黒い罪

うぅん……。




ふと私が目を覚ますと、さっきまでいた公園のベンチで眠っていた。

公園にあった時計を見てみる。…時計の針はもうすでに、お昼頃を指していた。


さっき広瀬さんが私の体内に注射した薬品は…睡眠薬だったのかな。

そもそも何で、私にそんなもの注射したんだろう。何か、私を恨んでた……?


いや、私じゃ無くて、神崎くん?



……そういえば、広瀬さんの姿が見当たらない。

けれど、さっきまで彼女が持っていた黒い鞄は、ずっと私の横に置かれてあったのに気づく。


体が重い。

やっぱり寝起きだと、鉛のような体だった。



体を動かすのと同時に、自分の衣服に、服が妙に擦れ合うような、不自然さを感じる。


意識をハッキリさせたら、私はなぜか上着に、黒いコートを着ていた。

え…?さっきまで私、こんなもの着てなかったよ…?



そんな風に考えていた最中、見るからに、巡回中の警官二人が私のもとに現れる。

二人は私の目の前で、警察手帳を見せた。


「すみません。今現在この市内で、とある男子生徒がバスに轢かれて死亡した事件があったのですが」


落ち着いた表情で、その手帳を服に仕舞う。


「えっ…?」


男子生徒が………バスに轢かれた……?

まさか。その人の言う「男子生徒」って_____



「……それって、神崎、さん…じゃないですよね」

「ああ。被害者の顔見知りですか?」

「っ…!?」



…私は放心状態になる。



神崎くんが……「被害者」?


どうして…?う、うそ。



「歩行者の証言により、殺人の可能性があると見て捜査を進めています。それでなんですが、この辺りで匿名の目撃情報・・・・・・・がありまして……」



私はあまりにも衝撃的で、その後の話はあまり頭に入って来なかった。

うそ…?で、でも。警察官がそんな事を言うなんて、でも信じたくない…。本当なの?


…私、あの時の歩道橋で、神崎くんに酷いこと言っちゃったのに……?

その時の謝罪すら、ろくに一言も言えてない。


どうして…?なんでこんな時に限って____



ふと、さっき広瀬さんが言っていた事を思いだす。


『あなたは、殺したの。コウタくんを』

『あなたは自分を振った彼に恨みを抱き、道路で背中を押して、わざと事故死させた』

『アナタは私に成り代わるの。アナタはコウタくんを……殺した!!!』



…と、彼女は言っていた。

いや、もしかして、そんなことがあったこそ…?

広瀬さんが、なんであの時の事を知っているのかは謎だけど……


え?でもそれって、まさか______


「その隣の鞄、あなたのですよね?中身を確認させていただいても?」

「…ぁ、ち、違います。これは……」

「すみませんねー…」



警官の一人が、その中身を見た。


「あった?」

「……ありました」

「ふーん、まだ使われていないか。でも十分、銃刀法違反ですからね」


え……??う、嘘……でしょ?


それを取り出し、手の届かない場所で見せる警官。

使われていないサバイバルナイフだった。なんでこんなのが入ってるの……?



「すみませんが、色々と署でお聞かせ願いますか」

「ち、ちがうんです。これは私のじゃなくて……!!」

「_____ちなみにもう一つの証言では、犯人は黒いフード・・・・・で顔を隠していたと」


その警官の発言に、体が凍りつく。

今私が着ていたのは、「黒いフード」付きコート。



……私は、神崎くんを殺した罪を、広瀬さんになすり付けられたんだ。


「ほ、本当に違います!私は___」

「すみませんが、事情は署で。ですが、あなたと全く同じ身長であるとも、目撃証言がありましてね」


ま、まさか……!

私と広瀬さんは、身長が瓜二つだった。だからこそ、私が適任・・だったの……!?


ベンチから立ち上がって、その言葉に反論しようとするものの、聞き入れてはくれない。



うそ。このままだと、私…

警官二人に、手を掴まれそうになる。


で、でも…ほんとに……何も……!



