞き頷いたので、間違いないのだろう。
うう。今の僕は、さん付けの方が呼びやすいし……春香さん、と呼んでおこうか。
「……とにかく、今日は遊びません。僕は帰ります」
寺岡くんは大声で「えー!?つれねーな!」と言う。
けれど三島さんは僕を見て、何かを察してくれた様子だった。
……それもそう。学校ではろくに一人で落ち着ける時間が少なかったので、僕は一刻も早く家に帰りたかった。
「はいはい、もう5時過ぎだもんね。私たちももうすぐ帰らなきゃ…今日はバイバイ!」
春香さんはそう言って、僕に手を振る。
他の三人とも挨拶をして、昔の記憶を頼りにしながらも自宅へと帰っていった。
やがて自宅の前に着くと、それを見上げて深呼吸した。
黄色い外壁に、黒い屋根。これが僕の昔の実家だ。懐かしくて、思わず目がキラキラと潤む。
……僕は中学時代、広瀬さんを避けるために引っ越した。
それは決して許されることでは無いと、ずっと自分のことを責め続けてきた。
けれど、もう逃げない。逃げたくない。
そんな風に考えながら、ランドセルに掛けられていた鍵を手に取り、玄関扉の鍵を開ける。
ガチャッという、ドアの開く大きな音さえも懐かしく感じた。
「ただいまー」
玄関に入ると、無意識に言ってしまった言葉。
そのままリビングへ向かおうとした時、一人の足音が迫ってくる。
「おかえり。今日は学校どうだったか?」
……神崎
その声を聞いた途端、昔の家族との思い出が、一瞬でスッと蘇ってきたような気がした。
まさかとは思ったけれど、本当に生きてるなんて…。
「…どうした。様子が変だぞ。なんか嫌な事でもあったか?」
「う、ううん。大丈夫」
父さんは「そうか」と返事して、リビングのキッチンの方へと戻っていった。
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夕焼けに照らされながら、私はひとりで家へと帰る。
他の生徒たちが、友達らしき人と下校する様子を見てると、どこか寂しく感じた。
思えば私には、小学と中学の頃は友達がいなかった。…理由は、私が人と話すことが苦手だから。
高校の頃は村野くんと出会って、おかげでいろんな友達ができた。
…いやいや。そんな事を考えると、頭が落ち込んでしまう。
そんな事よりも、一つ気になることがある。私の家はどこにあるんだっけ?
そう考えながら、心当たりのある家の前に着く。
これは、5年後に厚見先生に放火される、私の実家だった。
全焼したはずの家が今ここにあるなんて…ちょっと信じられない。
私は玄関前に立ち、何気なくチャイムを鳴らす。
「……ぁ」
その直後に、荷物の中にちゃんと鍵を持っているんじゃないかと気づく。
ピンク色のランドセルを一度床に置き、ガサゴソと中を探す。
「実花?…って、なによ!?こんな所でランドセルなんか漁って」
この声…まさか。
顔を見上げると死んだはずのお母さんが、腰に両手をつけて、呆れるように立っていた。
私は思わず口が開いてしまう。けれど、「すごい間抜けな顔ね…」と、指摘されてしまった。
そうか…!じゃあもしかしたら今頃、神崎くんの親とかも生きているのかな。
二人で家の中に入りリビングに移動すると、お母さんが私のランドセルを回収した。
お母さんがそれの中身を見ながら、今日は宿題あるの?と聞いてきて、私は困惑する。
丁度同じタイミングで、もう一人の家族も帰ってきた。
「…ただいま」
「はぁ!?あなた今日、夜に帰ってくるって言ってたでしょ!?何で今帰ってくるのよ!!」
「いや、忘れ物を取りに来ただけだ」
これは…5年前のお父さん。
相変わらず弁護士の職業が忙しそうで、息切れしながら、額の汗が輝いている。
お母さんはあまりそれを気にせず、溜息をついてるけど。
私は近くに駆け寄り、お父さんを見上げて心配する。
「大丈夫…?冷たいお茶でも用意しようか?」
「…いやいや、私は大丈夫だ。実花は本当に…優しい子だな」
そう言って、小さな頭を撫でるお父さん。
