大切な親友

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ふと、自分がビニール傘を差していたことに気づく。

雨粒が地面を叩く音も、段々と聴こえてくる。


目の意識をはっきりさせると、辺りは住宅街。雨もザーザーと降っていた。

さっきまで天気は、晴れていたはずなのに。



ってことは…過去に戻ったんだ。

さっき出くわしたガスマスクの人が、スピナーを渡してくれたおかげで。



……スマホを確認する。11月9日、昼頃。

自分、制服姿だし…学校の帰り道を、さっきまで歩いていたみたい。



「あれー。ななちゃん、何突っ立ってんの?はやく行くよー?」

「…実花ちゃん。スマホ、どうかした?」


少し遠くの目の前には、私の方を呆れた顔で振り向いた長野ちゃん。

制服姿で、上着を腰に巻いている。手にはオレンジ色の傘を持っていた。


それと、私が取り出したスマホを見て不思議そうに首を傾げる、りんちゃん。

同じく制服姿で、ビニール傘を差している。



「…りん、ちゃん…」


まで、車のトランクの中で、死んでいたはずなのに。

私は彼女の存在を見て、つい小さな言葉が漏れる。



…まさか、りんちゃんの彼氏の新田くんが、あんな風に豹変する、なんて…。

恐ろしくて、今にも鳥肌が立ってしまう。



「あれ、実花ちゃん……どうかした?具合でも悪いの?」


青ざめた顔だった様子に気付かれたのか、

りんちゃんは心配そうに私の方に駆け寄って、手の甲でおでこを触る。



「……何でもないよ。気にしないで」


私は何気なく、りんちゃんのその手を、そっと持って下ろす。


少なくとも今、りんちゃんの彼氏がそんな事をするよだなんて、私が言っても信じてもらえないと思う。

だから、自分一人で行動して、彼女を救うしかない。




別れ道で長野ちゃんと別れた後、二人きりで帰り道を歩く。

その時は他愛のない話を、りんちゃんから一方的に振ってくれることが多かった。


「…あの、りんちゃん」

「ん?」

「その、今から…もっと話したいな」


りんちゃんは突然の話に、きょとんとした顔でこちらを見ている。


新田くんの情報に関しては、まだあまり分かってない。

敵を知るには、弱点を知れ!…と思い、私はりんちゃんに言ってみた。



「…あれ。実花ちゃん、これから予定とかない?」

「うん。特には」

「そっか!…じゃあ今から、うちに来ない?たっくさんお話ししよっ!」


少し心を躍らせながら、彼女からそう私に提案してくる。

何だか乗り気だし、私もそんな提案に、すぐオーケーした。



ほどなくして、りんちゃんが住む、白いマンションの部屋の前に着いた。

私の住む橙色のマンションとは、壁の色が違った。


りんちゃんが部屋の鍵を開け、玄関の中へと入る。



「ただいまー!」


あれ?誰かいるのかな。

扉の影から、中を覗こうとする。



「ほら、早く中入りなよっ!」

「う、うん…」


恐る恐る、部屋の中へと入った。

玄関や、そこから真っ直ぐ広がる廊下は、ピッカピカに掃除されていて、しばらく驚かされた。


2mくらいの長さの廊下の先に、もう一つ扉がある。

蒼ちゃんはその扉を開けて、部屋へと入っていった。



部屋に入ると、ダイニングテーブルや、ミント色のカーテンが印象的だった。

マンションの部屋にしては、平均の一軒家のリビングほど広く、奥の方にはキッチンや勉強机がある。


すると、奥の勉強机で座っている、黄色のパーカーを着た少女がふと目につく。

思い悩むように、机の上に立てられたタブレットに、何かを描いている。



「……ん?あっおかえりー!」


その子は、蒼ちゃんと同じぐらいの高校生に見える。

私たちに気づくと、座っていた椅子を回し、笑顔で挨拶してくれた。


彼女が着ていた黄色のパーカーには、変なロゴが印刷されてあった。

…タブレットをちらっと見る。二次元のイラストを描いていた。


「あ、実花ちゃん初対面だっけ。紹介するね。この子は私の従姉妹イトコの____」

桃香ももかです!ミカ、ちゃん?その髪の毛、可愛いー!」



すると私のウェーブヘアに、食い気味になって見つめる桃香さん。

もしかしてりんちゃん、従姉妹と二人暮らしなのかな?


