第27話 転校生を歓迎しよう 7



「へぇ~、じゃあそのぅ~、『ピュアグラトニー』ちゃんに助けてもらったんだァ~。 飴ちゃんもさいかちゃんもぉ~!」



 ビルの影が、黒く伸び迫っていました。

 夕暮れが私たちを包みます。

 容赦ないほどのオレンジ色の光が町を支配し、染め上げていきます。

 しかし今日もっとも鮮烈なオレンジ色は、間違いなくあの女の子でした。



 彼女はあの魔怪獣達との戦闘を、凄まじい勢いでマジカルに解決して。

 あっという間に去っていきました。

 腰を抜かしていたのでありがとうの一言も言えない私でした。

 凄まじいジャンプ力で、ビル四階くらいは余裕とでもいうように飛行していきました。

 ちなみに戦闘中の話ですが―――あのオレンジの伸縮腕でビルの上層階とか掴んでいましたから、本当に空中移動と言った具合でした。

 凄まじい芸当。


「―――そォう! そうなのよぉお! もーうカニちゃんもいれば見れたのにいい!なんでいなかったのォーあん時ィ!」


 飴ちゃんは、我が親友はきぃーきぃーと、身体も声も騒いでいます。

 隣には蟹場さんが、驚きのあまり口に手を当てつつ、相槌あいづちを打ってくれていました。

 

 すっかり陽が沈む時間帯。

 オレンジ色の光が西から眩しく、私たちのいる場所を通っていきます。




 ピュアグラトニー参上から、あっという間に一網打尽でした。

 正義の使者の活躍を何とかして、飴ちゃんはジェスチャーで伝えています。

 伝えようとしています。

 ねえ聞いて、ねえ!と喚く様子は通行人をも何事か、と振り返らせていました。

 蟹場さんもちゃんとあの場にいれば見れたのに、と罵倒じみた勢いで説教、力説します。



「彼女は地球人を襲いまくっている魔怪獣を退治するヒトで―――、ものすごい勢いで正義を敢行かんこうする、魔法少女なの! 今日もなんか、こう……グワーッと手で……あの腕で、ウワーッって、ねえ! 腕っていうか、ねえ……ッ!? さいか! そうだよねえ!」



 身振り手振りであの光景の凄まじさすばらしさを、伝えようとします。

 語彙力。

 語彙力ですよ飴ちゃん、コトバ大事。

 いや、仮にですがそういう指摘をしたら、なんだお前文芸部マウントかようっせーわって言われそうだから黙っておきますケド。



 あの巨大なオレンジハンドを何とかしてジェスチャー化しようと、図らずも変な踊りを敢行する飴ちゃん。

 そして伝える間にもちらちらガバガバと、数秒おきに振り返ります。

 私にも「ねぇ!」です。

 わかった、わかった。



 いやいや、よしてよ飴ちゃん。

 なんで私が知っていると、その時のことを説明できるって思うの―――無理でしょ。

 私にも何が何だかという感じで、

 今でも夢のようです。

 黒々しく巨大な化け物がいただけでなく、そこから九死に一生を得た私たち。

 蟹場さん……カニちゃんは、あの騒ぎの後にすぐに戻ってきました。



「買ったものがめちゃくちゃになったの~なら、どこか行こう! このあたりからは離れてぇ~!」


 と、ぐいぐい私たちを引っ張って。

 転校生歓迎会は以外にも、そのあと多くの店を回りました。

 服は、十代向けのお店に限ればかなりハシゴしました。


 あとどこかのお店で買ったタピオカミルクティーを片手に、そうなんだ~あ、と飴ちゃんの話をまじまじと聞く蟹場さん。

 なんでも食べるしなんでも飲む。

 目の前にいる人物が大食漢のはず何に、こんなに気分が良くなるものとは。

 今度そういうお話を書いてみようかな、など文芸部っぽいことを心の中の予定として思い描きました。


「美味しそうだね」


「うん~まあまあ!」


 地元にはこのお店がなかったから、なんだろう新鮮。

 へーでも向こうのは何かあるんじゃなかったの。

 蟹場さんの住んでいた町はどうだったか、飴ちゃんが尋ねます。



 ★★★



 そうして、楽しかった時間も、終わりが少しづつ迫ってきました。

 そんなタイミングででしょう、ちょっと映画館に向かおうという話になり、私は焦ります。

 日が暮れかけているのです。


「映画って、今から? 飴ちゃん……今日何時までいるつもり?」


 あまり遅くになってしまうと、お母さんたちが心配します。

 市外にまで来てしまいましたしね。


「ちがうちがう、下見だけ。 場所もホラ……知らないじゃん蟹場さん」


 ああ、そういう。

 この町の映画館、行ったことない~、と蟹場さん。

 そうか、映画を見に行くのはまたいつかでもいいですよね。


「でも大丈夫? 今後また、襲われたりとか」


「ああ、そっか、まあ……仕方ないっていうか」


「ないよ」


「え?」


「さいかちゃんも飴ちゃんも……もう襲われることはないよ」


 そんなこんなで、映画館まで。

 飴ちゃん、あわよくば夜遅く、陽が沈んでも遊んでいたいという気持ちが漏れていました。

 私も、それを断れるという確信はありません。


「ピュアグラトニーがきっと、守ってくれるもんね」


 その確信、確証はないけれど、そうだといいなとは、確かに思いました。


「来てくれる……そうだよね!」


 飴ちゃんが拳をぎゅっと握りつつ、声を上げて同意。

 そうなると黙ってみていることしかできません。



 蟹場ちゃんと飴ちゃんが話しているのを控えめについていく私。

 車道を走る車の音ばかりが定期的に聞こえ、少し上の空。

 色んな情報が襲い掛かってきたというか、今になって、疲弊しているのかな。

 結局あまり話せませんでした。

 飴ちゃんがいるから始まった今回の歓迎会ですが、やはり気後れがあります。


「ゴメンね、あんなことがあったからおちこむよね~」


「う、ううん! 楽し、かった……けれど」


 楽しかったけれど。

 蟹場さんの素敵さを思い知っただけで。

 私は……。

 まあ飴ちゃんがリードしまくりで、やっぱりああいうのから学習したほうがいのでしょうか。


「私ももっと、飴ちゃんを見習った方がいいのかな」


 どこからどう模倣コピれるか、そこから考えようかな、なんて照れ隠しの笑いに混ぜて、言ってみました。

 まずあの瞬発力笑いはむずかしいし―――飴ちゃん。




 ★★★


 