「ほんとに、実花って優しいんだから。こんな人に構ってあげるなんてねー」
「おいおい。こんな人ってのは余計だな」
「だって、ろくに小学校の行事も仕事仕事だって、見に行ったことないじゃない!」
お父さんはおでこに手を当てて、ため息をつく。
一見不仲そうな会話だけど、実は二人とも、本当のことを言い合えるほど仲がいい…ってことなのかな。
懐かしい日常風景に、思わず「ふふっ」と、口を押さえて笑ってしまった。
その時、お父さんお母さんに、変人扱いのような目で見られていたことも知らずに。
やがて夜になり、自分の部屋でベッドに寝転ぶ。
昔はお母さんと一緒に寝ていたみたいで、今日もお母さんがやって来たけど、私は「一人で寝る!」と言っておいた。
懐かしい毛布のフカフカさに浸り、私はふと思う。
神崎くんは今、私と同じように、懐かしさに浸っているのだろうか。
結局、彼は幼馴染と会えたのかな。そもそも神崎くんは過去に戻れず、私しか戻ってこれなかったんじゃないか。
………。
明日、確かめよう。
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カレンダーや時計を確認する。日付が変わり、今は9月21日の昼だ。
休日なので、自室で宿題を黙々とこなしていると、勉強用ノートが無かったことに気づく。
そうか……僕が書き始めたのはおそらく中学からだから、今の時期には存在していないんだ。
その最中、お父さんが部屋に入ってきて、「誰か来たぞ」と僕に報告してくれた。
少し急いで玄関に着き、ドアを開けると、春香さんら四人がいた。
「あ、あの…。急に押しかけて、どうしたの…?」
すると、全員それを聞いて目が点になる。
「えぇ〜!?神崎くんから宿題しようって誘っておいて、それはないよーっ!?」
あれ?僕からそんな風に誘ったのか…?
詳しく話を聞くと、一昨日の夕方に、確かにそう約束したらしい。
「とりあえず私たち、中入るよ?」
「え、あ…うん」
僕の返事を待つ事なく、春香さんは僕の真横をすり抜け、家の中に上がり込む。
後から茅野さん、寺岡くん、長谷田くんの順に「お邪魔します」と言って中に入っていった。
長谷田くんが、脱ぎ散らかされた靴の位置を整えてくれた。
……自分が昔、ここまで友達と積極的だったとは、思いも寄らなかった。
僕の部屋の低いテーブルを、みんなで囲んで床に座りながら宿題をする。
「あー!もー無理!!」
そんな中、鉛筆を持ったまま、床に両手をつけて天井を仰ぐ春香さん。
どうやら数学の宿題が序盤から進んでおらず、手こずっているみたいだ。
「こんなの、ごくフツーの人間に解けないっつーの!なんでこんな問題を、先生たちは出すんだろう…」
「もしかして、苦手科目なんじゃない?算数」
そう話す長谷田くんに対し、縦に首を振る春香さん。
寺岡くんはそれに悩むどころか、持参してきた携帯用ゲーム機で完全にサボっている。
一方、茅野さんと長谷田くんは、順調に進んでいるらしい。
「神崎くんは…もう終わったの?宿題」
茅野さんがそう聞いてきて、「うん、まあね」と頷いて返事をした。
「へー!いいなぁ!じゃあ私にも教えてよ!」
「え、あ、うん…」
食い気味にそう見つめられると、断る事すら出来無さそうだ。
春香さんの宿題に、せめてもの分かり易いヒントを書き記す。
ここをこうして、ここはこうする…。そう指摘しながら、どんどん鉛筆を進めていく。
「「「うぉー…!」」」
ヒントだけでも書き終えると、一斉にみんなの口が開いていた。
後ろでゲームをしていた寺岡くんも、それに視線が釘付けで「すげえ…」と一言。
ここまで人に見られてしまうとは…なんだか、思いも寄らない事ばかりだ。
「え!?ほんとにすっごいよコレ!!うわー…感心しちゃうなぁ…!」
春香さんは、まじまじとそれを見つめながら言う。
……なぜか僕は、教室で出会った七瀬さんのことが思い浮かんでしまった。
七瀬さんに初めてノートを見せたとき、褒めてくれた時の事だ。
