七瀬編

私の勇気をだして

私、この気持ちを言ってしまっても、後悔とかしないかな。






…………。




うっ……緊張する。


病院の待合い室の真ん中。私はただその場で、ぼーっと立ち止まっていた。

胸をそっと両手で抑えながら。……うう、この心をもし誰かに知れたら、恥ずかしくてこの場にいられないかもしれない。



今日、高校の大切な友達が意識を失って入院したと、担任の教師である冴島さえじま先生から聞いた。

この病院に入院していると聞いて、学校終わりに来てみたんだけれど…

入院した友達は、村野純むらのじゅんくん。


いきなり「いじめ」だったなんて言われても、突然すぎて訳がわからなかった。

前に神崎くんがそんな事を言っていたのを、ただちょっとだけ聞いたことがあっただけだけ。



…いやいや。そういう事は後で考えるとして、早く村野くんの病室に行こう。

そう思い、受付の方に向かって歩きだした。






しばらく廊下を歩いて、とある扉の前で私は立ち止まる。

これを開けた先が、村野くんの病室のはず。


……ええと、この部屋で間違いない…よね?

いやいや、病院の受付の人にも確認してもらったから、絶対そのはず。



また同じように、高鳴る胸を抑えた。

やっぱり。本当のことを言うと、私…ちょっと怖い。


村野くんは辛い経験の直後だから、心身ともに傷つけられている。

もし万が一、私が慰めようとして変なこと言っちゃったら、余計に彼を傷つけちゃうかも。



やっぱり、やめておいた方が、いいんじゃ………



_________ガラッ、バタン。


「ひ、ひいいっ!」



それは一瞬だった。突如目の前の扉が開き、飛び跳ねて驚いてしまった。

目の前には、とある『男子高校生』が現れる。


「えっ七瀬さん!?」



………それは、神崎くんだった。

神崎浩太郎かんざきこうたろう。最近知り合った私の友達で、村野くんの親友でもある。



制服や見た目は整っていて、真面目な印象が外見から見て取れるけど、性格ももちろんそう。

長くも短くもないその黒髪は、全体的に整っている。

けれどたまに髪の毛がちょっと跳ねている所が、たまに不器用なのかな?って思ったり…。


声もちょうど、ほどよい低めかつ中性的な声。だから、今の言葉も心地よく耳元に入ってきた。



普段はほとんどポーカーフェイスなんだけど、突然現れた私に、唖然とした表情で驚いている。

いやそれより!?私の大げさに驚いた姿、まさか神崎くんに見られるとは思わなかった……めちゃくちゃ恥ずかしい。


……因みに「七瀬さん」というのは、私の名前。七瀬実花ななせみかです。


「ええ、と…こんな所で何してたの?」

「そ、そのぉ…邪魔しちゃわるいかなぁ、と思って……。大丈夫?村野くんは」

「うん、大丈夫だよ村野は。じゃあ僕は帰るね」


その様子からして、村野くんは無事みたい。私はため息をついて安堵した。

もし神崎くんがいなければ、命も助からなかったかもしれない。本当は分からないけど。だけど村野くんが無事なのは…


「よかった…。」



私の真横を通り過ぎて、黙々と去っていく神崎くん。

もう家に帰るのかな?よし、盛大に見送らなくては。


「あ、うん、じゃあね、気をつけてね〜!」


私は両手を精一杯大きく振って、神崎くんを見送った。と、同時に。



「あ゛!いだ……!!」


つい両手を振りすぎて、「ゴンッ!」と力強い音。左手の甲を扉の縁にぶつけた。

じんじんと痛む手をもう片方の手で押さえる。うっ、我ながらなんて醜態を。


彼の姿が見えなくなった直後だったのが、ちょっとした不幸中の幸いだったと思う。

こんなドジな所を見られては、明らかに変人だと思われそうな気がしたから……っていうか、もうそう思われているかも。うん。


私は深呼吸し、手の甲をぐいと押さえ続けたまま、そっと村野くんの病室に入っていった。




室内のベッドに、村野くんはいる。

元気そうににやにやとした満面の笑みで、私のことを見ている。

それも、不自然なほどに。心の中で「え?」と思ってしまう。


「……あざといなー」


いつもの軽い口調で言う、村野くんの言葉。あれ。もしかして、今の所見られてた…??

