第23話 転校生を歓迎しよう 3



「蟹場さんゴメン困ったね、やっぱり、突然だと戸惑うよね?」


 私は初めて話を着たとき、そりゃあ戸惑ったのですが。

 飴ちゃんから自転車で聞いたとき。


「ううん~? ぜんぜんオーケーだよ~!」


 蟹場さん、飴ちゃん、私、つまり有北さいかの三人で土曜日のお出かけ。

 田園風景の中をひた走る地方鉄道に、蟹場さんのおっとりした声が響きます。

 聞いていて眠気を誘いそうなふわふわボイスですが、今から寝ている場合ではありません。

 気合を入れましょう。


「戸惑うかなと言えば、実はあたしもさーどうかなーやめとくかなって思ってたんだよ」


 ええっ飴ちゃん、そりゃあないですよ!

 衝撃の事実。


「いやー実は最初は母ちゃんがさー、転校生が来たんなら、大変だコリャうかうかしていられない、何が何でも優しくしないといけないじゃないって言いだして」


 転校生の心情を案じた、いえ案じまくった飴ちゃんママは、クルマ出そうか、どこにお出かけする?などの……とにかく、そういった手札をならべたそうです。

 そこに飴ちゃんパパも参入し、いろんな問答があったと。

 そんなお話でした。


 おおー。

 気合いの入った家族もいたものですなあ飴ちゃんファミリー。飴ちゃんファミリーズ、とそんなことを考えました。

 と、言ってもしばしば聞いていたんですけれどね、飴ちゃんから。


 良かった。

 こういうところが、今の私にとって安心できる。

 

 私、有北ありきたさいかの人生はありふれた、何の変哲もないもの。

 ただ、そんな人間でもこうしたい、という目標はあるんですよね。

 


 なんとしてでも飴ちゃんとは仲良くしなければ。

 飴ちゃんについていきたい。

 彼女についていかないのは、間違っている。


 そんなことは、出会ったときに思いました。

 この子と友達にならなければ、これからの私はやっていけないと、そんな予感はしたし、単なる勘ではなく正しいことだったと、今でも確信しています。

 


「まー親が来るとさ、なんか教室と違うアレになっちゃうから、中学生組で行きたいってあたしは言っておいたの」


「うん、それでいいよ~、人が多すぎるとなんかね」


 内心安心しました。

 大人数だと確かに騒がしくなり、私の出る幕はますますなくなってしまいそうです。

 転校生としっかり親睦を深めたいものです。






 ★★★




「じゃあ今日は、有北さんが教えてくれるのぉ~?」


「うん、行ったことがあるお店なら」


 ガタンゴトン―――ガタンゴトン。

 田園風景の中をひた走る地方鉄道は、私たちを乗せて少しずつ加速していきます。

 


 独特の浮遊感および疾走感が深い青の座席から伝わります。

 向かいの席に座った蟹場さんは、小さな体を椅子に乗せ、つま先がやっと床に触れるくらいの体格―――、見ていて心地よいです。



 イエローのショートパンツからのびる健康的な脚。スニーカーがぷらぷらと落ち着きない……ブランコっぽく揺れてます。

 上半身に羽織っているのはジップアップのパーカーで、淡いオレンジ。



 白黒を基調とした制服は、彼女の中学校教室での姿。

 それも悪くはなかったのですが、お友達になれたらなろう、私なんかでも―――とは思っていたのですが、休日は印象が全然違うので、ついじーっと見てしまいました。

 脚を動かしてると、なんだかやんちゃな男の子みたいです―――いい意味で。

 もちろんいい意味で。

 でも着心地よさそーふんわりして。

 私も着たくなっちゃう。


「ゴメンね~、変でしょぉ」 


 だから蟹場さんから声をかけられた時も、とっさに反応できなかったのです。

 ええっ?変?どこが?

 もしや、私の視線が変かな。

 だったら土下座しますが?

 今しますが?

 あ、駄目だ電車だから、揺れて転びそうだ。


「だめだよ~、これとか小学生の時からだし」


 本当に恥ずかしいらしく、はにかむ蟹場さん。


「ううん、それがいいの! そこがっていうか!」


「小学生だとは思ってるんだ……」


 飴ちゃんが苦笑いします。

 その後、蟹場さんが話をそらします。

 あんまりファッションについていけないっていうか、お菓子とかケーキとかそっち方面に夢中になったことがある、みたいな話をしました。

 私もついていきたいけれど、ちょっと難しい。

 ホットケーキなら作れますよ。

 ……たぶん、作れます。たぶん。

 


 そっちにもっていこうとする話のそらし方がまた必死でキュート。

 そう私は思いました……飴ちゃんは黙っている場面も多かったです。

 ちょっとポカーンとしている場面も、しばしばありました。

 ですが―――。



「さいかがいるからには、このあたしのマイリストにないお店までご覧あそばせだ! 手広くカバーしてくれるはずですぜ!」


 と、胸を張る飴ちゃん。

 ぐあっと振りかぶるような仕草、蟹場さんに対して距離が近いです。

 私のマイリスト、お店リスト―――広いどころか狭いですぜ私の脳内。

 お店はね、たぶん遊びに行くのに遠方もお構いなしの飴ちゃんの方が知っている。


「いや、私のはついでだから……けど、蟹場さんよりは知っているよね、生まれてからずっと、ここだもん」


「うん、お願いするねぇ」



 ガタンゴトン、と電車に乗りながらいよいよ住宅街が密集、繁華街に近いです。

 ここまで来るのは久しぶりなのでわくわく。

 

「有北さんは~、あまりお店とか行くタイプには見えないよね。 なんか……遠くまで電車ではさ」


 蟹場さんが私に向き直ります。

 ああ、やっぱりそう見えちゃうんですか。

 自分の家の中が結構好きだったりします。

 あとはやっぱり、お父さんの車で移動かな?