『す、すごいよ、これ神崎くん!これ編集すれば、きっと勉強本出版できるよ!?』
あんな風に言ってくれたのは七瀬さんくらいかと思っていたけれど…
その時はおそらく完全に、春香さんの存在を忘れていた。
………そうか。七瀬さんはどこか、春香さんと似たような所がある。
七瀬さんと初めて会った時、仲良くなれたのも、きっとそれが一つの原因なのだと、僕は思う。
夕方。僕は玄関の扉を開けっ放しで、全員の背中を見送る。
春香さんらは宿題を終え、夕日に染まる道を歩いていった。
「今日はありがとー!バイバイ!」
突然振り返り、大きく手を振る春香さん。
彼女の後ろにいた三人も僕に手を振ってきたので、小さく振り返した。
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今日は暇を持て余してしまい、お母さんに内緒で私は家を出てしまった。
何気なく、どこか散歩したい気分だった。……あとで怒られそう…。
夕焼けに染まる建物。晴れ渡る空に、気持ちのいいそよ風の声。
やっぱり外にいた方が、気分が落ち着く…かも。ただ、この小学生の姿で、変な人に話しかけられないか心配だけど……。
当てもなくただ歩いていると、ふと懐かしいものを目にした。
神崎くんとよく話していた、あの歩道橋。
それを見つけた私は、すかさず走って橋の上に移動した。
手すりに掴まって真上を見る。雲一つなさげなその空に、思わず息を呑む。
神崎くん、本当に幼馴染の事を救うつもりなのかな。
確かに、少しでも救える可能性があるのなら、それを諦めることは出来ない。けれど、私……
「まさか、あそこまで出来る奴だとは思わなかったよな…」
「ほんとにすごかったねー!神崎くん」
…え?神崎くん…?
バッと背後を振り返ると、私の横を通りかかった、小学生高学年の男女四人組が話していた。
その内の一人の女の子……写真で見た「あの幼馴染」と姿が一緒だった。
「ま…まま待ってください…!!」
つい声を上げて、四人を引き止める。
全員がそれぞれ振り返り、私の方を見た。
真ん中の子…その髪色と短めのツインテール。神崎くんの幼馴染である、三島春香さんに違いない。
けれど突然引き止めてしまったせいで、みんな首を傾げている。
「…え、もしかして知り合い?クラスにいたっけ?」
彼女に対して、私は首を振る。
「か、神崎くんの……友達、です」
私がそう言うと、四人全員が顔を見合わせた。
「あー!あっはは!神崎くんのお友達ね、そっかそっか!」
それを聞き、三島さんはケタケタと笑い出す。
私は唖然としてしまう。何が可笑しいのか分からなかったけど、とにかく全員納得してくれたみたい。
詳しく話を聞き、神崎くんの家がすぐ近くにあるという事を知った。
案外、私が友達だというだけで簡単に教えてくれたので、早速来てみたんだけれども……
ガチャッ。
「ひっ!?」
突然玄関のドアが開いたので、後ずさって驚いてしまった。
そこからは、一人の中年男性が出てくる。…もしかして、神崎くんのお父さん?
「ん、君はさっき来た子……ではないよね?」
「ぁ…あの。神崎くんはいますか…?」
「浩太のお友達か。なら、さっさと入るといい。外は少し冷えるだろう」
少なくともこの人は、家の人だよね。
紳士のような気遣いに恐縮しながら、私はお礼を言って中へと入った。
「浩太。また君のお友達が来たぞ」
彼はリビングに顔を向けて言った。
すると部屋の入り口から、クールな男の子が現れる。
「ん?…あっ!な、七瀬さん…?」
……神崎くんだ。その姿を見て、私は思わず絶句してしまった。
写真で一度見たけど、やっぱり…子供の頃も、カッコ良さは全く変わってない。
声変わりはしておらず、子供の可愛さも相まって、より一層胸がドキドキしてしまう。
「え、ええと、その…」
「…久しぶり、でいいのかな」
「う、うん…。久しぶり」
「久しぶり」だと言うって事は、神崎くんも問題なくタイムリープできたってことだよね?