私がパニック状態になっていた時。

ふと、すぐ真横にいた「黒ずくめの人」に気づく。

一瞬にしてその人は、私の手を掴んで、警官二人から遠くに引き離して逃げる。



「あっ!ちょっと待ちなさい!」


振り返ると、その人らは私たちを追っている。

けれど私たちの足には、誰も追いつけなかった。


私は手を掴まれて唖然としていたけれど、正直、安堵した気持ちもあった。

そしてその公園を後にして、人気の少ない場所に連れ去られてゆく。


─────────────────────────────────


やがて誰もいない住宅地の路地裏に着くと、その人は私の手を離し、立ち止まる。

黒ずくめの人は…フードをかぶっていて、よく顔は見えない。



………え、まさか、広瀬さん……?いや、それとは違う。

よく見てみると、その人は大柄で、どこか中年のような……男の人だった。


私の着ているのとは違う、おしゃれな黒いコートを全身に纏っている。


「………。」


すると黒ずくめの人は、無言でこちらを向いた。

顔の部分は、一度目を逸らしたけれど、思わず二度見してしまう。



……その人は『黒いガスマスク』をかぶっていた。

目の部分は隠れていて、顔の全容は全く見えなかった。



こ、怖い。まるで「人間じゃない」ような、殺人鬼みたいな形相。

その人はぴくりとも動かず、女子高生の私にすら何もして来ないなんて……。


何だか怖くて……手の震えが止まらなくなった。

けどこのままじっとしていても、何も話しかけて来ず、まるで石像だった。思い切って会話してみる。



「あ……あの……っ____!」

「これをやる」

「……えっ?」


な、なんか喋った!?

それは中年男性の、落ち着いた低い声だった。


よかった。一応この人は、人間・・なんだ…?

その人はガサゴソと、自分のコートのポケットから何かを取り出し、私に見せる。


「えっ、これは、な、なんですか?」

「……タイムスピナーだ」


え、たいむすぴなー?形状を見てみる…。



「あっ!」


これは…!ちょっと前に流行ってた、ハンドスピナー!


たしか真ん中のやつ持って、周りのやつをクルクル回して楽しむやつ!

私もひゅるひゅる回して、よく遊んでたなぁ…!ちょっと懐かしい…。


……うん。我ながらちょっと語彙力がおかしいけど。

それに、こんな事で興奮してる場合なんかじゃない!今、警察に追われてるんだよ!?もうちょっと危機感持たなきゃ……!!



「え、えーと…こ、これ、ハンドスピナー…ですよね?」

「………これを使え」


するとその人は、手に持っていたそのスピナーを、私に差し出す。

私がそれを受け取ると、すぐさま謎の男の人(?)は、その場を走り去って行ってしまった。



私が今、手に持っているのは、単なるハンドスピナーに見える。

さっきあの人、タイムスピナーとか言ってたよね?


まさか、時間逆行……とか、できるのかな?



………いや、それはないかも。

あの人をあまり信用できないけど、回したいという好奇心はある……!



手に持っていたハンドスピナーを、思い切って人差し指で回してみる。



キュル____________




その時、私の体全身が、急激に大きく振動していった。

まるで、浴室でのぼせたみたいに目眩がして、目の前の光景がくるくると回っている。



そしてその不可思議な振動は、しばらくの間続いた。



□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□



カチャッ。

スピナーは音を立てた後、いきなり止まった。


気が付くと、私の手にはスピナーがない。

え、それにこの場所、さっきまでいた路地裏じゃないよ?


周りの光景も、真っ暗でぼやけて、ここがどこかは把握できない。

けれどなぜか全身が、もふもふの布団で包まれていた。



意識を戻すと、ここは自分の部屋の寝室である事に気づいた。

え。前にもこの状況、私見たような……。


鉛のように重い体で、ベッドの横にあった目覚まし時計を確認する。

11月2日。……1日前に、戻ってきたみたい。



………うそ。まさか………!!