二人暮らしでこんな広さのマンションって…

両親とか、よっぽどお金持ちなのかな…?なんちゃって。



「えーっと…それ、何描いてるんですか?」

「ん、コレ?ああ今ね、依頼されてんの!SNSで」


ん?もしかして、桃香さんってイラストレーター?



「え、すごい!こんな事できるなんて…!」

「えへへ、ありがと…。でも、まだまだだよー!」


そんな風に話していると、奥のキッチンにある、冷蔵庫の中身を確認していたりんちゃん。



「あーっ!ごめん…桃香ちゃん、卵切らしてる…」

「えっ、マジ!?うわっごめんなさい!すぐ買ってくる!」


桃香さんは焦りながら、タブレットの電源を切った後、

机にあった財布を持って、買い出しに出かけていった。



「んじゃ、いってきまーす!」


そんな風に言いながら、桃香さんはここを去っていった。



「あれ、雨なのに傘忘れていったけど…」

「気にしないで、いつもの事だよ!」


りんちゃんがそう話した直後、ふと私と目が合う。

しばらくして、なぜか可笑しくなって、一緒に二人で笑った。




ダイニングテーブルの椅子に座り、りんちゃんと向かい合わせで話す。


「…あの、新田くんの事、聞いてもいいかな?」


私はそう言うと、りんちゃんは快く了承してくれた。

まず、いつ頃から付き合っているのか、と訊いてみる。



「新田くんとは、7月の上旬ぐらいから付き合ってたかな。」

「え!?そんな前なの!?」

「えへへ、まあね。けれど知り合ったのは、その2ヶ月前ぐらいだよ」


そ、そうなんだ…

私、そんな事、一度も聞いた事なかったのに。



「最初に知り合ったのは、外で野球を観戦していた新田くんに話しかけた時。

あの時、私たちも付き合ってなかったかもね」


あの時、出会わなければ…

…あーっ!!じゃあ、その時に遡れば、りんちゃんを救えるかもしれない!!



「えーっと、2ヶ月前に出会ったってことは…5月?」

「うん!5月の……15日ぐらいかな?」


5月15日……うん、覚えた。

もしかしたら後で、役に立つかもしれない。



「……ねえ、他に、新田くんの情報とかない?」

「う、うん。あるにはあるんだけど……」


するとりんちゃんは、私を見て少し、困惑したような表情を見せた。

どうかしたのかな。もしかして、何か後ろめたい情報でも___


「……実花ちゃん、どうして新田くんの事、詮索してるの……?」



えっ。


「そ、それって?」

「…実は中島くんにも、同じようなこと聞かれたんだ」


中島くんにも、同じことを聞かれた?

じゃあ、今までも中島くんは、ずっと新田くんのことを疑ってたんだ。



「ねぇ、二人ともどうして新田くんを詮索するの?新田くんの事で気になることでもあるの…?」


不信感を抱くような表情で、私にそう問いかけてきた。



「言っておくけど、新田くんは、変な隠し事をするような人間じゃないよ」


いや。りんちゃんの言っている事は、間違ってる。


……でも、そうだよね。

私にとって新田くんは、「人殺しの怪物」

でも、今のりんちゃんにとってはおそらく、「大切な恋人」


無理に詮索しても、そんな風に思われるのは仕方ない。



「…ううん、何でもない。ごめんね」

「え、だいじょうぶ!そんな…、謝ることなんかじゃないよ!」


それを聞いたりんちゃんは、私を見て困るような表情を見せた。


私は、こんな事でりんちゃんとの仲を壊してしまうのが、怖かった。

もしかしたら、それは少し考え過ぎかもしれないけど…



「りんちゃんは、新田くんの事、愛してるんだね」

「…うんっ!」


それを聞いた直後、満面の笑顔で、りんちゃんはそう話した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


病院のロビーで、スマホの時刻を確認する。

11月10日の朝。前よりも早い時間帯に、病院に着いた。


朝から起きてすぐに出かけたから、それは当然。

けど、中島くん、こんな朝早くから病院にいるかなぁ…?