それの意図は分からなかったけど、悪口ではない言い方だった。あと、少しだけ誤解があるような気がする、けど……


「あ、あの、違うよ!?今のはわざとじゃなくて、ちょっと、何と言うか……」


あたふたと言い訳。その内容は、完全に怪しくなっちゃうものだったけど。

そんな風に一方的に話していた合間、思わぬ言葉が、村野くんの口から発せられた。




「お前、神崎のこと、好きだろ」


________っっ!?!?



ガッと咄嗟に俯く。私の頭の中の何かが、沸騰するようにこみ上げてきた。


「あーこれゾッコンだな、お前の反応でぜーんぶ理解しちゃった」

「そ、そんなわけっ!!」

「…あのさ、俺がそこまで鈍感だとでも思ったか?おまえの神崎への反応見てると、もはや百年前からでも分かってたわ、ははっ!」


え、うそ……


熱が冷めた顔をゆっくりと上げると、村野くんに満面の笑みで迎えられる。

さっき神崎くんに対して、めちゃめちゃ両手を振ってた所で確信されたんだね、きっと。


私は恐らくかなり顔に出やすい。動揺を隠しきれないのは、昔から自分でも分かっていた。

でもまさか、村野くんに気づかれてしまう程だったとは思わなく、今の私、多分放心状態だと思う。



……そう。村野くんの言う通り。

私は神崎くんに出会う前、今年の春からずっと、片思いをしていた。



あ!!こんな事、自分でもなんだか怖くて恥ずかしい。

だって私が、神様のような神崎くんと釣り合うわけがない。


「……いや、ごめんなさい。この事は内緒にしてて…」

「えー?なんだよ、それ?さては七瀬、おまえ勇気ねーんだろーがっ」

「ち、違うよ!?だって私、二度も神崎くんに告白しかけた事あったんだよ!?」



村野くんは私を見て、じっと眉をひそめた。

一度目は、家が火事になる直前の歩道橋。二度目は、神崎くんが入院していた病室で。


……けど、村野くんには一理あるかも。私には勇気がない。不安なのかも。

私が神崎くんを前々から知ってたって、彼にとって私は、最近できた友達でしかない。

家が放火された時、助けてくれた命の恩人だけれど。それ以外を見れば、単なる友達。


自分でも情けない。釣り合う釣り合わないの問題じゃなくて、もしかすれば本当は、ただ勇気が湧かないだけ……?




ガラッバターン!!


ぐは!?!?


「だ……はぁ……っ!だいじょうぶ!?村野っ!!」



急に扉が開き、『バターン!!』と強い音。私はその一瞬で、心臓が締まる感覚がした。

バッと驚いて振り返ると、そこには息を切らして心配そうな表情をしていた、私と同じ制服姿の女子高生がいた。


長野穂花ながのほのか。学校の女友達で、流行が大好きな一年生。

あと今みたいに、たまに破天荒な時もある。



「おまっ…!病院走ってきたのかよ!?あぶねーぞ!?」

「え……はぁー!?あんたが病院送りにされたって聞いて、私もう学校からすぐ走ってきたんだけど!?!?」

「マナーきちんと守れよ!!!」


長野ちゃんはさっきまで心配そうにしてたけど、村野くんの突っ込みがパンパーンと炸裂。いつもの調子・・・・・・に戻った。

村野くんの言う事にうんうんと納得。えーと、看護師さんに注意とかされなかったの??


「ほんっと心配したんだから……ん?」



長野ちゃんはようやく私の存在に気がつき、視線を向ける。

一瞬驚いた後、ニヤリと口角を上げた。恐ろしい……思わず背筋が凍った。


「あ!!ななちゃーんっ!!」

「ひっ……ぎゃあっ!?!?」


私に気がついた途端、可愛らしく弾けた声と裏腹に、タックルの如く猛烈にハグしてくる長野ちゃん。

き、きつい!やっぱ腕の力、強いよね!?

スラリと細い体型だけど、さすが長野ちゃん。部活バトミントンの特訓でよく鍛えてる……。



「好きー!!」

「もうその辺にしてやれって長野!七瀬イヤがってるじゃんか」

「うるっさい!私は将来ななちゃんと結婚するの、だからねぇー…離さない!」


そんな約束、私一言もしてないよ!!と、心の中で思った。

私は身動きも取れずあまりにも困惑していると、長野ちゃんは名残惜しそうに離れてくれた。



「はぁー…あっそーいえば!さっき神崎くん、だっけ?通路ですれ違ったような気がする」

「そうなのか!さっきこの病室に来てたわ。」

「やっぱり。神崎くんって、ほんとイケメンだよね?ね?ななちゃんも思わない??」


急に話を振られ、うんうんと言って何度も頷く私。何やらタイムリーな話題。


「だよね!?彼女とかいるのかな……なんなら私、今度告っちゃってもいいけど!あははっ!」



その発言に、動揺を隠せず、思わず「えっ……!?」と声が出た。

微かな声に気付かれたけれども、二人に何気なくチラ見されただけで終わった。


長野ちゃんは確かに、とにかく恋愛に貪欲。

言い方だと多分、半分冗談のつもりなのかもしれない。け、けど……もし万が一取られたら、って、まって違うよ神崎くんは、誰のものでもないし……!!



「えーと、ホノカ、ダメダメ。あれは七瀬のだから_____あっ」


私が、困惑げな表情をしていた最中だった。

村野くんは平気な顔でそう言った直後、しまったと言わんばかりの表情に変え、口元を押さえた。




……え。村野くん…!?!?!?


「はぁ?どういうコト?…ん、それってもしかしてななちゃん、神崎くんのことが、す……?」



村野くん、口が軽い!!早くも人にバラしちゃったよ!?

よりによって、他人の恋愛に対しても容赦なく食いついてくる長野ちゃんに…!


既に彼女は私を、疑いのような目で見つめている。

…抑えきろうとしても、顔の熱がどんどん込み上げてくるのが自分でも分かる。言い訳を考えねば。言い訳を!!


