神崎・七瀬編
そして、遠い過去へ
11月10日、夕方。
りんちゃんの病室で彼女の意識が戻るのを、ベッドの横の丸椅子に座ってじっと待っていた。
「蒼さん、とんだ災難だったね…、今日が誕生日だったっていうのに」
神崎くんも私の隣で別の椅子に座り、彼女が目を覚ますのを待っている。
さっき起こった事件の影響か、りんちゃんは突然意識を失って気絶した。
医師の人から聞くと、命に別状はないと言われてホッとした。
……どこか頭の打ち所が悪かったのかな。
黙り込む私たちと、綺麗で儚さげな姿で、ベッドに横たわる意識のないりんちゃん。
この個室の部屋には、ただ静寂が続いた。
「…こんにちは」
「あっ。えーと、桃香…さん?」
するとそんな静寂を打ち破るかのように、りんちゃんの従姉妹である桃香さんが現れた。
私と神崎くんは椅子に座った状態で振り返り、目線を彼女へと変える。
この前と打って変わって、白い長袖シャツに、ベージュのフリルスカートを着ていた。
「もしかして隣の人も、学校のお知り合い?」
桃香さんは、私の横にいた神崎くんを見た。
すると神崎くんは座った状態で、体の向きを桃香さんに向ける。
「あ、はい。初めまして。神崎…神崎浩太郎です」
「そうなんだ…。二人とも、ほんっとにありがとう」
彼女は少し目を閉じてお辞儀した。お礼の想いが十分伝わってくる。
おそらく、私たちがりんちゃんを救ったことのお礼かな…?
「あ、実花ちゃんたちもう帰っていいよ。あとは私が様子見てるし」
「いやいや…!もう少しここにいます」
「_____ううん!これ以上二人に迷惑なんてかけられないよ。命を救ってくれた事にも感謝してるし」
私の発言に対し、首を横に振る桃香さん。
お言葉に甘えて私たちは、この部屋から立ち去った。
帰り道。遠くにあるビルの隙間から差す、夕暮れの光が眩しかった。
道路を歩く最中、私は神崎くんに対してこう言う。
「あのね、話したいことがあるんだ」
私は神崎くんと、これまでの件についてもっと詳しく話がしたかった。
神崎くんはこちらを見る。
「…そう?じゃあ折角だし、今から僕の家に行こうよ」
「_______え!?!?」
突然の流れに、私は驚いてしまう。
神崎くんの家に「二人きり」…!?いやいや、到底自分の心が耐えられる気がしない。
「多分ここから家も近いし、もうすぐ着くと思うんだけど……」
私の動揺ぶりをよそに、普段通りに言葉を発する神崎くん。
……う…でももしかしたら、彼に一歩近づくチャンスかもしれない。
「う、うん。行こっ」
心の中の恥ずかしさや緊張を抑え、神崎くんに微笑む。
彼は、私の表情を見てにっこりと笑った。
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久々の神崎くんの家に、胸が緊張した。
…彼の家にお邪魔するのは、たった二回目だというのに。
ダイニングの椅子に座っていると、神崎くんが麦茶をテーブルの上に二つ置く。
その後神崎くんは、目の前の椅子に座った。
「ご、ごめんね。飲み物までわざわざ」
「ううん。…それで、話って?」
私はお茶の入ったコップを手に取り、静かに
その動作で緊張が和らぎ、器を置いて深呼吸した。
「……改めて、これまでの事を話すね…?私が過去に戻れるようになった経緯について」
神崎くんはそれを聞いた直後、驚いたような顔をしていた。
私は彼に、これまでの経緯を打ち明けた。
謎のガスマスクの人にタイムスピナー…そして、私たちに迫っていた「死の運命」についても。
「死の運命……?なにそれ」
神崎くんにそう聞かれたので、私はこう話す。
「私、村野くん、神崎くん、りんちゃん…この順番で、事件があったよね」
「あっ。言われてみればそうかも」
「でしょ!?だからきっと…なんらかの闇サイトかなんかで、殺害を企てていたみたいな」
闇サイト…っていうのはちょっと飛躍し過ぎかもしれないけど、それでも明らかにこれはおかしい。
そう思う理由。それは私たちが、同じ学校の顔見知りであること。
こんなの偶然なんかじゃない。絶対、私たちが狙われる「理由」があるはず。
「闇サイト……本当に、そんなものがあるのだろうか」
神崎くんが顎に手を当てて「うーん…」と考える素振りを見せている。
何か引っかかっていることでもあるのかな…?と、そう思っていた矢先。
「_______なんだか変な話してるわね」
私は女性の声に気づき、後ろを振り返る。
廊下の扉から顔を出して覗いていた、見知らぬ…30~40代ぐらいの、おばさん。
