第26話 転校生を歓迎しよう 6




 蒼天に向かい伸びる、赤い鉄骨があった。

 地方都市の送電網を支える塔、そのひとつである。

 その頂上。



 あるいは彼女が、小柄な体躯を丸めている。

 犬耳がぴこり、と動いた。

 オレンジ色の少女、魔怪獣討伐の達人が一人、ピュアグラトニーを眺める者がいた。

 マジカルマスコットのメルテル。



 両腕を捕食に特化させた、魔法戦杖マジカルステッキの戦闘形態。

 魔法戦杖マジカルステッキ『舌先三尺』ベヒーモス・タング

 彼女の捕食能力は驚異的だ。

 今日も今日とて、既に多数を討伐―――向かうところ敵なし、絶好調と言える状況にある。

 今回もまた、その能力は問題なし。

 敵の力を手に入れるまでもなく、物理的なパワーのみで、今回は片が付きそうだった。


 

 油断は禁物だ。

 何しろ魔怪獣の方が数は多い―――最初期とは違い、ピュアマッドネスも動いているし、他のことも順調に行きさえすれば……倒していくことは可能。

 物量的には不利なので、まだ油断できない部分もある。

 隙を見せないことが重要だ。

 


 こうして繁華街の様な、建物のあるエリアでは、魔怪獣が逃げ場を失っている節もある。

 逆に遮蔽物として使われる場合も、あるにはある―――とはいえ。

 問題ない、次々と魔怪獣を消し去っていく。

 敵にも何体か、強力に見える者もいるが―――それで問題になるかどうか。

 だが、今日のの行動は少し注意が必要だな。

 この先のことを思案しながらも、現段階では、大きな問題はなし。

 彼はそう報告しようとしていた。


「!」


 メルテルはふと、何かを見やり塔を飛び降りた。

 位置としては階下の、ビルの屋上に何かいる―――!





 ★★★




「ひぃえええ……あんなに伸びるんだあ……!」


 集合施設屋上。

 キツネの様な黒い身体をしたものが、建物のコンクリートに両前足をつき、大暴れの惨禍を見下ろしていた。

 ゆらゆらと、尻尾を揺らしたり膝を小刻みに震わせている。

 同じ隊ではない、ただし同志ではある魔怪獣が奮戦している。

 その様子を観察していた、いや観察しなければならない、その意気は表情に現れていた。

 同時に苦痛にも歪んでいる。


「しかも遅いってワケでもないよなあ……あれ。ドルギーさんにどうやって伝えよう……伝えられなきゃ喜んでくれないよなあ……」


「キミ……」


 キツネが振り返る。

 メルテルの存在に気づいた。


「うっ!? お前、まさか魔法協会の……!」


 どうやら魔怪獣の一匹と遭遇してしまったようだ。

 ピュアグラトニーは気づいていない。


「俺は、今日は戦わないぞ! 見に来た! 奴の戦い方を知るためだ! そういう命令が出たんだ―――いや命令っていうか、親分の頼みでなぁ!」


 黒キツネはメルテルを、指ささんばかりの勢いで言葉を放つ。

 言い放って、投げつける。

 なお指といえる器官はない―――キツネだから。

 ……作戦内容を教えてくれるとは、なんとも言えない気持ちになるメルテルである。



「―――そもそも、ラナスコモの隊でもないしなぁ!」


 じゃあな、とばかりに跳躍して、いくつかのビルに飛び移りつつ消えていった……。

 逃げ足はなかなかのものだった。



 ……。

 偵察をする者、斥候せっこうもいるのか―――数は多いから、そういう魔怪人もいるのだろう。

 今後も、ただやられているだけの敵やられ続けている敵ならば助かるが、きっといくつかの策を持ってくるだろう。

 今後に想いを馳せ、メルテルは思案を続けていた。




 ★★★



 有北さいかの災難は続いています。

 ちょっと友達と、転校生と町に遊びに来ただけだというのに。

 紫光。爆発が続きます。




「ぐおおおおおお!」


 爆発が起きて落ちてきた何かがべちゃべちゃと周囲に散乱します。

 それがまき散らされたバケモノの身体の一部だとわかるのに、時間はかかりませんでした。

 建物は衝撃を受けています。

 私も力いっぱい歯を食いしばりました。

 風が強く吹いている。


 黒いバケモノの中に、紅一点というか、それは見えました。

 暴風吹き荒れ、トカゲ男の身体が身をよじり―――少し見えました。

 オレンジ色の、なんかひらひらした服の女の子が見えます。

 両腕から何かえている?


