第29話 戦闘 2


 照明を机にだけ当て、背景を暗くした部屋。

 そこに、一人の男がいた。

 濃紺の制服に身を包み、警帽はこの時はずし、左右の刈り上げた短髪が露わになっている。

 そうしてパイプ椅子に腰かけた。

 否、座らされていた。



【警察官 帯藁服次おびわらふくじ(31)】



 テレビ局のカメラを向けられた彼は、のちにそんなテロップを入れられ、放映されることとなる。

 間近での、魔法少女の目撃者として―――。


「私はあの日、多くの『魔怪獣』と確かに遭遇して、死を覚悟しました」


 カメラは回っている。

 テレビ局のスタッフは全員、血眼になっていた。

 証人を得た。

 彼が口にする言葉は、この際何でもよかった。

 現役警察官の目撃証言という時点で、説得力のノルマは達成してある―――十分に使える音声素材である。

 


 競合関係にある他社ニュースやいい加減な尾ひれがつくSNSサイト、どこにでもあふれる『魔法少女の噂』。

 その日の時点では、珍しいことではなくなっていた。

 たくさんの黒いバケモノを、突如現れた煌びやかな少女が退治する。

 その一連の流れと、

 彼女らがそのたびに「魔法少女である」と名乗っている事実、云々うんぬん……。



 もはや知る人ぞ知るという話でもなくなってきた。

 恐るべき、国民への周知度、浸透度。

 だが、だからこそ映像で、構成で、事実を伝えるべきなのだ。

 今こそ我々が、報道プロとしての実力を発揮し、なんとしても確固たる存在感を見せなければならない。




 ―――魔怪獣と戦っている魔法少女を見たんですね?


 質問に、現役の警察官は答える。

 マスコミ根性が目をぎらつかせ、さながら取調室のような圧力はかかっている―――警察官でなければもう少し動揺を見せていただろう。


「はい、彼女は戦っていました」


 ―――魔法少女も武器を?


「ええ、はい、銃です。 銃器類でした。今思えば―――」


 ―――何か、気になる点が?


「あれ、盗品なのだろうなって―――思いましたよ最初は。 だって自衛隊基地にあるようなものでしたから、あの、特殊部隊……? なんなんでしょうね、あの子は、結局」


 ―――正体不明で、様々な情報が飛び交っています。 警官であるあなたから見ても、そうでしたか?


「さっぱりです。 何から何まで、説明はしづらいのですが―――盗んだ自動小銃を持ってきて、単身戦ったとか、そのレベルの話ではないんです」




「魔怪獣と戦っていたことにも、驚きましたよ。 ただ、それ以外の意味でもハラハラしましたね。 どっからってきたの、ソレっていう感じです」


 私に応えられる範囲で、お答えしますよ、と彼は苦笑した。

 あの日の戦いを。


「まあ私は巻き込まれていただけと言いますか……それだけなんですがね」




 ★★★




「―――-キャアアアアア!」


「とまれ!止まりなさい!」


 砂浜にいたのは、叫んでいる幼い女の子と、銃口を魔怪獣に向けつつ歯を食いしばる警察官だった。


 拳銃ニューナンプは正確に魔怪獣に向けられている。

 だが、それが命中したとして、足止めにすらならないことは彼自身が予想していた。


 この巨体を倒すにはとても足りない……分厚そうな皮膚を貫けるか?

 かれる。

 轢かれると形容したほうがいい惨状だ、これから自分のまきこまれる、これは―――!

 それでも、幼い女の子をドン、と押して逃がし、自分は立ち尽くした。

 視線は突っ込んでくるバケモノ。



 ドジョウ型である。

 砂浜を揺らし、迫りくる。

 本来は水田や沼地に住む小魚、と言った程度の存在だが、樽の様なサイズの胴体をしならせつつ迫ってくると話は違ってくる。

 大の大人であっても、人間の体躯など吹っ飛ばされてしまう。

 また、その体表面が太陽光を反射して、むしろ白いほどに水分豊かであった。

 それがまた、意味不明なほどの恐怖を誘う。



 ★★★



 「―――とにかくそんな奴が砂の上を泳いで……いや、跳ねているというんですか?そんな状態だから、細かく飛んで方向も定かじゃあなかった。乗用車が突っ込んでくるような圧力の中、勇気があるわけではない、撃つしかない。

 避けても避けきれないことはわかったから―――もう、駄目でもそうするしかなかったわけですね。」

 



 ★★★




「……っ!」


 避けるわけにもいかない……避けたら女の子が。

 いや、どちらにしろこの勢いでは二人ともつぶされ―――!?