「あ、あなたはっ!?」
まさか、私たち以外にこの家に人がいたとは知らず、大袈裟に後ずさって驚いてしまう。
「えーと…。あれは僕の叔母です」
神崎くんが私にそう説明してくれる。
そうなんだ……彼の家族と出くわすなんて、初めてな気がする。
「あら、ごめんなさい。お邪魔だった?」
「い…いえいえ!その…ビックリしただけです」
なんと言っていいか分からず、適当に返してしまった。
「叔母さん、もしかして盗み聞きしてた?」
「そんなことしないわよー!…だいたい聞かれたくない事とかあるわけ?」
「いや、そんなのないけど…」
二人の会話を横でジロジロと見ながら、ふと一瞬、壁の時計に目を向ける。
……既に、日が暮れた夜だった。
「あ…!!もうそろそろ帰ります!!」
「あらそうね。もう遅い時間だし、気をつけて帰ってらっしゃい」
神崎くんの叔母さんも同じ時計を見て、私に挨拶をした。
大丈夫。一人なんかじゃない。
もし新たな犠牲者が現れても、神崎くんと一緒に…また救えばいい。
そんな気持ちを胸に、私はマンションへと向かって歩きだした。
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11月11日。昨日と同じ、よく晴れた空。
病室の窓から朝日が強く差す。そんな中、りんちゃんが目を覚ますのをただ待っていた。
机の上を見ると、りんちゃんの鞄が置かれている。
私が誕生日プレゼントに渡した、くまのストラップが付けられていて……
それに気づいた私は、ちょっとだけ嬉しくなる。
「この子、くまの『ゲンくん』って言うんだって」
「え?あっ…そうなんですか?いい名前ですね」
いつの間に病室に入ってきた桃香さんが、そう話してくれた。
くまの『ゲンくん』…。ちょっぴり変な、りんちゃんらしいと言えばらしいネーミングだった。
「凛ちゃん、昨日の夜中に意識が戻ったんだ。今はぐっすり眠ってるみたい」
「あ、そうだったんですか……!よかった……!」
「うん。だけど……___________」
桃香さんの言葉を聞こうとした時、りんちゃんが目を開く。
「………。」
その顔はどこか物寂しげで元気がなく、暗そうだけれど…
りんちゃんが今、生きているという事実だけで……私は安堵した。
「りんちゃん!大丈夫?私だよ…?七瀬実花!」
「……あっ……おは、よう」
よかった…。ちゃんと、言葉は話せるみたい。
「昨日のこと、憶えてる…?ごめんね、私…何も出来ずに」
「_________きのう……?……っっ!!」
りんちゃんは、急に苦しそうに胸を押さえながら、下を見て涙をぽろぽろと流しはじめる。
新田くんの事を思い出したのか、まるで発作が起こったかのように苦しそうだった。
え…もしかして、私……余計なこと言っちゃったの……?
彼女の様子を見た桃香さんが、焦りながら私の目の前に立つ。
「はっ…実花ちゃんお願いです、昨日の話はあまり……!ただでさえ、ようやく落ち着いたのに……!」
桃香さんは表情を一変し、深刻そうに言った。
え…?「ただでさえ、ようやく落ち着いたのに」って、それって一体どういう意味…?
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「よ、神崎っ!…お前ももしかして、蒼のお見舞いか?」
「……う、うん。まあね」
時刻は正午。病院のドアの前に立っていた村野とばったり会う。
彼はグレーのロゴ付きパーカーを着こなして、相変わらずちょっとだけダサかった。
「こんな所で突っ立って、何してるの?」
そう聞くと、村野は顔色を変えて俯き出した。
……あれ。余計なことを聞いてしまっただろうか。
「……俺に、蒼のお見舞いする価値なんて、あるのかなーって」
「ん、もちろんあるんじゃないかな…?友達なんでしょ」
「_________襲っちまったんだよ」
え?
突然ボソッと話してきた発言に、驚いて顔が硬直してしまった。
「襲っちまった」……?それって、まさか……文字通りの意味……??
近くの自販機でペットボトルのお茶を二つ買った後、病院のベンチに座っていた村野に渡す。
足元をじっと見ていた村野にその飲み物を差し出す。それに気づいた村野は、「ありがとう」と言って受け取った。
「……何があったの」
彼の隣に座り、恐る恐る聞いてみた。
「俺さ…、蒼が入学した時から、アイツの事好きだったんだよ」
それを聞いて、僕は驚く。
村野は、蒼さんに恋人がいた事を知らなかったのだろうか?