「……あのね、長野ちゃん、これは…ぁ…ご、ごかいで_____」

「はぁ──!?!?う、嘘!?そーゆー事!?それだったらもっと早く言ってよ!

やばいやばい!!じゃあさ、いつ告るわけ?てかもう告った?チューとかした?いやそれは早いかぁー!」



うわわぁ…!これは、長野ちゃんの大技・マシンガン質問攻め。内容も、胸が高鳴りすぎて困惑するものばかり。

結局は聞く耳を持たない長野ちゃん。ただただ「恋愛」という未知の存在に、目を光らせて興奮していた。


「あのね?こんな恋愛経験すらない私からの、地味ーなアドバイスだけど。告るなら早めにしておいたほうがいいよ?万が一の時があれば、会えなくなるかもしんないから」


長野ちゃんは突如、真剣な顔をして私にそう言う。

そうかな。けれど確かに、ずっと一緒にいられるとも限らないもんね。



万が一会えないとすれば……例えば、急に別の学校に転校したり?急に留学するとか?いやそれはフィクションの話かな。

それ以外にも、あり得るとするのならば……この世から、消えちゃう……とか。



「あーごめんね!私、こんな暗い空気にさせちゃった!ホントごめん…!」

「…はぁ?だからと言って、早まるのも無理あんじゃね」

「ええー、じゃあななちゃんはどう?神崎くんのこと、好きなんだよね?」


長野ちゃんが私にそう言った後、村野くんも私の事を見る。

そう言われると、妙に緊張して口が硬くなる。けれど二人は黙々と、もじもじしていた私の返事を待ってくれた。




……最初はほんの一目惚れ、だった。



桜が咲いていた、二年生ぐらいの時期かな…?前の席にいた同級生の男の子が目についた。

整った制服姿に、全体的に優しい印象をもっていた黒髪の美少年。


あの日、初めて神崎くんを見た時。私の胸がきゅっと締めつけられた感覚に陥ったんだ。




「…好き。私は本気で…神崎くんが……すきです。」


左胸に両手を当てて私はそう言った。心臓は、ばくばくと鳴っていた。

それに頬がだんだん熱くなる。そして二人は、そんな私を見て唖然とする。



「きゃぁー!!うわ、うわわわ!可愛すぎる!二人ともお似合いだわ!!」

「神崎って、いいチョイスすんなぁ?ちょっと真面目で硬い性格だけどさ、俺はアイツの親友として応援するからな、七瀬〜っ!」


村野くんにそう言われて、私はちょっとだけ恥ずかしくなった。


「で、でも怖いよ、私。まだ神崎くんとは仲良くなったばかりだし。そんな関係にはなれないっていうか」

「へー?まあそうだよね、誰だってそうだよきっと。けどね?そんなもの、これから少しずつ関係を築いていけばいいじゃん!」


長野ちゃん…。真剣な表情をされると、何故だか説得力があった。

これから築いていけばいい、それは確かにそう。嫌われたらどうしようって、不安だけど…


「…いい?ななちゃん。それである程度イイ感じになったら、思い切って告っちゃうの!

ゆっくり攻めてくの!でないと後悔するから。もし万が一落ち込んだ時とかは、私たちに電話して!」



長野ちゃんに、お節介ながらアドバイスされる。いやお節介というのならさっきからずっとそうだけどね。

……けれど、おかげで決意は固まった。もし、ある程度仲良くなれたなら……いつかきっと、出来るだけ早く神崎くんに、想いを伝える。


「……ありがとう。村野くん、長野ちゃん」


一言そう感謝を言うと、微笑む村野くんと、「いいんだよ!」と頷く長野ちゃん。



でも神崎くんは、私の言葉を、受け入れてくれる?

イヤイヤ、そんな事を今考えたって、しょうがないよね…。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日。教室の席に座っていた私は、その場で辺りを見渡す。



今日はたしか、村野くんは病院で欠席。

お見舞いに行った時は全然平気そうだったけど、これまでの怪我が酷かったらしく。多少の入院が必要、だとか。


村野くんも私みたいに災難だったね。本人は、神崎くんが助けてくれたとか言ってる。

あ、そういえば前に、私が放火に遭って部屋の中にいると、炎をかき分けて彼が助けてくれた事もあった。


いや、それにしても。なんで神崎くんはあんな咄嗟の反応ができたのかな?

未来を読む力があるとか?いやそう言うとほんとに馬鹿みたいだけど……。すごいよ、ほんとに。




……あれ?