ほんとに、過去に戻っちゃった!?!?


確かこの日は……

神崎くんに告白を断られて……すごい落ち込んで学校を休んだ時…だ!!



「なるほど……すごい…!!あの男の人、何モノ!?実は凄い科学者だったの!?」


2018年。この時代もようやく、タイムマシン発明しちゃったんだ……!!

パジャマ姿だった私は、嬉しくてベッドの上を飛び上がり、過去に戻れた事を喜んだ。




ガチャ。



「実花、もうすぐ学校だぞ……って、やけに元気だな」

「……ぁ、お父さん」


すると、寝室の扉を開けてお父さんが、部屋の中に入ってきた。

私の盛り上がっていた様子を目撃して、なんだか引いていたような気もするけど。


恥ずかしくてつい変な声が出てしまう。

いや、ダメダメ。こういう時って、確か目的があるんだよね?

アニメとか漫画が好きで、タイムリープものは何度も見たことあるし、私はそういうノウハウを持っている自信がある。



「高校には行かないのか?」


お父さんは、無表情でそう聞いた。

私はベッドの上にいた状態で、一つお父さんに確認する。


「今から行っても、まだ間に合う?」

「ああ、大丈夫だと思うが……急いだほうがいい。遅刻扱いになるからな」

「それなら行く!!」


そう。なんせ「今」は、私が目覚ましを無視して二度寝した後。

神崎くんに振られたショックで、少しだけ遅刻してるんだ。

けど、今はそんなことを考えている場合ではなかった。


私はお父さんの発言に対して、即答した。

いくらなんでも、神崎くんの命がかかってるとなるとね。


そして、過去に戻ったという責任感もしっかり持たなきゃ。

神崎くんには、命を救われた恩がある。私も……神崎くんを、救わなきゃ。



けれど、まず事は試し。

正直タイムリープしたばかりで、分からないことが多すぎるんだよね……。


─────────────────────────────────


私は学校の校舎に着き、廊下を歩いていた。

あんな事・・・・があった翌日に、学校に来てしまったけど……


……神崎くん、私を見て、嫌な反応するかな。

けれどそんな事、今は気にしちゃだめ。正直私の方が怖いけど、仕方ない。




クラスの教室に着くと、室内はいつも通り、がやがやしていた。

あ、よかった。遅刻せずに間に合ったみたい。それに勿論だけど、私達の噂は立ってないし。


ふと、神崎くんの席を見る。

たった一人で机に座り、ノートで勉強をしている。



「あ、あの……っ」


私は思い切って神崎くんに近づき、話しかけてみる。

すると、彼は私を見てその鉛筆をピタッと止め、「あ」と言って驚いた顔を見せた。



「……な、七瀬さん」


直後、顔を俯かせて、神崎くんは小声で言った。

うう……、空気が気まずい。村野くんがいてくれると、もっと楽なんだけど。

あいにく村野くんは、今現在、病院で過ごしている。村野くんも色々あったし。



「……。」

「…………。」


私たちは、両方とも顔を逸らす。

ついつい気まずくて、私は手を後ろに回す。



「…………じゃ、じゃあ僕は図書館に行ってきます」


この空気に耐えかねたのか、神崎くんは咄嗟にノートを持ち、教室から走り去っていった。

え、えーと…。いや、ダメだ七瀬実花!このまま黙って、神崎くんを行かせるわけにも行かない。



「ま、待って!!」


廊下まで追いかけ、神崎くんのその手を掴んで止める。

目を見開いて口を少し開け、彼は私の顔を見た。


神崎くんの顔に対し、ムズムズする恥ずかしさを落ち着かせようと、私は自分の顔を俯かせる。



「私………図書館で、神崎くんと話がしたいです」



ちらっと、神崎くんの顔を見る。

さっきの驚いた顔とは違い、いつもの優しそうな表情に戻っていた。


「……うん。構わないよ」





その後、神崎くんと学校図書館に着く。机のイスに、隣同士で座った。

うう、気持ちがフクザツ。神崎くんと話がしたいとは言ったものの、具体的にどんな話をすればいいのか……