 影が見えた、かと思えば。

 空から、グリーンの衣装の少女が着地した。

 衣装―――そうとしか言いようがなかった。

 しいて言えば細部に、軍服じみた縫製があったが。

 驚く間もなく、彼女は銃を敵に構えた。

 連射する。



「なんだ―――お前は!」



 ジャマしようってのか、と凄むドジョウ。

 銃弾を受けているが、簡単に即死とはいかない。

 顔のパーツが人間のそれと違い、のっぺりとしてはいるものの、突進の勢いは尋常ではない。

 



「邪魔っていうか……ふ」


 ふふふ、と押し殺す笑みは轟音にかき消される。

 アサルトライフルの連射音と、それを受けても突進を速度落とさない魔怪獣の着弾音である。

 ドジョウが苦痛に転がり、それでも突進。

 少女と、警官たちのいる軌道から逸れた。



「あ、あんた……!」


 少女は振り返らずに視線を巡らす。

 まだ戦いは終わっていない。

 ドジョウから紫の光が上がり、スパーク、背後ですさまじい爆発が起きた。

 私は幼子の身体を押さえつけ、爆風から守っていた。



 少女が、何かを呟いていた。

 そう、背後から見える限り、いや彼女のスカートを見る限り、アサルトライフルを使っているのは確かに少女なのだ。

 ……そんな馬鹿な。

 というか、さっき、飛んできて……?

 硝煙の合間から微笑みで細まった目が覗いた。


 

 一瞬、目を疑う。

 少女は―――弾切れなのか、その銃を無造作に放り捨てた。

 おい、弾切れ?

 敵はまだ複数いるぞ、どうする……!

 そのように見えたが、私はその銃が地面に落ちた様子を見ることはできなかった。

 少女がもう一丁持っていたのか―――。



 ―――イズマッシュAN-94。

 ややごてごてとした漆黒のデザイン。

 これもまた、実在するアサルトライフルの一種であった。

 


「カカカカッーーー!」


 気が付けば、カニの魔怪獣がその長い脚をガシャガシャと砂に突き刺し、迫っていた。


 彼女が撃つと、蟹は姿勢を低くする。

 背中の甲殻ならば防げると、その魔怪獣は確信していたらしい。

 実際、その多くは甲高い音とともに甲殻で反射、あらぬ方向へ飛んで行ったようでした。

 ……効いていない!



「―――こっちっ!」



 警察官と幼い女の子を掴んで、少女は高く飛んだ。

 風切り音が響く中、地平線が見える。

 人二人抱えてのジャンプ力、ありえないと帯藁おびわらは思った。

 以前噂話で魔法少女の話を聞いたときは、まだ人類の何かだと思っていたのだが。

 彼女は違う、飛ぶ。


 着地点の周辺には砂しかない。

 その瞬間は、安全だった。

 だがうかうかしていられない。


「逃げたほうがいいよ---もう少しやるつもりだから」


 彼女は再び銃を構える。

 魔怪獣達が、それぞれに間合いを図りながら、近づいてくる……。

 地鳴りの如き轟音と、この世のものではない、光景……!

 そして、その魔怪獣が一匹、また一匹と減っていく。


「……!?」



「やはりさっきのでも足りないかあ―――だから、対戦車ライフルくらいしかないよ」


 言いながら銃口を向けるグリーンの少女は、先ほどのアサルトライフルを構えていなかった。

 きわめて銃身が長い……少女の背丈ほどはある。

 ライフルだ。

 音が多すぎるからわかりにくかったが、撃っている、着実に敵に当てている。


「……うおッ!」


 赤い蟹が迫っていた。

 

 身をひるがえす、というほどの機動性はない。

 蟹の甲殻の端を砕く。

 全力の回避が間に合わないとみるや、間合いを詰めて最後のあがきをしようとした。

 最後の一太刀、否、ひと挟みを―――!



「捕らえた!」


 鋏が弾けた。

 すすけるような香りが届き、はさみが熱に包まれた。

 蟹の絶対的な武器は焦げて、消滅していた。


 吹っ飛ばされた、ということだけはわかったが何が起きたのか意味不明だった。

 本人のみが、目を見開いていた。


「炸裂火薬装甲だよ」


 硝煙の合間から微笑みで細まった目が覗いた。


「とはいえ、これ以上は危険だね―――掃討を開始する」





 ★★★




「私は警察官であって、ガンマニアではないんですよ、拳銃ならばまだ何とかなりますけれど、知識的に……ただ、これだけはわかりました。アサルトライフルだけでも何丁か、持っていましたよ、彼女は……!」


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