「けどさ…最近になって、蒼には彼氏がいる事を知って…。その時に潔く諦めようと思った」
「じゃあ、襲ったっていうのは…?」
「……昨日のアイツの誕生日。二人っきりで話してた時…どーしても諦めきれなくて。……ほんっと、馬鹿だよな。俺…」
落ち込み気味にそう話す村野。
『いや゛っ_________!!』
そういえば。昨日の誕生日に蒼さんが悲鳴をあげていたのって…そういう事だったのか。
確かにそんな事があれば、蒼さんのお見舞いを渋る理由にもなるか…
「…じゃあどうして、お見舞いなんて来たの?」
「それは……」
村野はペットボトルのキャップを開け、一口お茶を飲む。
しばらくの沈黙。そこから口を離すと、打ち明けてくれた。
「____謝りたかったんだよ。直接会って」
謝りたかった…か。
村野は側から見れば、お調子者でふざけているような人間に見える。
でも…村野の中にもやっぱり、様々な葛藤があるらしい。
「そうだったんだ」
「ああ。…けど、さ…」
すると、村野は何かを言いたげな表情で、こちらを見る。
ん?まだ何か言いたい事があるのだろうか。僕は体勢を、村野の方に向ける。
「_____連絡を受けた。蒼、昨日の夜中から……ずっと精神障害を患ってるって」
僕はその発言に、目を見開いて固まった。
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病室を去り廊下に出た後、私は桃香さんとじっくり話をしていた。
さっきは怒ってごめんなさいと、彼女から一言謝罪をもらう。
「私、昨日から今日にかけて、ずっと凛ちゃんが目を覚ますのを待ってたんだ。
真夜中の2時ぐらいに、凛ちゃんは目を覚ましたんだけど…」
「『だけど』…?」
「…自分の彼氏が豹変したことに、完全にショックを受けてたの」
うん…。まさか自分の彼氏が、自分自身を殺そうとしてくるだなんて、想像すると…裏切られた気持ちになるよね。
「それでね…凛ちゃんが昨日の事を思い出す度、幻聴や吐き気に襲われるようになったの。夜中に何度も、トイレで吐いてたって…」
「え…?」
まさかそこまでだとは思わず、私は驚いた。
その他に、寝不足や筋力低下なども、医者に言われたそうで……長期入院が必要だそう。
「ご、ごめんなさい…!わ、私…そんな事も知らずに」
「ううん!大丈夫。実花ちゃんの姿を見れて、あの子も安心したと思うよ」
桃香さんは私を見て、ニコッと口角を上げた。
しばらく歩いて施設内の自販機で、私達とりんちゃんが飲むドリンクを探していた。
「実花ちゃんの話は、凛ちゃんからたっくさん聞いてる。変わり者で、たまにおかしな事を言う人でしょ?」
「え…!?あ、あはは…」
自販機と向き合ってボタンの上に指をなぞりながら、私を横目にそう話す桃香さん。
…うう。彼女の話に、ただただ苦笑いするほか無かった。
桃香さんと、ドリンクを持って病室に戻る最中にふと思った。
りんちゃん、豹変したあの彼氏を見て……精神的ショックを浴びてしまったんだ。
……私がりんちゃんにできることは、何だってしてあげたい。
だってこれまで彼女も……私の心の側で、ずっと支えてきてくれたから。
私はお見舞いを終えて、りんちゃん達を後にした。
一人で病院を出ると、出入り口でたまたま見覚えのある人を見かける。
「_____あ。七瀬さん」
神崎くんだ。私は彼を見て、咄嗟に会釈する。
彼にりんちゃんの様子を話すと、安堵しているような仕草を見せた。
「神崎くん。もしかして、今来たばかりなの?」
「ううん…さっきまで、村野と話してた」
…彼はそう言うけれど、この辺りに村野くんの姿は見当たらない。
「もう話終えたから、帰っていったけどね」
「…りんちゃんとは、会わなくて良かったのかな?」
「村野は……会いたくなさげだったよ」
暗い表情で僅かに下を向きながら、神崎くんはそう言った。
私は、りんちゃんと村野くんの間に何かあったのかな…?と疑問を抱いた。
その後、私は一人で帰ろうとすると、神崎くんに「送っていくよ」と言われる。
神崎くんもりんちゃんの様子を見に病院に来たんだろうし、遠慮はしたんだけど……
自分は彼女の容態を聞いたから大丈夫、と言って、私の隣に着いてきた。
帰り道、今日も神崎くんと歩く。この沈黙も、何だか心地よくなってきた…。
「……ねえ、七瀬さん」
「ん…?」
ふと神崎くんの方を向く。歩いている最中だというのに、彼も私は…目が合ってしまう。
彼は一瞬だけ目を逸らして躊躇った後、再び私の目を見て言った。
「心の整理……ある程度ついたよ」
「え、こころの、せいり…?」
……あ。
そういえば神崎くんが、広瀬さんの事件に巻き込まれた後に、こんな事を言っていた。
『最近…、色々あったから。自分の心の整理をつけたいんだ』
彼にそう言われた時は「え、どういう意味…?」と思ったけど…、
ふと少し前に、神崎くんが言っていた事も思い出す。
『あの時から……七瀬さんが、ずっと可愛く見えてしょうがないんだ』
ん?まさか神崎くんも、私のこと……
「はっ!?!?」
「え、どうかした?七瀬さん」
「ん、んん、何でもないっ…!!」
あ、あれ…熱が…!