エアコン付きの暖かい部屋でも、私はもじもじしながら、指を絡ませて上下に動かす。……あっ。そうだ。

私が唯一、神崎くんに「聞きたかったコト」がある。



「……神崎くん、一つ聞いてもいい?」

「うん、いいよ」

「そのね。……『僕は君には似合わない』って、どういう意味なのかなって」

「__えっ?」



『僕は君には似合わない』。

神崎くんが、私の告白を断った時に言ったセリフ。

普通なら「ごめんなさい」とか、ストレートでもよかったのに、どうしてそんな、曖昧な発言で断ったんだろう。


私はそんな風に、神崎くんにその疑問を説明した。

……あ。いきなりこの質問は、流石にストレート過ぎかな……!!


「……そうか。七瀬さんは、そんな風に思ってたんだ」

「うん。あっごめんね!答えなくてもいいんだよ?」

「それは単に、僕に幸せになる権限があるのかな……って」



えっ…?そんな……そんな事ない!

神崎くんみたいな優しい人なら、幸せになれる権限、普通にあると思うよ!?

もちろん私と一緒にいる時間が、幸せかどうかは別としてだけど!


そんな風に心が声になって叫びそうになるものの、ぐっと抑えた。

いいや違う。神崎くんがそう思うには、何か理由があるんだよね……?



「……七瀬さん」

「あ、はい。……な、なんですか……?」

「……お願い、しばらく待ってほしい。一日だけ」


神崎くんは真剣な顔つきで、私にそう言った。


そこまで真剣な顔で見つめられると、私も何とも言えない。

けれど、なんで「一日だけ」……?



「明日、何かあるんですか?」

「うん……何というか、自分の後悔・・に、踏ん切りをつけたいんだ。変な事言ってごめん」



神崎くんが……抱えている後悔?

もしかして、それが原因で、自分を責めてるの?



「明日、どこか出かけるの?」

「まあね。……よかったら七瀬さんも、一緒に行く?」

「____えっ。いいの?」


たしか明日は休日だし、予定は十分にあるはず。

どこに行くかは、ちゃんと聞けなかったけど、私はその誘いを受ける。


それに明日は、神崎くんが事故に巻き込まれる日。

もしかしたら、「終わりの瞬間」を目撃するかもしれない……そう考えてしまうと、頷きざるを得なかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ブゥウーン。


翌朝、11月3日。おそらく今日、神崎くんが交通事故に巻き込まれる。

人がまあまあ通る都会の道路で白い軽自動車・・・・・・が、音を立てて走っていった。



待ち合わせ場所の歩道で、そんな様子を、暇つぶしがてら眺めている。

気を強くしとかないと、あとはせめてものオシャレかとも思い、お気に入りのキュロットを履いてきた。


……ちょっと、早く来すぎちゃったみたい。



「お待たせ。こんな朝早くにごめんね」


横から、青いジャケットの姿で、神崎くんが現れた。

そのごめんねの一言に対して、私は首を振った。



「ううん。大丈夫」

「そう?じゃあ行こうか」


神崎くんが目的地に歩き出すのと同時に、すぐさま彼の横について行った。

ちょっとだけ、彼と距離も空いちゃったけど。

緊張感が漂う中、歩道の横を走る、自動車の音だけが響いていた。本当に私を誘ってくれても良かったのかな……?





やがて交差点につき、人混みに紛れて、赤信号の前に立っていた。

目の前の道路には、さっきよりもかなり交通量が多いのが感じられる。


辺りから感じる人の声。ふと目についたのが…



「えー!これやばーい!」


私の真横にいた、信号の待ち時間に、スマホを見ている若い女子二人。

二人とも知らない人だけれど、もしかしたら目印・・になるかもしれない。



「……大丈夫、七瀬さん?」

「あ、ごめんなさい。大丈夫…」


緊張し過ぎていて、神崎くんも私の様子を見て察したみたい。

私がそう話した後も、再び彼との間で沈黙してしまう。


けれど、この後の事故が起こる状況を考えると、心がざわざわしてしまう。

そんな緊張をほぐすために、私は下唇を噛む。



ブゥゥウウ───ン!