しばらく辺りを見渡していると、神崎くんがこの室内にいなかったことに気づく。

どこに行ったんだろう?ちょっと気になったので、私は先生に聞くことにした。


席を立ち、冴島先生の席の前に来る。



しかし先生は、疲れたような表情をしながら、頬杖を突いてため息を吐いていた。

左下の方を向いてるし、どうやら私の存在に気づいていないみたい。


「……先生?」

「___あっ!!は、はい!どうかしたの?」


目の前の私の存在に気づき、あたふたして慌てながら姿勢を正す。

ちょっと疲れてるのかな…?私は心の中で、冴島先生の事を心配した。



「え、ええと…神崎くんはどこに居るか、知りませんか?」

「あれ?神崎くん?ええ、とね…もしかしたら今日も、学校図書館の方にいるんじゃないかな?いつもそうだから」


学校図書館…。

そういえば休み時間って、確かに神崎くん、学校図書館にいるよね。勉強熱心な所もいい…。

私はお礼を言った後にその場を去ろうと振り返ったけど、途端に気になって立ち止まり、再び先生に体を向けた。



「……どうして、ため息をついてたんですか?」


机の書類に変えていた冴島先生の目線は、私のほうに戻る。


「えっ。ああ、ちょっとね。色々あったでしょ?ここ最近。厚見先生が、あなたの家を放火したって聞くし、学校内のいじめが発覚したし。

事件真っ盛りだったのに、なんだか私、何もできなかったから…すごいショックだったの」



あー、なるほど。先生は、自分のことを責めてるんだ……優しい人なんだ。

無理はしないでくださいねと心配の声をかけると、先生はいつもの調子を取り戻した。




学校図書館に着くと、神崎くんはいつも通り机に座り、勉強をしている。

……話し掛けづらそうなオーラを放っていた為、外の廊下から様子を見ていた。


うっ…!ど、どうしよう私、もう既に心臓がばくばくして、破裂しそう!!


下手に邪魔してしまったら、「僕の勉強の邪魔をしないでください」

って言われて絶交されてしまうかもしれないし!?



私はその場から、ウサギのように逃げ出してしまった。


うう、自分のヘタレさが憎い。けれど今の私じゃ、神崎くんに話しかけられるかな…。

もう少しそのチャンスが訪れるまで、待ってみた方がいいよね。


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そして、放課後のクラスの教室。そのチャンス・・・・は、すぐに訪れた。


「あれ、りんちゃん。神崎くんと何話してたの?」

「あっ実花ちゃん!今から神崎くんと一緒に通学路歩いて帰らないかなーって相談してたんだ」



この黒髪ロングの女子高生「りんちゃん」。彼女の名前は、蒼凛あおいりん

友達の中で唯一、女の子同士で意気投合する仲間。とても仲が良く、私の大大大親友。


普段は一年生なんだけど、この教室にわざわざ来てくれたみたい。

神崎くんの席の目の前に立ち、二人で何か会話していたので、気になって話しかけてみた。


それにしても一年生のりんちゃんが、二年生の神崎くんと一緒に帰りたいだなんて、珍しいな。



「もし良かったら、実花ちゃんもいっしょに帰る?」


りんちゃんに、今から私たちで一緒に帰らないかと誘われる。

ふと神崎くんの方を向くと、私を見つめてじっと返事を待っていた。


その真顔の眠そうな瞳が、どこかドキッとする……。


神崎くんを横目に見てると、変に動揺してしまった。

すぐに私は視線を逸らし、りんちゃんの方を向いてぶんぶんと頷いた。



「ん!ありがとう実花ちゃん!やっぱり人数が多い・・・・・方が楽しいもんね」

「「……ぇ?」」


私と神崎くんはその発言に驚く。

もしかして、他にもいるの!?その話、聞いてないけど……神崎くんも知らないのかも。





私と神崎くん、りんちゃんで校舎の外に着くと、見覚えのある男子生徒が一人だけいた。


「あぁ゛…!?まじで来たのかよ」


この身長の高い、ガラの悪そうな男子生徒。名前は、中島蓮木なかじまれんきくん。

黒髪のせいか、神崎くんと少し似たような共通点がある気がする。

その鋭い目つきと、身長が高いという点が違うけど。うう、私にとっては怖い。



「ありがとう、中島くん。待っててくれてたんだね」

「うっせぇな…。俺だって用事があんだよ、用事が」


不機嫌そうな様子の中島くんを恐れず、りんちゃんはやっぱり明るい笑顔で彼と話していた。

私からすれば、まるで猛獣を操る猛獣使いのよう。二人ともずいぶん交流があるみたい。




下校中は、狭い歩道を一列に並び、中島くんを除き、みんなで色々な事を話した。

もうすぐ迫る冬休みの宿題とか、流行りの曲の振り付けとか?


…ちなみに中島くんはその話題に入らず、私たちから距離をとって歩いていた。


「あーそうだよね!…ん?神崎くん、どうかした?」

「え、いいや、何も。僕のことは気にしないでください」


りんちゃんが気を遣って、神崎くんの方に振り向く。顔を歪めていたけど、声をかけられてハッとした。

そういえば、りんちゃんと二人で流行りのダンスの話をし始めた時から、神崎くんは、暇そうに考える素振りをしていた。


…どうかしたのかな?

気になってはいたけど……りんちゃんと話すことに集中してて、本人には何も聞けなかった。




その後、りんちゃん、中島くんと別れる。

静かな住宅街の帰り道、神崎くんと、また二人きりになってしまった。

考えてみれば、しばらく帰り道は同じ。もしかしたらこの瞬間がもっと仲良くなれるチャンスかも。


「神崎くん。さっき何考えてたの?」

「…え、ううん、大した事じゃないよ。昔のこと考えてただけ」


神崎くんの昔…?それって一体何だろうと思い、どうにか話題を広げてみる。


「昔のことって何?」

「…うん。僕は昔、色々あってさ。小学校の頃は幼馴染が死んで、中学は友達が虐めに遭ったんだ」


……え!?!?