「大変なことがあったけれど、メチャクチャだね蟹場さん」


「ううん! あたしはぁ~は全然平気っていうかぁ飴っちありがと~」


 無事に、ケガもせずに地元のこじんまりとした駅についたことが奇跡のように思えました。

 帰ってこれたんだ、三人とも。


「有北さんも、ありがとね」


「あっ、私ですか!?」


「これあげる」


「ええっ? 蟹場さん、そ、そんなのいいですよ……」


「もっとさぁ、いいのソレ? くらいでいいよ~聞き方。敬語ダメダメ~なの。 キモい」


 キモいと言われてしまえばやめるしかありませんね。

 しかしいいのでしょうか、私って、今日もそうだけれど……助けられて、ばかりで。

 本当に……!

 飴ちゃんがウチらって、マブダチじゃあんと吠えている。

 犬みたいに吠えている、そのままわんわん!と言い、自転車小屋に駆けます。

 駄目だ、たぶんテンションがおかしくなってる―――今日は色々あったし。



 犬耳のマスコットのキーホルダーでした。

 茶色と白の模様がある、少し不細工な顔が笑いと、緩さを携えていました。


「いいじゃんそれ!」


「うっふふ~、小学生のころからず~っと、カバンに着けてたの」


 じゃあ結構気に入っていたのでは。

 駄目だよそんな……いただくわけには。


「大事、だった。けれど~ぉ。ちょっとね」


 彼女は少し遠い目をします。

 考え事をしている?


「最近、新しいことをはじめてね。それでなんだか、大切にする気持ちがなくなったっていうか―――」


 迷いながら憂いながら。

 彼女は言葉を重ねます。

 キーホルダーを見て。


「その子を大事にしていたはずだけれど―――………そうする暇もなくなっちゃったみたい」


「うん」


「変わっちゃったんだ~、色々」


 あたし―――困ってはいないけれどね。

 ―――だからあげる、その子も、その方が嬉しいと思う。

 そんなことを色々と、ぽつぽつ、思いつくたびに口にしつつ、蟹場さんは利き腕を差し出した。

 その小さな腕を……。


「何かあったらすぐ呼んでね」


「えッ……?」


 う、うん。

 え、何を……蟹場さんを?

 さいかは緊張した。


「大きな声で、ピュアグラトニーのことを呼んでね」


 …………うん、そう、だね。

 なんだろう、眼力めぢからが、蟹場さんの目力がすごくてなんだか黙らされてしまいます。


「ちゃんと、ピュアグラトニーを呼んでね。 あなたが思っているよりも、簡単に来てくれたりするよ。 意外といつでも、すぐ後ろに立っていたりするかもしれないよ~」


 いやそれはなんか怖いですけれど。

 その後、お話しつつ。

 徐々に沈黙。

 もしや……巻き込まれただけなのに疲労かな、私は。


「今日はありがとうね~!」


 大変なことがあったはずなのに、彼女には助かりっぱなしです。

 その元気と笑顔にどれほど助けられることでしょう。

 そして、複雑な気持ちです。



 手の中に納まったキーホルダーを見つめます。

 ちょっと不細工なところがなんだかゆるい、犬のキャラクターと目が合いました。

 もらったもの。



 何にもしてあげれてないのでは……そう疑って、いやになります。

 彼女は、あげているのに---私に。

 私には、なんにも……ないや。今。

 有北さいかは何の変哲も無い少女らしく、落ち込みました。




 ★★★





 マジカルマスコットのメルテルは、きらめく街の路上で、待っていた。


「やあ」


「……なに」


 視線を合わせないピュアグラトニー……の、人間時の姿。

 本来の彼女、暴食の本質。

 夕暮れに照らされた彼女は本来のオレンジよりも、黄金じみた光の中にいる。


「彼女と行動を共にした今日は、何か意味があったのかな」


 少し考えてから、彼女は振り返る。

 夕日が眩しく、表情はうかがい知れない。


「いいでしょ~、クラスの子と一緒に、遊んじゃった。まるで普通のヒトみたい~」


 ただの中学生らしい日常。

 それを彼女は望んでいる……のだろうか。


「それだけだよ……で、なにかまずかったぁ?」


 何か今日の魔怪獣討伐で落ち度があっただろうか。

 人が襲われていたから助けはしたけれど、その初動が遅くならないように注意はした。

 大けがをした人はいなかったように見える、と彼女は、厳密な確認はしていないが答えた。


「そういうわけじゃあ、ないよ―――」


「なんとでも言うといいよ~、町中で暴れなきゃいけなかったけれど、それでもうまくやろうとは、したしね」



 メルテルは何か思うところがあったようだが、その日はそれで終わりを告げた。

 魔怪獣討伐は順調に進んでいるのだ。

 そして、彼女だけでもない。

 日本の平和をマジカルな側面から守り続けている魔法少女。

 彼女だけではない。

 ―――皆、動き出しているのだった。



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