「えぇ~いィ!」


 舌足らずな声で、大して年上でもないことに気づきます。

 何者?

 オレンジ色の、パステルカラーな少女がこの騒ぎに乱入してきました。


 なに?危ないよ!誰だか知らないけれど、前に出てきちゃあだめ!

 頭上のトカゲ男の顔が、殺意を持って睨みつけます―――。

 奴は私の首根っこを掴んでいるため、私の視界は奴の胸あるいは首元がほとんど。

 周りは、ど、どうなっているの?


「ぐう、貴様ァ!」


 トカゲの男は、大蛇を躱しつつ、爪を入れ、はじこうとします。

 そんな応戦が繁華街で続きました。

 まるで戦場の様な有様。


「」


 振りかぶって、右手で何かを投げる仕草―――そう見えました。

 実際に化け物に向かって真っすぐ飛んだのは、オレンジ色のとてつもなく大きい―――。


「がっ!?」


「オイ! フラテンレ!」


 掴んだことで、それが腕……腕のような何かだとわかりました。

 建物の屋上まで振り回され、壁に激突しました。





「おっわ、オレンジの! うわさの正義の味方! いやいや、マジで!?」


 飴ちゃんが驚愕の表情で叫んでいます。

 ええ……知ってるの?

 親友がどうやら何かしらの前情報をインプットしていたらしい様子なのは、伝わります。

 ニュースか何かで目ざとく耳ざとく、ゲットしていたのでしょう。

 え、元からいる人なの?

 この、なんか乱入してきた誰かさんは


 状況が全く飲み込めませんが、なんだかすごいステージ衣装なじみたハイカラ女の子が飛び込んできたことだけはわかります。

 生地輝きもさることながら、ちらほらと宝石が埋め込まれたその衣装で跳躍します。


 それと、オレンジの少女の攻撃。

 私は首根っこを怪物につかまれていたので、首の角度的に、そのピュアグラトニーさんが何をしているのか、半分くらいしか見えなかった。



 私の頭上うを巨大な蛇が、敵を蹴散らし、食い破ることに見惚れていました。

 いえ惚れてはいません、何が起こっているんだかさっぱりわからないといった具合です。

 両腕を伸ばしているということに、あとから気づきました。

 ファンシーな少女とは別の何か、凶悪なものだと初見では思います。



 そこからは足が止まったバケモノたちを、一網打尽にしていきました。

 変幻自在の腕が、ビルの合間を跳び逃げる敵をも捕らえます。



「怯むなあァ! お前らの中に、腰抜けはいないといっただろう!」


 やるんだ、と大声で叱咤しったするトカゲの男。


「し、しかし―――しかしですよ、隊長!」


 トカゲ型の魔怪獣は、その巨体でもって襲い掛かる―――。

 ピュアグラトニーの不利を、一瞬予想した。

 確かに、先ほどまでの獣よりも大きく、圧倒的な体格の差だった。


「ぐああああ!畜生!」


 また黒いバケモノの一体が、ジェットコースターの様な軌道で突っ込んできたオレンジの蛇に誘奪され、ビルの三階付近で爆散しました。

 ぴしり、とその甲斐付近のガラスに、蜘蛛の巣じみたヒビが入ります。。


「クッソ、てめえ―――! そいつをこっちによこせ!」


「きゃあ!?」


 飴ちゃんが、ひったくられる。

 私と飴ちゃんが、一体のトカゲ男の両手に掴まれました。

 これは、人質、いや、私たちを『ピュアグラトニー』さん(?)に向けて……?

 腕一本ずつで軽々、高く、掲げます。


「来るなあああァッ―――! ピュアグラトニー!!」


「うぅっ……」


 呻く私。

 盾です。

 私たちを使って、攻撃を防ごうとしている―――こんな、ことが。

 ピュアグラトニーと目が合います。

 表情が停止したまま動きません……、彼女。


 飴ちゃんを手放すことになった方の魔怪獣は、とっさに前に出ます。

 オレンジの大蛇が応戦……攻め切れていない。



 飴ちゃんの持っていたカバンと紙袋が揺れました―――結局服を買っていた、今日の私達でした。

 蟹場さんに「似合うじゃ~ん」と笑顔で言われてから秒でレジに向かった笑顔の女、飴ちゃん―――彼女はあの時、ニコニコでした。

 笑っていたんです。

 私は気づいたとき、飴ちゃんの紙袋をばっと手で奪います。


 飴ちゃんとトカゲ男、同時に疑問の表情。


「……えっいいいいいいいいいいー!」



 紙袋の口を、トカゲ男の頭に、ダンクシュートです。

 その巨大な頭の、口元までは覆えませんでした、紙袋で覆ったのは、トカゲ男の両眼だけ。

 もっと……もっと深くかぶせ、ないと!