意外と闇が深そうな過去に、驚きを隠せなかった。同時に黙り込んでしまう。

さすがに詳しいことは聞けなかったけど……幼馴染が死んで、友達が虐めに遭ったって。そんなに暗い過去だったんだ。



もしかして、私たちが危険に晒された時、やけに神崎くんが本気だったのはその為…?


「_____ぁ、ごめんなさい…!変なこと聞いて!」

「ううん。……僕は、またいつか二人の様子も見に行こうと思ってる」


二人の様子を見に行くって事は…、お見舞い……かな?

神崎くん、真面目な所もあるけど、きっとそれ以上に友達想いなのかな。



二人でそんな話をしていると、あっという間に歩道橋に着き、神崎くんと別れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「え?それで私に、アドバイスってわけ…?!」


翌日、学校の休み時間。

半ば無理やり長野ちゃんに女子トイレに連れ出し、少し唖然とした顔をされる。


「ごめんね、こんな所に連れてきて。で、でも私不安だよやっぱり…!」

「……うーんそうだねぇ…。もういい。なら私が恋の極意、一から教えてあげるから!」


恋の極意って、長野ちゃん。前に恋愛経験は、一切ナシって言ってなかった…?

けどアドバイスを貰う立場でそれは言える訳もなく。長野ちゃん流のそれを教わった。




それから約数分後、恋の極意アドバイスは続いていた。


「いい!?恋は一瞬の隙を見計らってアタックするの!!わかった!?」

「な、なんだか、サムライ映画みたいだね...」

「何言ってるのかよく分かんないけど、つまりそういう事!」



急に熱く語られてしまい、ぐっと黙り込んで頷くのみ。私も流石に耳や頭と首の筋肉が疲れ果ててしまった。

恋愛経験ナシって言ってたのに、いろんな形や考え方を知ってる長野ちゃん。

そもそも、恋って何?脳内が恋という文字でゲシュタルト崩壊する………



「じゃあさっき教えた事、早速実践だから!いい?」

「ふぇ…!?」


突然の発言に、驚いて変な声が出てしまった。

えっ実践!?さっきのって……まさか!?




私はクラスの教室に戻れば、神崎くんの席には彼がいる。

卓上にある教科書を見ながら、彼は顎を手に当てて考え事をしていた。


あの神崎くんに…「デートに誘って」ってこと…!?


私は後ろを向くと、長野ちゃんが入口を阻んでいる。

長野ちゃんは私を見て、ニヤニヤと笑っている。……ちょっと怖い。



こうなったら後に退けない。

私は重い足取りでゆっくり、神崎くんのいる方へ向かった。


「……ん、どうかした?七瀬さん」


私は神崎くんのテーブルの前に立つと、思い切って口を開いた。

さすがにこんな人気のある場所で告白できないし、予定だけ聞いておく。


いつも普通に話してるのに、こんな時に限って緊張する。



「あ…、あああ、ああ、あの…!きょ、今日の予定空いてますかっ!!」

「えっ?ごめんなさい、積もってる宿題が山ほどあって」


玉砕。即答でした。私はずーんと落ち込んでしまう。

いや、そうだよね。神崎くんだって忙しいだろうし。放心状態のまま、教室の外に向かおうとした_____



「あっでも、明日の学校終わりなら空いてるよ」



えっ…?

予想外の言葉に、私は心の中で驚いてしまう。


「じゃ、じゃあ学校終わりに、いつもの公園で待ってます!!」

「うんいいよ。一回家に帰るから、遅くなるかもしれないけど」

「いや、ぜんっぜん!……楽しみに待ってるね!」


私はそう約束を交わした後、その場からすたすたと逃げるように立ち去った。

神崎くんの前で、喜びを表情に出し過ぎまいと。……そして。



やったあぁぁぁぁ……っ!!!


私はその心の喜びを漏らすように、小さくガッツポーズをする。

ふと長野ちゃんを見ると、私に向かって親指を上げていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今日は、11月1日。神崎くんと約束をした日。

はー、と息を吐く。更にもう一度。……ううう、ほんとに上手くいくのかな。

神崎くんとは出会って間もないし、さすがに……でっデートだなんて。いやデートなのかも分からないし。デザート?何言ってんだろ。



『恋愛に早いとか遅いとかないっ!その切なる想いが、相手の心を突き動かすの!!』


…と、昨日言われた、恋愛未経験者(16)さんのアドバイスを思い出した。


で、でもさすがに早すぎないかな?やっぱもうちょっと仲良くなってからじゃなきゃ…。

そんな不安に苛まれていると、遠くに早走りしてやってくる神崎くんの姿が見えた。



「……はぁ。ごめん、待った?勉強が全然終わらなくてさ」

「う、ううん!全然だよ!」


私服姿の神崎くんが私の元にやってきた。余裕を表に出そうとしたけど、高鳴る心臓。

きゃーかっこいい…!黒のパーカーと茶色のジャケットを、それはそれは美男子高校生のように着こなしている…


ど、どうしよう。学校終わりにすぐ公園に来たから私、全然制服姿だ…。

制服も悪くないんだけど、今はもうちょっとオシャレすべきだった。

せめてもの強がりに、オレンジ色のマフラーだけは着けてきたけど……ファッションすら完全敗北な感じ。



「それで、えーと。これからどうする?」

「うぇ…!?」


本日二度目の大失態。まだ予定を決めてなかった。

服を着替えたり、これからすることを定めたり……神崎くんみたいに、もう少し時間を有効活用すべきだった。


「何も決めてないのなら、散歩にでも行こうか?