リビングの机に向かい合って二人っきりで、色んな事を話し合った。
私たちがここにタイムリープしてきて、その後どうなったか、これから私たちはどう行動すればいいか…など。
「さっき、短めツインテールの女の子と会ったんだけど……あれ、神崎くんの幼馴染だよね?」
そんな話をしてして、ふと気になった事を聞いてみる。
「え?ああ。たぶんそうだよ、三島春香さん。さっき会ったの?」
「うん…。」
自分で言ったのもなんだけど、返事を聞いて下の方を向いた。
「…え、どうかしたの?」
「あのね…ちょっとビックリしちゃって。あの子の後ろにも、もう三人居たから。あれって全員友達だよね?」
「う、うん。そうだけど_______」
「その…正直、うらやましい」
私の言葉を聞き、神崎くんは唖然としている。
…ずっと欲しいのに、今の私には誰も友達がいないから。私からすれば、正直羨ましかった。
恥ずかしげにそう雑談のように話すと、黙って聞いてくれた。
「…いやいや、とんでもないよ。現に高校時代になれば、立場が逆転するでしょ?」
「あ、そっか…」
「はは。それに、友達がいるからと言って、人によって幸せだとは限らない」
そっか…。神崎くんも、辛い経験をしてきたんだよね。
二人でそんな話をしながら、この時間を持て余した。
「これからどうすればいいかな。三島さんを救うべきかな?」
「もちろんだよ!私もお手伝いする」
「…本当に?」
それに対し、私はこくりと頷く。
「本人には、言うべきなのかな…。自分が25日に死ぬってこと」
「それは…分からない。でももし言ってしまうと、傷つけちゃうかも」
「やっぱりそうだよね…」
彼女が信じてくれるとも限らないし、言う必要もあんまりないと思うし…
私の言った事に対し、神崎くんは納得した。けれど反面、少し落ち込んでいた。
その後、神崎くんと別れ、家に帰った。
自宅に帰ると案の定、お母さんに鬼の形相で怒られてしまうことは……だいたい想像できたけども。
/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/
「………。」
22日の正午。僕は母さんの仏壇に手を合わせていた。
すると横から父さんが、足をそっとしながら隣に座る。
「昔お前の母さんは病弱だった。けれど病気のことではなく、常に浩太の事を想っていたよ」
父さんは仏壇の前で手を合わせ、ゆっくり目を閉じた。
僕も目を閉じて、ふと母さんのことを想ってみた。
前に入院中、余命宣告されていた母さんが僕に言ってくれた言葉を思い出した。
あの時は何を言っているのか分からなかった。けれど今なら、分かる気がする。
『もし私があの世に行っても、辛くならないでね。これは…宿命なんだから。』
……宿命……か。
______ピンポーン。
そんな中。昨日と同じくチャイムが鳴った。
父さんが玄関に向かうと、すぐ僕の元に戻ってきた。
「ふぅ…また浩太のお友達だぞ。今日は一人で来たみたいだが」
父さんは片手を腰に置いて言う。今度は誰だろうか。春香さん?じゃなくて…七瀬さん?
