第28話 戦闘
巨大な、黒い犬。
私がその時に出会ったのは。
そう思った―――そうとしか見えなかった。
一般的な会社員である私は、そいつに襲われた。
ただ見ていることしかできなかったし、最後まで意味が解らなかった。
「これで終わりか」
奇妙な動作をした。
―――いや、そもそも猫科の最大種なのではないか、そもそも地球上にいない新種なのではないかと思われた巨大犬に、日本で襲われたこともかなり奇妙ではあったけれど。
異邦人どころではない。
私の知る犬とかけ離れている―――彼。
性別など,
この際大きな意味を持たないだろうけれど、おそらく彼を、見上げることしかできなかった。
どこかの職人が作った銅像が動き出したのだと、説明された方が信じるかもしれない。
服の首元を掴んで持ち上げるなんていう芸当をして、されて。
自分にそんなことをやってのけたのが犬だなんて、誰が信じるだろう。
その猟犬は私が目当てではないようにも思えた---空中の何かを、大きな牙が見える咥えたことで、私への興味を完全に失ったようだ。
咥えた動作をした時、硬質な何かが牙と触れた―――歯ごたえがあるように見えた。
猟犬の口元に。
私も空中を見たが何もない。
ただ、その時『怖い』という気持ちが―――どこかに消えてしまったように感じた。
最初は殺される、少なくともそれができる相手なのだと確信していたから。
でもそうはならなくて。
それによって、残ったのは疑問。
何しに来たんだ、何を、という疑問のみが際立って、強調されたような。
つまり私は、誘拐はされなかった。
のちに黒い生物による誘拐を疑うニュースが、テレビでも流れるようになるけれど、その黒い犬、いや猟犬? は何がしたかったのだろう。
「これでいい、終わりだ。 ……邪魔をしたな、ニンゲン」
私はこの日、黒いバケモノに襲われた。
けれど、尻餅をつきながら、その喋る化け物の背中を見つめていた。
「もうお前は、いい……」
私を直視もせず、低く、力が抜ける声色で言った。
わけのわからぬままに襲われたのは、私だ。
身体に傷が残るようなけがさえもしなかった。
けれどその背中が、可哀そうに見えたのだ。
その時だけは、捨て犬のような去り方だった。
巨大な黒い犬が。
★★★
その戦場は砂浜だった。
銃声が連続する。
目標は、赤い楯―――。
否、大の大人よりも大きな赤い甲殻が見る者にそう印象付ける。
「―――カカカッ!」
二メートルはある盾が、甲高く
無論、そのような事象はない―――盾は本来、生来、話さない。
盾と見まがう赤い甲殻を持つ、恐ろしい魔怪獣であった。
三対ある走るための脚は漆黒であり、それを使って横歩きする。
人間界にもそれに近しい存在はある――
砂浜上の地形を素早く駆けるその蟹は、獣型ほどのスピードではない。
それでも自分たちよりも大きな蟹が走っているというだけで、人々は逃げ惑った。
猛烈な勢いで突っ込んでくる巨大蟹。
そもそも歩幅が通常のそれではない。
ジャ、と装填されている弾丸が擦れる音がした。
蟹はそう認識していた。
だが、何かがおかしい。
服装が。
射撃は正確に自分に命中し、ビスビスと音を響かせた。
たが、痛みはなかった。
森林を連想させるグリーンのカラーリング。
アサルトライフルの銃口を下げ、少女は飛び上がる。
回避した―――重機の走行のような突進。
単なる接触も、ただでは済まないだろう。
彼女は恐ろしく高い場所へ跳躍していた。
その場にいた全員が見上げる。
完全に、間合いの外だ。
魔怪獣達は吠える―――獣のように、とはいかなかった。
この隊に、四足歩行獣型はいなかった。
「―――ちぃい! 逃げていても何にもならねえぞ!」
「待てコラァ!」
★★★
雲一つない晴天だった。
その空から見下ろしながら、少女は考える。
風を切る音で耳が寒い。
あまり人が多くない場所に誘導できたのは助かった。
第一の目的は果たせたといえる。
ここまでは攻撃が主な目的じゃあなかったから。
ただ、ここから……。
蟹を倒せるか。
それは人間より大きく、遠目には赤黒い乗用車か何かに見えるだろう。
その突進の威力まで含め、似たり寄ったりだ。
「って、当たり前かあ。うーん……」
獣型の奴ならば、それはそれで速くて大変だけど。
魔怪獣としての蟹は巨体だが、動作が緩慢なのろまというわけでもない。
その横歩きは尋常ならざるスピードに感じられたが、それはその足の長さによるものか。
なにしろ、自分よりも大きい蟹なのだから―――。
少女は改めて見つめる。
移動時も半分畳まれているが、節足動物特有の骨の様な脚を延ばしきれば自身の身長より高いかもしれない。
闘志むき出しの魔怪獣は近づけば、
飛ぶしかない。
跳躍力でなら圧倒できる―――武器を変える余裕もある。
今の自分は魔怪獣、二十以上に包囲されている。
カニや、ヤドカリ型の魔怪獣もいる。
水辺にすむもの、砂浜に潜むもの………?
その敵を見渡し、見下ろし。
共通点を探るが、人間界のグループ分けが魔怪獣に通用するかどうか、定かではない。
発砲。
連射。
彼女は回転しながら飛んでいる。
頭が、髪が、地面に向く。
十秒はあろうかという滞空時間で銃弾と薬きょうをばらまいている。
「なんだ、アイツ……ッ!」
魔怪獣達は見上げるのみだ。
太陽の方向から降り注ぐ銃弾を。
それを甲殻で跳ねる蟹。
何体かは負傷している。
魔怪獣の彼の視力は決して悪くないが、光を直視することが困難なのは人間と同様であった。
弾が当たると、衝撃はあるものの痛みはない。
だが、奴を捕らえられない。
あの女を。
普通に銃弾を撃っているだけでは、倒せないという問題。
人間よりよりもはるかに生命力が高く、そして外皮、いや甲殻か―――それが、銃弾をはじく。
もしくはそこで止まる。
貫通して肉にまで届かない。
彼女は思案する。
―――ふうむ、今日の敵は違和感があるけれど。
蟹、ヤドカリ、あれは
性格に種はわからないものの、彼女はそれを察していた。
「今日の相手は硬いねえ……」
事実を確認して苦笑する。
だが何とも緊張感に欠ける声色だった。
樹海迷彩色の少女は思考を進めていた。
今握っているのはM‐16アサルトライフル。
ばら撒いている銃弾まで含めて、人間界に流通しているものと変わらず、だからこそ、知る者にとっては異質に見えるだろう。
そこに、マジカルな要素は皆無であった。
M‐16アサルトライフルだけではない―――小銃を、いくつも試した。
武器の変更は、一般的な人間からすれば飛行にも等しい、跳躍時間中に行っている。
「魔怪獣っていうからさ、あまりそういうイメージ湧かなかったんだけど、色んなのがいるよねえ」
逃げ回っている、ように思われているかあ。
仕方ないね。
彼らの甲羅―――もはや装甲といってもいいそれを、貫ききれていないのから。
魔怪人の強さを称賛する気持ちもある。
けれど、それにしたって―――!
彼女は心に、犬耳マジカルマスコットの二頭身の身体を思い描く。
今日は近くにいないのかな、メルテル。
相談の相手が欲しい気分であった。
「なんだかさあ―――弱くなぁい? ―――ボクの
彼女は焦っていた。
その身体能力でもって、敵から素早く距離を置く。
銃器を生かすために、最低限の間合いは必要である。
再び構える。
アサルトライフルによる掃射を再開した。
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