銀色の高級車が、道路の向こう側を勢いよく走る。



ひっ!?驚いて、下唇の噛みぐせをやめる。

たまにああゆう高級車が通ると、やけにビックリしてしまう私。



「_____七瀬さん」


……えっ?

低いトーンの声で、神崎くんが話しかけてくる。


私は「はい…?」と返事をし、神崎くんの方を向くと、

いつも以上に真剣そうな顔で、こっちを見ていた。



「もし。もしこの件で僕が、踏ん切りをつけられたら……_____」




その矢先に、私の目が反応する。


神崎くんの真後ろに迫っていた、「黒い両手」が見えた。



「神崎くん、危ないっ_______!?!?」



私は咄嗟に、迫っていたその両手を掴む。

両手の主は、「黒いフード」で顔を隠していた。


その人の服は……間違いなく「あの時」、私に着せられた黒いコート。

間違いない!この人は広瀬さん______



……しかし。顔をこっちに向けた途端、それは別人だった。


顔と印象がまるで違う、若者の男子のような顔つき。

うそ!?この人、まるで「ニセモノ」だよ……?



私に驚いた顔をした直後、その人は素早く、人混みの隙間を走って逃げる。


「ま、待って…!!?」


私はそのニセモノを追う。

しかし、途中で立ち止まって、神崎くんの方を向く。


「神崎くん!お願いだからここから一刻も早く離れて!!」



私は周りの人も気にも止める場合もなく、神崎くんにそう声を上げた。

驚きげになりながらも、彼はそこで「わかった!」と頷く。


ひとまず今は、あの人を追いかけるしかなさそう……!


─────────────────────────────────



「ぜぇ……っはぁ…………ぁ?…ゔわっ!?!?」


私は、人気の少ない通路に逃げ込んだ、その人の両腕に掴みかかる。

両手を振り払おうと抵抗している、あからさまに焦っていたニセモノに、こんな状況でも私は訊く。


「はぁ……はぁ……!!

どうして、彼の背中を押そうとしたんですか……!?」


走り過ぎたせいで、私の方も彼の方も息切れが止まない。



「俺は……俺はぁ………!こんなつもりじゃ、なかったんだよ………!!」

「えっ…?」


質問の返事を聞いて、思わずその両手を離す。よく見たら……身長が、私より高い。

同時に彼も抵抗を止め、説明不足で呆然としていた私の表情をじっと見ていた。




一旦お互いに落ち着いて、近くのベンチに座り、二人で話し合う。


彼が名乗った名前は、米塚圭一よねずかけいいち

少し遠い学校に通う、高校2年の男子高校生だそう。


どうして、私たちとは違う高校に通う人が、こんな事を?

明らかに、神崎くんの背中を押そうとしたはずだけど……。



「あの…。赤の他人である米塚さんが、どうして神崎くんを…?」

「……言っとくけど、俺と神崎は顔見知りだ。中学の頃からな」

「えっ!そ、そうだったんですか」


中学の頃から……?

ふと、神崎くんと、二人で話していた頃のことを思い出す。


『神崎くん。さっき何考えてたの?』

『…え、ううん、大した事じゃないよ。昔のこと考えてただけ』

『昔のこと?』

『…昔色々あってさ。小学校の頃は幼馴染が死んで、中学は友達がいじめに遭った』


神崎くんの言っていた、中学の「心の傷」と、何か関係があるのかもしれない。

私は米塚さんに、その事を聞いてみた。口がまごまごしてしまうけど……



「もしかして。米塚さん、何か知ってますか?例えば、えーと……いじめ・・・の事とか」

「____はっ!?なんでお前がそれ……っ!?」

「えっ?」


その言葉に対して、米塚さんはとても焦っている様子だった。

やっぱりこの人、何か知ってる……?