「えっ!?そ、そうだね。わかった。…ごめんね…?」

「ううん。七瀬さんと二人きりでいるだけでも、僕は十分楽しいから」


どきっ!!

友達として言った発言だろうけど、神崎くんはちょっと、私の心臓に悪い…。

多分、乙女ゲー、少なくとも現実で言われた事ないセリフだ。ハッ、まさかもしかすれば、私を困らせようとわざと言って_______




とにかく。心の中が早口で騒がしいので、早速行く事にした。

車が行き交う道路の歩道を、二人で静かに歩く。手を繋げそうな距離感だったけど、それは恐れ多い。ただ近くで彼の横顔を見ていても十分幸せだし。


「……あの、神崎くん」

「え?」

「そ、その、すごい変なこと聞くね?つ、つつ……付き合ってる子とか、いるのかな?」



背中で拳をぎゅっと作り、緊張をほぐしながら思い切って訊いてみた。

これで誰かいたら、大人しく諦めるしかないよね…


「ううん、いないよ。僕って昔からあんまり、恋愛とかはした事ないんだ」

「そ、そうなんだ!へー!…い、意外だなぁ…」


うそっ…!?ちょっと意外で、驚きが顔に出ちゃったかも。


こんな美男子で優しいのに。恋愛した事すらないなんて、世の中って全然分からない……。

もしかすれば……チャンスとか、あるのかな……なんて考えはしたけど、逆に考えれば、何で恋愛した事ないんだろう?




そんな風に考えていると、分かれ道の歩道橋に着く。

神崎くんが何かを考え込む仕草をしていたけど、その横顔をまじまじと見ていたら、私に気づいてこっちを見てきた。


「あ……もうそろそろ帰ってもいいかな?」

「えっ」


神崎くんは、私を見てそう聞く。一瞬ぐらいしか居られなかったのに、もう帰っちゃう…んだ。

…ちょっと待って。確かに既に一時間ほど経ってるし、そろそろ日が暮れそう。


寂しい。けれど_______




「……うん、いいよ。ばいばい」


私は小心者だった。神崎くんは手を小さく振った後、背中を向けた。

そして時間が経つにつれ、彼の背中がどんどん遠ざかってゆく。


何故か心が、どーんと重くなった。

きっとまた会えるよね?また明日・・も、神崎くんと会えるよね…?


けれど今日も私、何も言えずに終わっちゃうのかな……







でも……でも…………



………でも_______!!!




「______神崎くん…っ!!!」


その瞬間、神崎くんは立ち止まり、唖然とした顔でこっちを向いた。

思いを伝えたい。ただそれだけの願いだけで、緊張して唇を震わせながら、私は……

今このタイミング。私の……『私の勇気をだして』。




「わたし……!!神崎くんの事が………すきっ!!!」


その日はじめて、勇気を振り絞った。




「分かってますこんな唐突でばかみたいな事を言ってるのは!

でも、好きなんです、ずっとずっと神崎くんの事が好きで、自分が抑えきれなくって……!」


私は熱くなっていた顔を俯かせる。


「……わ、わ…わたしと、付き合ってくださいっ!!!」


言ってしまった。完全に、言ってしまった。

今この時、世界が壊れてもおかしくない。タイムパラドックスが起こって時間崩壊した方が、私の心にとっては何百倍もマシ。

もしかすれば今、神崎くんと一緒にいすぎて私の頭がおかしくなったのかもしれない。まだ告白しないって、心では決めてたのに……!!



けれど、後悔はしたくなかった。紛れもなく本物の言葉を、どうしても神崎くんに突き付けたかった。

そう。単なる自己満足だけど、本当の思いを打ち明かした私は、後悔なんて……




「…顔をあげてください」

「……えっ」


いつの間に目の前に立っていた神崎くんに話しかけられる。

私はゆっくりと顔をあげて、彼の顔を見た。




その表情は……いつもより僅かに、どんよりと曇っていた。


「僕は、君には似合わないと思う。だからそういうの、抜きにして」



返事はただ、一言だけだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日。自室のカーテンは閉まっていて、朝なのに真っ暗。