…いやいやいや!!まだ返事も聞いてないのに、そんな風に決めつけるのは早すぎる。
神崎くんとしても、無意識に言った発言かもしれない…
そう心に訴える。だが、勝手に動いている心臓の鼓動は止まらない。
胸に両手を当ててバクバクさせながら、動揺を必死に誤魔化す私。さっと目を正面に逸らす。
「…七瀬さん。もし良かったら、あそこに行かない?」
「え…!?」
「ほら、いつもの歩道橋。あそこでなら…ちゃんと話せる気がするから」
神崎くんがわざわざ私の目の前に立って、そう言う。私も彼を見た時、無意識に目を見開いていた。
「いつもの歩道橋」。学校の帰り道、よく神崎くんと別れる所だ。
その瞬間、うるさかった心臓の音が、トクンと鳴って止む。
心のどこかで、何かの決意が固まったのだろうか。神崎くんを見つめて、頷こうとした…その時。
神崎くんは突然「はっ」と言い出し、何かを感じ取ったのか、辺りをキョロキョロしだす。
「……どうかしたの?」
そう聞くと、神崎くんは私の真後ろを見て、「誰かいる」と言いだした。
私は神崎くんの言葉と同時に、背後に迫りくる靴音に気が付き、ゾッと背筋が凍りつく。
私はゆっくり、後ろを振り返ってみた。
「あっ……」
ガスマスクを付けた彼は、私たちの目の前に立つ。
背中に太陽の光を浴びて、その姿は逆光の影響で暗い。…まるで、影を全身に纏っているかのようだった。
しかし一つだけ、いつもと違った所がある。それは、黒いフードを外していたこと。
彼の少し荒れた黒髪が正体を表した。なんだかこの艶の良さ、どこかで見かけたことがあるような気がする……
「もしかして…、あれが前に七瀬さんが言っていた、『ガスマスクの人』?」
「うん…彼が私にスピナーを渡してくれて……ってあれ?どうかしたんですか…?」
ずーっとその場に立っていたので、私は気になって彼にそう聞く。
「……ついて来い」
やっと、不気味に発した彼の言葉が、それだった。
ガスマスクの人はすぐさま振り向き、真っ直ぐ進んでいく。
私と神崎くんはその彼の不思議な行動に、ただただ唖然として見ているだけ。
「…え?あの人、僕らをどこに連れて行こうとしているんだろう」
「分かんない……けど、何かすごい大事なことのような気がする。ついて行ってみる?」
「怖いけれど、七瀬さんがそう言うなら」
神崎くんと話し合い、ひとまず彼の事を追うことにした。
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彼についていくと、とある住宅街にある一軒家の前に着いた。
この辺りの住宅街は静寂としていて、少し古びている建物も多い。
その一軒家もかなり古びていて、とても人が住んでいるようには見えなかった。
ガスマスクの人は、ポケットから鍵を手に取り、玄関扉は開きっぱなしにして中に入っていった。
「ここは……?」
「表札を見てみたけど……錆びていてあまり文字が見えなかった」
うう、いかにも幽霊が出てきそうな気がする…。
心構えをして、神崎くんと家の玄関に入っていく。
やがてリビングの部屋に入ると、殺風景な空間だった。
家具もなし、照明も付いていない。カーテンは閉まっている。
薄暗い部屋の中、ガスマスクの人が奥の部屋に進む。
私たちも彼に着いていく。すると、難しい本が辺り一面に敷き詰められた、古びている本棚があった。
彼は本棚の前に立ち、私たちの方に振り返る。
「……君たちの親は」
突然喋りだしたので、私たちは驚く。
そして彼は、改めて話の続きを喋りだした。
「…君たちの親は、いつ亡くなったんだ?」
変化球の質問で、私と神崎くんは目を見開いた状態のままだった。
私たちの、親…?そんな事を聞いて、何か彼にとって得があるのだろうか。
ひとまず答えてみる。たしか……
「えっと、私は…2年前に母を亡くしました」
「あ、僕もです。僕は2年前と6年前に…両親を」
2年前の2016年、11月9日に私のお母さんが、突然の病気で亡くなった。
……そう。3日前が命日だった。仏壇も家と同時に燃えてしまったため、ちゃんと命日に手を合わせられなかったのが心苦しい。
…と。それを聞いたガスマスクの人は腕を組み、何度も頷くような素振りを見せていた。
「……5年前、とある女子中学生が自殺で亡くなった」
突如語るように、彼はそう言う。
え、5年前…?それって、今の質問と関係無さそうだけど……
「死因は、中学校の窓からの飛び降り自殺だ。
あまりニュースなどには報道されなかったが、学校内では不自然な死として噂されていたらしい」
「不自然な死…?」
神崎くんは首を傾げているけれど、私はそれを聞き、頭の中で線と線が繋がったような気がした。
……中島くんの、初恋相手。
『いつも、元気で優しいような、俺とは正反対のタイプだった。
でもな…その後、すぐにそいつは死んだ』
『え、死んだ……?』
『学校で飛び降り自殺だ』
『けど、明らかに不自然で納得がいかなかった。そのさっきまでは、普通に笑顔で俺に話しかけてきたのに』
たしか中島くんは、そんなことを言っていた。
もしかしてこの人は、彼の初恋相手のことについて何か知っているの…?