そんな想いで、私の記憶の中にある、前に中島くんのいた病室に着く。



「…あ゛?来たのかよ」


…いた。



病室の扉を開けると、頭に包帯を巻いた中島くんが、室内のベッドに横たわっていた。


「だ、だいじょうぶ?」

「うっせーな…大丈夫に決まってんだろ」


そんな風に言う中島くんだけど…、言動からすれば少し平気そう。

自分のおでこを痛そうに、手のひらを当てていた所は気になったけど。



「…よく聞け七瀬。アイツの彼氏の事で___」

「新田くんの事?その…知ってるよ。私」

「……あ゛?」


私はこれまでに見た新田くんの本性を、少しだけ明らかにした。

…過去に戻ったことに関しては、何も言わなかったけど。



「…じゃあ車のトランクの中の『誰か』に、話しかけているところを見たって事か?」

「う、うん!確かに見た…!それが誰なのか、までは見てないけど」


嘘をついちゃったけど、中島くんは信じてくれるのかな。


「……あっそ。気持ち悪いな」

「新田くんの事?」

「そうに決まってんだろ」


中島くんは窓の方を見て、ひとつため息をついた。

……よかった。どうやら私のこと、信じてくれたみたい。



「…蒼は今、大丈夫なのかよ」

「うん。……今のところは、多分」

「あっそ」


おそらくこの時間帯で、りんちゃんは死なないと思う。

じゃあ、どうやったら、彼女を救えるだろう?


「これから、どうすればいいのかな」

「知らねーし」

「…そうだよね」

「……新田って奴に、直接問いただせばいいんじゃね」


えっ、新田くんに直接問いただす?

問いただすって言われても…どんな風に?



「俺は、そのせいでこんな怪我したけど」


…え!?そうなの!?


「だっダメだよそんなの!危なすぎる!」

「あぁ゛?他に何があんだよ」


うう、確かに。他になにか出来ること…あるのかな。

一応この話はやめておく。これからの事は、その時に考える。



「おい!大丈夫かよ、中島!?」

「あ゛…!?うっせーな…!?頭打っただけだし」


すると、すぐに後ろから村野くんが、心配そうに駆けつけてきた。


「じゃ、じゃあ私は行くね」

「えっ?七瀬、もう帰るのか?」

「うんそうだよ。二人きりの方が、色んな話できるでしょ?」


村野くんにキョトンとされながらも、私はそう思い、この病室から立ち去った。

中島くんは二人きりにさせられて、嫌悪感を醸し出してたけど。


実は、村野くんと中島くんは、昔からの腐れ縁。


……仲が悪くて、いつも喧嘩してるけど。

きっとそれも、コミュニュケーションの形かな、と思っている。




病室を出て、病院の廊下を移動する。

……確かこの辺りで、りんちゃんとばったり会ったはず。


「あ、実花ちゃん。どう?蓮木くんの様子は」


やっぱり。

白いワンピース姿のりんちゃんが、驚いた様子で私の元にやって来た。



「うん、まあまあ…かな。」


ふと、りんちゃんの瞳を見る。

まるで全てを明るく照らすような、純粋な目だった。


……この目の輝きが失われた、あの時の事を思い出すと、胸が苦しくなる。



「あの、もし家に帰る時…帰り道、一緒に歩いてもいい?」


りんちゃんはそれを聞き、きょとんとした表情をしていた。

けれど直後、すぐに満面の笑顔を見せる。



「いいよっ!実花ちゃんと二人なら、賑やかで楽しそう!」


そんなりんちゃんを見ていると、少しだけ目に涙が浮かんだ。

こんなに心優くて、可愛らしい子に、死んでほしくなんてない……!!