 私は不安定な姿勢で、両腕に力を籠めます。

 籠め続け。


「ぐうっ!? な、なんだ! 前が、てめっ ああっ―――!?」



 両手に私と飴ちゃんの首根っこがあるので、頭だけよじり、暴れました。

 前が見えない、ロゴ入りの紙袋でもがくトカゲがシュールです。

 怪物は、袋というものすら、もしかしたら知らないのかもしれません。

 どう見ても人間の常識を知らなさそうな異形ですからね。

 そのことにも、賭けたかたちです。



 視界を失ったことに焦って、両腕を話したトカゲ男。

 頭を覆います。

 紙袋に爪を突き刺します。


「やった!」


 そこからは圧倒的でした。

 オレンジ色の蛇が、私たちの足元を通ってきて―――トカゲ男が天に連れ去られる。

 私たちは吹っ飛ばされ、床に倒れ落ちました。


「うう!」


「いっつつ……」


 わずかな痛みに悶えている間にも、残り少なくなった魔怪獣との戦いは続いていました。



 


「『恐怖』が欲しいの~?そんなに~?」


「あ、あああ……」


 動けないトカゲ男。


「あげようかぁ。 いい方法があるんだ~!」


「えっ?」


 予想外の発言に、その意図がわからず、混乱する魔怪獣。

 大蛇の腕に、片方の腕は身体と一緒に巻き込まれている―――逃れられない。


「そ、それはどのように……? すれば」


 トカゲ男はもう一方の腕が自由。

 鋭い爪がある、それがまだ健在のまま。

 まだだ、まだ、やられてたまるかと言った、燃える目の光、その隙を窺っていた。


「お前自身が恐怖を感じればいいんだよ」


 ひゅん、と飛来したもう一方の蛇。

 ぶちゅっ、とトカゲ男の肘から先がかみ砕かれ、捻じ切れた組織から体液がばしゃりと噴き出す。


「お゛があああああああ!?」


「感じるぅ~?」


 腹部が噛み裂かれ、ばね細工のように何か、縄が飛び出しました。

 内臓の何かでしょう。

 もちろん、人間のそれとは違う名称のものでしょうけれど。

 最初見た時、巨大な銅像のようにも見えた黒いバケモノですが、人間と同じとは言わないまでも、生物として臓器を持っていたようです。


 私と飴ちゃんの頭上から、食べ残しが降ってきます。

 恐怖を感じるかどうか、尋ねられた魔怪獣の声は建物間に反響しています。


「あ、あああああああああああ!ああ! アァあああ!」


「そうか―――良かったな」


「ああッ ねぇえ! ちょ、ちょま! 待っ ちょボッ レ」


 落下していく黒いバケモノは肋骨から大腿骨にかけて大部分を大あごで挟まれ、内臓の多くを失います。

 胸部下から紫光と同時に腸の様なものが飛び出しました。

 ほぼ真球の、紫光があり、鉱石のようにきらめきました。

 そこを核として爆散。

 紫の光が太陽よりも輝き、豪風が広場に吹き荒れていく。



 戦う相手はいなくなり。

 振り返る彼女が輝いているように見えて……。

 派手な衣装なだけでなく、この圧倒的な力。

 輝きもします。

 バケモノを一網打尽にしてしまった。


「あ、あのう―――えと」


 ありがとう、派手な衣装の女の子。

 助けてくれて。

 そもそもあのバケモノは何なのですか。

 そんな色々と言いたいことはあったはずですが、口下手が発動している私。

 腕を伸ばす能力も、今は納めている状態らしく、普通の女子にしか見えません。

 彼女の細腕に、棒状のもの―――装飾が付いたステッキを握っていました。



 彼女は衣装だけが田舎の繁華街としては異様に派手なだけの、可愛らしい少女に見えました。

 私と飴ちゃんと、年は変わらない……?

 でも、あまりにも鮮烈で。


「敵の目をふさいでくれたね」


 ありがとう、と彼女は微笑みました。

 誰だろう、この可愛らしい女の子は。

 間近で彼女の顔を見ました。

 可愛らしい、以外の感想を抱かなかった―――いや抱けなかったのです。

 まるで魔法のように。


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