そんな暗い部屋の中で、私はただ布団をかぶってベッドで眠っていた。

起きようとしても、起きられない。ううん、起きたくないのかも。


ガチャ。



「実花、もうすぐ学校だぞ」


すると、部屋の扉を開けてお父さんが、私の様子を覗いてくる。

だけど動く気力も、喋る気力も、何も湧かない。

枯れた植物みたいに、私は布団の中で微動だに動かなかった。


「高校には行かないのか?」

「…………。」


やっとの思いで重たい顔を頷く。その意図は見えたらしく、ちゃんと分かってくれたみたい。


「……今日は疲れてるみたいだしな。久々・・にゆっくり休むといい」



……ガチャ。


それに気付いたお父さんは、扉を閉めて、仕事に出かけていった。

ああ、「久々」……そうだね。私が学校を休んだのって、何時ぶりかな……。



………辛い。


今の時間が、私の中でもっとも辛くて苦しい。

どうして…どうして私は、何であの時、あんな事を言っちゃったんだろう。



『僕は、君には似合わないと思う。だからそういうの、抜きにして』


昨日、神崎くんにそう言われたその直後、恥ずかしさと屈辱感が込み上げて、酷い事を言ってしまう。

極めつけには、持っていた学校の鞄も投げつけてしまい、その状況に驚く神崎くんを置いて、私は逃げるように立ち去った。



……何もかもが、最悪の結果だった。


布団の中でひとりの中、大粒の涙が、嫌でも溢れ出てしまう。

その布団には、涙の粒が染み込んでしまう。


こんな事で学校を休む自分に、酷いことをした自分を、永遠と責めてしまう。

そう、「後悔」してた。心の中では後悔しないって、あの時は思ってたのに。

何を考えても結論は出ず、ただ時間だけが過ぎていった。


───────────────────────



ぐぅー…


お腹が鳴る。細くした瞳を開くと、私はやっとの思いで、目覚まし時計をこちらへと向けた。

その時、だるい体を起こし、腕を使い、意識をそれに向ける必要があったけど。時間を確認するためにはそうするしか無かった。


…もう夕方みたい。時間が経つのも早いし、こんなに空腹なのも当然だよね。

冷蔵庫の中に、何かあったらいいけど……



重い体でなんとか必死に立ち上がり、キッチンに向かう。

鏡越しに、桃色の全身パジャマ。ちらっと顔に目をやると、疲れた表情と荒れきった髪。絶望の姿の私が映っていた。


現実から目を逸らし、扉を開けた直後の、窓から差し掛かる夕日の光が眩しい。

なんだか今までにないほど、目がちかちかしてて変な感覚___



ピンポーン。


その時、この部屋のチャイムが鳴った。


誰だろう…。もしかして、神崎くんじゃないよね……?

私はすかさず玄関に移動し、扉のドアスコープから外を覗く。因みに万が一、また放火犯が現れた時のために、玄関にある傘を手に取った。



りんちゃんと、後ろには退院した村野くんがいた。

……よく考えれば、そりゃそうだよね。神崎くんはその場にはいない。


私はすぐにその扉を開けた。



「大丈夫か?七瀬っ____ってうぉぉおおい!どうしたその髪の毛!?ボサボサだぞ!?」

「え、実花ちゃん!?すごい目が赤いよ…!?大丈夫!?」

「こ、これは予想以上に深刻だな……。」


二人は私を見て、想像よりも驚いている。どうやら私の事情は知ってるみたい。

りんちゃんと村野くんは制服だし、学校帰りかな。……二人の顔を見れて、すごく安堵した。


「……っ……!り…、り…!りんちゃあ゛あ゛あ゛ん!!!」


とっさに目の前のりんちゃんを抱きしめ、流し足りなかった涙が、ぽろぽろと流れだす。

そんな突然の行動にもかかわらず、半ば焦られながらもそっと抱き返してくれた。



ぐうぅぅー……


お腹から、さっきよりも大きな音が鳴った。

すぐにその音は二人に気づかれ、驚いた顔をされる。


「………おなか……すいた……っ…!」


涙を流しながらそう言うと、二人は可笑しそうに笑った。



「ふふっ!よかった!この時のためにね…オムライスの材料を買っておいたんだ!」


私の大親友、りんちゃんの優しさと温もりに、ずっと癒されていたかった。

その後、作ってくれたオムライスを食べた後、部屋で三人きり、世間話や昨日のことを話した。案の定、癒されて何もかもスッキリした。

癒し度マックスで全快。これも、二人のおかげだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、翌日。今日は休日の土曜日なので、お父さんと朝ごはんを食べていた。


「……食器が増えていたが、誰か来たのか?」

「えっ?……あ!ごめんなさい!」


あ、そうだ……!オムライスの食器!

うう、この反応。許可なく友達を家に入れちゃったら、いくらなんでも失礼だったかな……?



「いいや、好きにしてくれ。実花も元気が湧いたようだしな」


え。意外な反応…?それならよかったんだけど……チョット強面だけど、お父さんの思考回路ってよく分かんない。

けれど次からはもうちょっと気をつけなきゃ。一言でも「友達が来た」って連絡しておかないと混乱するよね。


「つ、次からは随時連絡取るね。」

「……ところで、なんで昨日高校を休んだんだ」

「えっ」


あ……さすがに「好きな人に告白して振られて」高校を休んだとも言えないし。

きっとそんな事を言ったらお父さん、怒るかな…?いや、怒らないかな。


けれどしばらく、この部屋が静かになる。響くのは、食卓の箸の音だけ。

こ、この空気には……耐えられない……。



「ご、ごめんなさい!本当は、好きな人に告白して振られて……!」


うう、ついつい本当の事を言ってしまった。

お父さんは何も言わず、目元を暗くし、黙々と朝ごはんを食べ続けている。え、怒ってる!?