「何か知ってるんですね!?教えてください!!」



私はそう言うと、突然、米塚さんは深呼吸をした後、

思い切ったような表情でこう話す。



「……俺が虐めてた。アイツのことを」


えっ?いじめてた?


「だ、誰をですか!?」

「言わなきゃならねーよな…。広瀬結衣って女の子だ」



ひ……広瀬結衣!?私は頭が混乱する。

もしかして…!神崎くんの言っていた「中学の友達」って、広瀬さんの事だったの…?


「今はもちろん、あんな事をした俺が馬鹿だったと思ってる。でもアイツ、今になって俺の学校にやってきてさ。

俺にだけ虐めの証拠があるとか言って、それを正門の前にばら撒くって脅されて……狂ってた表情だった」



米塚くんは顔を俯かせ、自分の拳をドン!とベンチに叩く。


「この服着て、神崎を脅かしてこい・・・・・・って、訳の分かんない交換条件を言われた……」



つまり、米塚くんは広瀬さんに脅されて、「あの交差点で神崎くんの背中を押して」と脅されてたって事?


それじゃあ、あの時私が米塚さんを止めていなければ、神崎くんは助からなかったかもしれない。

……もしかしてこれで、命を救ったの?けど彼の命を奪ったのは、私と同じ身長の広瀬さんのはず……。



「でもよかった。米塚さんの手を、汚さずに済んで」

「まあな……でも俺は、あの時からずっと後悔してる。後で神崎に謝って、これからも罪滅ぼしするつもりだ」


米塚さんがそう言ってベンチから立ち上がり、向こう側へ去っていった。

どうして広瀬さんは、神崎くんに殺意があったんだろう……?


─────────────────────────────────


私は一度、さっきの交差点へと戻る。

神崎くん、どこ行ったかな。一回彼と連絡してみた方が…って、あ。連絡先知らない。


その時。交差点の道路の一つの場所に、人混みが集中しているのが見えた。



「あれちょっとやばくない…?」

「見るからに、まだ学生さんだったのにね」


人混みの中にいる、誰かがそう話しているのが聞こえた。

不安な気分だった。

追い討ちをかけるかの如く、隙間から一瞬だけ見える。



止まっていた白いバスの前で、道路を赤く染めて倒れていた、神崎くんらしき姿が。



え……?

もしかして神崎くんは、助からなかった・・・・・・・の……?