「あの……その話を、どうして僕たちに?」
神崎くんが素朴な疑問を、彼に投げかける。
するとガスマスクの人は、私たちに少し顔を近づけ、どこか真剣そうな様子を見せた。
「……もしこの世界に、日本の人口の約9割を殺せる兵器があるのなら?」
「「……え?」」
またもや唐突な質問に、思わず少し声が出てしまった。
「そしてそれは一人の外国人研究者によって作り上げられている。
……『
「ま、待ってください。意味が分かりません」
あまりの情報量に、神崎くんですら困惑している表情だった。
それってつまり……RE.Dっていう「殺人兵器」によって、中島くんの初恋相手が殺されたって事?
「詳しいことは分からない。
だがRE.Dは、会った事のない人間に対しても、直接関与せず殺すことができるらしい」
「え?直接関与せず……?そんなの、あり得ないじゃないですか…!?」
「いいや、あり得なくはない。何故なら君たちだって、既に『あり得ない』体験をしているじゃないか」
それを聞いた神崎くんは、なにも言えない様子だった。
……過去に戻れるハンドスピナーと、自ら手を下さずに人を殺せる殺人兵器。
「いいか、よく聞け。……これは、単なるSFではない。
少なくとも、君たちも影響を受けたはずだ。七瀬に村野、神崎に蒼。
本来、君たちは死ぬべき人間じゃなかった。運命が変えられたんだ、RE.Dによって」
それに続き、彼はいろんな事を話した。けれど専門用語が多すぎて、何が何だか私にはさっぱり。
ただ一つだけ分かった事は、中島くんの初恋相手が死んで、私たちにも強い影響を及ぼしたという事。
その人が死ななければ、りんちゃんが新田くんと関わらなくなるらしい。
……つまりりんちゃんは、今のように重い精神障害を持つことがなくなる。
「これまで私のスピナーを使って、君たちは自らの友達の運命を変えてきた。
そう、君たちには人を救える力がある……私が言いたいことは、分かるな?」
「それって……」
中島くんの初恋相手を救ってほしい、ってこと?
「ちょ、ちょっと待ってください。女子中学生が死亡する前に戻るってことは……5年前に戻れと?」
「あ…!そういえばりんちゃんを救う時、スピナーを使って今年の5月に遡ろうとしたんですけど…出来なかったんです!
それだと、そんな遠い昔に戻ることはできないじゃないですか…!」
今年の5月15日、りんちゃんと新田くんが出会った日。
そこに遡って二人が関わらなくなれば、りんちゃんを救えると考え、実行しようとした事がある。
……けれど、タイムスピナーを強く回してしまったせいで、ノイズ音とともに「11月10日」に戻されてしまった。
どこまでかは分からないけれど、少なくとも、戻れる時間に限界があるということだと思う。
「その点は心配ない。君たちはちゃんと、5年前に遡れる」
「え?それってどういう事ですか…?」
「…それより重要なのは、君たちが私のテストをクリアした事だ」
テスト……?
「……私はこれまで、敢えてスピナーを君たちに渡していた。それを使って、君たちは自分の友達を救うのか、救えるのか…確かめたかった」
「それって…僕たちを、試していたってことですか」
「まあ、そういう事だ。…君たちの心に深い傷を負わせてしまうとは、思ってもみなかったが」
じゃあ今この時のためにガスマスクの人は、私たちにスピナーを渡していたんだ。
…私たちがそれを使って、友達を救えるのかどうか試すために。
「……さてと、本題に入る」
するとガスマスクの人は姿勢を改め、私たちを交互に見た後、こう言った。
「2013年9月26日、中学校の校舎の窓から飛び降りた、女子中学生を救ってくれ。
そして……RE.Dを見つけ、その機械を何としてでも止めてほしい」
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ガスマスクの人にそう言われ、僕はハッとする。
女子中学生が亡くなるのは……2013年の、9月26日………??