─────────────────────────────────


病室で中島くんと話した後。

帰り道の、街の歩道をりんちゃんと二人で歩く。


「中島くん、よかったね!いつも通り元気そうで」

「うん」


いや…元気そうだったかどうかは、分からなかったけど。

けどいつも中島くん、陰気な雰囲気だから…だから、「元気」かどうかはあんまりよく分かんなかった。



しばらく経って、私はふと横を振り向く。

そこには、私たちに歩いて近づいてくる、二人の人影。


「あっ!二人とも〜!」


長野ちゃんと、奥原さんだった。



「二人とも丁度良かった!ななちゃん、いいから着いてき___」

「ごめんなさい!!大事な用事があるんです!!」


長野ちゃんに、半ば強引に腕を掴まれるものの、私はすぐにそれを振り払った。

そしてすぐに勢いで、りんちゃんの二の腕を掴み、二人を後にした。


「____ぇ、ななちゃ──んっ!?!?」


長野ちゃんが困惑げな声で私を引き止めようとしたけど、すぐに逃げることができた。




やがて、街の歩道から離れた、人気のない住宅街の道へと逃げ込む。


「ちょ!はなしっ…!!」


りんちゃんが、嫌そうに私の手を振り払おうとしてたので、私は彼女の腕を離す。

無理やり連れてこられたのがよっぽど嫌だったのか、私を嫌うように、二の腕を押さえてこちらを見ている。



「ど、どうして無理やり、こんなところに連れてくるのっ!?」

「それは、あの二人から逃げるためで…」

「___逃げる必要なんてないよね…!!?」


私の言葉が、すぐに反論されてしまう。

こんなに不機嫌なりんちゃん、見たことない。


「…ねっ、どうして、私にいちいち付き纏うの?最近の実花ちゃん、おかしいよ…?」

「そ、それは、新田くんが_____!!」

「また新田くん…?どうして…どうしていちいち、新田くんなの…?」


りんちゃんはそれを聞いて、顔を俯きだした。

自然と私も、目に涙が浮かんでくる。



「もし新田くんが、変な事とかに関わってるのなら、仕方ないよ?けど…彼は、そんな人間じゃ___」

「…違うっ!!新田くんは……今日りんちゃんを殺すの!!」


心の中に隠していた秘密が、カッとなって飛び出した。

りんちゃんはそれに対し、唖然とした様子だった。


私は、流していた涙を、袖で拭く。



「……え…?それって…」

「あのね…今日、新田くんの家の車のトランクで、お腹を刺されて…」

「そ…そんな縁起の悪いこと、言わないでよ…っ!!」


りんちゃんは、混乱している様子に見えた。


「本当だよ…!?」

「おねがいっ…お願いだからそんなこと言わないで!!」

「_____じゃあ私と新田くん、どっちを信頼する…?」

「っ…!?」



私はついつい、そんなことを口に出して言ってしまった。

りんちゃんも、その発言を聞いて以来、何も口を開かない。


……そりゃそうだよね。

私みたいな、単なるしょうもない女友達なんかより、大切な彼氏の方が、よっぽど信頼できる。



「……ごめんなさい」


ようやく口に出した、りんちゃんの言葉がそれだった。


私は、何もかも嫌になって、そこから逃げ出した。

こんな事しても、りんちゃんは救えないのに。




その後、長野ちゃんから電話がかかってきて、村野くんの家に来て欲しいと頼まれる。

長野ちゃんは電話越しに、声を出して泣く私を心配してくれた。


─────────────────────────────────


やがてしばらくして、村野くんの家に着く。

村野くんの部屋に入ると、机には長野ちゃん、村野くん、奥原さんが座っていた。


部屋の中に入った直後は、顔を俯かせて、その場にただ立ち尽くしていた。

すると長野ちゃんは、心配そうに話しかけてくる。


「……大丈夫?ななちゃん」

「おいおい…!大丈夫かよ!?おまえ、泣き虫だな__」

「ちょっとあんたは黙ってなさいっ!」


長野ちゃんは、隣にいた村野くんの肩を手で叩き、

村野くんは「いてっ!」と反応した直後に、その肩を摩った。



……泣き虫。

確かに。私、こんな、仕方のないことで泣いてる。


「そうだよ…。村野くんの言うとおり、私は泣き虫なんだ…」

「…は?おい七瀬っ、何があった?」


不思議げに私を見る、三人。

このままずっとこの感情を抑えてても、しょうがないよね。




私は、りんちゃんと喧嘩したことを伝えた。

みんなはそれを聞いて、少しだけ納得した表情を見せた。


新田くんが今日、りんちゃんを殺すとかは、みんなの前では恥ずかしくて言えない。


「私、りんちゃんに酷いこと言っちゃって」

「さっき言ってた、『私と仕事、どっちが大事』的な?」

「うん。…ちょっと違うけど」


長野ちゃんが、そんな風に言う。

確かに…そんな発言、困っちゃうのも無理はないよね。



すると意外にも、私の話に、奥原さんが反応した。


「なんで喧嘩したのかは知らないですし、偉そうなことは言えないんですけど…、

私に言わせてみれば…そういう時は、素直に謝った方がいいですよ」


うっ、唐突な直球のド正論が来て、少しだけショックを受けた。



長野ちゃんも真剣な表情で、私に対して口を開く。


「そーゆーことならきっと、許してくれると思う。

…私、知ってる。蒼ちゃんにとって、きっとななちゃんは大切な親友だよ?」



『大切な親友』……?