 飴ちゃんが苦笑。


「そうかも、さいかならあっちこっち行かなくてもアレがあるじゃん。 文芸部だし」


 部活で文集書いています。

 照れますなあ。


「へえ、そんなことしてるんだ~。 すごいよ~、今度見せて、あ、見せてもらってもいいかなぁ」


 部活仲間に見せたものでいいかな、いいけれど全部は見せられないなあなんて思いつつ。

 文集や詩を書いているの。


 二年生というだけあって、やらせてもらえることが増えていると部内のみんなは感じているようです。

 文化祭はまだ先だけれど、市からの募集など、課題はいくつか並行で動いています。

 やったことのないことにも、取り組んでいます。

 色んな人が見てくれる機会が、増えつつあります。


「読んでくれたみんなが喜んだり優しい気持ちになるといいなあ、って思ってる」


 蟹場さんは私のことを無表情で見つめていました。

 緊張しますね、彼女、目がキラキラしています。


「そう、なんだ……」


 少し、瞼を落とす蟹場さん。

 なんでしょう……まあ、なかなか上手くいくものではありません。

 書いたものって自分の思い通りにならなかったりしますよね。

 今でも、部にいない蟹場さんなどに、自分がやっていることを伝えることは、まあ半分くらいしかできません。

 でも、時間はまだまだある――あるはずです。

 まだ転校してきたばかり。


 再び弾ける笑顔になった彼女ですが、人好きのする印象は生来のものなのでしょうか。

 同級生の中には、やっぱり棘がある性格の人もいることはいますが、蟹場さんは今のところ、クラスで怒りが尾は一度も見ていません。

 なんと真人しんじんな。

 前の学校からも、そうだったんだなと想像してしまいます。



間軸学園中等部まじくがくえんちゅうとうぶから来たの~」


「ふーん」


 聞いたことないや、都会なのそれ?と質問などしていました。

 駅に着くまでに、たくさんお喋りしていました。

 休日の午前、車内にはほとんど人がいない………これも、三人がつい大声になってしまう理由でした。




 ★★★



「あとさあ、孔富さんも誘ったんだけれど、どーうしても外せない用事があるから無理なんだってー、まー好きなものわからないけど。 あの子のさ」


「そっか~ぁ、『くーる』だねぇ」


 ……クール系なのかな。

 孔富淚あなとみるいさん。

 転校会での口調や仕草を思い出すと、グループでわいわい、という人には全く見えないけれど。

 第二の転校生に関してはそう思う私でした―――人を見た目で判断してしまいます。

 外見がいけんから判断するしかない段階ですね、まだ初めての顔合わせから一週間もたっていません。



 まだ、話せなくても仕方がありませんね。

 まだ突然ことでどうすればいいかわからないところはあるし。

 心境整理。

 まずは様子見しておきましょう、と。



「くくく、キミたちとは思考レヴェルが合わないから―――とか言ってフフフって笑っているキャラだよ。その方がしっくりくるねェ、その解釈の方が一致する!」



 詭弁家きべんかの妄想を勝手にし、飴ちゃんが面白がっていました。

 セルフボイスチェンジ。

 彼女、そんなしわがれた声でしたっけ?

 なんか謎の壺で謎の薬品を掻きませている魔女みたいなイメージの声を、頑張って出しています。


「その方がむしろ安心だよね」


 ううん……、

 第二の転校生に関して、放っておいてあげたいというのが私の意見です。

 友達以外から話しかけられたくない人だっているのに。

 人好きがする性質ではなさそうですが、転校生と良い親交を深め……深め?

 親交が浅くてもいいですね、私は。

 ちょっとずつ、好き。 


 蟹場さんが頬をぷくっと膨らませます。


「孔富ちゃんはね~ぇ、人間を、あんまり好きじゃないところがあるから~」


「おお! カニちゃん、そんなことをご存じとは! じゃああれだ! 孔富さんと話したんだ!」


 飴ちゃんが目を輝かせます。

 カニちゃんかあ。私も呼んでいいかなあ。

 転校生情報は欲しいという想いが、ありありと見て取れます。

 

「あはは~。 まだ、少しだけれどね~」


「どんなお話したの?」

 

 ぐいぐい食いついた飴ちゃんが首を傾げます。

 私もなにか、アレ?と思いました。

 今のところ二人は転校生同士、ですからその二人ならではの親密感でもあるのでしょうか?

 共有する、二人だけの関係みたいなもの。


「人と話すの苦手ではないけれど~なんだか興味が薄いってさ~」


「へー! なんなの? じゃあペット系! 犬とか、猫は?」


 蟹場さんは少し考えこみました。

 ああ、動物を飼っているお家なのかな。

 それだったらうちの犬の話とかで仲良しになれるかもしれません。

 蟹場さん、いずれはカニちゃんが―――視線を背けて―――あれ?

 なんだその表情はいったい。


「近いかも……ね」


 口元を片方だけ上げる笑いをする、蟹場さん。

 ……ペット飼っていたりするのかな。

 人間に対しては奥手だけれども、愛犬家の傾向とか。


「あたしそれ思った! ミステリアスなんだよねえ!」


 飴ちゃんが電車内にも関わらずキャハハと笑います。

 自然体極まりないその動作および仕草は、あの第二の転校生、ミステリアス孔富さんと比較し、反りの合わなさを感じました。



 私はあの人にはインドア派であってほしいなあ……そのほうが落ち着く。

 なんだか、心が。

 話をしてみたいという気がしないでもないですが。

 蟹場さんとは会話ができたし、そのうち会話くらいできるでしょう。

 

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