その日付に何故か僕は、どこか重要性を感じた。
……そうか。今、思い出した。
「すみません。僕…今からどうしても確認したい事があります。ひとまずここで待っていてください」
「は…?今からだと?」
ガスマスクの人は、間抜けな声を発して驚く。
そんな二人を置いて、僕は早歩きでこの場を後にした。
「か、神崎くん!」
玄関からこの場を出ようとすると、聞き慣れた声で呼びかけられて、きゅっと腕を掴まれる。
「ど、どうしたの急に…?なんだか神崎くんらしくないよ」
「……今から、どうしても確認したい事があるんだ」
「今から?」
僕は七瀬さんを見つめて、こくりと頷く。
何かを言いたげに下唇を噛んだ後、七瀬さんは「私もついていっていい?」と言った。
一瞬だけ顔が驚いてしまったけれど、僕はまた首を縦に振って返事した。
「………あった。これだ……!」
やがて自宅に着いた僕は、自室にある埃だらけの押し入れの奥を漁っていた。
僕が手にしたのは、使い捨てカメラで撮られた一枚の写真。
くっ付いていた埃を手で払い、その写真を別の部屋に持っていく。
「…こ、これって」
「小学校に通ってた頃、幼馴染と撮った写真。なんだか、すごく懐かしい」
ダイニングの椅子に座っていた七瀬さんに、それを机にペラッと置いて見せる。
その写真には、広角を上げて微笑む、僕と幼馴染の写真。
黄色っぽいその髪の毛は、短めのツインテール。その子は印象からしても天真爛漫な子だった。
「か、神崎くん……幼馴染、いたんだ」
「うん…まあね」
…幼馴染っていうか、小学校の頃の友達…っていう感じだけど。
「名前は
「えっ、どうして分かるの?」
「ほら、裏に手書きで」
写真を裏返すと、ちゃんと『2013.9.24』と書かれている。
これは僕らの写真を撮った友達が、ボールペンで書いたものだ。
「その……神崎くん、どうしてこれを?」
この写真は、僕にとってかけがえのない大切な写真だ。
何故なら……翌日の9月25日に、彼女は亡くなるから。
その事について、七瀬さんに詳しく説明する。
「そ、それって…ガスマスクの人が言ってた、女子中学生が死ぬ前日…?」
「うん。この写真を思い出して、咄嗟にこの目で確かめたくなったんだ」
「…ってことは……」
七瀬さんが言おうとしたこと。
それはおそらく……女子中学生と幼馴染を同時に救えるかもしれない、という事だろう。
僕と七瀬さんの目は、希望に満ちていたかもしれない。
たとえ過去に戻り、そう上手くはいかないかもと分かっていても。
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ガスマスクの人に案内されたあの一軒家に戻ろうと、二人っきりで道を歩く。
スタ、スタ、スタ。その足取りは、なぜか重苦しい。これから、5年前に戻れるかもしれないからだ。
きっと僕と同じく七瀬さんも、心の準備をしているのだと思う。
七瀬さんは、俯いている。
かと思いきや、夕日で逆光を浴びた自分の影を踏んづけて、楽しんでいるみたいだ。
彼女は僕がじっと見ていた事に気づき、お互いに目と目が合う。僕がにこっと笑うと、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「……5年前に戻るってことはさ……私たち、小学六年生ぐらいなのかな」
しばらく経って、七瀬さんは突如そう言い出した。
あっ…、確かにそうだ。今の僕たちは高校二年生。5年前に戻ると、おそらくそのぐらいだろう。
「それなら、身長も逆戻りになるわけだ」
「確かに!……あと、神崎くんの幼少期の姿、直接この目で見てみたいな……」
「ん?」
「い、いや!ごめんなさい気にしないで」
焦ってもじもじしながら、向こうに目を逸らす七瀬さん。
何かを喋っているのは聞こえたが、どういう意味かは僕には分からなかった。
スタッ。
七瀬さんは、突如足を止めた。
ここは……僕ら二人のお馴染みの場所、歩道橋だ。
七瀬さんは左横に首を向け、きらきらと差す夕日を拝んでいる。
僕もつられてそれを見る。やっぱり…ここから見る太陽は綺麗だ。
「ねえ。私たち、これからどうなるんだろう……」
七瀬さんは夕日から目を逸らし、弱音を吐くように下を向いて言った。
僕は振り返り、何かを抱えているような彼女の側に寄る。
「七瀬さんは、何か不安そうだね」
「ううん、大丈夫。でも……強いて言うなら、幼馴染」
「え?」
思いの外、意外なところからやってきた。
もしかして写真で見た、僕の幼馴染のことを言っているのか……?