……そ、そうだよね。こんな事で、へこたれちゃいられない。


あっ…それに、今もりんちゃんは命の危険に晒されてる。

モタモタしていると、またすぐに…!!



「私、今から行ってきます…!」

「は…?」


困惑した村野くんと、みんなを後にして、私は家の外に走り出した。




私は、新田くんの家の前に着く。

ふとガレージのシャッターを確認すると、まだ閉まっていた。


時間通りなら、りんちゃんはきっとこの中に……


…自分の額から、冷や汗が滲み出ている。

正直、頭の中は恐怖でいっぱい。でもこのままじゃ…、りんちゃんは手遅れになる。


私は扉の前に来て、インターホンを鳴らす。



ピンポーン。


『……はい』


インターホンから一人の男性の声がする。

これは…間違いない、新田くんの声だ。



「あ、あの…りんちゃんは……」

『……2~3分』


…えっ?


『2~3分、待ってて』


そう言われ、インターホンの音声を切られる。



に、2~3分?

そんなに時間がかかるの…?


やっぱり、りんちゃんに直接電話した方が良かったのかな…。



しばらくそう不安がっていると、すぐに、玄関の扉が少し開いた。


「…何か御用かな」



それはもちろん、新田くんだった。

扉の中から顔を出して、こちらを向いている。


冷静……というよりかは、どこか不機嫌そうな表情に見えた。


「あれっ?凛ちゃんのお友達か」

「うっ…ここ、すごい家……ですね」


前の、新田くんの豹変っぷりを思い出すと、変に動揺してしまう。

なので一旦、彼から目を逸らして、この家の外観を見渡す。


「まあね。ここ、父さんに買ってもらった家なんだ」

「……そうなんですね」

「要件は何かな?」



そんな風に言う新田くんは、ちょっとばかり急かしていた。

……そろそろ、本題に入らないと。


「あの、りんちゃんはどこですか…?」

「あーごめんね、ここにはいないんだ」



ここには、もう?


「中に入らせてください…!」

「え?残念だけど僕のプライバシーを見てもらっちゃ困る____」

「お邪魔します!!」

「は…?」


私は扉をこじ開けて、何とかこの家の中へと入った。

唖然とした新田くんを置いて、私はあらゆる場所を探した。


玄関から、廊下へ、いろんな部屋を見て回る。



「おい……!?!?土足で中に入るな……!!」


新田くん、怒ってる様子だ。

私が靴を履いたままなのを怒ってるように聞こえるけど……


……この家に、隠し通したい「何か」があるかもしれない。



しばらく扉を開けて探していると、ふと私は、あるものを目撃する。




「りっ、りんちゃんっ……!?」


それは、暗い部屋の天井に掛けられた手錠で、監禁されていたりんちゃんだった。

まだお腹から血は流れていない。けど、こちらを見てくる様子はなかった。

もしかしたら、意識がないのかも。



しかし、この部屋の内装に、思わず青ざめてしまう。


部屋には、壁と床には隙間がないくらい、写真が貼られていた。

……それもぜんぶ、りんちゃんの、街中の盗撮写真。



「……みか、ちゃ……」

「っ…!?だっ、大丈夫!?」


私は、りんちゃんの元へと駆けつける。

僅かばかりだけど、意識はあるみたい。



「実花ちゃん…、あぶな……!」


ゴンッ!!