玄関の扉を開けると、目の前には春香さんがいた。
……明らかに様子がおかしい。下を俯いているし、チラッと見える彼女の目は、少し赤くなっている。
「だ…大丈夫?」
そう声をかけると、春香さんは顔を上げるや否や、どこか愛想笑いのような笑顔を見せる。
「う、うん。大丈夫。気にしなくても」
「…どうかしたの?」
「ちょっと…寂しくなっちゃって」
やはりその表情とは裏腹に、どこか物寂しげだ。
何かあったのだろうか?様子からして、かなり泣いた後なんじゃないか、と思うけれど…
「君、一人で来て大丈夫なのか?お父さんお母さんはどうした?」
「えへへ…私こういうの慣れてるんで、大丈夫です」
すると、いつの間に横にいた父さんが、心配そうに彼女を見ていた。
確かに女の子一人が外を出歩くのは、かなり危ない気がする。
「せっかく来たんだし、中に入ってよ。このまま外に居たら危険だし」
「う、うん…ごめんね、勝手に押しかけて」
春香さんはそう言い、僕らの間を抜けて家の中に入っていった。
リビングのソファに隣同士で座り、色々な雑談を話し合った。
最初はあまり元気がなさそうだったけれど…会話している内に、少しずつ調子を取り戻してきたようだ。
「…あのさ。何があったの?」
「ん…えーと、その…喧嘩しちゃったんだ。お母さんと」
元気になった春香さんは、もじもじしながら、何があったのかを教えてくれた。
喧嘩した理由は気になるけど……色々と事情もありげだし、聞かないでおこう。
「それにしても神崎くんのおウチのリビングって、すっごく広いね」
「そう…?普通だと思うけど」
春香さんは話題を変え、興味津々に辺りをキョロキョロしだした。
「…あ、あれ、神崎くんの…お母さん?」
彼女が指さしたのは、僕が今さっき手を合わせていた仏壇だ。
すると突然椅子から立ち上がり、仏壇の前に立つや否や、その場で足を崩した。
「前に言ってたよね?神崎くん、お母さんがいないって」
「え…?僕、そんなこと言ったんだ」
「言ったよ!」
そう言い張りながら、じっと僕の方を見てきた。
…おそらく、僕がここにタイムリープする前に言ったことだろう。
仏壇の遺影に目線を戻し、春香さんは微笑んでこう話す。
「やっぱり私たち、今ここに生きてるだけで……ほんとに奇跡のようなものだよね。」
僕は彼女の言葉を聞き、いつの間にか目を見開いていた。
「だから神崎くんのお母さんの分まで、私たちが生きようねっ!」
そう話すのと同時に、春香さんがこっちを向いて満面の笑顔を見せる。
……ああ。そんな顔を見せられると、何故だか妙に切なくなる。
僕は25日に死んでしまうはずの彼女を、救うことができるのだろうか。
帰り道。一人で出歩かせるのも不安だし、僕も一緒に家まで見送った。
「ねーねー神崎くん、26日、予定空いてる?」
「え?あ、あるけど」
突然の発言に驚きながらも、すぐさま返事をした。
26日?春香さんが死んだ後の日付じゃないか。
「今月の26日、私のお父さんの誕生日なんだ!」
「あ、そうなんだ…」
「うんっ!だから、ぜーったい!友達や私の両親含めて、7人でお祝いしたいなーって!」
そう話す春香さんは、とても期待を弾ませているようだった。
彼女が歩き続ける中、僕はピタッと足を止める。
……何だか、憂鬱だ。本人は楽しそうにしているが、その日には既にこの世にいないかもしれない。
「_______無理、かもしれない」
「…ん?」
僕がふと呟くと、春香さんはその場を振り返り、こっちを見つめる。
「春香、さんは……25日に、死んでしまうから」
それを聞いて、彼女は驚いた表情だった。…そりゃそうだ…。
同時に僕は、自分がそんな言い方で話してしまったことを後悔した。
「…ぷっ」
その直後に春香さんは、なぜか突如吹き出す。
「あっはは!神崎くん、やめてよ!本当に死んじゃうみたいじゃん!」
「え…」
「いやいや、やっぱり神崎くんに嘘は似合わないよーっ!」
それに対し、僕は言葉を失った。
…けれど意を決して、本当の事を話してみる。
「25日の放課後、君は車にはねられる。だって、僕は知ってる。未来から来たから」
「…えっ」
しばらくの沈黙の後、春香さんは場を和ませるためにか、「嘘だ〜!」と声を出して笑いながら言った。
けれど僕の真剣な眼差しを見て、彼女は段々、何も言えなくなっていった。
「……嘘、だよね…?」
僕は、俯いて黙り込む。
「…ごめんなさい」