「もし5年前に戻って、神崎くんの幼馴染を救ったとするでしょ…?そしたら……」
「そしたら?」
「……その……神崎くんは、私のこと忘れちゃうんじゃないかって………」
え…?ど、どうしてそんな結論に?
「忘れたりなんかしないよ?何でそう思ったの」
「…ん、んん。やっぱり何でもない」
七瀬さんは首を大きく振った後、僕の横をすり抜けて立ち去ろうとする。
その時の彼女はどこか焦っていて、逃げてしまいたいという感情を大きく感じた。
……でも。
「っ_________」
橙色の光が真横から差す中。僕の右手に、冷たくて柔らかい感触。
気がつけば、僕は七瀬さんの手を取っていた。自分でも意識は無かったのに、何故か今、逃してはいけないと感じた。
僕らはお互いに驚いた表情で、目が合ってしまう。
「……あ」
「…えっ……と」
何か。何か言わなければ。
でもこんな時、何を言えばいい?「さっきの言葉、どういう意味?」だとは聞けない。
余計なことを言ってしまえば、変に嫌われてしまう。
「………僕は弱い人間、なんだ」
「……へ?」
「だからその、そんな僕が今更……七瀬さんを好きになってもいいのかな……って、あ」
なっ…!僕としたことが、こんな時にどうしてそんな事を……!?
すぐにバッとその手を離し、後ろに回す。
いやいやいや…!自分から振っておいてこんな事を言うなんて、失礼極まりない。
七瀬さんも、かなり唖然とした顔をしている。
「……あ、ご、ごめんなさい……ぼっ、僕は________」
焦っていたその瞬間、何が起こったのか、一瞬だったので分からなかった。
七瀬さんが、僕の体に飛びつくように抱きしめていた。
彼女の口と鼻がくっついている感触が、左肩にじんわりと感じてしまう。
想定外の出来事だったので、後ろに回していた腕の力が思わず抜けた。
更に驚いた事に、その僕の肩に妙な湿気を感じたからだ。
「ぐすっ……う、うれしい」
な、なんで七瀬さん、泣いてるんだ!?
僕はそこまでわんわん泣くほど、大したことは言っていないはずだ…。
「いいんだよ……?神崎くんは……神崎くんは…弱い人間なんかじゃない。
だから今更でも、私のこと好きになってくれるのは、すごく嬉しい」
「………。」
今の僕は、どれくらい間抜け顔をしているだろうか。
何も言えず、ただただ絶句。七瀬さんがまさかそんな事を言うとは、自分では想像もつかなかったからだろうか。
けれど、七瀬さんにそう言われて、心の底から幸せが溢れ出す。
七瀬さんは、すっと抱きしめていたその腕の力を少し抜き、僕の目の前に顔を見せた。
横から差す夕日が、彼女の表情を照らす。彼女は……はにかむようにニコッと笑っていた。
………ああ。僕はこの表情を、いつまでも忘れないだろう。
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「……ようやく戻ってきたか」
さっきの古びた一軒家に戻ってくると、ガスマスクの人が、玄関の扉にもたれかかって待っていた。
七瀬さんがその事に関して驚く。
「え…?もしかしてここでずっと待ってたんですか…!?」
「当たり前だろう……すぐに戻ってくると思ってたんだ。もう1時間も待ったぞ」
彼はマスク越しに不機嫌そうな雰囲気を醸し出してくる。
…1時間も待たせてしまったのか。何だかちょっと申し訳ない事をしたな。
「要件が済んだなら、私について来い」
「は、はい……分かりました」
言われるがままに家の中へとついて行く。これから僕ら、どうなっちゃうのだろうか。
すると彼は、さっき来たリビングの奥の部屋の、本が詰められている古びた本棚の前で立ち止まった。
その時。ガスマスクの人はいきなり、詰められていたその本を全て手前に落とす。
すると本棚の隙間から、奥にある「空間」の存在に気づく。
……いや。空間というか、あれはおそらく隠し部屋だ。
「……この日をずっと待っていたのだよ」
ガスマスクの人はそんな風に言いながら、その本棚の右側面を、両手でぐっと押し続ける。
やがてそれが少しずつ横側にズレてくると、隠し部屋へと通れる道ができた。
「隠し部屋ですか……!?な、なんだかカッコいい…」
「さっさと中に入ってくれ。要件は直ぐに済ませたい」
興奮気味な七瀬さんをよそに、彼は静かに部屋の照明を付け、中へ入っていく。
中は和室で、鉄の机やキャビネット等の家具が置かれていた。全体的には広くも狭くもない。
