第25話 転校生を歓迎しよう 5



「それで、本商モトショーの方に行って、そこのお店も入れそうだったら入る。 でも集合施設があるから、そこは新しいお店が多かったよ」



 言いながら飴ちゃんは私たちを先導していき、ぐいぐいと、一店舗でも多く回り切ると意思を込めた歩みで商店街を進みます。

ぐいぐいと、進みます。



 半透明の屋根がついていることは昔ながらの商店街と変わりません。

 近年、店を閉めがちだった商店街の付近はリニューアルされていて。

 建物が撤去され、同じ場所に大きめのビル、上階にレストランなどを集めた集合施設が誕生したのでした。

 


 そのため若い人から昔からこの地域に老人など、さまざまな年代があつまるショッピング街にしたい、という意向、願いをニュース、県内広報で聞いた記憶はあります。

 決して華やかな都会ではない我が県ですが、それでもコンプレックスに埋まるだけではなく。

 変わっていく風景はあるもので、何かと新聞でも取り上げられます。

 本当に地元、中学校近辺は幾星霜いくせいそうも変わらないもので、逆にいろんな店舗が消失していますが。



 とはいえ、そんな施設も意外と早く踏破とうはしてしまいました、中学生だからでしょうか。

 このあと、飴ちゃんの計画をきいて「へー」とか「うーん」とか唸りながら作戦会議です。

 安価な服や古着屋さんもあるとはいえ中学生です、それほど紙袋を増やして帰ることはないでしょうけれど。

 

 どこに何のお店があるかを転校生に教えて、慣れてもらうことがメイン目的です。

 メイン目的でした。

 蟹場さんは通りかかった看板にあるクレープのメニュー表を目で追っていました。

 前見て歩きましょう……っていうか食いしん坊キャラですね。

 わかりやすすぎる、流石になんらかのミスリードを疑ってしまうようなシンプルさ。 

 とはいえ確かに美味しそうでした。

 



 駅に隣接するビルを回ったり、集合施設を案内しました。

 案内って言っても私も知らないお店とか、変わっているお店を見たりしたんですけれどね。

 

 食品とかは中学生が買い込む場所でもないと思いますが、お菓子作り関係を見ておこうとは、アタリをつけておきました。

 蟹場さんの趣味をもっと聞き出せるかも―――。

 あ、飴ちゃんもう服屋に行ってる。

 

「こっちこっち! 友達がここで買ったってー」



★★★




「あっちの商店街はねえ―――閉まっているのも多いけど、あのクロポップっていう古着屋さんなんて、母ちゃんの知り合いでさー」


「そうなんだ~」


私が、いつ飴ちゃん蟹場さんのお喋りに参戦しようか、身構えて、機会をうかがっていた時のことです。

だいたいのお店は見ましたが、カニちゃんはすごいですね、なんでも似合いそうに見えますよ。

小柄な彼女ですが、なんでも良さを引き出します。

大人っぽい服を着せれば似合うわけでもなく、その時は飴ちゃんが爆笑していました。


「いい!いいってそれ!最高」


「駄目だよ~、笑い過ぎだってぇ」




 そんな様子を思い出しているときです……異変は起きました。



 たたた。

 目を見開いたままの表情で、背後を何度か振り返りつつ走ってくる若い人がいました。

 なんども後ろを振り返り―――あわただしい。

 次におじいさん、おばあさん。

 あれ、明らかに走り慣れていない年齢、あきらかな後期高齢者も通り過ぎ、私たちとは逆方向へ向かっていきます。

 転んだら危ないよ―――そう思った時です。




「―――キャアアアッ!」


 女の人の悲鳴が聞こえてきました。

 何かあったみたいで、三人とも立ち止まりました。


 次々と人が、逃げてきます。


「え、なに……?」


 あたり一帯に響く声に、私たちは左右を見回します。

 