そう発した時には、この場から逃げ去るような足音がした。
僕が顔を上げたときは誰もおらず、春香さんが最後、どんな表情をしていたのかも分からなかった。
─────────────────────────────────
「こんにちは、三島春香ちゃんの母です」
翌朝、曇り空の下。今度は自宅に、彼女の母親が訪ねてきた。
お互いに玄関で挨拶をする。どうやら、僕にわざわざ用があって来たようだ。
……心当たりは、大体ある。おそらく昨日の件だろう。
「春香ちゃん、もしかしてこの家に来ましたか…?」
「ああ、来たよな。浩太」
僕は横にいた父さんに、こくこくと頷く。
「何があったのかは知らないんだけど…春香ちゃん、昨日家に帰って来てから、ずっと泣いたまま風呂場に篭ってるの」
「え…?」
間違いない。僕のせいだ。
僕があんな事を言ってしまったせいで、余計に傷つける事になってしまった。
「昨日からずっと何も食べてないから、私…心配なの」
…とにかく、僕のせいで彼女を傷つけてしまったのだから、責任を取らなければ。
「あの。少しだけ、春香さんの様子を見にいっても大丈夫ですか?」
「え?」
「僕…あの子と、ゆっくり話がしたいです」
いきなりのお願いだったと言うのに、春香さんの母親は快く承諾してくれた。
案内されて、春香さんの家にやって来た。
1階建ての一軒家で、あまり大きな建物だとは言えなかった。
「本当にごめんなさい…、ついてきてもらって」
「いえ、大丈夫です」
彼女の母親は僕を見て言った後、玄関の鍵を開ける。
家の中に入り、案内されながら狭い廊下を進んでいると…明かりの点いていない風呂場の前の洗面所に来た。
「ん、君が神崎くんかい…?」
「はい、そうです」
「ああそうか…。私は三島康介。彼女の父親だ。」
風呂場の引き戸の前にいた、春香さんの父親に挨拶する。
どうやら、僕らと春香さんは風呂場の引き戸によって遮断されているみたいだ。
「春香さん……」
引き戸を介して、彼女に会話してみる。
これは半透明だが…風呂場の明かりが暗すぎて、あっちの様子を見て取ることはできない。
「済まないが、あとは任せてもいいかな」
「あっ、分かりました」
すると彼女の両親は、他の部屋に行ってしまった。
「……ごめんなさい。あんな事言って」
二人きりになってから、まず謝罪した。
「いきなりあんな事言われたら、変だったよね。忘れたければ、忘れてもいい_______」
「違う」
「…え?」
突如引き戸越しに返事が返ってきて、僕は言葉が詰まってしまう。
その声は…どこか掠れていたような気がした。
「違うっ…そういう、事じゃない…!私は…神崎くんが嘘をつく人間だとは思えない」
「いや、それは…」
「私は……死ぬのが、死ぬのが…怖い…」
それが、春香さんの本心だったような気がする。
「…これからもお父さんやお母さんや、みんなとずっとずっと、仲良くやっていけると思ってた…。
…私だけ痛い思いして、独りになっちゃうの…?…ねえどうなのっ!?はっきり言ってよ!!」
彼女の思いは、もちろん全て分かるわけじゃない。
けれど、ちぐはぐな言葉に込められた想いは、少しだけなら…分かる気がした。
「…あのね。人間にとって死ぬ事は必然的で、本来は不可避なんだよ」
「よく分かんないけれど、私…死んだらもうずっと独り_____」
「それは違う」
僕がそう言うと、彼女は口を止めた。
「いや、今回は例外なんだ。僕はこれから君に起こる事を誰よりも知ってる。だから、君を救えるかも知れない」
「もし…救えなかったら?」
「僕がずっと…春香さんについてる。約束だ」
こうして僕は言葉で、『約束』を交わした。
例え春香さんを救えなかったとしても…。
そう言おうと思ったが、彼女を励ますのに精一杯で言えなかった。
ガラガラガラ…
引き戸の開く音がするとともに、春香さんが目の前に現れた。
彼女の目はどこか暗くて、いつものツインテールも解けている。
するといきなり彼女は、僕に飛びついて抱きしめてくる。
僕はただ、それを受け止めて倒れないように精一杯だった。
「約束……だからね」
春香さんは涙を堪えようとしているのが、声でわかる。
これまで僕は、二人の運命を変えてきた。
春香さんに、女子中学生…。彼女らを救える可能性は……確実にあるはずだ。
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