「……なんて言って断られたんだ」

「…え?」

「だから、どんな風に告白を断られたんだ」


ようやく私を真剣に見て突然、真顔でそう言われる。ちょっと意外だった。



「え、ええと…僕は君には似合わない、って言われて…」

「言い方が引っかかる」

「ぇ…?」


引っかかる……?

名探偵のように顎に指を当てるお父さん。それっぽい帽子を被れば、完全にそんな雰囲気。


「まあ、単なる憶測だが。その人は、自分はお前には似合わないって言うほど、自分に自信を持っていないんじゃないか」

「え?……あっ」


「自分に自信を持っていない」……?盲点だった。

たしかにそう言われてみれば、そんな風にも聞こえてくる。昨日は村野くん、「アイツはあんまり人の気持ち分かんねーんだよ!」って言ってたけど。


万が一そうだとして、なんで自信・・を持ってないのかな……?



ピンポーン。



チャイムが鳴ると、お父さんは玄関の方に向かった。

そして。しばらく経つと、食事をしていた私の方に戻ってくる。


「お前に用があるらしい」

「え、私……?誰だろう」

「綺麗な赤髪の女の子だ。まさか、学校の知り合いか?」



「赤髪」…?あっ、前に一度学校の廊下を歩いていた最中は、ちょっと見かけたことある。

でも万が一そうだとしても。どうして、他人の私なんかに会いに来たのかな…?だったら別の人かもね。




玄関の扉を開けると、美しい赤色のロングヘアの女の子が、目の前にいた。あっ、やっぱり!間違いなく、学校で会った子だった。

前髪は横に真っ直ぐ切れていて、真面目そうな印象を受けた。

そして両手には、大きな黒い鞄を持っている。


「はじめまして。七瀬…実花さん」


え?私の名前を、知ってる…?

ちょっと奇妙だけど、それ以上に奇妙だったのは、私と身長が瓜二つな事……あともう一つ。彼女に「あからさまな違和感」があった。




公園で話がしたいと提案されて、二人きりで公園のベンチに座る。

私はベンチの左側に座ろうとした。けれど…


「ごめんなさい。右側の方に寄ってくれないかしら」

「えっ、どうしてですか…?」

「あなたが見えなくなっちゃうから」


え?よく分からなかったけれど、言われるがままに右側の方へ寄った。

広瀬さんは左側の方に座り、持っていた黒い鞄も、隣に置いた。



「じゃあ、自己紹介するわね。私は、広瀬結衣ひろせゆい。あなたと違うクラスの二年生」


……広瀬…結衣さん?

聞いたことのない名前。けれど確かに、学校の廊下では見かけたことはある。


「あの、その鞄は?」

「……コウタくんの事、嫌いだったんでしょ」

「え?」

「神崎浩太郎って人間のこと」


質問を無視され、そう言われた。広瀬さんはもしかして、神崎くんを知ってる?

「コウタくん」って、なんだか馴れ馴れしい。この人は何者なの…?



「私も彼が嫌いなの。あなたも、自分の思いを踏みにじられたら、恨むのも当然でしょ?」


……?な、何言ってるんだろう。

もしかして、私が神崎くんに振られた事…知ってる?



「だから、あなたが殺したの。コウタくんを」

「え…?なっ、何を…どういう意味ですか……?」

「あなたは自分を振った彼に恨みを抱き、道路で背中を押して、わざと事故死させた」


そんな突飛なことを言われてしまい、頭が困惑してしまう。

な、何言ってるの…?事故死って、どういう事?


……なんだかこの子といると、妙に胸騒ぎがする。



次の瞬間。私は広瀬さんに腕を掴まれる。

彼女の方を見ると、睨むような目つきで私を見ていた。


「な、なんですか!?はっ、離し___」

「アナタは私に成り代わるの。アナタはコウタくんを……殺した!!!」


掴まれた腕が、広瀬さんの力で圧迫される。

腕の血流が止まるほどに。…私は恐怖で体が震え出した。




その次の瞬間。

広瀬さんはとっさに、左ポケットから注射器を取り出す。


そしてその注射針を私に突き刺して、「透明な液体」を注入させた。


「っ………あ…!?!?」


鋭い痛みとほぼ同時に、謎の薬品が私の体内に行き渡る。

突然の状況に、私は驚いて声が出せなかった。



だんだん………意識が遠のいてゆく………




最後に記憶に残っていたのは、美しく太陽で反射する赤い・・髪の色。

そして彼女が私を見た時の、歪で奇妙な微笑みだった。


ああ、広瀬さんに「あからさまな違和感」を抱いていた理由。今更だけど分かったかもしれない。

白の長袖シャツと桃色のキュロット。私が持っている服装とも、瓜二つだったんだよ。

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