机の上は多少散らかっていて、何かの専門用語で書かれた書類や地図、そして設計図のようなものがあった。
壁に掛けられていたコルクボードにも、同じようなものが一面に貼られている。
ここ以外の部屋と比べても、家具や書類が多くてかなり散らかっている。
「この設計図……」
七瀬さんが机に置いてあった一際大きい設計図に目をつける。
それはタイムスピナー……ではなく何故か、縦に円柱形になっている機械だ。
その時。ガスマスクの人は、横の奥にあったベージュ色のカーテンをガサッと手で除ける。
するとそこには、設計図通りの機械がそのまま、2m以下程度の高さで存在していた。
七瀬さんと、それを近くでまじまじと見る。全体的に鉄のようなもので出来ているようだ。
鉛色で艶があり、何本かコードが露出している。
それでも、とても精巧に作られているみたいだ。
機械の中は一つの壁で分断されており、ひとつずつ二人まで入れるスペースがある。ん?まさかだけど……
「二人とも、この中に入ってくれ」
「えっ…」
あ、やっぱり。
「安心しろ、怪しい機械ではない。性能はちゃんと身を持って証明した。問題は……無いと思う」
「これで過去に戻るんですか?こ、怖そう……ほんとに問題ないんでしょうか」
「今の所まだ無い」
「なっなんですかそれ!?」
その返しに驚きながらも、さらに怖がる七瀬さん。
…まあ、問題が「今の所まだ無い」なんて言われれば、不安になるのも仕方がない。
「少なくとも、この機械で戻れる時間は大幅に上昇する。タイムスピナーでは戻れない5年前にも、戻る事ができる」
それを聞いた後、僕は深呼吸をした。
これを使えば、もしかするとついに5年前に戻れるかもしれない。
僕はそのまま迷わず中に入ると、七瀬さんも不安な顔で、もう一方の中に入った。
機械に扉のようなものはない。そのまま中に入ると、僕らは壁に背中をつけた。
「準備はいいか」
「待って!……すー、はー……。はい」
七瀬さんは深呼吸をした後、心の準備が整った返事をした。
ここからじゃ七瀬さんの表情や姿が見えないが、僕はその聞き慣れた声に、思わず安堵した。
僕も「はい」と返事をすると、ガスマスクの人はタイムスピナーをポケットから取り出す。
すると彼はもう一方の手に持っていた特殊な三角ドライバーで、スピナーの中心部の蓋を外す。
スピナーの中枢部には、美しく照明を反射する、青い宝石のようなものがセットされていた。
……まさかこれが、タイムリープの役割を果たしていたのか?
青い石を巨大な機械に挿す間、ガスマスクの人から説明を受ける。
「これから君たちを、5年前に転送する。
やるべき事は、今から私が指定する中学校に行き、26日の午前中に自殺する女子中学生を救う事。
そして、もう一つ指定した場所にある殺人兵器「RE.D」を見つけ出し、この世から根絶する事だ」
それを聞き、一つの疑問が頭に浮かぶ。
「あの、僕らは中学校の中に入れるんですか?」
「……心配ない。しばらく正門の方で待っていれば、救世主が現れる」
「救世主……?」
「彼に協力してもらえれば、いずれRE.Dも潰せるだろう」
言葉の意味は分からなかったものの、ひとまず頷く。
彼は机の上に置かれてあった、赤い点がふたつ付いた地図を僕らに見せる。この部分が、指定された場所か。
僕はその位置を、頭の中に記憶した。
「ああ、ちなみに5年前にはまだ過去に戻れる技術は習得してない。
もし失敗してしまえば、5年後にやり直しだ。そこをよろしく頼む」
「「ええ…!?」」
僕と七瀬さんはその発言に驚いて、彼の方を見てしまう。
しかしそんな僕らを無視し、ガスマスクの人は機械のスイッチを押した。
機械はブーン…と静かな音を立て、起動しだす。
「では、検討を祈る」
彼は親指を立て、一歩後ろに遠さがった。
だんだん、身体中が震えだす。 そして僕らは『遠い過去へ』_________
ギギギギギ……バチ……バチバチ……!!
火花のような音を立て、その機械は今まで感じてきた以上に、大きく振動する。
「か、神崎……く……ん」
七瀬さんの不安そうな声も、頭の中に僅かに響いてきた。
同時にこれまでの5年間の景色が、どんどん走馬灯のように甦ってくる。
………。
僕が気づいた時には、既に頭が真っ白で、意識は遠のいていた。
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