ふと、そこよりも向こう側の歩道に、赤い髪の少女が目につく。

……間違いない。あれは広瀬さんだった。


その服装は、黒いフード付きコート。

過去に私が着させられたものと、米塚さんが着ていたものに、全く同じ。


『アナタは私に・・成り代わるの。アナタはコウタくんを……殺した!!!』


そういえば。過去に戻る前に、広瀬さんはこんな事を言っていた。

やっぱり過去に戻る前も、「広瀬さん自身」が神崎くんの命を……。




私は広瀬さんの方へ向かい、彼女の目の前に立つ。


「あら、初めまして、七瀬さん。

……いや、その顔。前にも何処かで会った事、あった?」


首を傾げ、表情を変える事なく、私にそう問いかける。

不意に漏れたような笑みが、不気味に口角を上げて、怖い。


「どうして……、どうしてその黒いコートを着てるんですか!?なんで……?何で神崎くんは……っ!!」


広瀬さんといる度に、頭が混乱して、謎が増えていく。

謎が多過ぎて、自分の汗もどんどん溜まっていった。



「面白い。あー面白い!すっごく!アハハっ!……あなたの困り果てた顔が。

あなたは自分の思いを踏みにじられても、どーしてそこまで焦って彼を救おうとしたのかしら」


その言葉が、私の心に突き刺さる。彼女が言うのは、神崎くんに告白を断られた時の事だと思う。

私は……誰かの命が失われるのが、怖い。

ただそれだけだと言うのに、笑われそうで。言えなかった。それには答えず、質問をした。



「……私が神崎くんに告白を断られた事。なんであなたが知ってるんですか?」

「その日、あなた達を尾行していたの」

「えっ…」


思わず背筋が凍る。

あの時、人気が少なかったのに。全然気づかなかった……。



広瀬さんは、神崎くんが倒れている、道路の人混みの方を見る。

私もつられて、そっちの方を向いた。


「ずっと私は、コウタくんの無様な姿が見たかった。嫌な気持ちをさせられたから。あなたもそうでしょ?」

「………広瀬さんはどうして彼に、殺意があったんですか。どうして彼に執着するんですか」


その言葉に対して、彼女は私の方を、じっと見つめる。

名前呼び。やっぱり気味が悪い。この人、特に神崎くんに関わってるけど……何で彼にこだわるの?



「言ったでしょ?嫌な気持ち・・・・・をさせられたから」


広瀬さんは、さっき言った言葉をそのまま返した。


「……人間はいつも自分たちのことしか考えてない。どんなに助けを求めていても、みんなその人を避ける。私もその犠牲になっただけ」


広瀬さんの左眼は、妙に白く輝いていた。

言葉に反論しようとするけれど、その直前に去っていってしまった。




……彼女の言っていたことは、どういう意味なんだろう。

私は一つ、神崎くんのいる方を見て、ため息をついた。


「……広瀬さんと神崎くんに、何があったのかな」



そう呟くと、それを聞きつけた人が、目の前にやってきた。


「____本人に問い正してみろ」


黒いガスマスクの人が、私の目の前に立ち、そう答える。

私は、神崎くんを救うためには、神崎くんをもっと知りたい。


「……あの。もう一度、私にチャンスをくれますか…?」

「………。」

「知りたいです、私。神崎くんの事、もっと。もしそれが、聞くに堪えないイヤな過去だとしても」

「……………。」

「えーと……」


ハッキリと、胸の内を明かした。

けど。これは、完全に無視されてる……?



そう思っていた矢先、『タイムスピナー』たるものを、黙って直接渡された。

直後、ガスマスクの人は、ここから退散するように立ち去っていった。あの人、何者?神様?


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□



スピナーを回した直後、私は辺りを見渡す。


近くには、神崎くんの姿。ここは屋内みたい。

ということは………もしかして、図書館?



11月2日。学校図書館で神崎くんと、机のイスに隣同士で座っていた。


死んだはずの神崎くんが目の前にいるっ!?

……うん。過去に戻ってるから当然だよね。

確かに予想はしてたけど、実際に目撃するとびっくりしてしまう。


「……七瀬さん?えっと…。話って、何かな…?」

「えっ…?____あっ!!!」


そうだった。この時、神崎くんと話がしたいって、私から誘ったんだったっけ。

わざわざ一緒になってくれたのに。かたじけない!!



けど、ふざけてる場合じゃない。

神崎くんに思い切って、こんな事を聞いてみる。



「神崎くん。質問しても大丈夫?」

「うん」

「イヤな質問、かもしれないけど」

「いいよ、全然」

「……広瀬さんとは、どういう関係なのかな」

「えっ?七瀬さんって、広瀬さんの事知ってるの…?」


神崎くんは、驚いた表情だった。中学の友達の名前を、私が言ってたら困惑するよね。

でもやっぱり、何かフクザツな事情がありそうな顔でもあった。

彼はしばらく考えた後、私にこう打ち明ける。



「……僕が中学の頃に、いじめられていた子がいた。それが、広瀬さん。

僕は、彼女のいじめから、ずーっと目を背けてたんだよ」


彼は、複雑そうな表情をしていた。

真っ黒な罪を、これまで抱えてきたように。





___ううん。正直な事を言うと……

私にはまるで、「それ以上のコト」を想うような面持ちに見えた。


そして、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。知りたいけど、知りたくない。

だってそれが本当・・だとすれば…… この想いは完全に砕かれそうで、私にとって不都合になるから……

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