第36話 謎の転校生C 2




 その日の放課後のことです。

 一通り、例によって転校会のことが終わった彼女ですが、クラスの注目を集めに集めまくっていました。

 もちろん全員ではないですが。

 もう転校三人目なので気にもしないという人も。

 クラスメイトの反応は様々でした。


 

 それでも我がクラスメイトの、主に女子は包囲網を狭めるべく動いていました。

 例によって、お友達になりたいなあお近づきになりたいなあ勢です。

 しかし、教科書を鞄に納める彼女を見ていると、なかなか距離を詰めることはできないようです。

 近寄りがたい雰囲気、ありです。

 

 クラス側も、もじもじと、手をこまねいている子が多いようです。

 話かけようかどうしようか、ということでしょう―――手を宙空でふらふらと泳がす妙な動きのまま、彼女を見つめている子がいました。

 


 多いようだというか、私たちは遠くからその横顔と、風になびくカーテンを眺めることしかできていません。

 春風。

 ああ、やっぱり春なんですね、まだ。

 本当に一か月で三人来たよ、来ましたよ。


「ありゃあ前の男を思い出していると見た」


 

 飴ちゃんはいつでも突拍子とっぴょうしもないことを言い出しますので、慣れたものでした。

 ゆぎさんを指しての感想らしいです。

 転校生さんの表情を指して。

 ……それが当たっていようが大外れだろうが笑顔でい続ける女です。


「またまた……飴ちゃんは」


 と、私も重ねるように第三の転校生へ視線をやります。

 確かに美人さんではありますが、顔の整った人は今までにも目にしてきました。

 私が気になったのは表情です。

 どこかぼうっとして、儚げな。

 弱さすら感じました。

 少し違う、足りない。


 

 ……前の男。

 飴ちゃんの言うようにそんな人物が存在するかは知りませんが。

 その存在を想像させるような表情でした。



 彼女は教科書をすべて入れ終わり、鞄を持って教室を後にするようです。

 なんだかんだ言ってお話できなかった女子グループが、餌を見るひな鳥のような表情で追います。

 そして私たちの席の近くを通っていく。


「ゆーぎさぁん! これから何か約束あるー?」


 飴ちゃんが声をかけました。

 あーあ、やっぱりねと呆れてしまう私。

 転校生は目を笑顔で細め―――ぶふう、と笑った息の吹き出し方は普通のヒトって感じでした。

 女優さんっぽさが吹き飛ぶ。


「予定かぁ、やることはあるよ」


 あらら……そうですか。

 誰かとアポイント入れているんですかねえ。

 それか、家族との時間か。


「―――うん、大切な時間ではあるかな」


 それなのにさあ。

 と、また綺麗な瞳の先を教室の誰とも合わせない彼女。


「それなのに―――楽しい時間って、すぐに終わっちゃうんだよね」


ゆぎさん」


「やっぱ元カレだ! ちょっと前の学校のこと教えてよ!アレだ! 転校するたびにやってんでしょーそーいうこと! 本当にそういう感じでしょ! んも~う好きだねぇ!」


 あめちゃんがすごい勢いでへらへら笑いながら抱き着きます。

 転校生に初日で。

 ええい、今日はもっとこう、おとなしくしていましょうよ。

 転校生さんのペースをつくって上げたいと願う私。


「元カレ……?いやいや、はは。そういうものじゃあないけれど」


 一息つきます。


「楽しかった思い出って、あるよね」


 目をつぶりかけ、彼女は言います。


「できる限り、楽しみたいだけさ―――毎日を」


 何かを思い出しているのでしょうか………。

 楽しかった思い出ですか?

 私にだって、確かにありますが。

 靫さんはまだこの学校での思い出はないはず……前の学校の友達を思い出すのも無理はないでしょう。



「一分一秒でも長く続けばいい、かけがえのない大切な時間っていうのかな」

  

 飴ちゃんに抱き着かれた恥ずかしがりながらよろけつつ呟く。

 ―――うう、私はそんな、きらきらとした台詞を耳にしても

 でもやっぱり大人っぽい彼女はそんな考え方ができるのでしょうか?

 私には理解できません、経験不足か。

 そんな記憶はない。

 この人は考え方が私と大きく違うでしょうね。



「昨日も、楽しかったなあ」


 そう呟きます。

 昨日も……この学校にいない時も?

 疑問が浮かびましたが、飴ちゃんノイズにかき消され、すぐに忘れてしました。


「楽しいなと思う瞬間はあるんだけど……終わる」


 窓からまた風が吹き抜けて、彼女の髪を艶が強い髪を撫でていきます。

 不思議な雰囲気の人です。

 なにを考えているのでしょう。


「ふはッ! なんか、思ったより変な人だねーあんた」


 あはは、と笑い飛ばす声。

 ……台無しです。

 飴ちゃんはこういう子ですが……いや本当、何が目的なんだ飴ちゃん。

 そんな馬鹿笑いして。

 蟹場さんに対してそうしたように、いずれは遊びに誘いそうなものですが。



「その時間が、もっと長引けばいいのにね……!」


 私とは全く違うタイプの人ではあるけれど、なるほど確かに、心に残った誰かを想っている。

 そんな女子に見えたのでした。

 この時はそうにしか見えませんでした。



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