右側の頭部に、叩かれたような痛みが走る。


突然の衝撃に耐えきれず、私は足を崩す。



なんとか意識はあったので、頭を押さえながら背後の方を見上げる。

新田くんが、豹変した目つきで鉄バットを持っていた。


「……っぁ…!」

「…どうして、ここに来たのかな。人のを、勝手に侵害するだなんて」


すると、足を崩していた私に、その鉄バットを振り上げた。

……私は咄嗟に、危ないと思い、顔を伏せた。



「痛い…いた゛いっ……!!!」


自分の体に、何度も痛みが走る。

新田くんに鉄バットで、私は何度も体を殴られ続けていた。



「……お願い、やっ…やめて……!」


必死に声を出そうとするりんちゃんに、新田くんはその手を止める。

すると新田くんは、震えていた彼女の輪郭を、そっと手で触る。



自分の足を動かそうと、必死にもがく。

けれど…身体中が痛すぎて、立つことすらままならない。


私はそこで、りんちゃんの状況を見ることしかできなかった。



「僕たちは、4ヶ月間と7日の間、ずっと愛し合ってきたよね。

僕を否定する理由なんて、ないじゃないか。それなのに…」


すると新田くんは、机に置かれてあった、あるものを手にした後、りんちゃんを見る。



「______もうそろそろ、終わらせよう」



赤い血飛沫が、私の頬や部屋中に飛ぶ。


新田くんは身動きも取れないりんちゃんを、包丁で突き刺していた。

彼女のお腹からは、赤い血液がどんどん流れ出てくる。


手錠で繋がれていた彼女を見て、全身に血を浴びた新田くんは、恐ろしい程に笑っていた。



……逃げなくちゃ。

こんな醜い状況を、少しでも変えなければ。




すると、笑い終えた新田くんは、私を見下ろして睨む。殺意の目だ。

赤い水滴がぽたぽたと落ちる、その包丁を持ったまま、私の方に向かってくる。


「面倒なことは、あまりしたくないけど……_____」


そう言って新田くんは、倒れていた私に、包丁を近づける。



……嫌…だっ…!!!こんな所で……!!


私は溜めていた力で、思い切って、新田くんの包丁を狙って蹴る。

新田くんは突然の事態に驚いて、そのまま包丁を落とし、後ずさる。


私はその隙に、急いでその場から逃げ出した。

逃げ出す途中で、肩を掴まれそうになったけど、なんとか掠っただけだった。


─────────────────────────────────


「はぁ…、はぁ…!ここまで来れば…」


人気の少ない住宅街の道路に逃げ込む。


…いやいや。侮っちゃだめだ。

けれど、こんな場所まで来れば、流石に血を浴びた服装では来れないでしょ。



私は頬についた僅かな血を、指で拭く。

少しだけ血のついた、自分の指を見て、ふと目を閉じてため息をついた。


どうして、りんちゃんがこんな目に遭わなくちゃならなかったのかな……



「………。」


ガスマスクの人が、再び忽然と目の前に現れる。

そして、右手に持った「タイムスピナー」を、私に差し出す。



「……あの、これっていつ終わるんですか?」

「お前が、彼女の命を救うまでだ」

「…そ、そうですか」


即答で、そんな風に答えられる。

その考えでいくと、絶対にりんちゃんを救わなきゃ、無限ループなのかな…。


私はそのスピナーを受け取ると、

ガスマスクの人は、すぐにここから立ち去っていった。



そうだ、5月15日……!

確かりんちゃんと新田くんが、知り合った日だ。


この日付に戻れば、救えるかもしれない……!!



私は迷わず、持っていたスピナーに時間指定を…


…あれ?スピナーのどこを見ても、時間指定をするようなものは無い。

もしかしてコレ、時間指定できないの……!?


それなら、回す直感でいくしかない。



「……後ろ」

「えっ?」


その声のする、背後の方へ振り返る。



ベージュ色のコートを着た新田くんが、目の前にいた。


「っ!!?」


私はスピナーを持ったまま、すぐに後ずさって転ぶ。

彼の右手には、錆びている別の包丁を持っていた。顔に浴びた返り血も、綺麗に洗われている。


「…僕らの愛を邪魔するやつは、とっとと消えろ……ッ!!!」


そう言って新田くんは、その包丁を振り上げる。



まずい……急げっ…!!

私は咄嗟にスピナーを、いつもより力強く回した。




キュル____________



急激な体の衝撃と共に、目の前の景色が、だんだん薄れてゆく。

スピナーが回っている間の全身の振動は、いつもより勢いが増していた。


これなら……!!



ジャ────────ッ…………………ギ……ギギギ……



……え?

妙に、耳に障るノイズのような音に困惑する。



ガチャ───ッ!!!



ひっ!?!?

いきなりの状況に驚きすぎて、私は思わずに倒れ込んだ。


ぼやけて見えないけど、ここは……白い部屋。

そこでは、低い男の声の誰かが、何かを話している事しか聞き取れなかった。

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