第38話 マジカルテレビ


「いい映像を取ってこい!」 


 そこはとあるワンボックスカーの中であった。

 運転席の裏には、カメラや集音、編集の類の機材が多数積まれている。



「チャンスはそこらじゅうに転がっとるんやぞ―――やっこさん、これだけ世の中に出ておいて、お前が撮れないわけぇないからな?」


 気難しい表情を作り、剃った青髭の男が、唸る。

 重苦しい会話が終わったところだった。

 魔怪獣との戦いではないが、二人のあいだの空気はピリついていた。

 とある町中の路上に、若い方の男は降りる。


 ドアが閉めたことで身震いのように揺れた大柄な車。

 ブロンと言い音吹かして走り去っていった。


「いい映像と言っても―――そうばったり会えるもんでもないのになあ、魔法少女なんて」



 付近を見回す撮沢とりさわは日に日に忙しくなる感覚に追われていた。

 彼はマジカルテレビの若手取材マンであった。




 

 魔法少女の目撃情報は、日を追うごとに増加している。

 今日もこの町で複数の目撃情報が寄せられた。

 魔怪獣との戦闘だ。

 珍しくもない。



 商業施設から山中に至るまで、日本全国のどこにでも現れる彼女を捕らえるのは難しい。

 最近は、『彼女ら』であること……魔法少女は複数名の存在が、ほぼ確定している。

 ひとりの少女がオレンジやブルーなど、いくつか着替えている説も―――まだ囁かれているが。


「撮沢クン、カメラ持ってついてきてね」


「やってる……」


 女の方は同期の映場はえばであった。

 最近はコンビを組んで取材をしている同僚。

 主に先を歩き、カメラマンを引っ張っていく役目だ。


「おい、持てとは言わんが歩幅を小さくしろ」

  

「ごめんなさぁいね! あたしアレかな。足が長くなった気がする―――急に成長した気がするわ」


「探さねぇと。 被写体が見つからないから探しに行くぞ」


「ちょ! わぁ、今日もわかんないんだよ!? 撮れるかどうか」


 なんかストレッチ的なポーズを決めてる映場を置き去りに、ぐんぐん歩いていく。

 学生時代からのやり取りの延長である。

 大きな三脚付きのカメラを抱えつつ歩いていく。

 必要なことだが、一日中となるとこたえる。



 ちなみに別段そんなに脚が長くないが、とりあえずドヤ顔で言い返す一連の流れには慣れている撮沢であった。


カラテレビの話聞いた? ピュアコンバットの証言」


「ピュアコンバットを目撃した警察官の―――、証言な?」


 警察官までを取材攻めにするとは、敵ながら努力している。

 多くのマスコミが、今回のことに躍起になっている。


「あたしたちは、そっちを狙ってはいないけれどね」


 そういう年齢層を。


「何才だろうが……なりふり構っていられない。 ……やらねーとサボってるみたいだしなぁ」


 ため息をつく。

 滅茶苦茶グレーなこともしないといけないのがこの業界。

 仕事だ。

 待っているだけでは作れないのが番組である。


「―――みんな知りたいじゃあないの」


「……」


 その通りだ。 魔法少女という存在自体が謎。

 国民全員の注目を集めつつある有名人が、今の時代に現れたことはチャンスだった。

  

 現場付近の井戸端会議の女性に話しかけ、さりげなくその手の話題に誘導。

 するまでもなく、興奮して話してくれた。

 まくし立ててくれた。

 マイクを向ければ大抵は警戒するか、緊張するかの初対面の人間との会話。

 それでも、よほど世間の注目の的なのだろう


「確かにいたんです!信じてください!」


「あそこから飛んでいくのを見ました! 飛ぶっていうか、ジャンプの―――どれくらい飛んだかって、驚かないでくださいよ―――?」


 包み隠さない。

 魔法少女の話題には食いついてるようで、最近はあの手この手で聞きだすまでもなく、話してくれる者、目撃者が多かった。


「ええ、見ましたよ、ちょうどあのあたり……ちょっと遠かったけれど見えました」


「あれって110番に通報ですか? 魔法少女と魔怪獣って。私はどうすればよいか」


 最初は魔法少女を映せという話だった。

 だがどこに出現するかわからない以上、無理だったのでせめて間近で目撃した声を拾えとの命令にシフトしている。



 

 マジカルテレビなんていう社名に恥じぬよう、と、上層部は張り切っているそうだ。

 創業者は魔法のように素晴らしい番組を、との想いを熱意をもって込めたそうだが、一日中駆けずり回って目撃者を探し求める日々―――そううまい話などない。

 悪戯に日々を浪費している。

 魔法少女や魔怪獣を直接、映像として捉えることは、今のところ一部の他社しか出来ていない――、一足先に目撃者を囲った運のいい連中だ。

 先日ピュアコンバットの戦闘の証人である警官が、密室内でカメラを突き付けられていたが、今はその方法が主流である。

 目撃者は何としても捕らえるべし。



撮沢とりさわぁ。 ここでお前、魔法少女とでも出会おうもんならなぁ、出世間違いナシやぞ」


 そうやって激励を受け、ハイと元気な返事をみせたこともあった。

 ……なぁにが、ハイだ俺は……出来ると思っているのか。

 口車だよ……そりゃ前向きにとらえようとしたが、ひと月経ってもキャップの顔色は芳しくない。

 いい映像を取るためにこの業界に飛び込んだ。

 そして、簡単ではない。



 どのテレビ局も今、血眼になっている。

 もはや少女少年の話題だけではない。

 タレントや政治家に注目することの重要性が下がっているというところまで―――、業界内ではありえない珍事であった。

 目下もっか最重要とされているのは誰が先に魔法少女の活躍をスクープできるか―――ただそれだけが重要という……。

 取材班としての実力が……まさか、こんな時代が来るとは思わなかった……。

 海千山千のベテランも狙っているが、神出鬼没の魔法少女。

 競争率が高すぎる。



 キャップの口調が荒いのは、花形だった案件の価値がだいたい下がってきたからだ―――喫煙所でぼやいていたセンパイがいる。

 調子がくるってしまったのは俺だってそうだというのに。

 全く―――こんな仕事内容になるとは全く予想していない。


「いくわよ次! 今度はあの子なんてどうかしら!」


 映場のぎらついた目。

 そして口調にはマイナスな感情など欠片もない。

 すごいな。

 ああ―――とにかく、足を動かしてアタックを仕掛けるしかない。

 何かがあると。 

 思い込め―――チャンスだ、大チャンスだ。

 確かにここに、ほんのいち、に時間前、魔法少女はいたのだ。


「おおいそこのキミ!―――キミだよ君!」


「ふええ~ぇ? な~んですかぁ?」


 ツインテールがくるんと巻いた少女がいた。

 なかなかにえる笑顔だ。


「あら、小学生なのかしら? ちょっと聞きたいんだけれどね―――『魔法少女』ってわかるかな?」


 映場はえばが膝に手のひらをあててかがみ、マイクをちらり、彼女に見せた。


「ああ―――ついさっきぃ、戦っていたあの子ですかぁ~ぁ?」


 いましたよぉ、と舌足らずな少女。

 小さくうなずいた。





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