 通行人のうちの一人が。

「はやく!あなたも逃げなさい!」

それだけを言い、その顔もすぐに離れていく。

 いや、あの、だから何があったんですか。


「蟹場さん」


 私は彼女のことを心配しました。

 しかし私は、その時見失いました。

 振り返れば彼女がいない。



「ちょっとトイレ~! とか、そのほか諸々もろもろがあってぇ~!」


 蟹場さんは走っていました。

 彼女は小柄な体躯なだけあって、足も決して長いわけではありません。

そこが愛おしい。

 しかし、そのスプリントは全力を極めた全力のもの―――。

 台詞せりふの調子とはまるで噛みあわない勢いでした。 


 あっという間に曲がり角にたどり着き、靴底をすり減らさんばかりの急カーブ。

 そこにいた通行人が驚き両手を上げる。

 尿意があるにもかかわらずのスプリント、全力疾走で転校生は建物の角を曲がっていきました。


「はあ!? カニちゃん! ちょ、ちょっとぉ!」


 その後、すぐに視界に入ったそれ。

 目を疑う光景―――人が巨大な生物に襲われていました。

 生物、いえ怪物たちに。



 空から、たくさん何かが降ってきました。

 最初、それは黒いマントを羽織った何かかと思ったのです―――見たことのないものでしたが、ほとんど、その体は真っ黒でした。


「あ、あれって『黒いバケモノ』じゃない!?」


 飴ちゃんがそう言って、私も思い出します。

 数日前、みんなで噂していたそれは現実として目の前に現れました。

 そんな―――悪い冗談だと思っていた。




 ★★★



 飴乃は後悔していた。

 魔怪獣に腕を捕まれて、逃げるために藻掻くけれど。


「ガハハハハ!ガキの方がいいぜぇ!」


 奴は周りの仲間に向かって叫んでいるようだ。

 まずい。

 筋骨隆々の外国人どころではない、化け物につかまってしまった。

 ニュースで見た、『魔怪獣』と名乗っている奴らに違いない。

 


 体毛が一切ないところなど、獣っぽさはなく、どこか人間に近いものを感じる。

 だがどう見積もっても二メートル三十センチはありそうなその化け物に、不気味さしか沸かない。

 苦手な虫に近づかれる心境と似ている。

 魔怪獣は獣なだけあり、速さでも並の人間より速い。


 蟹場さんの凄まじい逃走に気を取られ、逃げ遅れたのだった。

 正確には、これって逃げたらあたし、カニちゃんを、この繁華街に置いて逃げた女になっちゃう感じ?

 いや仕方ないかもだけど、次に教室であったときとかどう話せばいいか、一気にわからなくなる。

 本気かよ、ないでしょ、そんなの。


 

 転校生―――まさか、私とさいかを置いて逃げたの?

 そこまでの、関係?

 そりゃあ、遊びに誘ったのは今日が初めてだけどさ。

 そこまでひどいことをする?

 できる?



 ★★★




「ガハハハハ! 今日は大量だぜェ―――ッ」



 何の変哲も無い有北彩花は、今日、被害者有北さいかとなりました。

 誘拐被害者か。

 巨大なバケモノに捕まえられてしまいました。


 こんな異常事態に巻き込まれる日が来るとは。

 ずっと、地味に生ききる予定でしたが。


 静かな場所を求めて、植物のように生きたいと願う人はいるとおもいますが、オオバコのように日陰を選んで咲きたいものです。

 紫陽花アジサイ、ジキタリス、スズラン。

 日陰でも割とちゃんと育つ、美しい花です。


 しかしそんな花にはなれないものですね。

 しかしながら教室でも、いざこざに巻き込まれることは多かったように思います。

 無関係を生き切ることは私には難しそうです。



 しかし、妙です。

 私は恐怖を感じながらも、疑問がふつふつと湧きました。

 私たち人間を、襲う。

 普通の中学生を襲おうとしているにもかかわらず、彼らの目には何が映って?

 

 

 黒いバケモノたち。

 彼らの視線が気になります―――獲物と思われる私たち子供を、食い入るように見つめるかと思いきや。

 宙空をの方に向いているように見えます。

 


 何が見えて何を考えているのか。

 何考えているかわからないところも、恐怖です。

 そもそも人間じゃあないこの化け物の思考回路などわかりませんが。

 空中に何かあるのでしょうか?

 何が見えている―――?



 恐怖はありましたが、それと同時、並列で困惑です。

あと落ち着かない―――さっきから筋骨隆々の腕につかまれているので、靴が地面につきません。

力を込めても何にも触れない。



「そこまでだよぉ~! 魔怪獣たちぃ~!」


 反響し、大きく響きましたが、どこか締まりのない声色でした。

 それが救出者であると、最後まで思えなかったのです。

 えっ……女の子の声?

 なに……誰……?


「なんだぁ、テぶっ」


 ばつん、という轟音が背後から聞こえ、何かがまき散らされました。

 視界の端ですが、黒いバケモノの表情が、たった今スイッチを入れたように様変わりしました。


「ゲェ―――ッ、ピュア、グラトニー!」


「よりにもよってこの隊に ぶ っ」


ばん、と、看板に何かが衝突する音が建造物間に反響しています。

千切ちぎれた黒いバケモノだとわかった次の瞬間には、その体の内部から雷が見えて、爆発します。


「なに……なにが起こっているの?」


爆発によって吹き抜ける風に、髪が吹っ飛ば流され、ますます周囲がわかりません。


「オレンジの、チビ女―――『ピュアグラトニー』! ぐっ……まさか鉢合わせるとは、オレの隊が!?」


 見上げた目の前、黒いバケモノは怯みます。


「そう! ピュアグラトニー! あたしがぁ来たからにはぁ~容赦しないよ~!」


私の頭上を、何か巨大なものが通ります。

オレンジの―――壁かなにかが電車のように空をはしり―――なに、これ!

髪がバサバサと、風圧がひどい!

さっきから何が起こっていて、いったい何に巻き込まれたの私はぁ!

誰か、説明してよ!


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